「カンボジアのプノンペンにおける美術教育に関する研究」の版間の差分

提供: JSSD5th2019
Jump to navigation Jump to search
(「カンボジアのプノンペンにおける美術教育に関する研究」を保護しました ([編集=管理者のみ許可] (無期限) [移動=管理者のみ許可] (無期限)))
 
(3人の利用者による、間の52版が非表示)
1行目: 1行目:
- 「色彩」をテーマとした美術教材にかかる要件の抽出 -
+
- ソムブール小学校で行った授業をケーススタディとして -
  
  
<!-- 以下の赤字表記部分は、ご確認後に消去して下さい -->
+
; 清水淳史 / 九州大学大学院統合新領域学府ユーザー感性学専攻
<span style="color:red;">'''注)'''</span>
+
: SHIMIZU, Atsushi / Kyushu University
*<span style="color:red;">この雛形は、研究発表(口頭・ポスター)に適用されます。</span>
+
; 池田美奈子 / 九州大学大学院芸術工学研究院
*<span style="color:red;">英文概要は、80ワード程度を目安にご執筆下さい。</span>
+
: IKEDA, Minako/ Kyushu University
*<span style="color:red;">本文部分は、2,000文字程度を目安にご執筆下さい。</span>
 
*<span style="color:red;">見出しの語句は参考例です。</span>
 
*<span style="color:red;">「あなた」が編集を行うとページの履歴に利用者名が残ります。</span>
 
 
 
  
; 清水淳史 / 九州大学大学院統合新領域学府ユーザー感性学専攻
+
''Keywords: Art, Color, Education, Culture, Cambodia''
: ◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯ / ◯◯◯◯◯◯ University ← 氏名 / 所属 の英語表記
 
: ''Keywords: Product Design, Visual Design'' ← キーワード(斜体)
 
  
  
 
; Abstract
 
; Abstract
: Lorem Ipsum is simply dummy text of the printing and typesetting industry. Lorem Ipsum has been the industry's standard dummy text ever since the 1500s, when an unknown printer took a galley of type and scrambled it to make a type specimen book. It has survived not only five centuries, but also the leap into electronic typesetting, remaining essentially unchanged.
+
: This research is based on a case study at Sombool elementary school at Cambodia. This  research aims to clarify the art education at present in Cambodia which  hasn't  have art  education  system  at  public school since 1980's. Through the analysis of drawings and interview to founder of private art school, color on drawings has tendency to use warm colors. But red color still remains influence by general education. This research is not just a case study, but also has possibility to gain the art culture at Cambodia in the future.
  
  
23行目: 17行目:
  
 
==目的と背景==
 
==目的と背景==
 一昨年前から「失われたクメール美術復活プロジェクト」に関わり、今年コンポンスプー州で大規模な美術の授業を実施した。古来から色は美術のみならず、染色技術やイデオロギーとしても現れ機能してきた。そうした色に対する精神性は17世紀の科学革命とともに、18世紀の植民地主義によってカンボジアを含む東南アジアに大きな影響を及ぼした。しかし色は光という物理現象であるとともに、人が作り出した文化でもある。特に発展途上国と言われる国において、その国の固有性を明らかにすることは、歴史、民族、精神性を守り、伝えていく上で重要である。本研究では、今後プロジェクトの中で美術教材として色を取り上げる上で必要な要件を抽出することを目的とする。
+
  一昨年から「失われたクメール美術復活プロジェクト」<ref>藤澤忠盛, 神田麻衣,「失われたクメール美術」教育復活研究,日本デザイン学会 第65回春季研究発表大会,2018</ref>に携わり、今年コンポンスプー州にあるソムブール小学校で美術の授業を実施した。協力して頂いた山田アートスクールは、カンボジアで70年代後半に起こった内戦以来、公立小学校では美術の授業を実施していないという背景を受けて首都プノンペンに日本人が開校した美術学校である。本研究では、カンボジアの美術教育の現状及びケーススタディの現代的意義を明らかにし、考察することを目的とする。
 +
 
 +
==研究の方法==
 +
  2019年8月13日にソムブール小学校で行った美術の授業をケーススタディとして、そこで描かれた絵を造形と色彩の面から分析することで子供側の視点、そして教育側の視点から絵の特性を明らかにする。また、同年8月31日と9月1日に行った山田アートスクールでのインタビュー調査を通して、ケーススタディが現代の美術教育の中でどのように位置づけられるかを明らかにする。これらを元にカンボジアの美術教育の現状及びケーススタディの現代的意義を考察する。
 +
 
 +
==ケーススタディ==
 +
  対象となる240名の生徒は「私の思い描くアンコール・ワット」という共通のテーマを与えられ、自由に絵を書いた。まず、朝礼でアンコール・ワットを見たことがある人という校長先生の質問に対して手を挙げた生徒は半数以下であった。使った画材は1、2年生にはクレヨンと赤色、青色、緑色、黃色、紫色、橙色、水色、ピンク色の水彩絵具で、混色不可とした。3年生以上は色鉛筆と同じ8色の水彩絵具で混色可とした。朝礼の後各学年教室に分かれ、6名1グループほどで机を固め画材を用意し、クレヨンや色鉛筆を用いて下書きをした後、絵の具を使って色を付けるよう促した。
 +
 
 +
==結果と分析==
 +
'''造形分析'''
 +
  アンコール・ワットは平面的には5つの塔があるが、国旗には正面から見える3つの塔として描かれている。図1から、全学年を通して3つとして描いた子供が最も多く、次いで5つが多いことが分かった。[[File:Fig.1.png|thumb|right|200px|図1.全学年における塔の数の割合]]
 +
{{clear}}
 +
 
 +
'''色彩分析'''
  
 +
  カラー成分測定では、色をスペクトル別に赤色系、橙色系、黄色系、緑色系、青色系、紫色系の6色と無彩色の7つに分類し、その割合を算出した。1年生50人、2年生27人、3年生40人、4年生45人、5年生38人、6年生40人の学年別割合及び全体の割合を算出したところ、3学年は橙色に次いで黄色、残り3学年は黄色に次いで橙色をもっとも多く使用していたという結果であった。図2から図7に1年生から6年生における色の割合、及び図8に全学年における色の割合を示す。
 +
<gallery>
 +
File:Fig.2.png|thumb|right|200px|図2.1年生における色の割合
 +
File:Fig.3.png|thumb|right|200px|図3.2年生における色の割合
 +
File:Fig.4.png|thumb|right|200px|図4.3年生における色の割合
 +
File:Fig.5.png|thumb|right|200px|図5.4年生における色の割合
 +
File:Fig.6.png|thumb|right|200px|図6.5年生における色の割合
 +
File:Fig7.png|thumb|right|200px|図7.6年生における色の割合
 +
File:Fig.8.png|thumb|right|200px|図8.全学年における色の割合
 +
</gallery>
  
==研究の方法==
 
[[File:HanakoKyusanFig01.jpg|thumb|right|200px|図1.◯◯◯◯]]
 
 研究の方法は大きく2つに分かれる。文献調査では、アンコール王朝時代、フランス植民地時代、ポルポト政権時代、そして現代においてカンボジアで色がどのような意味を持ち、表現されてきたかを多文化との比較を通して分析する。小学生が描いた絵の画像分析では、色の使われ方を色分析が可能なウェブサービスを用いて分析する。これらの結果から科学的普遍性があると考えられる情報と、カンボジアの固有性と考えられる情報に大別する。その後、筆者が実際にカンボジアで撮影した写真や、インタビュー結果と照らし合わせることで、カンボジアにおける色を考察する。
 
{{clear}}
 
  
==文献調査==
+
{{clear}}
色彩という観点から国旗の変遷を辿ると、アンコール王朝時代にできたと考えられるペナント型の旗は、縁が緑で中央が広く黄色に塗られている。しかしその後フランス植民地時代には現代のカンボジアの国旗の原型となる赤と青の色彩の上にアンコール・ワットが描かれるようになった。西欧はキリストの誕生とともに成立し、そこに黃色に対する価値観の根源がある。イエス・キリストはキリスト教の始祖であるとされる人物だが、弟子の一人である「イスカリオテのユダ」がを裏切ったことで磔刑に処される。この際、ユダが着ていた衣の色が黄色であった。以来、ヨーロッパの広い地域で黃色に対する嫌悪感が現れている。一方東洋における黄色は、中国では皇帝の色として、インドでは仏教僧の袈裟の色であり、最も尊ばれた色である。
 
  
==画像分析==
+
==インタビュー調査==
2019年8月にカンボジアのコンポンスプー州の小学校で小学生が描いたアンコールワットの画像をカラー成分測定し、色を光とした時のスペクトル別に6色と無彩色の7つに分類し、そこで使われている色の割合を算出した。1年生50人、2年生27人、3年生40人、4年生45人、5年生38人、6年生40人の学年別割合及び全体の割合を算出したところ、3学年は橙色、残り3学年は黄色をもっとも多く使用していたという結果となった。
+
  山田アートスクールは2011年に美術学校として開講し、現在では日本語学校及びアニメーションのスタジオを備え、就学前の3歳児から定年を迎えた60歳を超える成人までの300名ほどが在籍しており、その殆どが経済的に余裕のある家庭のインターナショナルスクールの生徒たちである。教育面では美術講師を同校の優秀な学生や近隣の大学から雇用することで教育者としての仕事の環境を提供するだけでなく、展覧会の企画も行うなどアーティストとして活躍できる場も創出している。美術面では、教育能力を持った学生は講師として生徒に美術教育を提供し、作画能力を備えたアニメーションスタジオのスタッフは法人や海外からの仕事を受注することで経営資源を山田アートスクールに還元している。また、日本語講師は王立プノンペン大学の学生や先生であり、幼稚園児や小学校低学年の生徒に美術の楽しさを伝える役割も担っている。
  
 
==考察==
 
==考察==
日本色彩研究所が2010年にインドで行った調査によれば、若者の嫌いな色に黄色が含まれている理由として、当時インドで多発していたテロを例に上げ、彼らはヒンドゥー至上主義の右派団体であり、テーマカラーである黄色がこの時の印象調査に影響したと結論している。ここから、色はどの時代も極めて強いイデオロギーを表現するとともに、それらが人間の作り出した文化的なものであるということが言える。クメール王朝時代の国旗が緑と黄色から構成されていたにも関わらず、植民地主義の影響でその色は西洋から伝来した赤と青という色に塗り替えられた。その背景として、当時の西洋でゲーテが著した『色彩論』の中でも中心的な色として述べられており、それ以来赤と対等な関係をなす色としての地位を築いた。また、1970年代後半にポル・ポト政権が率いたクメール・ルージュはその偏った政治思想によって当時の人口が700万人ほどであったカンボジアで200万人ほどを虐殺した。クメール語でルージュは「赤」を意味するため、今回の画像分析では、赤と青という現在の国旗に採用されている色にも関わらず、それらの色には西洋がもたらした精神性がありながらも、虐殺の歴史がマイナスの力として働いていると考えられる。
+
  ケーススタディにおける分析の結果、造形面では、アンコールワットの塔の数は3つが最も多かった理由として、国旗に採用されているデザインであり、直接見たことがない子どもが半数以上ということからも、国旗のデザインをそのまま描く子供が多かったということが言える。色彩面では、橙色と黄色を使用する傾向が高かった理由として、低緯度地域では暖色系の色が知覚的に鮮やかに映ることが考えられる。一方、6学年中5学年が橙色、黄色の2色を合計した割合が全体の半分を超えていたにも関わらず、同じ暖色である赤色の割合は学年が上がるにつれて減少する傾向にあった。この理由として、赤色は70年代後半に国民の3分の1を虐殺したクメール・ルージュの思想を表現するものであるという教育が、学年が上がるとともに浸透しているのではないかと考えられる。また、黄色はヒンドゥー教と仏教の中で最も尊ばれる色であり、街中の宗教建築にも多く見られることから、造形的に類似したそれらの色を国旗では白色で描かれているアンコール・ワットの色として表現したと考えられる。インタビュー調査の結果からは、今回行った美術の授業はケーススタディとしてだけでなく、現地の美術学校とそこに在籍するカンボジア人の日本語教師が介入することによって、当日のファシリテーションを円滑に進めることができ、持続可能性のある途上国支援であると言える。また山田アートスクールとしても、現在はローカルの生徒は数少ないが今後の継続的な活動によってローカルに対する認知度の向上が見込め、それに伴う美術教育の地位向上が期待できると考えられる。
  
 
==まとめ==
 
==まとめ==
 文献調査と画像分析、それらの考察からクメール王朝時代の黄色、西洋からもたらされた青色、そしてクメール・ルージュが標榜した赤色という各時代の色に対するイデオロギーの変遷が明らかになった。カンボジアは虐殺が起こったことによって東南アジアの中でも特に先進国の経済的支援を余儀なくされているが、それは同時にその国の色に対するイデオロギーも輸入することを意味する。今後も国としての成長を続けていく上で、経済の発展という文脈の外で、カンボジアが持つ固有性を明らかにすることは重要である。
+
  形に関しては国旗や宗教建築のデザインから共通性を見出すことができたが、色に関しては地理的、宗教的観点から共通性を説明できる一方で、教育という観点から見れば色が歴史上の特定のイデオロギーを表現するという事実が、現代を生きる子どもたちにとっても影響を及ぼしているのではないかとの仮説が成立する。また、今回のケーススタディは持続可能性を秘めるとともに、山田アートスクール及び美術そのものの認知度向上に繋がるものであると位置づけることができた。
 +
 
 +
==参考文献==
 +
上田広美、岡田知子,カンボジアを知るための60章,明石書店,2006<br>
 +
西野節男,現代カンボジア教育の諸相,東洋大学アジア文化研究所・アジア地域研究センター,2009<br>
 +
城一夫他,色彩の歴史と文化,明現社,1996<br>
 +
金子隆芳,色の科学 その心理と生理と物理,1995
  
 
==脚注==
 
==脚注==
 
<references />
 
<references />
 
 
==参考文献・参考サイト==
 
*◯◯◯◯◯(20XX) ◯◯◯◯ ◯◯学会誌 Vol.◯◯
 
*◯◯◯◯◯(19xx) ◯◯◯◯ ◯◯図書
 
*◯◯◯◯◯(1955) ◯◯◯◯ ◯◯書院
 
 
*◯◯◯◯◯ https://www.example.com (◯年◯月◯日 閲覧)
 
 
 
<br>
 
<br>
 
<br>
 
<br>
  
 
[[Category:未設定]]
 
[[Category:未設定]]

2020年8月5日 (水) 16:28時点における最新版

- ソムブール小学校で行った授業をケーススタディとして -


清水淳史 / 九州大学大学院統合新領域学府ユーザー感性学専攻
SHIMIZU, Atsushi / Kyushu University
池田美奈子 / 九州大学大学院芸術工学研究院
IKEDA, Minako/ Kyushu University

Keywords: Art, Color, Education, Culture, Cambodia


Abstract
This research is based on a case study at Sombool elementary school at Cambodia. This research aims to clarify the art education at present in Cambodia which hasn't have art education system at public school since 1980's. Through the analysis of drawings and interview to founder of private art school, color on drawings has tendency to use warm colors. But red color still remains influence by general education. This research is not just a case study, but also has possibility to gain the art culture at Cambodia in the future.



目的と背景

  一昨年から「失われたクメール美術復活プロジェクト」[1]に携わり、今年コンポンスプー州にあるソムブール小学校で美術の授業を実施した。協力して頂いた山田アートスクールは、カンボジアで70年代後半に起こった内戦以来、公立小学校では美術の授業を実施していないという背景を受けて首都プノンペンに日本人が開校した美術学校である。本研究では、カンボジアの美術教育の現状及びケーススタディの現代的意義を明らかにし、考察することを目的とする。

研究の方法

  2019年8月13日にソムブール小学校で行った美術の授業をケーススタディとして、そこで描かれた絵を造形と色彩の面から分析することで子供側の視点、そして教育側の視点から絵の特性を明らかにする。また、同年8月31日と9月1日に行った山田アートスクールでのインタビュー調査を通して、ケーススタディが現代の美術教育の中でどのように位置づけられるかを明らかにする。これらを元にカンボジアの美術教育の現状及びケーススタディの現代的意義を考察する。

ケーススタディ

  対象となる240名の生徒は「私の思い描くアンコール・ワット」という共通のテーマを与えられ、自由に絵を書いた。まず、朝礼でアンコール・ワットを見たことがある人という校長先生の質問に対して手を挙げた生徒は半数以下であった。使った画材は1、2年生にはクレヨンと赤色、青色、緑色、黃色、紫色、橙色、水色、ピンク色の水彩絵具で、混色不可とした。3年生以上は色鉛筆と同じ8色の水彩絵具で混色可とした。朝礼の後各学年教室に分かれ、6名1グループほどで机を固め画材を用意し、クレヨンや色鉛筆を用いて下書きをした後、絵の具を使って色を付けるよう促した。

結果と分析

造形分析

  アンコール・ワットは平面的には5つの塔があるが、国旗には正面から見える3つの塔として描かれている。図1から、全学年を通して3つとして描いた子供が最も多く、次いで5つが多いことが分かった。

図1.全学年における塔の数の割合



色彩分析

  カラー成分測定では、色をスペクトル別に赤色系、橙色系、黄色系、緑色系、青色系、紫色系の6色と無彩色の7つに分類し、その割合を算出した。1年生50人、2年生27人、3年生40人、4年生45人、5年生38人、6年生40人の学年別割合及び全体の割合を算出したところ、3学年は橙色に次いで黄色、残り3学年は黄色に次いで橙色をもっとも多く使用していたという結果であった。図2から図7に1年生から6年生における色の割合、及び図8に全学年における色の割合を示す。




インタビュー調査

  山田アートスクールは2011年に美術学校として開講し、現在では日本語学校及びアニメーションのスタジオを備え、就学前の3歳児から定年を迎えた60歳を超える成人までの300名ほどが在籍しており、その殆どが経済的に余裕のある家庭のインターナショナルスクールの生徒たちである。教育面では美術講師を同校の優秀な学生や近隣の大学から雇用することで教育者としての仕事の環境を提供するだけでなく、展覧会の企画も行うなどアーティストとして活躍できる場も創出している。美術面では、教育能力を持った学生は講師として生徒に美術教育を提供し、作画能力を備えたアニメーションスタジオのスタッフは法人や海外からの仕事を受注することで経営資源を山田アートスクールに還元している。また、日本語講師は王立プノンペン大学の学生や先生であり、幼稚園児や小学校低学年の生徒に美術の楽しさを伝える役割も担っている。

考察

  ケーススタディにおける分析の結果、造形面では、アンコールワットの塔の数は3つが最も多かった理由として、国旗に採用されているデザインであり、直接見たことがない子どもが半数以上ということからも、国旗のデザインをそのまま描く子供が多かったということが言える。色彩面では、橙色と黄色を使用する傾向が高かった理由として、低緯度地域では暖色系の色が知覚的に鮮やかに映ることが考えられる。一方、6学年中5学年が橙色、黄色の2色を合計した割合が全体の半分を超えていたにも関わらず、同じ暖色である赤色の割合は学年が上がるにつれて減少する傾向にあった。この理由として、赤色は70年代後半に国民の3分の1を虐殺したクメール・ルージュの思想を表現するものであるという教育が、学年が上がるとともに浸透しているのではないかと考えられる。また、黄色はヒンドゥー教と仏教の中で最も尊ばれる色であり、街中の宗教建築にも多く見られることから、造形的に類似したそれらの色を国旗では白色で描かれているアンコール・ワットの色として表現したと考えられる。インタビュー調査の結果からは、今回行った美術の授業はケーススタディとしてだけでなく、現地の美術学校とそこに在籍するカンボジア人の日本語教師が介入することによって、当日のファシリテーションを円滑に進めることができ、持続可能性のある途上国支援であると言える。また山田アートスクールとしても、現在はローカルの生徒は数少ないが今後の継続的な活動によってローカルに対する認知度の向上が見込め、それに伴う美術教育の地位向上が期待できると考えられる。

まとめ

  形に関しては国旗や宗教建築のデザインから共通性を見出すことができたが、色に関しては地理的、宗教的観点から共通性を説明できる一方で、教育という観点から見れば色が歴史上の特定のイデオロギーを表現するという事実が、現代を生きる子どもたちにとっても影響を及ぼしているのではないかとの仮説が成立する。また、今回のケーススタディは持続可能性を秘めるとともに、山田アートスクール及び美術そのものの認知度向上に繋がるものであると位置づけることができた。

参考文献

上田広美、岡田知子,カンボジアを知るための60章,明石書店,2006
西野節男,現代カンボジア教育の諸相,東洋大学アジア文化研究所・アジア地域研究センター,2009
城一夫他,色彩の歴史と文化,明現社,1996
金子隆芳,色の科学 その心理と生理と物理,1995

脚注

  1. 藤澤忠盛, 神田麻衣,「失われたクメール美術」教育復活研究,日本デザイン学会 第65回春季研究発表大会,2018