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2019年11月17日 (日) 23:08時点における版
- 米中シットコム番組の分類と分析 -
- 吉松孝 / 九州大学大学院芸術工学府
- YOSHIMATSU, Takashi / Kyushu University
- 池田美奈子 / 九州大学大学院芸術工学研究院
- IKEDA, Minako/ Kyushu University
- Keywords: Sitcom comedy, media, TV programme
- Abstract
- This research argues that laughter can occur at a transition from relaxation to tension in sitcom, using representative programmes in the United States and China. In the analysis of laughter using "energy theory", the energy transition of “relief into tension” is not a premise of laughter, and laughter caused by “relief to tension” is not described. However, in sitcom, the occurrence of laughter in a scene that can be applied from "relaxation to tension" is confirmed. Therefore, this research reveals the generation factors of laughter caused by energy transfer. US-China program scripts will be applied to classifications, proportions will be presented and a commonality and structure between US-China will be clarified.
背景と目的
笑いの仕組みを解析する理論の1つ「エネルギー理論」では、先陣の研究者らが「緊張」(Tension)と「緩和」(Relief)という概念を用いて、心的エネルギーの移行による笑いの発生について論じてきた。「緊張」と「緩和」の二項の動きについて、「緊張から緩和」で説明される笑いはある。日本の落語における「笑い」を分析した桂(1993)[1]、長島(2007) [2]は「緊張から緩和」という概念を用いている。Martin,Ford(2018)[3]のエネルギー理論を用いた研究でも「Relief of Tension」(緊張の解放)によるユーモアは成立すると述べられている。Hurley (2011) [4]も「緊張をいかに解放するか」をエネルギー解放理論の前提に据えている。 一方、反対側のベクトルである「From Relief (Relax) to Tension」における笑いの発生については論述されておらず、「緊張をいかに解放するか」がエネルギー解放理論の前提に立っている。ジョークやユーモアに於ける笑いの生成構造は以下のようになる。(図1)
解放状態やリラックスした状態から緊張に持ち込まれた状態というエネルギーの移行は前提とされていない。しかし、実際、シットコム番組という番組形式においては、「緩和から緊張」に分類されるようなシーンでの笑いの発生が確認される。(図2)
以上の背景により、本研究は、シットコム番組においては緩和から緊張のエネルギー移行において笑いが発生し得ることを、米中の代表的なシットコム番組を使用して明らかにすることを目的とする。
研究の方法
米中のシットコム番組の事例を取り上げながら、テキスト分析を行い、エネルギー移行による笑いの発生要因を明らかにするもので、方法は以下の通りとする。 ①米国・中国のシットコム番組を視聴したうえでの「笑い」の生成要因の分類。(分類には8つの大分類が含まれている)エネルギー理論に関連する項に大分類された項目から、「緊張から緩和」「緩和から緊張」のベクトルに区分する。さらに小分類を行う。番組スクリプトを、小分類に当てはめ、②米中で起こる割合を提示し、③適応できた事例を具体的に分析する。結果、④「緩和から緊張」というエネルギー移行で笑いが起きるかを検証したうえで、⑤米中間での共通性を見出し、仕組みを明らかにする。
調査と分析
シットコム・コメディは、毎回同じ登場人物で物語が展開していくことや、夫婦、家族、職場などの人々の生活を面白おかしく描くことを特徴とする[5]。編集時に観客の笑い声を入れるラフ・トラックも挿入される。ドラマ仕立てで連続性があり、部屋の中などの「固定された空間」で「会話の展開」により「笑い」を生む。先行研究は、ユーモアやジョークに於ける研究が哲学や心理学の知見をもとに成されてきたが、シットコム・コメディにおける会話分析は、一般の会話分析と構造が異なるものと考えられる。 従来の分析では、二人の間(AとBの二人を想定)の会話分析では、AがBを笑わせたり、BがAを笑わせたりするといった二人の間に起こる笑いを想定する。しかし、シットコム分析では、第三者(視聴者)による「A・B間の会話の客観視」における笑いが想定される。
理論の適用と分類については図3に示す。
4理論(エネルギー理論、不一致理論、優越理論、関連性理論)[6][7]と分類の連関について、図示する。(図3)
雨宮(2016)は、ユーモア論は神経系の賦活水準と関連した概念としながら、「その心的エネルギーは構成概念であり、心的エネルギーが実体として存在しているわけではない」としている[8]本研究では、エネルギー理論に起因すると考えられる笑いの生成要因[9][10][11]を、A-HのうちのCに分類した。米中シットコム番組(Big Bang Theory1-1〜1-4、「愛情公寓」1-1,1-2)内の笑いの合計と、A-Hに分類された笑いの生成要因と発生割合を示す(表2)。
米中共通して最も多いのはDの表意と推意のズレである。次にBの実在と虚構の混在、Aの不一致と続き、Cエネルギーの移行は4番目に位置する。1位から4位までの発生比率の順位に米中の違いは見られない。そのうちCに該当するものを、緊張→緩和、緩和→緊張の方向性で区分し、小分類を行った。次に、Cに該当する要因の発生頻度を提示する(表3)。米国では笑い655回に対し、Cに由来して73回(11.1%)の笑いが生じている。中国では430回に対し、Cに由来し55回(12.8%)の笑いが生じている。ここから、米国・Big Bang Theory、中国・愛情公寓において、エネルギー移行に於ける笑いの生成の頻度に差異はほぼないとすることができる。
エネルギー移行で緊張→緩和で笑いが発生する事例を取り上げる。
「顛末の省略」の事例(米国)を表4に示す。
パーティに招かれたシェルドン、ラージ、レナード、ハワードは食事を選んでいるが、インド人のラージは興奮気味に、大皿料理を次々と自分の皿に盛っている。[12](表4)
「態度の豹変」の事例(中国)を表5に示す。
家賃の件で、子乔と美嘉は、もめごとになっている。そこへ、子乔は、金銭能力のありそうな关谷を利用すれば家賃が何とかなるかもしれないと考え、美嘉を別の空間に連れていき、打ち合わせをしようとする。[13]
つづいて、緩和→緊張の神経エネルギー移行において発生する事例を取り上げる。
「予想外に激烈」の事例(米国)を表6に示す。
緩和から緊張という移行の中で、予想外に激烈という要因によって生成する笑いについて考察する。
「予想外にまじめ」の事例(米国)を表7に示す。
予想外にまじめという緩和から緊張に向けたエネルギー移行の要因によって発生している笑いについて示す。
「予想外に激烈」の事例(米国)を表8に示す。
「予想外に激烈」「緊張と緩和の双方向」という要因によって発生する笑いについて表9、表10に示す。
「予想外の惨劇」という要因によって発生する笑いについて考察する。
理論と分類の連関を図4に示す。
緊張→緩和は、多くのコンテンツで創成しやすいシチュエーションである。シットコム・コメディにおいて、緊張→緩和の形を成している代表的なパターンはC11(顛末の省略)である。顛末をスキップすることによって、関連性を低め、笑いを引き起こすという効果がある。しかし、分析によって見えたのは、顛末の省略は、強い神経エネルギーの移行を生むということだ。 一般的に、話が段階的に進行していくことで、聞き手は、徐々に理解できるよう心的準備を進める。しかし、顛末が省略され、結論が急に出されることで聞き手は発話からエネルギーを受ける。発話からの理解のステップが多いと受け手の理解度は高まるが、情緒面での神経エネルギーは減少する。一方、理解のステップが少ないと、理解度は低いまま(理解されない可能性もある)、神経エネルギーは強い状態が維持され、展開によっては笑いに変わることがある。(図4)。
緩和→緊張の神経エネルギー移行による笑いの発生はシットコム特有のものである。要因を以下に図示する(図5)。 ラフ・トラックは、平坦に感じられるシーンでも笑い声があることにより、視聴者もバイアスをかけられて笑ってしまうという「笑いの連鎖」を生む効果もあるが、もう一方で、視聴者に「この番組はシットコム番組である(⇒だから、致命的な展開にはならない)」だから「安心して笑える」という構造を示すための効果がある。
考察
緩和→緊張は、当事者間にとっては思わしくない、笑えないような事態の発生を、第三者(視聴者)が客観的に俯瞰することにより、生まれるものである。ただし、それは、視聴者にとって、笑える設定(シットコム)の中での、笑える程度(致命傷にはならない程度)の緊張感でなければならない。
米国・中国の代表的なシットコム番組においては、言語間、社会背景間の差異に関わらず、両国において、エネルギー移行での笑いがほぼ同程度の約1割生成していることが分かった。また、エネルギー移行は、緊張→緩和、緩和→緊張の2種類が想定され、米中両国共通して、緊張→緩和のみならず緩和→緊張のパターンにおいても笑いが発生していることが確認された。以下に考察の概要を示す。
まとめ
エネルギー移行による笑いは、従来の笑い・ユーモア分析や落語による「緊張→緩和」のみならず、シットコム番組においては「緩和→緊張」のエネルギー移行により発生する。
「緩和→緊張」が起こりうるケースは、仮に日常生活において発生するならば好ましくない事象であるが、それが笑いに変わる条件として、視聴者の客観性が保持されていること、客観的であっても「ホラー映画のように致命的な展開になりえない」ということを視聴者が潜在的に認知していることが挙げられる。深刻な展開になっているにも関わらず(視聴者が)「笑える」のは、「番組がシットコムであるという視聴者の認識」や「ラフ・トラックの挿入」による効果が大きい。シットコムの特徴の一つである観客の「笑い声」は、視聴者の客観性の保持や番組の性質を明示するための効果として用いられている。
脚注
- ↑ [1]桂枝雀(1993)『らくごDE枝雀』(ちくま文庫)p49-p51
- ↑ [2]長島平洋(2007)「生理的に見た笑いの分布:桂枝雀の「緊張の緩和」論を検証するために(Ⅰ)」笑い学研究14,3-11,2007日本笑い学会
- ↑ [3]Rod A.Martin, Thomas E.Ford. (2018). The psychology of humor. An integrative approach. Acadmic Press
- ↑ [4]Matthew M. Hurley, Daniel C. Dennett, & Reginald B. adams, Inside Jokes: Using Humor to Reverse-Engineer the mind. MIT Press, 2011. (マシューMハーレー『ヒトはなぜ笑うのか』(2015年、勁草書房))
- ↑ [5]高木ゆかり(2017)「シチュエーション・コメディにおけるギャグの生成と機能」神戸大学大学院国際文化学研究科(博士論文)
- ↑ [6]Rod A.Martin, Thomas E.Ford. (2018). The psychology of humor. An integrative approach. Acadmic Press
- ↑ [7]Matthew M. Hurley, Daniel C. Dennett, & Reginald B. adams, Inside Jokes: Using Humor to Reverse-Engineer the mind. MIT Press, 2011. (マシューMハーレー『ヒトはなぜ笑うのか』(2015年、勁草書房))
- ↑ [8]雨宮俊彦『笑いとユーモアの心理学』(ミネルヴァ書房、2016年)p140-p141。
- ↑ [9]ハーバート・スペンサー、「下降性の不一致と笑いの生成 笑いの生理学」、木村洋二訳、『現代思想 特集 笑い』、vol.12-2、青土社、1984 年、p238-48
- ↑ [10]ベルクソン,アンリ,フロイト,ジークムント(2016)「笑い/不気味なもの」 (平凡社ライブラリー)
- ↑ [11]中村太戯留(2017)「ユーモア理解過程に関する研究―不調和の解消とその神経基盤―」(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科)
- ↑ [12]米国Big Bang Theory はHulu website. https://www.happyon.jp/を参照
- ↑ [13]中国愛情公寓はyoutube platformを参照。Aiqíng Gongyu dì yi ji di yi ji https://www.youtube.com/watch?v=YF2ha8CJWv4 (愛情公寓第1季)