神経伝達物質
神経伝達物質(Neurotransmitter)とは、神経細胞(ニューロン)同士をつなぐ接合部(シナプス)から分泌される化学物質で、それが特定の受容体に受け取られることで、情報を伝達したり、情報伝達の方法を調整したりする役割を担っています。脳内でのこれらの物質は、情報の入力、処理、記憶、出力のみならず、様々な感情や気分と関係すると言われていて、これらに関する知見は、人間あるいは人間社会の様々な現象を説明するための参考になります。
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はじめに
私たちの「心」はいうまでもなく「脳」にあります。脳は神経細胞(大脳で数百億個、小脳で1,000億個あると言われます)のネットワークで、それらは、あるときはつながりを強めたり、またあるときはつながりを切ったりすることで「神経回路(記憶回路・思考回路など)」を構成してます。これはちょうど、インターネットにおいて、Webサイト同士がリンクしあったり、ユーザー同士が重層的にくっついたり離れたりする、その様子ととてもよく似ています。
例えば、ひとつの「記憶」というものも、「1記憶 =1細胞」といった単純な「引き出し式の記憶」ではなく、「興奮が連動するいくつかの神経細胞がつながった回路」として存在するもので、連想的な記憶の書込み・読出しについて言えば、「記銘(覚える)」は回路をつないでその連携を強化する現象、「想起(思い出す)」は回路上の一部の興奮から連鎖的に回路全体が興奮する現象・・と説明することができます(参考:アソシアトロン)。あるWebサイトを訪問すると、そこから関連するサイトへ次々とリンクを辿ることができますが、個々のサイトが自律分散的に活動することで、次第に関係するもの同士のネットワークが強固になっていく・・まさに、そんなイメージです。
このとき、脳内の神経回路の興奮、興奮の連鎖、またその回路自体の構築と組み替えを駆動・調節するのが神経伝達物質で(その意味で脳はケミカルマシンとも言われます)、その役割を知ることは、記憶、学習、思考、感情など、様々な心の現象を解明する糸口となります。
神経伝達物質の種類
すべては網羅していませんが、よく話題になるもの列挙します。
- アミノ酸:アミノ基とカルボキシル基の両方の官能基を持つ有機化合物
- グルタミン酸:興奮性神経伝達物質。記憶・学習などの高次機能に関わる
- γ-アミノ酪酸 (GABA):抑制性神経伝達物質。鎮静、抗痙攣、抗不安作用
- モノアミン:アミノ基を一個だけ含む神経伝達物質
- ドーパミン:学習・記憶、快・不快、注意、意欲などの調節に関与
- ノルアドレナリン:感覚入力、ストレス反応、注意、記憶固定等に関与
- セロトニン:睡眠・覚醒のほか、様々な脳機能の「調節」に関与
- アセチルコリン:コリンと酢酸のエステル化合物
- 交感神経、副交感神経、自律神経、運動神経等に広く関与。記憶、思考、錐体細胞の興奮性上昇、感覚入力におけるSN比調整等に関与しており、アルツハイマー型認知症を発症するとこれが減少することがわかっている。
アセチルコリンの減少を防ぐ作用のある塩酸ドネペジル(商品名アリセプト等)という薬が1999年に認可されています。この薬によって、記憶障害や認知障害が改善されて病気の進行が抑えられます。
- 交感神経、副交感神経、自律神経、運動神経等に広く関与。記憶、思考、錐体細胞の興奮性上昇、感覚入力におけるSN比調整等に関与しており、アルツハイマー型認知症を発症するとこれが減少することがわかっている。
- ポリペプチド:様々なアミノ酸が一定の順序で結合された分子
- エンドルフィン:モルヒネ同様の鎮痛作用。多幸感に関与し脳内麻薬とも
- オキシトシン:幸せホルモン、愛情ホルモンとも。ストレスの緩和に関与
- 副腎皮質刺激ホルモン:脳下垂体を直接刺激、気分の調節にも関与
ほか多数
モノアミン
辞書的な説明になりますが、モノアミンとは「一つのアミノ基が2つの炭素鎖により芳香環につながる化学構造をもつ」神経伝達物質で、ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、セロトニン、ヒスタミンなどの神経伝達物質の総称です。霊長類ではこれを含有する神経細胞の細胞体が脳幹部にあって、ほぼ脳全体に神経軸索を伸ばすため、様々な領域に影響を及ぼします。
「調節系」に関わるこれらの物質は、多すぎても少なすぎても精神の不調をきたします。適度なバランスを保つことが必要です。
性格要因との関係
「性格」というのは、与えられた場の人間関係によって変化するもので「この人はこういう性格」といった決めつけはできないものですが、ある程度遺伝的なものである脳内物質の傾向と性格の要因とは相関があると考えられています。例えば、新規の事物に対面したとき、好奇心を持って近づこうとするか、危険を感じて遠ざかろうとするかは、遺伝的な脳の傾向によって、ある程度決まってくるということです。
性格要因には、一般に1)外向性・内向性、2)神経質さ、3)衝動性と、おおきく3つのものがあると言われます。
- 外向性・内向性:ドーパミン系が関与
- 神経質さ:セロトニン系が関与
- 衝動性:ノルアドレナリンが関与
知性・意欲に関わる報酬とドーパミン
ドーパミンは言語的知性、数理的知性、またその思考の集中力に関与するといわれています。その科学的成分は覚せい剤とよく似ていて、ドーパミンが分泌される際の快感は「くせ」になる・・つまり一度体験すると、さらに強い刺激を求めるようになるらしく、これが、人が「何かに集中する」、あるいは「何かにハマる」という現象を説明します。
例えば難問が解けて「わかった!」というときの快感もドーパミンが関与するもので、この快感がさらなる知的好奇心・意欲を喚起するといわれています。
ちなみに「わかる」とは、文字通り「脳内の興奮パターンが分離・整理される」ことで、情報理論的に言えば「脳内の情報エントロピーが廃棄されること」・・といえるかもしれません。
また、好きな音楽を聴いている時に味わう快感が、背側線条体および腹側線条体など、中脳辺縁系の報酬系におけるドーパミンの活動と関係している・・という報告(Nature:カナダのマギル大学の研究者たちによる論文)もあります。
- Google:音楽 ドーパミン
- 新奇性追求遺伝子:ドーパミン受容体D4遺伝子(DRD4-7R*1)
- 非定型発達(Login Required)
幸福感とセロトニン
セロトニンには、ノルアドレナリンやドーパミンの暴走を抑える役割があり、大きな精神的なストレスにさらされた場合でも、十分なセロトニンの分泌があると、不安や怒りといった感情を適度に抑えられる・・つまり精神を安定させる効果があります。逆に分泌量が不足すると、脳内の情報伝達がスムーズに行われなくなり、やる気や興味といったポジティブな感情を得にくくなると言われます。
ストレスとノルアドレナリン
ストレス・ホルモンの一種で、交感神経系を動かし、心拍数を直接増加させるとともに、筋肉を敏感にします。アドレナリンとともに闘争あるいは逃避反応をおこします。
ポリペプチド
エンドルフィン
エンドルフィンはペプチドの一種で、α、β、γの三種類のうち、β-エンドルフィンがよく話題になります。β-エンドルフィンは「脳内麻薬」ともいわれ、モルヒネ(アヘン類)の6.5倍の鎮痛作用があるといわれます( モルヒネとエンドルフィンの組成はまったく違いますが、たまたま同じ受容体に結合するために同じ効果が得られるようです)。その分泌は、脳の活性化、精神的ストレスの解消、免疫細胞の防御反応強化などに効果があるといわれ、特に本能的な快感、すなわち、食欲、睡眠欲、性欲、生存欲、集団欲などの満足感を高めます。マラソンで長時間走り続ける(長時間継続する肉体的ストレス)と気分が高揚してくる「ランナーズ・ハイ」といわれる現象でも、このβ-エンドルフィンの分泌が影響しているといわれています。
欲求が満たされたとき、あるいは満たされることが分かったときに活性化し、その個体に快の感覚を与える神経系のことを「報酬系」といいますが、多幸感をもたらすβ-エンドルフィンはその代表的なもののひとつです。
オキシトシン
オキシトシンは、スキンシップや見つめ合いなど、良好な対人関係が成立しているときに分泌されると言われていて、エンドルフィン同様に「幸せホルモン」の異名を持ちます。人間と犬との関係においてもその効果があり、見つめあう回数が多いと、飼い主とイヌ、双方にオキシトシンの分泌量が増えることが確認されています。
APPENDIX
参考
- 脳科学辞典
- 理研|脳科学研究センター
- 脳科学講座 澤口俊之
- 唯脳論 養老孟司
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