「在日留学生の学修支援における情報デザインのあり方」の版間の差分
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外国人留学生の受け入れが急増している半面、研究指導における教員と留学生の葛藤は初期の段階から存在していた。大学教員は留学生に対して授業や研究指導を行う際に様々な課題に直面しており、留学生の言語能力、論理的・批判的思考の欠如、自発的学習姿勢や基礎学力の不足といった問題が報告されている(近田、2011)<ref>近田政博(2011)「留学生の受け入れに関する大学教員の認識」『名古屋高等教育研究』Vol.11,p191-210</ref>。一方、留学生側は担当教員に、研究能力、プレゼンテーション能力、カウンセリング能力、決断力の4つの能力と、留学生教育に関する知識と、学業における成功体験や海外での学位取得経験などを期待していることが調査研究で示された(潘、2007)<ref>潘建秀(2007)「留学生に必要とされる留学生担当教職員の資質・能力に関する一考察 ―留学生への質問紙調査を通して―」『広島大学大学院教育学研究科紀要』第三部 第56号,p51-59</ref>。 | 外国人留学生の受け入れが急増している半面、研究指導における教員と留学生の葛藤は初期の段階から存在していた。大学教員は留学生に対して授業や研究指導を行う際に様々な課題に直面しており、留学生の言語能力、論理的・批判的思考の欠如、自発的学習姿勢や基礎学力の不足といった問題が報告されている(近田、2011)<ref>近田政博(2011)「留学生の受け入れに関する大学教員の認識」『名古屋高等教育研究』Vol.11,p191-210</ref>。一方、留学生側は担当教員に、研究能力、プレゼンテーション能力、カウンセリング能力、決断力の4つの能力と、留学生教育に関する知識と、学業における成功体験や海外での学位取得経験などを期待していることが調査研究で示された(潘、2007)<ref>潘建秀(2007)「留学生に必要とされる留学生担当教職員の資質・能力に関する一考察 ―留学生への質問紙調査を通して―」『広島大学大学院教育学研究科紀要』第三部 第56号,p51-59</ref>。 | ||
− | + | 上述した課題に対して、これまで日本では2つのアプローチからの学修支援が行われて来た。まず、各大学や研究室のゼミによる留学生研究指導・論文作成支援、2つ目は研究計画書や学術論文の作成法の指導書などの出版物による支援がある。しかし、1つ目の支援は教員が留学生の指導経験が少ないことも多く、また指導教員個人の経験知を教員間で共有する機会も限られている。2つ目の支援は、研究の進め方に課題を抱える留学生に対して、どのくらい彼らの悩みに対応しているかは不明であり検討すべきところである。 | |
− | == | + | ==先行研究== |
− | 在日留学生が抱える課題に関する調査研究は多くあるが、本研究で取り扱う「研究の進め方」という課題に特化した学術研究は私見する限り少ない。しかし留学生のレポートや学位論文を書く際に直面する課題である「アカデミック・ライティング」に関する研究は幾つか存在している。二通ら(2003)は、アカデミック・ライティングを「基礎(問題意識・論理的思考・客観性)」「言語(学術分野共通の語彙、表現、文型文章スタイル)」「専門(専門知識、専門用語、専門のライティングに関する約束事)」「技能(アカデミックな文章の作成プロセス、問題の設定・情報収集・資料の批判的な読み・アウトラインの作成・引用・要約といったスキル)」という4つの構成要素からなるとした上で、このようなアカデミック・ライティングが現場で勉強している留学生のアカデミックな文章作成に役に立つものであるかどうかは不明であると指摘した<ref>二通信子・佐藤不二子(2003)『改訂版留学生のための論理的な文章の書き方』スリーエーネットワーク,p285</ref>。アカデミック・ライティングの有効性に関する実践・実証研究として、脇田(2015)は、文系学部留学生2年次を対象に、アカデミック・ライティングの授業を導入した後、留学生が実際に書いたレポートを評価し、その効果を分析した<ref>脇田里子(2015)「学部留学生を対象にした「段階的アカデミック・ライティング」の導入」『コミュニカーレ = Communicare:Doshisha studies in global communications』Vol.4,p35-61</ref>。松田ら(2017)は金沢大学の留学生のレポート作成の実態を調査し、その結果に基づいた授業を実践した後、その評価を考察した<ref>松田佳子・小島荘一(2017)「留学生を対象とした「アカデミック・ライティングI」の実践報告 ―レポート作成の実態に基づいた授業デザインとその評価―」『外国語教育フォーラム = Forum of Language Instructors』Vol.11,p3-20</ref> | + | 在日留学生が抱える課題に関する調査研究は多くあるが、本研究で取り扱う「研究の進め方」という課題に特化した学術研究は私見する限り少ない。しかし留学生のレポートや学位論文を書く際に直面する課題である「アカデミック・ライティング」に関する研究は幾つか存在している。二通ら(2003)は、アカデミック・ライティングを「基礎(問題意識・論理的思考・客観性)」「言語(学術分野共通の語彙、表現、文型文章スタイル)」「専門(専門知識、専門用語、専門のライティングに関する約束事)」「技能(アカデミックな文章の作成プロセス、問題の設定・情報収集・資料の批判的な読み・アウトラインの作成・引用・要約といったスキル)」という4つの構成要素からなるとした上で、このようなアカデミック・ライティングが現場で勉強している留学生のアカデミックな文章作成に役に立つものであるかどうかは不明であると指摘した<ref>二通信子・佐藤不二子(2003)『改訂版留学生のための論理的な文章の書き方』スリーエーネットワーク,p285</ref>。アカデミック・ライティングの有効性に関する実践・実証研究として、脇田(2015)は、文系学部留学生2年次を対象に、アカデミック・ライティングの授業を導入した後、留学生が実際に書いたレポートを評価し、その効果を分析した<ref>脇田里子(2015)「学部留学生を対象にした「段階的アカデミック・ライティング」の導入」『コミュニカーレ = Communicare:Doshisha studies in global communications』Vol.4,p35-61</ref>。松田ら(2017)は金沢大学の留学生のレポート作成の実態を調査し、その結果に基づいた授業を実践した後、その評価を考察した<ref>松田佳子・小島荘一(2017)「留学生を対象とした「アカデミック・ライティングI」の実践報告 ―レポート作成の実態に基づいた授業デザインとその評価―」『外国語教育フォーラム = Forum of Language Instructors』Vol.11,p3-20</ref>。「アカデミック・ライティング」に関する理論・実証研究は、留学生学修支援法の一つとして意義があったが、本発表で扱う留学生の抱える「研究の進め方」の課題については、以下の点にまだ研究の余地があると考えられる。1)アカデミック・ライティングの構造がわかっていても、留学生の抱える課題の構造を必ずしも明瞭にしているとは限らない;2)現場に対する還元が困難である。 |
− | + | 以上、留学生が抱える「研究の進め方」の課題に関して、2つのアプローチによる学修支援と先行研究の状況をみてきたが、研究の進め方に悩んでいる留学生の立場からみて、これらの支援は有効なのかを検討する必要がある。留学生の抱える課題を整理することで、留学生の理解につながり、現場に還元できる対策を検討できるのではないかと考えた。 | |
==研究の目的== | ==研究の目的== |
2019年11月19日 (火) 08:45時点における版
- 留学生が抱える研究の進め方における課題の明確化 -
- 李博 / 九州大学芸術工学府デザインストラテジー専攻
- LI, Bo / Graduate School of Design, Kyushu University
- 池田美奈子 / 九州大学大学院芸術工学研究院
- IKEDA, Minako/ Kyushu University
- Keywords: International students, study support, information design
- Abstract
- This study clarified the structure of the issues in the “how to proceed with research” for international students in Japan.This research is positioned as the basis for considering information design methods for study support for international students in Japan. In this study, 14 international students were interviewed using the semi-structured interview method, and a total of 633 minutes of interview data were obtained.Interview results were analyzed using M-GTA and 13 concepts and 5 categories were generated.
研究背景
留学生30万人計画の推進により、日本の大学は外国人留学生を積極的に受け入れるようになった。日本学生支援機構(JASSO)が平成31年1月に公開した平成30年度外国人留学生在籍状況調査によれば、外国人留学生数は298,980人に達し、なかでも高等教育機関における外国人留学生数が一番多い。
外国人留学生の受け入れが急増している半面、研究指導における教員と留学生の葛藤は初期の段階から存在していた。大学教員は留学生に対して授業や研究指導を行う際に様々な課題に直面しており、留学生の言語能力、論理的・批判的思考の欠如、自発的学習姿勢や基礎学力の不足といった問題が報告されている(近田、2011)[1]。一方、留学生側は担当教員に、研究能力、プレゼンテーション能力、カウンセリング能力、決断力の4つの能力と、留学生教育に関する知識と、学業における成功体験や海外での学位取得経験などを期待していることが調査研究で示された(潘、2007)[2]。
上述した課題に対して、これまで日本では2つのアプローチからの学修支援が行われて来た。まず、各大学や研究室のゼミによる留学生研究指導・論文作成支援、2つ目は研究計画書や学術論文の作成法の指導書などの出版物による支援がある。しかし、1つ目の支援は教員が留学生の指導経験が少ないことも多く、また指導教員個人の経験知を教員間で共有する機会も限られている。2つ目の支援は、研究の進め方に課題を抱える留学生に対して、どのくらい彼らの悩みに対応しているかは不明であり検討すべきところである。
先行研究
在日留学生が抱える課題に関する調査研究は多くあるが、本研究で取り扱う「研究の進め方」という課題に特化した学術研究は私見する限り少ない。しかし留学生のレポートや学位論文を書く際に直面する課題である「アカデミック・ライティング」に関する研究は幾つか存在している。二通ら(2003)は、アカデミック・ライティングを「基礎(問題意識・論理的思考・客観性)」「言語(学術分野共通の語彙、表現、文型文章スタイル)」「専門(専門知識、専門用語、専門のライティングに関する約束事)」「技能(アカデミックな文章の作成プロセス、問題の設定・情報収集・資料の批判的な読み・アウトラインの作成・引用・要約といったスキル)」という4つの構成要素からなるとした上で、このようなアカデミック・ライティングが現場で勉強している留学生のアカデミックな文章作成に役に立つものであるかどうかは不明であると指摘した[3]。アカデミック・ライティングの有効性に関する実践・実証研究として、脇田(2015)は、文系学部留学生2年次を対象に、アカデミック・ライティングの授業を導入した後、留学生が実際に書いたレポートを評価し、その効果を分析した[4]。松田ら(2017)は金沢大学の留学生のレポート作成の実態を調査し、その結果に基づいた授業を実践した後、その評価を考察した[5]。「アカデミック・ライティング」に関する理論・実証研究は、留学生学修支援法の一つとして意義があったが、本発表で扱う留学生の抱える「研究の進め方」の課題については、以下の点にまだ研究の余地があると考えられる。1)アカデミック・ライティングの構造がわかっていても、留学生の抱える課題の構造を必ずしも明瞭にしているとは限らない;2)現場に対する還元が困難である。
以上、留学生が抱える「研究の進め方」の課題に関して、2つのアプローチによる学修支援と先行研究の状況をみてきたが、研究の進め方に悩んでいる留学生の立場からみて、これらの支援は有効なのかを検討する必要がある。留学生の抱える課題を整理することで、留学生の理解につながり、現場に還元できる対策を検討できるのではないかと考えた。
研究の目的
以上の背景から、本研究は、在日留学生の学修支援における情報デザインの方法を検討するための基盤として、留学生の学修の重要な場面である「研究の進め方」における課題の構造を明らかにすることを目的とする。
研究の方法
本研究は表1に示す対象者(14人)に半構造面接法でインタビューを行い、計633分に及ぶインタビューデータを得た。データ分析の方法は実践から理論を構築するグラウンデッド・セオリーの一つである、M-GTA(修正版グラウンデッド・セオリー)の質的研究法を用いた。なお、対象者ABCはまだ正式に研究を始めていない段階のため、今回のデータ分析から外した。
今回は、社会科学系の中国人留学生を対象にした。出身地域別留学生数を見るとアジア地域からの留学生が93.4%の割合を占め、一番多いのは中国からの留学生であり(全体留学生数の38.4%を占めている、2位のベトナムは24.2%)、高等教育機関における外国人留学生受入状況からみても、中国41.4%、ベトナム20.1%である。また、高等教育機関における外国人留学生の専攻分野別学生数は、社会科学が占める割合が一番多い(社会科学35.4%、人文科学24%、工学17%、芸術4.9%)。
調査結果と考察
インタビュー結果を、M-GTAを用いて分析し、13の概念と5つのカテゴリーが生成された。まず、留学生が研究を進める行動プロセスは、「研究計画を立てる」「研究計画を実行する」「学術文章や論文を執筆する」の3つのカテゴリーに分けられ、またその行動プロセスは、「支援を求める」というカテゴリーに緊密に関わっており、それがさらに留学生の省察を促し「省察」のカテゴリーが生じた。
それから13の概念に含まれる事例をさらにラベリングすることによって、課題を抽出することができ、最後に課題間の関係図を作成し、留学生の抱える研究の進め方における課題の構造を明らかにした。
脚注
- ↑ 近田政博(2011)「留学生の受け入れに関する大学教員の認識」『名古屋高等教育研究』Vol.11,p191-210
- ↑ 潘建秀(2007)「留学生に必要とされる留学生担当教職員の資質・能力に関する一考察 ―留学生への質問紙調査を通して―」『広島大学大学院教育学研究科紀要』第三部 第56号,p51-59
- ↑ 二通信子・佐藤不二子(2003)『改訂版留学生のための論理的な文章の書き方』スリーエーネットワーク,p285
- ↑ 脇田里子(2015)「学部留学生を対象にした「段階的アカデミック・ライティング」の導入」『コミュニカーレ = Communicare:Doshisha studies in global communications』Vol.4,p35-61
- ↑ 松田佳子・小島荘一(2017)「留学生を対象とした「アカデミック・ライティングI」の実践報告 ―レポート作成の実態に基づいた授業デザインとその評価―」『外国語教育フォーラム = Forum of Language Instructors』Vol.11,p3-20