文脈効果
文脈効果とは「刺激の知覚過程いおいて、前後の刺激の影響で、対象となる刺激の知覚が変化する現象のこと」をいいます。
- 例えば「朝顔」という2つの文字は、「朝顔が咲いている」という文中にある場合と「朝顔を洗うと・・」という文中にある場合とでは、その意味解釈が変わります。「ここではきものを脱いで下さい」も同様。文脈によって「脱ぐ」のが履物なのか着物なのかが変わります。「あれ取って」という意味不明の発言も、文脈によっては十分意味が伝わります。文脈とは言葉の意味を限定するのに重要な役割を担っています。
- 例えば、店舗のデザイン、商品の陳列の仕方などによって、商品の価格に対する顧客の印象が変わる・・というのも文脈効果のひとつです。
- 例えば、映像に映し出される「石」も、文脈によってその意味が変わります。
- 日常の風景においてはただの石ころ(これは存在自体が意識化されない)
- 机の上のメモの上に置かれた場合は「ペーパーウエイト(文鎮)」
- もみ合い(戦闘)のシーンでは「武器」
- デュシャンのReadyMade は「日常的な文脈からの切り離し」を意図したものと言えます。日常的な事物も、展示台の上に置かれることで純粋な造形物として、鑑賞の対象になります。
文脈は、そこに置かれた言葉やモノを特定の意味に「縛る」もの。夢枕獏は「陰陽師」の中で、安倍晴明に語らせています。それは「一種の呪である」と。
付記:文脈効果と情報量について
- 人間は刺激の認知において、情報量が小さく、認知的負荷が少なくなる解釈を選択する。
- ワーキングメモリー、継時メモリーの動作が関与しているため、疲労すると文脈効果は効きにくくなる
- モチベーションは文脈をシャープにする
参考:プライミング・スキーマ
認知心理学のキーワードに、プライミングとスキーマというものがありますが、これらは文脈効果と近縁の概念で、「頭の中にあるデータベースが、刺激の捉え方にトップダウン的に影響する」という話として共通しています。
プライミング
プライミングとは、先行刺激(プライム)の処理が後続刺激(ターゲット)の処理(認知・想起)を促進(まれに抑制)する効果のことを言います。簡単に言うと、頭の中に先行する予備知識があると、次にくる情報の理解がスムーズに誘導されるということです。
「ピザ、ピザ、ピザ・・・」と10回言わせたあと、「ここ(肘)は?」と問うと「ひざ」という答えになりやすい・・というのが卑近な例です。
映像の編集を例にとると、先行ショットに人物Aの視線、銃口といった誘導力の強い刺激が提示されると、後続ショットに例えば人物の顔Bが提示された場合、「AさんがBさんを見た」とか「Bさんが銃で狙われている」といったつながり理解がスムーズに成立すること、また、先行ショットでエスタブリッシングショット(状況設定ショット)が提示されると、後続ショットで提示される個々の事物の認知がスムーズになる・・といったこともプライミング効果といえます。
補足すると、先行ショットとしては、情報の多いロングショットより、クローズアップの方が、後続とのつながり認知はスムーズ。また、文脈を分散する(多義的にする)長回しよりも、短いショットの方が、後続とつながりやすい(解釈の方向性が定まりやすい)。人は、なるべく情報量が少なくまとまるように知覚刺激を体制化します。プライミングは、先行刺激と後続刺激をうまくつなげて、経済的に情報を認知させることに一役かっているわけです。
人は騙される・・というのもプライミングの結果です。先行刺激の誘導によって後続刺激の解釈の方向が誘導されるからです。「人物Aの視線」は実際に「人物Bの顔」を見ているとは限りません。でも、視聴者は「AがBを見た」というふうに、情報を経済的に解釈してしまうのです。
スキーマ
スキーマとは、知識を体制化している枠組みのこと、簡単に言えば、今頭の中で活性が高くなっているデータベースのことです。人間は外からの刺激を認知し、スムーズな行動をするために、状況に応じたスキーマを用います
例えば、電車に乗っているときは電車スキーマ、喫茶店にいるときは喫茶店スキーマがアクティブになっていて、電車の中ではタバコに火をつけるという行動は無意識的に抑制され、喫茶店の中ではその抑制は解かれる・・といったことも、スキーマの存在が背景にあります。
人は(あるいは生物一般も)、置かれた状況下で素早く情報を認知、また行動できるように、常時、場に最適なスキーマ(データベース)をアクティベイトしています。
参考文献
- 中島義明, 映像の心理学-マルチメディアの基礎, サイエンス社, 1996
- 齊藤勇監修・行場次朗編, 認知心理学重要研究集1視覚認知, 誠信書房, 1998