「インフォグラフィックスとしての物語の人物相関図のデザインに関する研究」の版間の差分
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人物相関図は物語の登場人物の関係についての理解を助けるために作られる図である。しかし,デザインとしてはあまり注目されることがなく,分かりにくく効果的とは言えない相関図も多い。 | 人物相関図は物語の登場人物の関係についての理解を助けるために作られる図である。しかし,デザインとしてはあまり注目されることがなく,分かりにくく効果的とは言えない相関図も多い。 | ||
− | + | 人物相関図については,学術的な研究として,現実の人間関係を視覚化する研究や,物語の内容の分析ツールとしての研究などがある。しかし,これらはほとんどが単なる内容に関する研究であり,デザインの面からの研究はほとんどない。他方,人物相関図は図表現のひとつであることから,インフォグラフィックスの対象でもある。インフォグラフィックスは情報を視覚的な表現で把握・整理し、わかりやすく伝えるという特徴を軸として発達した技法である。そこで,本研究はこうしたインフォグラフィックスとしての人物相関図に注目することで,分かりやすく効果的で,より創造的な表現方法を探究することを目的とした。 | |
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==資料収集と分析== | ==資料収集と分析== | ||
− | + | 現在,相関図はたくさんのテレビ・映画の公式サイトや、本、漫画や、漫画の特集や情報新聞などで用いられており、その用途も多様である。公式サイトでは,たいてい物語の予備知識を簡略に伝えることを目的としているし,漫画のシリーズ本では,その最初や最後に置かれ,先行する物語を復習したり,以降の物語を予習する目的を持っている。こうした目的で作られる相関図は,いわゆる「ネタバレ」を防止するために、簡単な人物関係や、あるいは単に人物の名前と姿だけを示すにとどまっている事例も少なくない。言うまでもなく、これは使われる環境から由来する制限である。その一方で、読者たちが自ら相関図を描くことも普通であり,彼らは物語をより深く味わうために自分のSNSに投稿したりすることがある。本研究ではこうした資料も対象とした。その結果,相関図は多くの場合,典型的な型を持っていることが分かったが、そのほとんどはいわゆるネットワーク形態であった。 | |
− | + | それらをインフォグラフィックスの視点から分析すると、まず,効果的な相関図の作成するためには,奥行きや配列、領域の分割などの手法を活用する余地が多く残されていることが分かった。重要な情報を強調したり目を惹きつける工夫をすることで,より分かりやすい相関図を作成できると思われた。しかし,本研究では,そうした機能的な性能に加えて,相関図が潜在的に有している可能性を探ってみることにした。すなわち,読者たちが物語を見た後の物語に対する味わいや、より深く知りたいと思うような知識欲を満たすような相関図の潜在的可能性に着目した。そこで,そうした可能性を探るために,相関図を描画する実験を行った。 | |
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==描画実験== | ==描画実験== | ||
+ | この実験の目的は,個々の作品の特徴に密接に結びついた相関図のあり方を探るために,人は,作品をどのように解釈し,どのような情報や象徴を取り出し,相関図に盛り込もうとしているかを探ることである。 | ||
+ | [[File:描画実験の試作品『君の名は。』人物相関図.jpg|thumb|right|320px|図1.描画実験の試作品『君の名は。』人物相関図]] | ||
===方法=== | ===方法=== | ||
− | + | 5人の被験者を対象として描画実験を行なった。比較的新しく,よく知られたアニメ映画として『君の名は。』を選んだ<ref>歴代アニメ映画興行収入ランキング,https://matome.naver.jp/odai/2147436580118708801 (2017年12月1日閲覧)『君の名は。』は2018年まで歴代アニメ映画興行収入ランキング第3位であり、公開年は2016年である。</ref>。<br> | |
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− | + | 実験する前に、実験者自ら相関図を描いてみた。男性主人公と女性主人公の間の入れ替わりと、彼らの相関関係にある三年のズレが重要と考えて、それらを縦線ではっきりと分け、男性が住む東京都と女性が住む糸守町の地図も空間的な比較のために描いた(図1)。 | |
+ | ===結果と考察=== | ||
+ | 実験の結果を示す。5人中4人が物語の特徴として3年の時空のズレを取り上げていた。すなわち女性キャラクター三葉と男性キャラ立花瀧が存在する時空の3年間のズレががあることが図の真ん中に描かれていた。この特徴は,自分自身の描画でも取り上げており,被験者にほぼ共通した特徴であった。このことから,自らの解釈を元に相関図が描かれる際、相関図に人物関係だけでなく、物語の特徴も盛り込むことで,より作品に密着した表現が生まれる可能性があることがわかった。それ故,より味わい深い相関図を作成するには,こうした特徴的な情報、換言すれば印象深い情報の発見が有効である。 | ||
+ | [[File:描画実験のデータ.jpg|thumb|right|800px|図2.描画実験のデータ]] | ||
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==物語の内容分析== | ==物語の内容分析== | ||
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+ | 描画実験の結果を踏まえると,物語の特徴的な情報を探るためには、物語を分析する必要がある。そこで、代表的な物語を選定し分析を行った。物語の選定は、描画調査で参考にした興行収入ランキングの上位25部までのアニメ映画を使用した。分析では、物語の構造分析理論を参考にし、物語の中で繰り返し現れるシーンや事柄を抽出し、ストーリーの転換に関わるシーンも記録した。例えば、『千と千尋の神隠し』で脇役のカオナシは6回登場しており<ref>千と千尋の神隠し』の脇役カオナシは、油屋の前で千尋と会い(1),油屋の庭に向く窓の前で千になる千尋と会い(2)、油屋の中で従業員を飲み込み(3)、その後金や食べ物で千の気を引こうとし(4)、千尋に連れられ銭婆のところに行き(5)、最後銭婆の居場所に残される(6)以上の合計6回登場していた。</ref>、他の同様な神様や化け物と比べて回数が多く、ストーリーの転換点と結びついていることが分かった。こうした分析から,カオナシは『千と千尋の神隠し』の重要なキャラクターと判断される。 | ||
− | + | しかし、このような計量的な物語分析だけで物語の特徴がくみ尽くされるわけではない。たとえば『君の名は。』では,主人公たちの入れ替わりは確かに何回も発生し、繰り返されるシーンとなっているが,主人公の間に三年のズレがあることは,映画で説明されるのは1回だけである。この物語の内部では,前提となる客観的背景となっているが、それにもかかわらず物語の重要な情報であることには違いない。実際,描画実験でも、4人の被験者が時間のズレを描いていた。したがって、数量的な分析だけではなく,これらの客観的な設定の特殊性も,物語の特徴として抽出する必要があろう。また、元々映像を媒体とするアニメ映画は直接的に視覚に訴えるため、人物やシンボルなどの多くの具体的な形象が見る者に与える効果は,小説などの文字を媒体とする物語よりも、格段に大きい。 | |
概して、印象が残されやすい物語の内容には、出現回数の多さや、知覚的に強度(突然表したりすることや、血みたい赤い色など)、特殊性や、見る人の経験に訴えた同感の要求などがある。 | 概して、印象が残されやすい物語の内容には、出現回数の多さや、知覚的に強度(突然表したりすることや、血みたい赤い色など)、特殊性や、見る人の経験に訴えた同感の要求などがある。 | ||
− | + | 以上の点を念頭におきつつ,25編の物語を選定し,分析した。その結果,個々の物語から抽出された特徴のシーンを表1にまとめた。この表を分類・整理し、図3で項目の関係をまとめた。ここで,「特殊な人物関係」とした項目について説明する。項目内の「所有」と「介入」の区分では,たとえば,ポケットモンスターにおける相互に無関係なたくさんのモンスターとその収集者のような関係のタイプが「所有」,事件の当事者たちの関係に外部から介入する関係を「介入」とした。介入の事例としては名探偵コナン劇場版に見られ,コナンが探偵として事件に巻き込まれるが,事件の中の人物関係には関与していない。 | |
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==考察と今後の課題== | ==考察と今後の課題== | ||
− | + | 本研究では,物語の特殊性を反映した味わいのある相関図の可能性を探究するために,物語を分析し,その特徴の抽出を試みた。その結果,特徴は7つのカテゴリーに分類することができた。物語の特殊性は,人の解釈に依存し,人によって異なることになるが,このような多様性は,相関図の創造的な可能性でもあると考える。<br> | |
− | + | 今後は、この物語の特徴分析に基づき、インフォグラフィクスの考え方を取り入れた相関図のグラフィック作品の制作を行い,作品制作によって可能性を探究するが,その際,作品の評価する方法についての検討が今後の課題となる。 | |
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==脚注== | ==脚注== |
2020年8月5日 (水) 16:34時点における最新版
- 物語の内容分析に着目して -
- 崔怡テイ / 九州大学大学院芸術工学府
- Yiting Cui / Graduate School of Design, Kyushu University
- 伊原久裕 / 九州大学大学院芸術工学研究院
- IHARA Hisayasu / Faculty of Design, KYUSHU University
Keywords: Design of Character relationship diagram, Infographic Design
- Abstract
- This study aims to explore the possibility of character relationship diagrams to use as infographics and find effective expression methods for it. According to the collected data, we propose that despite the personal relationships, the characteristics of the story should also be expressed in the relationship diagram. The drawing experiment was done to verify it. Besides, we analyze the content of the story by using the methods of structuralism's analysis. As a result, we summarize the relationship diagram into five different types to guide the following diagram creation.
背景と目的
人物相関図は物語の登場人物の関係についての理解を助けるために作られる図である。しかし,デザインとしてはあまり注目されることがなく,分かりにくく効果的とは言えない相関図も多い。
人物相関図については,学術的な研究として,現実の人間関係を視覚化する研究や,物語の内容の分析ツールとしての研究などがある。しかし,これらはほとんどが単なる内容に関する研究であり,デザインの面からの研究はほとんどない。他方,人物相関図は図表現のひとつであることから,インフォグラフィックスの対象でもある。インフォグラフィックスは情報を視覚的な表現で把握・整理し、わかりやすく伝えるという特徴を軸として発達した技法である。そこで,本研究はこうしたインフォグラフィックスとしての人物相関図に注目することで,分かりやすく効果的で,より創造的な表現方法を探究することを目的とした。
資料収集と分析
現在,相関図はたくさんのテレビ・映画の公式サイトや、本、漫画や、漫画の特集や情報新聞などで用いられており、その用途も多様である。公式サイトでは,たいてい物語の予備知識を簡略に伝えることを目的としているし,漫画のシリーズ本では,その最初や最後に置かれ,先行する物語を復習したり,以降の物語を予習する目的を持っている。こうした目的で作られる相関図は,いわゆる「ネタバレ」を防止するために、簡単な人物関係や、あるいは単に人物の名前と姿だけを示すにとどまっている事例も少なくない。言うまでもなく、これは使われる環境から由来する制限である。その一方で、読者たちが自ら相関図を描くことも普通であり,彼らは物語をより深く味わうために自分のSNSに投稿したりすることがある。本研究ではこうした資料も対象とした。その結果,相関図は多くの場合,典型的な型を持っていることが分かったが、そのほとんどはいわゆるネットワーク形態であった。
それらをインフォグラフィックスの視点から分析すると、まず,効果的な相関図の作成するためには,奥行きや配列、領域の分割などの手法を活用する余地が多く残されていることが分かった。重要な情報を強調したり目を惹きつける工夫をすることで,より分かりやすい相関図を作成できると思われた。しかし,本研究では,そうした機能的な性能に加えて,相関図が潜在的に有している可能性を探ってみることにした。すなわち,読者たちが物語を見た後の物語に対する味わいや、より深く知りたいと思うような知識欲を満たすような相関図の潜在的可能性に着目した。そこで,そうした可能性を探るために,相関図を描画する実験を行った。
描画実験
この実験の目的は,個々の作品の特徴に密接に結びついた相関図のあり方を探るために,人は,作品をどのように解釈し,どのような情報や象徴を取り出し,相関図に盛り込もうとしているかを探ることである。
方法
5人の被験者を対象として描画実験を行なった。比較的新しく,よく知られたアニメ映画として『君の名は。』を選んだ[1]。
実験する前に、実験者自ら相関図を描いてみた。男性主人公と女性主人公の間の入れ替わりと、彼らの相関関係にある三年のズレが重要と考えて、それらを縦線ではっきりと分け、男性が住む東京都と女性が住む糸守町の地図も空間的な比較のために描いた(図1)。
結果と考察
実験の結果を示す。5人中4人が物語の特徴として3年の時空のズレを取り上げていた。すなわち女性キャラクター三葉と男性キャラ立花瀧が存在する時空の3年間のズレががあることが図の真ん中に描かれていた。この特徴は,自分自身の描画でも取り上げており,被験者にほぼ共通した特徴であった。このことから,自らの解釈を元に相関図が描かれる際、相関図に人物関係だけでなく、物語の特徴も盛り込むことで,より作品に密着した表現が生まれる可能性があることがわかった。それ故,より味わい深い相関図を作成するには,こうした特徴的な情報、換言すれば印象深い情報の発見が有効である。
物語の内容分析
描画実験の結果を踏まえると,物語の特徴的な情報を探るためには、物語を分析する必要がある。そこで、代表的な物語を選定し分析を行った。物語の選定は、描画調査で参考にした興行収入ランキングの上位25部までのアニメ映画を使用した。分析では、物語の構造分析理論を参考にし、物語の中で繰り返し現れるシーンや事柄を抽出し、ストーリーの転換に関わるシーンも記録した。例えば、『千と千尋の神隠し』で脇役のカオナシは6回登場しており[2]、他の同様な神様や化け物と比べて回数が多く、ストーリーの転換点と結びついていることが分かった。こうした分析から,カオナシは『千と千尋の神隠し』の重要なキャラクターと判断される。
しかし、このような計量的な物語分析だけで物語の特徴がくみ尽くされるわけではない。たとえば『君の名は。』では,主人公たちの入れ替わりは確かに何回も発生し、繰り返されるシーンとなっているが,主人公の間に三年のズレがあることは,映画で説明されるのは1回だけである。この物語の内部では,前提となる客観的背景となっているが、それにもかかわらず物語の重要な情報であることには違いない。実際,描画実験でも、4人の被験者が時間のズレを描いていた。したがって、数量的な分析だけではなく,これらの客観的な設定の特殊性も,物語の特徴として抽出する必要があろう。また、元々映像を媒体とするアニメ映画は直接的に視覚に訴えるため、人物やシンボルなどの多くの具体的な形象が見る者に与える効果は,小説などの文字を媒体とする物語よりも、格段に大きい。
概して、印象が残されやすい物語の内容には、出現回数の多さや、知覚的に強度(突然表したりすることや、血みたい赤い色など)、特殊性や、見る人の経験に訴えた同感の要求などがある。
以上の点を念頭におきつつ,25編の物語を選定し,分析した。その結果,個々の物語から抽出された特徴のシーンを表1にまとめた。この表を分類・整理し、図3で項目の関係をまとめた。ここで,「特殊な人物関係」とした項目について説明する。項目内の「所有」と「介入」の区分では,たとえば,ポケットモンスターにおける相互に無関係なたくさんのモンスターとその収集者のような関係のタイプが「所有」,事件の当事者たちの関係に外部から介入する関係を「介入」とした。介入の事例としては名探偵コナン劇場版に見られ,コナンが探偵として事件に巻き込まれるが,事件の中の人物関係には関与していない。
考察と今後の課題
本研究では,物語の特殊性を反映した味わいのある相関図の可能性を探究するために,物語を分析し,その特徴の抽出を試みた。その結果,特徴は7つのカテゴリーに分類することができた。物語の特殊性は,人の解釈に依存し,人によって異なることになるが,このような多様性は,相関図の創造的な可能性でもあると考える。
今後は、この物語の特徴分析に基づき、インフォグラフィクスの考え方を取り入れた相関図のグラフィック作品の制作を行い,作品制作によって可能性を探究するが,その際,作品の評価する方法についての検討が今後の課題となる。
脚注
- ↑ 歴代アニメ映画興行収入ランキング,https://matome.naver.jp/odai/2147436580118708801 (2017年12月1日閲覧)『君の名は。』は2018年まで歴代アニメ映画興行収入ランキング第3位であり、公開年は2016年である。
- ↑ 千と千尋の神隠し』の脇役カオナシは、油屋の前で千尋と会い(1),油屋の庭に向く窓の前で千になる千尋と会い(2)、油屋の中で従業員を飲み込み(3)、その後金や食べ物で千の気を引こうとし(4)、千尋に連れられ銭婆のところに行き(5)、最後銭婆の居場所に残される(6)以上の合計6回登場していた。
参考文献・参考サイト
- 木村博之,『インフォグラフィックス情報をデザインする視点と表現』,誠文堂新光社,2012.4.13
- 出原栄一,吉田武夫 , 渥美浩章,『図の体系―図的思考とその表現 』,日科技連,1986.8.1
- 高田明典,『物語構造分析の理論と技法―CM・アニメ・コミック分析を例として』,大学教育出版,2010.4.19