バスターミナルにおける付加的なサインの運用に関する研究
- 大井涼介 / 九州大学大学院 芸術工学府 デザインストラテジー専攻
Keywords: Sign Design, Public Design
- Abstract
- We can see additional signs in public facilities.
目次
目的と背景
平成13年に「公共交通機関旅客施設の移動円滑化整備ガイドライン」により全ての人に望ましい施設整備の考え方が示されて以降、鉄道駅等の公共空間では案内のための情報の連続性や統一性を図る手段としてサインシステムが整備されてきた。しかしながら空間の複雑化や利用客からの需要に対応するため、都市部の旅客施設では張り紙をはじめとしたサインシステムから逸脱する掲示が散見される。このような付加的なサインは施設のサインシステムが当初解決していた情報の偏りや表現方法のばらつき、情報の乱立といった課題が再び生じる原因となっている。
本研究では付加的なサインについてバスターミナルでの運用に焦点を当て、移動の円滑化のため許容されるサインを明らかにするとともに、現場において実践するための方法論を構築することを目的とした。
付加的なサイン
本研究において対象となるサインは、既往研究により定義や呼称に差異が見られる。本研究では安江ら[1]が「現場の社員によって独自に作成、設置されたと考えられるサイン」と定義した「追設サイン」を調査における区別の一基準とした。そのうえでガイドライン作成に向け包括的に掲示物の現状を把握するため、広告物やポスターといった既往研究で対象外となっていた掲示を含めた、サインシステムに含まれないすべての文字情報を「付加的なサイン」としてデザインの対象とした。
運用実態調査
管理者ヒアリング調査
初めに付加的なサインの運用に関する概況を把握することを目的に、福岡県内の3つのバスターミナルの管理者に対しヒアリング調査を行った。またサインの運用が評価された事例として、北海道旅客鉄道株式会社(JR北海道)のアート・デザイン企画室に対しサインの管理について文面で質問を行い、回答を得た。
対象とした西鉄久留米バスセンター、博多バスターミナル、西鉄天神高速バスターミナルに共通する質問への回答を表1に示す。
西鉄久留米バスセンター | 博多バスターミナル | 西鉄天神高速バスターミナル | |
---|---|---|---|
ビルのマネジメント会社 | ビルのマネジメント会社 | ビルのマネジメント会社 | |
なし | なし | なし(可変サインの機器一覧のみ) | |
なし | あり(博多駅ネットワークを含む) | なし |
サインについて行われているその他の取り組みとしては、消防法に対応するための更新や耐震補強に合わせたサインの更新(久留米)、多言語対応や色分けの整理を目的とした全面リニューアル(博多)、追加のサインを作らないことのスタッフへの周知(天神)などが挙げられた。
JR北海道は車内デザインを行う部門としてアート・デザイン企画室がある。この企画室では社内で策定したガイドラインをもとに既設・新設駅問わず必要なサイン計画全般を担っている。定期的なメンテナンス等は行わず、不具合等が発生した時点で現場へ赴く調査や、定期的に「ディスプレイ巡回・講習会」を通した駅社員への指導を行っている。
今回ヒアリングを行った範囲では、台帳等による厳密な管理を行っている管理者は1つも見られず、主に管理を担当する人員を社内外に配置することで臨機応変な対応を行っていることが明らかとなった。
掲示物調査
ヒアリングを行った西鉄久留米バスセンターについて、付加的なサインを含めた運用実態を把握するため、現場での掲示物台帳作成を通した調査を行った。
結果
台帳作成を通した調査の結果、当該バスセンターの範囲から、付加的サインを含めた309のページを得られた。新たに調査範囲となった文字情報に対応するため既存の「案内」「位置」「誘導」「規制」サイン分類に「広告」「自動販売機」「掲示板」を加え整理し、追設サインか否か、各種サインの寸法、掲示位置とあわせて傾向を確認した。
既存のサイン種別である4つの分類からは、位置サインが最も多く観察された(図2)。しかし位置サインに追設サインは殆ど見られず、案内サインが多数を占めた。案内サインに含まれる追設サインとしては、各乗り場に配置された時刻表や、月ごとに変化するイベント情報の掲示、防犯カメラやテロ対策など構内での取り組みを紹介する張り紙等が挙げられる。
素材がラミネートした紙であることの多い追説サインはその全体の70%がA3以下の面積であり、非追設サイン(19%)に比べコンパクトである。また設置位置の観点で見た場合も、設置場所が侵入防止柵などの手の届く範囲であるため追設サインは低く位置している(図3)。
サインの種別で見た場合、規制サインが低い場所に位置し、誘導サインは吊り下げ式などで高い位置にあることがわかる。また、ボーダー式の多い位置サインと誘導サインでは、横方向に大きなサインが多く存在している (図2)。
考察
以上の調査結果に加え、今後のガイドライン作成に向けた課題を整理する。
文章による告知とサインによる標示の分別
構内では鳩の餌やりを禁止する掲示やテロ対策の掲示等、文章で利用者に伝達する掲示物が多数見られたほか、禁煙や整列乗車を促す標示のように文章で伝達するものとピクトグラムや単語で伝達するものの双方が存在する掲示が見られた(図5)。表現方法の統一や情報の棲み分けの観点から、付加的サインであるかに関わらず適用可能な標示の分別方法が必要である。
設置高さ・動線によるサイン種別の秩序づくり
調査結果に見られたように、追設か否かの分類とサイン種別による分類は共に設置高さの傾向に違いが見られる。ガイドラインを通した付加的サインの追加時に、視認距離の考え方と合わせて設置高さの厳密な誘導を行うことで、動線に合わせたサインの配置できる可能性がある。また、付加的サインには先述した文章による掲示やポスター等が含まれることから、予め利用客の待機位置を明確にすることでサインの効果を高めることが考えられる。
重複するサインの考え方の整理
付加的なサイン特有の事例として、既存のサインの上に固定されるサインがある。今回の調査では、上から固定することで情報を修正するもの、サイン本体の劣化を改善するもの、同じ対象者に確認して欲しい情報を追加するものが見られた。
また、案内所のドアガラスや侵入防止柵の表面、自動販売機の表面など、付加的なサインが集中しやすい環境では、特にこの事例を確認することができた。先述の情報の棲み分けの観点から、これらの重複するサインはその柄方法をガイドライン上で明確に定める必要がある。
まとめ
今回の調査や、他ターミナルでの調査で得られた台帳に加え、個々サインの設置意図や管理者に関する情報をふまえ旅客施設の現場で使用できる付加的サインのガイドラインを作成する。
評価
ガイドラインを1ヶ月間バスターミナルで運用し、その効果を評価する。評価方法は完成したガイドラインの特性をもとに決定する。既往研究において用いられている評価方法としては、利用者に対し直接サインの情報のわかりやすさを問う方法[2] 、CG再現した空間内を用いた視点分析を行う方法[3] 、マナー啓発メッセージに対し読了後の行動意図の変化を問う方法[4] 、観光地の誘導サインについて、サインサインの設置前と設置後の経路選択の違いから有用性を明らかにする方法[5]などがある。
内装デザインの提案
今回の調査から、背景にある素材や表面の高さ、動線が付加的サインの配置に影響を受ける可能性が示された。そこでガイドライン作成と合わせて付加的サインが望ましい形で設置可能な旅客施設の内装のデザイン検討を行う。
参考文献・参考サイト
- ↑ 安江仁孝, 辻村壮平, 池田佳樹, 今西美音子, 佐野友紀: 情報量とデザイン要素に着目した鉄道駅追設サインの利用者評価 鉄道駅追設サインのポジティブ/ネガティブ要素の検討 その1, 日本建築学会計画系論文集 No.751, pp.1669-1677, 2018
- ↑ 池田佳樹, 辻村壮平, 佐野友紀, 安江仁孝, 今西美音子, 平手小太郎: 駅空間におけるサインの評価構造に関する研究 追設サインに着目した駅利用者への情報提供手法に関する検討, 日本建築学会計画系論文集 No.741, pp.2799-2806, 2017
- ↑ 武関夢乃, 渡邉昭彦: 3次元立体映像装置によるO総合病院探索行動実験の高齢者のアイマーク分析 ~総合病院における空間探索行動実験による空間の分かり易さの研究~ 日本建築学会大会学術講演梗概集(東海), 2012
- ↑ 藤村美月, 谷口綾子: 電車内マナー啓発メッセージがマナー遵守行動意図に与える影響, 土木学会論文集D3, Vol73, No.5 pp.1003-1042, 2017
- ↑ 塚口博司: 大規模歴史公園における歩行者サインシステムの改善による観光客の行動変化に関する研究, 都市計画論文集, Vol.51, pp.174-183, 2016