産前産後支援および育児の現状と課題

提供: JSSD5th2020
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中村奈桜子 / 九州大学大学院 芸術工学府
Nakamura Naoko / Graduate School of Design, Kyushu University
大石碧 / 九州大学大学院 芸術工学府
Oishi Aoi / Graduate School of Design, Kyushu University
尾方義人 / 九州大学大学院芸術工学研究院
Ogata Yoshito / Faculty of Design, Kyushu University

Keywords: Childcare, Supporting Before and After Childbirth


Abstract
Mothers often experience pain when raising children. In Japan, there is a strong recognition that housework and childcare are the roles of mothers. This study focused on the role of mothers in their current families, the substance of families raising children, and the support of mothers by governments and nonprofits. As a result of the survey, it was found that even today, mothers are biased toward housework and childcare, many pregnant women suffer from postpartum depression and commit suicide, and postnatal care is important for mothers.


目的と背景

 母親が育児に際し苦悩を抱えることは多々ある。しかし、「家事や子育ては母親が行うべきである。」といった考え方は未だに根強く存在し、「イクメン」といった育児に協力する夫を指す言葉が普及した今でも、家庭内でのジェンダー感は偏りがある状況が続いている。

 本研究では現在の家庭における母親の担う役割、育児中の家庭の実体、行政や非営利活動法人が行う母親支援等に着目し調査を行った後、ドキュメンタリーを制作し、家庭における夫婦の実態や育児の現状を議論するための基礎的知見を与えることを目的とする。



研究の方法

 まず文献調査を行い、育児の現状について把握する。加えて、育児事業等に携わる企業、個人らに聞き取り調査を行い、育児中の母親や夫婦の実態を調べる。聞き取り調査は福岡市で産前産後サポート事業を行う企業と連携を図り、複数の家庭の母親に調査を行う。また、母親だけでなく、産前産後サポート事業に携わる方々にも聞き取り調査を行う。




調査と考察

妊産婦のメンタルヘルスについて

 2018年9月6日に、朝日新聞は2016年までの2年間で、産後1年までに自殺した妊産婦は全国で少なくとも102人いたこと、この期間の妊産婦の死因では、がんや心疾患などを上回り、自殺が最も多かったことを厚生労働省研究班が2018年9月6日に発表したと報じている[1]。研究班(代表=国立成育医療研究センター研究所の森臨太郎部長)が、国の人口動態統計をもとに、15~16年に妊娠中や産後1年未満に死亡した妊産婦357人を調べたところ、自殺は102人にのぼり、「産後うつ」などメンタルヘルスの悪化で自殺に至るケースも多いとみて、産科施設や行政の連携といった支援の重要性を指摘している。

 また、別の厚生労働省研究班による、東京都世田谷区の妊産婦約1300人を対象にした妊産婦のメンタルヘルスの実態把握及び介入方法に関する研究では、産後2週時点で初産婦の25%は「うつ病の可能性がある」と判定されている[2]

 産後うつ病とは出産後6から8週の間に発症するうつ病であり、約10回の出産に1回の割合で起こると言われている。原因は出産からおこる疲労と脳内神経伝達物質やホルモンの急激な変化が関与すると言われているが、詳細は不明である。心理社会的要因としては、出産や母になること、育児のストレスや夫との関係など多因子が関与しており、治療のための薬物療法だけではなく、本人の置かれている環境やサポート体制を適切に評価して、入院や実家に返すなどの環境調整が重要になる。また、症状は一般的なうつ病と同様のものであるが、本人だけではなく、新生児の養育も関わっているため、急速に悪化して衝動行為が高まることもあり、より密なサポートが必要となる[3]


夫婦の家事状況について

 博報堂生活総合研究所が1988年から10年毎にサラリーマン世帯の夫婦630世帯を対象に、アンケート調査「家族調査」を実施した[4]。博報堂生活総合研究所によると、「夫も家事を分担すべき」との質問に「そう思う」と答えた夫は過去最高の81.7%に上ったが、実際の家事参加では「食事のしたく」「洗濯」「部屋のそうじ」などの項目で、夫の参加状況は過去最高 (「食事のしたく」をすることがよくある13.7%)になるものの、いまだ妻に家事の負担が偏っている状況がうかがえる。

 この状況は、夫の働き方事情からも影響が及んでいるのではないかと考えられる。2019年8月29日、西日本新聞は男性の育児休業取得について、2018年度の男性の育休取得率は6.16%(女性は82.2%)で、「20年までに13%」という政府目標には程遠く、その上、取得日数は5日未満が約6割を占め、「名ばかり育休」となっている実態を報じている[5]。記事には、育休復帰後に忙しい部署に回され、深夜残業と休日出勤が続いた男性の経験談なども載せられている。


母親への聞き取り調査

 2019年6月から9月にかけて10人の母親に聞き取り調査を行った。聞き取り調査で育児の際に夫に言われた印象的な言葉を聞いたところ、以下の意見を析出することができた。それらは、「家事への不満」「妻への命令」「当事者意識の欠如」「分業の偏り」「育児知識の不足」に分類することができる。

調査対象:福岡市在住 育児中の主婦 10名
     いずれも民間の産前産後サポートを受けている。

質問内容:育児に際して、夫にどのような言葉をかけられたか。


「家事への不満」:夫が妻へ家事に関して不満を伝える言葉が挙げられた。
・飯くらいつくれよ。
・弁当つくらんなら小遣い増やせよ。

「妻への命令」:妻に対し命令する言葉が挙げられた。
・お願いだから(子供を)泣かせるな。仕事で疲れてる。
・せっかく帰ってきたんだから家事ばかりせず座れ。

「当事者意識の欠如」:育児に対する当事者意識の欠けた言葉が挙げられた。
・大変そうだから家事はあとにしなよ。
・ママ、赤ちゃんうんこだよ。

「分業の偏り」:仕事と家事、育児の分業に偏りがある言葉が挙げられた。
・俺は仕事をしているんだから、家事育児は母親の仕事だろ。夫婦分担協力だ。
・結婚する前に言ったよね、自分は忙しいから家事育児はできないよ。

「育児知識の不足」:育児に関する知識が不足している言葉が挙げられた。
・おれ、おっぱいないから育児はできない。
・これくらいできないなんでやばいやろ。(これは、育児を指す)


語られた言葉は、いずれも育児に非協力的な夫の姿勢がうかがえる。上記から、少なくとも調査対象の範囲内では、未だ家事・育児が家庭内においても「妻の役割」という認識が強いと捉えられる。

一方で、群馬県では「かかあ天下」といった言葉があるように、こうした夫婦間での役割分担は土地の違いによって異なる可能性がある。今回質問を行った主婦は福岡在住の者に限ったが、他都道府県の者にも同様に質問をすることで、各土地の認識の差も明らかになると考える。



産前産後支援者に聞き取り調査

 2019年12月27日、産前産後サポートセンター心ゆるり※1にて代表を務める豊田晴子さんに聞き取り調査を行った。調査は細かい質問項目は設定せずに、基本的には自由に話してもらい、インタビュイーの話を基に流れに沿ってこちらが詳しく知りたいことに関して質問する形式を取った。
 結果を以下に示す。


・ これまでの経歴について
これまで42年間助産師として勤め、母親たちのそばで赤ちゃんを取り上げてきた。

・ 今の母親たちの育児について
今の母親たちは人に頼ることが苦手に感じる方が多い。昔は地域のコミュニティー内で子育てに対して多くの手伝いが自然と得られていたが、今は核家族化が進んだ影響もあり、母親がインターネットを参考にして一人で子育てをしている例が多い。子育ては家族だけでなく、社会的に行うべきである。

・ インターネットで検索する母親たちについて
赤ちゃんを育てることについては、不明なことが多々ある。中には、子育ての「正解」を求める母親もいる。そのような母親はあふれる情報の取捨選択に疲れている場合が多い。

・ 産後うつの母親について
産後うつのようにふさぎ込む母親たちも来院することがある。その際には、十分な休息を与え、家族にも理解を求めるようにしている。
また、産後うつの母親の赤ちゃんの中には、産後数か月経過後も表情が薄い場合がある。抱っこする母親が笑わないためか、赤ちゃんも笑わなくなるケースがある。


 これらの聞き取り調査から、現在の母親が情報の選択が難しい状況にあることが分かった。育児の手技や利便性に関する情報は溢れているが、異なる表現で混乱を生むものも少なくはない。育児に強いこだわりを持つ母親の中には、氾濫する情報に翻弄され疲弊する者もいるだろう。
 また、産後うつの際には乳児にも影響があることが分かった。この件に関し、菅原らは出産初期に精神的に不健康であった母親の乳児には「いらつき」、「ぐずり」、「集中力低下」、「飽きやすい」という気質傾向があることを指摘している[6]。乳児の精神発達の遅延を軽減するためにも、母親への育児サポートは手厚いものが望まれる。




まとめ

 本研究では、母親と育児の視点から調査を行った。その結果、家庭内では家事・育児は母親に偏りが生じていること、夫の知識不足や当事者意識の欠如が育児が母親の負担に繋がること、産後うつの症状は母親に限らず乳児にも影響を及ぼすこと等が明らかになった。
 一方で、産後うつは父親もなりうる疾患である。現段階では母親、支援者からの視点で調査を進めたが、今後は男性側の視点の調査も行い、これらの結果を合わせてドキュメンタリーを利用した問題提起を行う。



脚注

※1: 産前産後サポートセンター心ゆるりとは、福岡県小郡市に在する産前産後ケア施設の名称。



参考文献・参考サイト

※右記のURLで公開されている https://www.nishinippon.co.jp/item/n/538923/

  • [6]菅原ますみ, 北村俊則, 戸田まり, 島悟, 佐藤達哉, & 向井隆代. (1999). 子どもの問題行動の発達: Externalizing な問題傾向に関する生後 11 年間の縦断研究から. 発達心理学研究, 10(1), 32-45.