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Memory のバックアップの現在との差分(No.0)


#author("2021-07-16T10:11:53+09:00;2021-06-29T19:28:40+09:00","default:inoue.ko","inoue.ko")
* 記憶
Memory
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**はじめに
人間の記憶には複数の種類があり、それぞれ以下のように呼ばれます。

-感覚登録器(sensory resister)
-作業記憶(working memory)
&small(以前は、短期記憶(short-term memory)と呼ばれていました。);
-中期記憶(middle-term memory)
-長期記憶(long-term memory)
//&small(記憶のモデルを「二重貯蔵モデル(マルチストアモデル)」で考える場合には「短期」と「長期」の2つに分けます。);
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***CONTENTS
#contents2_1

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**感覚登録器
感覚登録器は、視覚で1秒以下、聴覚で数秒の記憶で、聴覚刺激・視覚刺激などの感覚刺激をそのままのパターンですべて記録するといわれます。瞬間的に目を見開いて閉じたときに「目の前の情景が焼き付いている」という感じがするのがそれです。しかしこの情報は次々に捨てられる運命にあります。
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**作業記憶(短期記憶)
作業記憶は、かつては短期記憶(short-term memory)と呼ばれていましたが、記憶の操作的側面に注目が集まるようになり、その呼び名が変わりました。記憶の一種に位置付けられていますが、コンピュータの記憶装置のような単なる情報の保存ではなく、人間が様々な情報を関連づける作業、すなわち「考える」という高度な情報処理に関わっています。
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***役割
作業記憶は、人が情報を操作、処理する一時的なワークスペースです。感覚登録器の内容から知覚された意味のある情報を数分という短い時間に記憶する(例えば、メモに書かれた電話番号を一時的に覚えてテンキーから番号を入力するなど)とともに、様々な情報を関係づけて思い描くためのホワイトボードのような役割を担っています。

短期的な情報の保存と処理をまとめた概念で、中央実行系、[[音韻ループ>Google:音韻ループ]]、[[視空間スケッチパッド>Google:視空間スケッチパッド]]などのキーワードがあります。

-[[Wikipedia:ワーキングメモリ]]
-[[脳科学辞典:中央実行系>https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E5%AE%9F%E8%A1%8C%E7%B3%BB]]
-[[脳科学辞典:音韻ループ>https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E9%9F%B3%E9%9F%BB%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97]]
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***容量・保持時間
作業記憶には、そこに留めておくことのできる情報の容量に限界があり、保持できる項目数(例えば、数字の系列を憶えるテストや、単語を憶えるテストでは)は7±2程度((G.A.ミラー マジカルナンバー7))(最近では 4~5程度)と言われています。またその容量は、例えば「文字よりも数字、長い単語よりも短い単語の方が留めやすい」など、覚える要素の種類や特性によって異なります。

保持時間は数十秒程度で、それ以上長く記憶に留めるには、繰り返し口に出して言うなどの「リハーサル」が必要になります。

長期記憶から取り出した情報は作業記憶の容量には影響しないようで、必要な情報を長期記憶に移動させることで作業記憶の負荷を減らすことができます。

作業記憶は干渉に弱いという特徴があります。例えば、電話をかける直前に別の数字を言われたりすると、記憶が飛んでしまいます。
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***関与する脳領域
作業記憶には、前頭葉が中心的な役割を果たしていますが、「前頭連合野」の言葉どおり、複数の脳領域がその機能に関与しています。

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**中期記憶
中期記憶は、脳内の「海馬」に1時間から最大1ヶ月程度保持される(大半は9時間ほどで消滅する)記憶で、この間に複数回のアクセスを受けたものが重要なものとして「側頭葉」に送られ、それが最終的に長期記憶になると考えられています。
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**長期記憶
私たちが「記憶」という言葉を使うときに普通にイメージされるのがこの長期記憶です。文字どおり長期間(数年にわたって)憶えている記憶です。

長期記憶は作業記憶との間で、絶えず情報の交換を行っていて、作業記憶において重要と判断された情報が、長期記憶に移動して自分の知識構造に組み込まれていくと同時に、新たな情報を理解するために、長期記憶で想起された情報が作業記憶へと移動することもあります。
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***長期記憶の分類
長期記憶には、''宣言的記憶''と''手続き記憶''があります。

-宣言的記憶(陳述的記憶):言葉で記述できる事実に関する記憶
--エピソード記憶
特定の時間・空間に関する個人の具体的な体験の記憶です。ちなみに「記憶を失う」という場合は、大半がこのエピソード記憶の喪失です。
--意味記憶
反復学習による体系的な知識ベースで、徴標(どこで覚えたかという情報)のないもの。特定の日時や場所と無関係な記憶です。

-手続き記憶:自転車の乗り方や,習字,スポーツなどの技の記憶 
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***関与する脳領域
-宣言的記憶(陳述的記憶):海馬(長期的には忘れる)
-手続き記憶:大脳基底核 と 小脳(長期的に保存)

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**睡眠と記憶
#image(SleepHypnogram.png,right,40%)
近年の研究で、睡眠と記憶との関係(睡眠時における記憶の整理)が明らかになってきました。睡眠には、レム睡眠とノンレム睡眠という2つの相があって、これが睡眠中に周期的に繰り返すことが知られていますが、深いノンレム睡眠、浅いノンレム睡眠、そしてレム睡眠、この3種類の状態が記憶の整理に関してそれぞれ異なる役割を担っているようです((ちなみに、レム睡眠はほかの動物にもある現象で、哺乳類だけでなく、鳥類やトカゲなどにも見られるそうです。))。
&scale(80){出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sleep_Hypnogram.svg};

-ノンレム睡眠:脳を休める
--深いノンレム睡眠(一晩の睡眠の前半に多い)
>「いやな記憶」の消去が行われる
--浅いノンレム睡眠(一晩の睡眠の後半(朝方)に多い)
>「手続き記憶」の固定が行われる

-レム睡眠:体を休める
> 覚醒時に記憶(学習)した新たな記憶を過去の記憶に関連づけるとともに、記憶の想起をスムーズに行うための「索引付け」が行われる

記憶の整理という観点からは、睡眠サイクルを4回ないし5回繰り返すのが理想的な睡眠で、時間でいうと6時間または7時間半が最適だと言われます。
//参考:https://www.keinet.ne.jp/special/parent/academy/2016.html

精神活動においても、情報を溜め込む(知識を体系化する)過程で発生するエントロピーを廃棄する必要があります。レム睡眠時に生じている「記憶の整理」は、夢という宇宙空間にエントロピーを廃棄する作業・・と例えられます。
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**いくつかの覚書

***作業記憶とキャッシュメモリ
コンピュータにおけるキャッシュメモリは作業記憶に例えることができます。今、関心のあることを、高速でアクセスできるメモリに置いておく・・というのは情報処理効率を上げるのに効果的な手法です。
机は大きい方がいい、デスクトップは大きい方がいい、スマホの画面では仕事はできない・・すべて同じことです。
参考:小さなワークスペースで作られたもの > [[携帯小説>https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%82%A4%E5%B0%8F%E8%AA%AC]]
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***記憶は「ホログラム」式である
人間の記憶は、コンピュータのメモリーのような「引き出し」に知識項目が一つずつ入っているというイメージでは捉えられません((ひとつの細胞がひとつの記憶の単位になっているという例もあります。「顔細胞」や「手細胞」といわれるもので、「顔(目が必須)」や「手」という視覚刺激に対して特異的に反応するニューロンがあることがサルの実験で明らかにされました。「顔」と「手」は特別な存在なのかもしれません。))。詳細を後にして、先に一般的な事柄を述べると、「人」の記憶は、細胞イコール一つの記憶単位と考えるより、神経細胞同士の結合の「関係」が記憶の「構造」をかたちづくっていると考える方が、あらゆる点で説明がつきやすいのです。人間の記憶は、「複数の神経細胞が複数の事象についての情報を重層的に担う」という意味で、「ホログラム式の記憶である」ともいわれます((ホログラムとは、3次元の空間情報を2次元の板に記録するものです。空間領域の情報を周波数領域の情報に変換して記録するため、板そのものには形は見えませんが、参照光をあてると像が再生します。板の一部(特定の周波数領域)が欠落してもボケる程度で情報が完全に消滅するわけではありません。あらゆるものが重層的に記録されるという意味で脳の記憶に例えられることがあります。))。

人間の脳の記憶は引き出し式ではなく、複数の細胞が複数の記憶に同時に関わっています。よって「思い出」のイメージも絶対とは言い切れず、時間とともに変質していると考えられます。
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***記憶とは「関係」の記憶である
さて、こうした知見によれば、物事は一つ一つの項目としてではなく、「関係」として一挙に構造化されて記憶されているということになります([[構造主義>Structuralism]][[言語学>Language]]のF・ソシュール(1916)も同じことを言っていました)。例をあげてみると、私たちは新しい言葉を覚える際に、反対の意味の言葉や、対になる言葉とともに「二項対立」的に記憶する方法をよくとります。これは単独の項目よりも二つの対立項目で記憶するほうがその関係の問題として記憶に位置付けやすいことを意味しています。さらに言えば、私たちの日常的な用語には単独では用をなさない「上」とか「左」とかいう概念があって、辞書の「左」の項には「右の反対」、「右」の項には「左の反対」と記されており、要するに関係の問題でしかない概念も多いのです。
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***記憶の容量
コンピュータのような機械の記憶の場合、記憶が「引き出し式」であることから、容量というものが定まるのですが、人の「ホログラム」式記憶の場合は、どこまでが限界というものではなく、知識の構造化が能率的であればあるほど、より多くのことを記憶できます。人の脳細胞の数はほぼ同じで、実際にはその数%しか働いていないという報告とあわせれば、「頭のよい人」というのも「容量」の問題ではなく、知識の構造化がうまいかどうかの問題であるといえるでしょう。例えば、ある社会現象を説明するモデルが、過去に学んだ物理現象を説明する数式モデルと似通っていると気付いた場合、その知識はパラレルに重ねあわせながら記憶(既存の神経細胞の結合関係が流用)されるわけで、この場合の記憶は能率的です(実際、学問に興味をもった場合、このような学習の転移がおこることは多い)。ある分野について学習すると、異なる分野の知識の飲み込みも早くなるのはそのためです。
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***記憶の正確さ
次に「記憶の正確さ」についてですが、「機械の記憶」は当然与えられた精度の範囲で正確に再現されるもので、なんらかの障害によって間違う場合は、もとの情報は見る影もないというのが普通です。一方、人間の記憶は、基本的な言葉の意味や日々の生活に関わる範囲では正確ですが、そうでない部分については、あいまいであるか、欠落しているか、まちがった記憶になっているかのいずれかです。これも結局は、記憶の構造が「ホログラム」式であることに由来するもので、新しい情報が記憶を再構造化する過程で、言い替えれば、神経細胞同士の結合関係があちこちで強まったり弱まったりする過程で、古い記憶に関する結合が弱まって薄れたり、あるいは別の記憶に関わる部分の結合関係を変えてしまったりするということで説明がつきます。
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***付記:進歩という幻想
最後に「進歩」という観念について。上述したことの繰り返しになりますが、新しいことを覚えるということは、過去の記憶の「関係」を修正することで、これはすなわち「何かを覚えるとき、気付かぬうちに何かを忘れている」ということを意味します。人は成長する過程で確かに新たな知識を蓄えていくように思えますが、これは「知識を確実なものにしていく」というということで、神経細胞のレベルで言えば「頻繁に駆動する一部の知識・思考回路に関してはその結合が強化されて、その他の結合は断ち切られていく」、簡単に言えば「頭が固くなる」・「思考がワンパターン」になるということなのです。

なにも知らない子供が、ユニークな発想で大人を笑わせたり、すぐれた想像力を発揮したりするのは、このことの裏返しといえるでしょう。その意味では「進歩」は幻想であり、人の社会化(大人になること)とは、あらゆる可能性の放棄の上に成り立っていると言うこともできます。一面的な見方で、人の脳に優劣をつけることはできません。
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**APPENDIX
***関連ページ
-[[BrainScience]]
-[[Neurotransmitter]]
-[[CognitivePsychology]]
-[[Entropy]]
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***参考
-[[Elizabeth Loftus>http://www.seweb.uci.edu/faculty/loftus/]]
-[[Irving Biederman>http://geon.usc.edu/~biederman/]]
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