「テレビ番組におけるアテレコについての研究」の版間の差分

提供: JSSD5th2020
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: Riku Minamigawa / Kyushu University 
 
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2020年10月5日 (月) 16:19時点における版



南川陸 / 九州大学 芸術工学府
Riku Minamigawa / Kyushu University 

Keywords: critical attitude toward TV, Dubbing ← キーワード(斜体)


Abstract
In recent years, among the contents taken up on TV, the number of videos taken overseas and the videos of pets uploaded to YouTube etc. are increasing. When these are taken up in TV programs, Japanese audio by dubbing are added frequently. However, excessive dubbing directing in some programs has been criticized on the Internet. In this paper, we consider the factors of criticism of dubbing from the viewer's point of view.


目的と背景

 アテレコとは、人物や動物が映っている映像に対して、その人物や動物が喋っているような音声を録音し、それを映像と同時に流す演出のことである。
 近年テレビで取り上げられるコンテンツの中には、海外で撮影された映像や、YouTubeなどにアップされたペットを撮影した映像が増えており、これらがテレビ番組で取り上げられる際、アテレコによる日本語音声の追加が頻繁に行われている。
 海外の一般人が撮影した映像に、ドッキリ映像というものがある。これはターゲットとなる人物に、仕掛け人がいたずらを仕掛け、そのターゲットのリアクションを撮影した映像のことである。これがテレビ番組内で放映される時、ドッキリを仕掛けた側の人間には説明口調のセリフ、いたずらに引っかかったターゲットには過剰なリアクション、例えば漫画のキャラクターのようなセリフが当てられるというパターンがある。
 また、ペットのキュートな仕草の映像、ハプニングを記録した映像では、犬であれば「ワン」、猫であれば「ニャー」という語尾のセリフが当てられたり、動物が説明口調で状況を説明していたりするパターンが多用されている。
 一部の過剰なアテレコ演出に対して、インターネット上には批判的な記事や、非難する書き込みが複数存在しているが、アテレコ映像批判の要因について客観的な調査は行われていない。

先行研究

 [1]

 

テレビ批判

テレビのどのような点が批判の対象となっているか、視聴者の視点をベースとした調査は少ない。
竹村(2012)によると、特定のバラエティ番組に対して「うるさい」「くだらない」といった嫌悪感を抱く視聴者がいることが指摘されているが、この嫌悪感がどのようなバラエティ番組に対して抱かれているのかは明らかにされていない。
 また、他のテレビ批判にまつわる研究では「他者がテレビから悪影響を受けてしまう」と高く見積もるほど、テレビ批判をしやすいことが明らかになっている(正木 2020)。この調査で、批判項目として挙げられているのは、報道番組の公平性の欠如、バラエティ番組での下品、危険、非礼な内容などであり、視聴者の道徳的、倫理的心情による批判が多く採用されている。
ただ、バラエティ番組に対する上記以外の批判項目は少なく、バラエティ番組の様々な演出に対する批判についてはこの調査では詳しく扱われていない。

観察者羞恥と「さむい」という表現

「観察者羞恥」とは、人の行為を見て自分が恥ずかしいと感じる感情のことで、「共感的羞恥」としていたものを桑村(2010)が「共感性を媒介とし発生するものかどうか明らかではない」とし呼び改めたものである。この心理現象がテレビ番組で取り上げられ、ドラマで登場人物が怒られるシーンやバラエティ番組で芸人がスベるシーンに、共感性羞恥(番組内では共感性と紹介)を感じるという視聴者の声が紹介された。芸人がスベるシーンというのは、笑いを誘うために芸人が行う行為が、その場にいた人々の笑いにつながらないことを指す。これは、過度なアテレコ演出が視聴者の笑いの誘発に失敗する構図と類似しており、視聴者がアテレコ演出を批判する過程で観察者羞恥が起きている可能性がある。

 動物番組における過剰なアテレコ演出に対しての批判として、「さむい」という表現を伴ったものが多い。これらは一般に「全く面白くない」という意味だが、「つまらない」ではなく「さむい」と表現していることから、「つまらない」だけでは表現できないニュアンスを含んでいるようである。この「さむい」という表現と観察者羞恥の関連性を検討したい。

研究方法

 アテレコ演出の映像を視聴させた後、以下について尋ねる。 ・アテレコ演出に対する感想 ・視聴した映像に対する観察者羞恥 ・視聴した映像と同じセリフを自分がアテレコするとした場合の羞恥感情 ・視聴した映像を「さむい」と感じるか

まとめ

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脚注

  1. 九産花子, 2017, デザイン学研究 XXX巻X号 pp.XX-XX, 日本デザイン学会


参考文献・参考サイト

  • ◯◯◯◯◯(20XX) ◯◯◯◯ ◯◯学会誌 Vol.◯◯
  • ◯◯◯◯◯(19xx) ◯◯◯◯ ◯◯図書
  • ◯◯◯◯◯(1955) ◯◯◯◯ ◯◯書院