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2020年8月5日 (水) 16:34時点における最新版
ひきこもりをテーマとした戯曲の創作プロセス~構想から世界観/登場人物の設定まで~
- 緒方卓也 / 九州大学大学院芸術工学府
- Takuya Ogata / Kyusyu University
- 尾方義人 / 九州大学大学院芸術工学研究院
- Yoshito Ogata / Kyusyu University
Keywords: Drama scenario, Hikikomori
- Abstract
- This report is about desigh method of drama scenario writing whose theme is Japanese social problem “Hikikomori”. There are some basic methods which say about consolidation and some criticisms. However we have not seen method which is written thorough writing drama scenario. So this time , I try write what I think and how express it thorough making drama scenario.
目次
背景
戯曲とは演劇作品における脚本を指す。現在、起承転結の結び方や魅力的な主人公の作り方を一般化した創作の指南書や、既存の作品からシナリオを解剖する評論など、戯曲についての記述は数多く存在する。しかし、戯曲の作者本人が自身の戯曲がどのようにして生まれたのかは端的に述べることはあっても、創作のプロセスを一貫して記述しその構造を考察する試みは少ない。その理由として、戯曲が作家の感性のままに作られ言語化することが難しいことが挙げられる。また、日々新しいものを作り続ける劇作家にとっては、事細かに記述を整理する作業よりも、新しい作品に取り組むことの方が優先されるからだ。しかし、一つの作品の創作プロセスを言語化し記述することは、今後の戯曲創作の場においてひとつの参考事例を残すこととなる。また言語化されたプロセスから戯曲への理解も深まり、作品の構造をさらに評価しやすいものにできる。このように作者によって創作を通して戯曲の設計プロセスを記述することが、戯曲創作のさらなる可能性を広げると私は考える。
目的
本研究は、実際に上演する戯曲の創作を通して、筆者自身がなぜそのように考えたか、そしてそれをどのように戯曲に表現にするかを記述することで、戯曲設計のプロセスを組み立てることを目的とする。
研究の方法
ロバートマッキー(2018)によると、物語の創作のプロセスは「構想」「世界観の設定」「登場人物の設定」「幕の設計」「シーンの設計」の5つのセクションに分けられる。本研究ではこのセクションから「構想」「世界観の設定」「登場人物の設計」までの、戯曲の執筆手前の物語の根幹をなすセクションを課題範囲として進め、スペキュラティブデザインの立場から作品を作っていく。
スペキュラティブデザインとは、RCA(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)で教鞭をとるアンソニー=ダン(2015)によって提唱されたデザインの立場で、解決策を提案するデザインではなく、問いを投げかけるデザインのことを指す。その目的としては、未来を予測するということよりも、未来について考えさせることそのものをさす。
そこで創作のテーマとして日本の社会問題である「ひきこもり」をキーワードに選んだ。1980年代より不登校問題を中心に見られたこの現象であるが、インターネットの普及を主として、コミュニティの質やコミュニケーションの在り方も変化してきた。それと同時に「ひきこもり」というのは物理的な問題というより、承認への渇望や曖昧になっていく自己存在の感覚など、日本の若者が抱える心理的閉塞感を指すようになってきた。この心理的ひきこもりは我々日本人に潜在し、抑圧されたフラストレーションは日々増長されていき、将来の日本人像を形成する重要な要因になるものだと私は考える。
構想
エネルギーを溜め込み爆発するというイメージ
われわれ日本人に強く刺さるものとして「原子力発電」を作品の背景に置く。冷却炉に閉じ込められ膨らんでいく放射能をひきこもりに隠喩させ、観客に自ら感じ考えてもらうことで、理解を深いものにしていく。そのために戯曲の構造として「エネルギーをため込む」「ため込まれたエネルギーが増長する」「エネルギーが爆発する」「エネルギーが爆発した影響」といった流れを物語の背景に置く。そして登場人物たちのやりきれない葛藤や承認への渇望を見せ、背景と重なることで、人間の中の抑圧されたフラストレーションを効果的に表現していく。
現在と未来の因果関係~原子爆弾と原発事故~
未来をイメージするためには現在との因果関係が成り立っていなければならない。そこで、原発事故と因果関係をイメージできるものとして1945年の日本に落とされた原子爆弾が挙げられた。原子爆弾による放射能の負のイメージをまるで忘れていくかのように我々は「明るい未来のエネルギー」と変え、冷却炉に閉じ込めてきた。そしてそれらは2011年、福島第一原子力発電所の事故として再び私たちに悲劇を見せた。この二つを見て、私は繰り返される歴史を想起させられ、この二つの因果関係を結び付けることで、もう一度起こる悲劇を予見させることができるのではないかと考えた。
心理的ひきこもり
斎藤(2013)は「現在の若者が重要とするものは『実在すること』、すなわち 『自分は何者なのか』『自分の人生に何の意味があるのか』ということにある」と述べる。現在の心理的ひきこもりは、「承認への渇望」「自己存在の曖昧さ」「隣人とのつながりの拒絶」などが潜在的に宿り、説明できない生きづらさを形成する。そこで、未来では内に秘めていたそのフラストレーションが爆発し、もっと顕著に現れた様子を描く。
世界観の設計
物語は「現在」とそこから半世紀先の「未来」の2つの時間軸から進む。
- 「現在」の時間軸では、原子爆弾が落とされた後の日本を舞台となり、エネルギーを抑え込んでいく過程を表現する。そこでは【20世紀の医師団】と呼ばれる組織が放射能によって汚染されたものを回収し、冷凍保管していく。その目的は21世紀の日本がアメリカへの「恨み」を持たないようにすることにある。
- 「未来」は、現在の世界が冷凍保管を完了した先の世界を舞台とする。コールドスリープから目覚めた青年は自分以外誰もいない漠然とした世界で、曖昧な自己存在の意識と向き合う。
- 現在の世界で何が起こったのか、未来の世界が何を意味しているのか、未来の世界が現在の世界に迷い込むことでこの2つの謎を紐解いていく。
登場人物の設計
構想にのっとり、大きく3つの関係図から登場人物のベースを築いていく。
- ①物語の背景を形成するための関係図
エネルギーを閉じ込めようとする人間たち(20世紀の医師団)に対し、閉じ込められるエネルギー(生きる屍たち)の抵抗、そして放射能を浴びた生き残り(イサコ)の抗いの関係から登場人物を形成する。
- ②個人に閉じ込められたエネルギーについての関係図
個人に潜在するフラストレーションの揺らぎとそれに伴うフラストレーションの増長についての関係図。堅実で保守的な主人公(夕凪)は目の見えない妹(とも子)と二人ぐらしで暮らす。とも子は目が見えない代わりに妄想で世界を作ることができ、そこでコールでスリープから目覚めた青年(オズ)と出会う。夕凪は世の中の汚れを知らないとも子に兄弟を超えた愛情を抱き、とも子もただ一人の自分を守ってくれる兄に対し愛情を抱いていた。ある日、夕凪は20世紀の医師団に加入するとともにイサコと出会う。放射能の恨みのエネルギーをため込んだイサコの破滅的な言動に魅了されていく片側で、とも子を思う保守的な心が夕凪の中のフラストレーションが増長していく。
- ③未来のひきこもりについての関係図
オズは一人ぼっちの漠然とした世界で、妄想と会話をすることで自分の存在を保つ。しかしその妄想とでさえ目を見て話すことができず、うまくコミュニケーションを築けずにいた。その妄想の中でも、とも子だけは他の妄想と違い、オズは心を通わせることができ、オズはとも子と共に丘の上に立つ「発電所」へ向かう途中、「現在の世界」へと迷い込む。
夕凪 「20世紀の医師団」に新たに加わった青年。真面目で愛国心が強く、妹のとも子と二人で暮らしている。潔癖な性格で、純粋な心を持つとも子に対し兄弟を超えた愛情を抱いている。イサコの担当につくこととなり、イサコの破壊衝動に振り回されながら、自分の心に潜む「汚れたい欲望」に気づいていく。やがてイサコを愛してしまい、とも子を捨て、イサコと二人で病院の外へ出ることを決意する。
とも子 夕凪の妹。生まれつき目が見えない代わりに、想像力に長けており、夕凪に対し兄弟を超えた愛情を抱いている。 とも子は妄想の中で50年先の未来へ出かけ、コールドスリープで目覚めたばかりの青年オズと出会う。イサコに魅了されていく夕凪の異変に気付き、オズと共に病院へ潜入するも冷蔵庫へと迷い込み、そこで生きる屍たちと出会う。
イサコ 原子爆弾の生き残り。20世紀の医師団に保護され、病院生活を送る。整ったものや綺麗なものが気に入らず、破壊的な言動を衝動のままに行い、夕凪を振り回していく。しかし、自分も冷蔵庫へ隔離される対象であることを知り、夕凪と病院を出ていくことを決意する。
20世紀の医師団 「20世紀を忘れる作業」と称して、20世紀の傷を21世紀に持ち込まないことを目的にマッカーサーからの命令で放射能に汚染されたものを回収する組織。集めたものは処理できないため、巨大な冷蔵庫に隔離している。
生きる屍たち 冷蔵庫の中で生きる放射能に汚染された者たち。自分たちを忘れようとする現世への恨みを持ち、とも子を利用して自分たちの恨みを冷蔵庫の外へ届ける機会を伺う。
オズ 50年後のコールドスリープから目覚めた青年。 自分以外の誰もいない孤独な世界で、妄想の友達と会話を交わすことで自分の存在を確かめている。とも子も自分の妄想だと思っており、とも子に恋心を抱く。
考察とまとめ
本稿では、戯曲の設計工程において「構想」から「世界観の設定」「登場人物の設定」までのプロセスを言語化し記述することで、説明できないまま感覚に頼って作られることの多い戯曲づくりの言語化を試みた。テーマを「ひきこもり」とした今作品は、「現代の潜在する生きづらさを【心理的ひきこもり】としてとらえ、抑圧されたフラストレーションが爆発する未来に目を向ける作品」と説明できるようになった。そしてその方法として、【背景に社会問題を置き、登場人物たちの葛藤を背景のメタファーとして描く】【「物事の始まり(現在)」と「物事の結果(未来)」を並べ、その間の過程を探る戯曲の構図は、観客が想像力を働かせる余地を作り出す】という手法を言語化することができた。 あらゆる戯曲について今回築き上げたプロセスが有効に働くとは言えないが、今後同じようにして戯曲の言語化し記述する図る試みに対し可能性を広げるものになったと考える 今回は「構想」から「世界観/登場人物の設定」までを中心に創作プロセスの言語化を図った。今後は、ここから先の「幕の設計」「シーンの設計」の創作プロセスを記述し、そこに「構想」「世界観/登場人物の設定」がいかに相関しているかを記述し、戯曲全体の設計プロセスの言語化を完成させていく。
参考文献
- 承認をめぐる病(2013) 斎藤環 著 日本評論社
- ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則(2018) Rovert Mucky 著 越前敏弥 訳 フィルムアート社
- スペキュラティヴ・デザイン 問題解決から、問題提起へ。—未来を思索するためにデザインができること(2015) アンソニー=ダン ビー・エヌ・エヌ新社