写真
写真とは、レンズ(あるいは針穴)を通った光を結像させ可視化したものです。像の固定方法に関して分類すれば、フィルムを使用する銀塩写真と、電子デバイスを使用するデジタル写真に大別することができます。
人はなぜ写真を撮るのか。その答えは写真家・写真評論家の数だけ存在するものかもしれませんが、ひとつシンプルに思うのは、人類の原点である「道具を使った狩猟採集」に起源があるのかもしれません。写真を「撮る」、弓矢を「射る」、どちらも Shooting です。
写真略史
カメラの歴史の第1段階は、ギリシャ時代から用いられていたといわれる「針穴をあけた暗い部屋」、いわゆるカメラ・オブスキュラです。
暗い部屋の一方の壁に小さな穴を開けると、外の風景が穴の反対側の壁にさかさまに写し出される(倒立像ができる)という現象は、おそらくそのずっと以前から偶然的に知られていたと思われます。
中世の画家(例えばダヴィンチ)も風景絵画の補助手段としてその原理を利用しており、17世紀には、イタリアのボルタらが携帯用暗箱を用い、レンズとすりガラスによる暗箱が、18Cから画家の間に普及していたといわれます。
針穴のかわりに凸レンズをつけると集光面積が大きくなり、出来上がる倒立像も明るくなります。像のできる面をすり硝子にしてトレースすれば風景画ができることから、レンズとすり硝子をもつカメラ・オブスキュラは18世紀ごろから画家の間で普及するようになりました。これがカメラの歴史の第2段階です。
歴史の第3段階は、像を自動的に定着させる写真術の発明で幕をあけます。ニエプスのヘリオグラフィー(1824年)、タルボットのネガポジ法 (1835年)、そしてダゲールによるダゲレオタイプ(1839年)。特にネガからポジが複製できるというタルボットのアイデアは、画像の「複製」・「大量生産」を可能にしました。
タルボットによる世界初の写真集 自然の鉛筆(1844)
これらの発明によって多くの肖像画家や風景画家が転職を余儀なくされるほど、それは画期的な出来事でした。そして、後のイーストマン・コダック社のロールフィルム(1888)によって、35㎜スチールカメラの原型が完成します。
以後、100年の歴史を経て、アナログ磁気記録(ソニー マビカ 1981 にはじまる電子スチルカメラ)の10年があり、1990年台からデジタル記録の時代に突入します。フィルムは現在も製造されてはいますが、市場はほぼデジタルに置き換わったと言えます。
- カメラ・オブスクラ 古代から
- 携帯用暗箱 17C イタリアのボルタ
- レンズとすりガラスの暗箱 18Cから画家に普及
- ヘリオグラフィー 1824年 ニエプス
- ネガポジ法 1835年 タルボット
- William Henry Fox Talbot
- Google:Pencil of Nature フリーブックがあります。
- ダゲレオタイプ 1839年 ダゲール
- ロールフィルム 1888年 イーストマン(Kodak)
- 一眼レフカメラ 1950年
- 電子スチルカメラ(アナログ記録)の登場 1981年
- レンズ付フィルム(使い捨てカメラ) 1986年
- デジタルカメラ(カシオQV-10・25万画素) 1995年
- デジタル一眼レフカメラ(Nikon D-1)1999年
- カメラ付携帯電話 2000年ごろ~
- スマートフォンによる撮影が日常化 2008年ごろ〜
構造と機能
カメラの構造は、一般に外界側から順にレンズ・絞り・シャッター・撮像素子(フィルム面)となっていて、これに撮影対象を確認するためのファインダー機構ついています。レンズ・絞り・撮像素子(フィルム面)という光が通る過程は「人」の眼球の構造とほぼ同様です。
撮影パラメータ(画角、絞り、シャッタースピード、ISO感度)は、フィルムカメラでもデジタルカメラでも同じですが、露光部分であるフィルムとイメージセンサーについては、まったく別のもの・・として、それぞれに特有の理解が必要になります。ここでは、デジタルとフィルムの違いも強調しつつ、概説します。
レンズ
カメラという機械にとって最も重要な光学系を構成するのがレンズです。レンズの材質は光学硝子という良質の硝子ですが、一般的にはクラウンガラス(K)、それに鉛を加えて屈折率を上げたフリントガラス(F)の二つになります。光学硝子は当然無色透明で均質であり、光の透過に関して等方であること、またレンズの設計に必要な光学常数、すなわち精巧な屈折率と分散率をもつことが要求されます。実際には、一枚の凸レンズだけでは光の波長による屈折率の差、いわゆる色収差が避けられないため、複数のレンズを群に構成して単体のレンズに見立てています。
レンズには Fナンバーという数値があって、レンズの「明るさ」に関係します。
Fナンバー = 焦点距離/レンズの有効径
レンズの焦点距離が短くなるほど(広角になるほど)、また、口径が大きくなるほど(つまり集光面積が大きくなるほど) Fナンバーは小さくなります。つまり、Fナンバーが小さいほど「明るいレンズ」ということになります。
レンズは、口径の大きなものほど分散・収差が大きくなるので、その分良質のレンズの製造にはコストがかかります。標準画角のレンズで f 1.4 ~ f 2.8 程度、ズームレンズでは f 4 ~ f 5.6 あたりが主流です。
焦点距離
焦点距離はレンズの主点(後ろ側主点)から焦点面(記録面)までの距離のことですが、カメラの機能の問題として焦点距離が重要なのは、この値が画角(具体的には主点から画面の対角線の両端とを結ぶ線のなす角)に直接関わるという点です。フィルム撮影を例にとると、35㎜フィルムの場合は、サイズ36×24㎜で対角線43.2㎜ですから、焦点距離50㎜で画角46度となります。
焦点距離が短くなれば画角は大きく(ワイドに)なり、長くなれば画角は狭く(望遠に)なります。人間の眼に自然に見える角度がほぼ50度であることから50㎜のレンズは標準レンズ、28㎜や35㎜は広角レンズ、じっと見つめる画角にあたる85㎜はポートレートレンズ、135㎜や200㎜などは望遠レンズと呼ばれます。この値が固定的なレンズを単焦点レンズ、この値を一定の範囲で変えられるものをズームレンズといいます。
ただし、焦点距離 XX㎜と記載されていても、記録面(イメージセンサーやフィルム)のサイズが変われば画角も変わるという点には注意が必要であす。例えば 6×6 ㎝ のフィルムでは焦点距離80㎜ が標準画角となるし、35㎜よりサイズの小さいイメージセンサーを用いるデジタルカメラでは焦点距離が非常に短くても標準画角となる場合があります。様々なサイズのイメージセンサーを使用するデジタルカメラのカタログでは、物理的な焦点距離の記載が画角を説明するものとはならないため、従来のカメラの感覚で理解できるよう「35㎜カメラ換算で50㎜」などと記載されています。
絞り
絞りはレンズの使用面積つまり明るさを調節する単純な機構です。絞り機構はレンズ群の中間にあって、複数枚の金属羽根で構成されています。レンズ鏡胴の絞りリングで開閉を調節しますが、リング上のF値(絞り値)はレンズの解放 F値から順に公比 √2 の等比数列で並んでいます。すなわち目盛を1段増やすごとに有効径が、1 / √2ずつ小さくなる(採光面積が半分になる)ことを意味します。これは主として撮像面にあたる光量を適正に調節するためのものですが、これは人間の目の虹彩と同様、絞れば被写界深度が深くなり前後のピントも合いやすくなるという映像表現上の効果の大きな機構です。
- 絞り優先撮影での F値の目安は以下・・
- 前後をぼかしてメインの被写体を強調(ポートレート):F1.4 - 2.8
- ボケとシャープのバランス(明るい室内):F4 - 5.6
- 前後ともに全体にピントが合う(風景写真、集合写真):F8 - 14
シャッター
デジタルカメラとフィルムカメラで種類・仕組みが異なります。
- デジタルカメラ
- メカニカルシャッター(フォーカルプレーン) 当然「音」が出ます
- 電子シャッター
- ローリングシャッター
読込時間がシャッター時間より長いため、動く物体が歪む場合があります。 - グローバルシャッター
全面を一括して読むので歪みはありませんが、高価になります
- ローリングシャッター
- フィルムカメラ
- フォーカルプレーンシャッター
- 布幕・横走り
- 縦幕(金属)・縦走り
- レンズシャッター
- フォーカルプレーンシャッター
シャッタースピード
シャッターは、世界をとらえる「一瞬」というものにどの程度の時間を与えるかを決める機構であり、その選択可能性が大きなものほどカメラとしての機能は優れているといえます。一般的なスチールカメラでは4秒から1/4000秒までの間を1/2倍間隔で選択できるようになっていて、これは絞りの1段に対応して撮像面にあたる光量を1/2ずつ調整する目的をもちます。「動くものを止めて写すか、動きを軌跡として写すか」といった、人間の目では直接見ることのできない視覚世界の表現に関わるものであり、写真に特有のものです。
ISO感度
ISO感度は、国際標準化機構(ISO)で策定された感度規格です。
- フィルムのISO感度:50, 100, 200, 400, 800, 1600, 3200
- デジタルカメラのISO感度(可変):100 - 3200 - 102400・・
技術革新により超高感度設定が可能になりつつあります。
フィルムカメラの場合は、撮影に使うフィルムによって ISO感度が固定となるので*1、絞りたければシャッタースピードを遅く、シャッタースピードを速くしたければ絞りを開ける・・といった調整をしなければ、適正な露出が得られませんが、デジタルカメラの場合、ISO感度は一定の範囲でブーストされるので(フィルムで言うと、コマごとに増感現像ができるので)、撮影の意図を優先して、絞りとシャッタースピードを自由に決めても、ISO感度が自動調整されるので適正露出で撮ることができます。
デジタルカメラには以下の3つの ISO感度があります。
- 基準感度(ベース感度)
- カメラメーカーがもっとも画質が良好だとするISO感度
- 一般的には常用感度の最低値
- 常用感度
- カメラメーカーが画質を保てると定めたISO感度
- ただし、基準感度から遠ざかるほど(つまりISO感度設定を上げるほど)ノイズが目立つ(ざらつく)ようになるので注意が必要
- 拡張感度
- 常用感度の範囲を超えて設定可能なISO感度
- 一部のカメラがこの拡張感度をサポートしていて、ベース感度から引き下げる減感と、常用感度の限界から引き上げる増感の二種類がある
もともと「ISO感度」は、写真フィルムに関する国際標準規格で、デジタルカメラにおける「ISO感度」という表現は、従来のフィルム感度の言い方を継承しているだけです。つまりフィルムを知っている世代の人間にわかりやすいように表現を継承しているだけで、デジタルネイティブの人にとっては逆にわかりにくいものとなっているようです。
デジタルカメラの「ISO感度」は、レンズから入ってきた光をカメラ内でどの程度増幅させるかを意味するもので、「感度」というよりは「入力レベル」と言う方が近いかもしれません。この値は、撮像素子の性能に応じて一定の範囲(つまり常用感度の範囲)で自由に変更できるので、例えば、絞りを変えずにシャッタースピードを2倍にしたい場合、ISO感度が2倍(電気信号が2倍)になれば綺麗に撮影することができます(つまり、撮影意図に応じて絞りとシャッタースピードは自由に選べるのです)。この場合の「ISO感度」は、もはや「感度」と呼ぶにはふさわしくないように思います。デジタル撮影において「適正露出」という概念自体が理解しづらいのも、説明しているの大人が「フィルム世代」だからかもしれません。以下のような表現をよく見かけますが、これはフィルム世代の思考回路による説明だと感じます。
手ブレしないようにするには、ISO感度の数値を上げましょう
これは、そうすることで結果的にシャッタースピードが上がるので、手ブレしにくくなるわけです。デジタル世代の人には、以下のような説明の方が直感的で理解しやすいのではないかと思います。
手ブレしないようにするには、シャッタースピードを上げましょう。 注)シャッタースピードを上げると当然露光量が減りますが、 カメラが自動的にISO感度をブーストするので適正値で記録されます。
撮影モード
撮影時の露出設定には、一般に以下の4つのモードがあります。
- Pモード:プログラムAE(Auto Exposure:自動露出)
- Aモード:絞り優先AE
- Sモード:シャッター優先AE
- Mモード:マニュアル露出
個人的な感想ですが、この4つの設定は「ISO感度固定を前提に絞りとシャッタースピードを調整する」というフィルムAEカメラの選択肢が継承されたもので、フィルム世代の「脳」がデザインしたからこうなったのではないかと感じます。デジタル撮影では「絞りとシャッタースピードを撮影者が自由に決められる」という点で「感度」の概念は不要とも言えるので、デジタル特有の新しい発想で撮影モードの選択肢をリ・デザインしてもよいのではないかと思います。RAWデータの画素値を決めるのは、絞り(開光面積)・シャッタースピード(露光時間)・入力レベルの3要因で、「入力レベルは自動調整されるので、絞りとシャッタースピードは、撮影者のお好みでどうぞ」というのがデジタルカメラのモード設定の基本にあるのが自然なのではないかと思います。
さらに言えば、デジタルの場合、あらゆる選択行為がソフトウエアレベルで行われるので、わざわざ機械的に見えるダイアル類を作る必要はなく、インターフェイスのすべてをタッチパネルで実現可能です(余計な機構をつくると接触不良などのリスクも増します)。ということは「デジタルカメラの究極の姿はスマホのようなフルパネルコントロールのもの」とも言えるのではないかと・・・。
イメージセンサー / Film
像を記録する媒体には、デジタル、フィルムともに、様々な規格があります。当然ですが、媒体(素子)の面積が大きい方が画質が良く高価になります。
スマホのイメージセンサーは 1/2.3inch 程度。最新のものでは、1/1.14 inch まで拡大
出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sensor_sizes_overlaid_inside.svg
- ホワイトバランスについて
デジタルカメラの場合は、自動的にホワイトバランスをとりなおしているため、人間の視覚に近い違和感のない色再現ができますが、フィルムで撮影する場合は、発色の差が歴然とします。例えば、蛍光灯の光は緑が強く、ストレートにプリントした場合は、全体に緑がかぶったような色になります。
色温度の違いによる色かぶりの問題を解消するには、写真を撮る際に、トリミング前提で白い紙等を写し込んでおくと、後からレタッチツールでホワイトバランスを取り直すのが簡単になります。
画素数・解像度
- デジタルカメラ
- 60MP:9,504×6,336(3:2)
- 16MP:4,608×3,456px(4:3)
- 12MP:4,608 × 2,592px(16:9)
- 8MP(UHD・4K):3,840 × 2,160(8,294,400 画素 > A4プリント)
- 5MP:2, 560 × 1,920(4,915,200 画素)
- 2MP(Full HD・2K):1,920×1,080(2,073,600 画素 > L版プリント)
- スマホのカメラ
- 48MP:8,064 x 6,048 px(4:3)iPhone 15
- 12MP:4,000 x 3,000 px(4:3)
- 35mmフィルム
付記:35mmフィルムのスキャン解像度の目安
35mmフィルムの1コマのサイズは 36 x 24 mm(1.417 x 0.956 inch)。1コマの長辺を 1.417 inchとして、そこから 一般的な「L版」「A4」のプリントに必要な画素数>スキャン解像度を計算してみます。
実際には、スキャナのスキャン解像度は段階的になっているので、もっとも近いものを選べばOK・・となります。
L版印刷用 | A4版印刷用 | |
印刷仕様 | 127 x 89 mm / 300dpi | 297 x 210 mm / 300dpi |
インチ換算 | 5 x 3.5 inch | 11.7 x 8.27 inch |
画素数換算 | 1,500 x 1050 px (≒ 2MP) | 3508 x 2481 px(≒ 8MP) |
スキャン 解像度 | 1500/1.417=1059dpi | 3508/1.417 =2476dpi |
スキャナ設定 | 1200dpi | 2400dpi |
フィルム自体にはもっと高い解像力がありますが、よほど撮影条件が良くないかぎり、これ以上の解像度でフィルムをスキャンしても、粒子が目立つだけで、高精細になるわけではないようです。つまり、35mmフィルムから綺麗に印刷できるのは、A4あたりが限界・・。
APPENDIX
写真についての「覚書」
- 写真の存在意義
- 記録(報道、日常のスナップ・・世界のコレクション)
- 可視化(ウイルス、地球、X線画像、時間の圧縮・・)
- 視覚の異化(モノクローム、パンフォーカス、望遠・・)
- 写真家における窓派と鏡派
- 写真(カメラによる画像)が氾濫する時代へ
- スマホと写真共有サイトがもたらした写真の氾濫
- スマホカメラの普及にともなう「自撮り」の急増
- 監視カメラが刻々と記録する画像
- 中井正一「美学入門」
歴史的事実は、常に「聖なる一回性」・・
定点観測は貴重な資料になります。
- ロラン・バルト 「写真のメッセージ」『映像の修辞学』 『明るい部屋』
写真はコードのないメッセージである
- スーザン・ソンタグ 『写真論』
写真を収集するということは世界を収集することである。
- 絵画を見ると「画家」が意識されるが、 写真を見ても「カメラマン」は意識されにくい(匿名性)。
記念写真を見ても「撮った人」の存在は喚起されにくい
- 機械の眼が捉えた(意識を介さない)世界。カメラは世界を解体する・・
- 主役を決めたつもりでもそれ以外の「何か」も写ってしまう
写真は中心不在であることによって均一に拡散し秩序を失う
- 写真 → 想い出・・ 写真は「過去」として伝わるメディアである
- 写真は「事実を客観的に伝えている」ように見えるが、実際には編集がある。
- 人は写真に触発されて「イメージとは何か」を考えるようになった・・
- 人間が欲しているのは実物かイメージか?
貨幣それ自体は価値を持ちません。それは交換可能な商品のイメージであるとも言えます。