幸福な老いと高年齢者の地域への関わり方に関する研究

提供: JSSD5th2021
2021年10月21日 (木) 04:58時点における山本悠加 (トーク | 投稿記録)による版 (フィールドの選定)
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山本悠加 / 九州大学大学院 芸術工学府 デザインストラテジー専攻
Yuka YAMAMOTO / Graduate School of Design, Kyushu University

Keywords: Product Design, Visual Design ← キーワード(斜体)


Abstract
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背景と目的

 内閣府の調査[1]によると、日本の高齢化率は2020年において28.8%と世界で最も高く,今後も高水準を維持していくことが見込まれている.また,2019年には65歳以上のいる世帯において独居及びその予備軍とされる世帯は約6割を占めている.今後ますます高齢化,単身化が進むなか,幸福度の高い生活を送るためには,暮らしを営む地域で生活の質を維持しながら健康な生活を送ることが重要である。[2].さらに,原田の著書(2020)では高齢者と地域社会のかかわりが,退職前あるいはそれ以前から何らかの形で準備される意義は大きく,職場生活から地域生活への緩やかな移行は重要な論点であるとされている.

 中高年者の社会参加を促進する施策は各地で展開されているが,中高年者のうち社会活動への参加意向者が約5割であるのに対し,実際の参加者は2割にとどまっている(茨木,2020).つまり,参加意向があっても行動につながっていないのが現状である.

 本研究では,高年齢者の地域への関わり方が,どのように幸福の実感に影響するのか,地域特性や個人の経歴に着目して分析する.地域活動の運営者と,地域活動とは距離を置く高年齢者,双方が現在の行動や考え方に至るまでの過程及び将来への展望を整理・分析する. 「自己の尊重」と「社会とのつながり」の両立を求める高年齢者にとって,生活に身近な地域における活動への参加や人間関係構築を促進し得る要件を示す. その結果をもとに,今後の高齢社会におけるコミュニティ,サービスデザイン等へのアプローチ方法を提案することを目的とする.



研究の方法

図1.研究の流れ

研究の概要

 本研究では,既往研究調査,事例調査,フィールド調査を行った.

 既往研究調査では,老年学,医学,社会心理学,経済学など分野は限定せず,幸福な老いや地域高齢者の生活に関する書籍および論文を調査する.幸福な老いの定義やそれらを構成する要素を整理するとともに,高年齢者の社会活動参加に関する既往研究で残された課題をもとに本研究の立ち位置を明確にする.

 事例調査では,高齢社会やまちづくり,地域コミュニティに関連する事例を書籍,論文,インターネット検索により調査する.高年齢者や地域をテーマとした施策の調査を通して,既存事例の現状や特徴,その課題を明らかにする.

 フィールド調査では,地域の高年齢者や高年齢者に関わる活動を行う運営者の実態を明らかにする.既にある地域コミュニティの運営スタッフとして実際の活動に参加し,ヒアリングや現場観察を行う.また,高年齢者を対象としたヒアリング調査により高年齢者の地域活動や理想の老いに関する意識や実際の行動を明らかにする.

研究対象

 高年齢者等の雇用の安定等に関する法律で定められている55歳以上の高年齢者を主な対象とする.また,身体機能や認知機能の変化には個人差があることから,45~54歳の中高年者も必要に応じて対象とする.

 また,「地域」の認識には市町村,校区,隣近所など個人差がある.そこで,本研究においては一般的な定義を用いるために,広辞苑[3]に記載されている「住民が共同して生活を送る地理的範囲」を採用する.



既往研究調査

サクセスフル・エイジング

 サクセスフル・エイジングは老年学の中で主要な研究テーマの一つである.生活満足度,モラール,健康,長命,well-beingなど多様な意味が含まれるため的確な訳が定義されることなく片仮名で表記されることも多い.しかしサクセスフル・エイジング研究の変遷を整理し,職場や地域での年齢に基づく差別・偏見について探求された原田の著書(2020)では「幸福な老い」と訳されている.

幸福の追求において重要なこと

 老年学において幸福の追求のために重要とされている要素を以下に示す.

  • 自分自身の人生を振り返り,今後の人生を再設計すること
  • 世代間関係でのサポートの提供
  • どこで働くのか,どこに住むのかといった文脈

 また,小田の著書(2004)[4]では良好な生活を構成する要素を以下の4つに分類している.

  • 行動能力:健康,知覚,運動,認識
  • 心理学的幸福:幸福,楽観主義,目標と達成の一致・知覚された生活の質
  • 知覚された生活の質:家族や友人・活動・仕事・収入・住居に関する主観的評価
  • 環境:住居・近隣・収入・仕事・活動などの現実

幸福度に関する統計調査

 幸福学の分野では精神的な満足や心の豊かさを定量化する研究が進められている.幸福学には客観的幸福研究と主観的幸福研究がある.前者は経済的諸指標などの社会調査結果や生理指標などの身体・精神的調査結果を用いる.後者はアンケート調査により人々の主観的な幸福度を計測するものである.

 また,主観的な幸福と地域の関係を対象とした研究に,日本人15000名に対するアンケート調査の実施によって,都道府県別の幸福度を明らかにした栗原ら(2015)の研究がある.幸せの4因子(「自己実現と成長」「つながりと感謝」「まえむきと楽観」「独立とマイペース」)に加え,地域の特徴を評価する指標(「安心・安全」),及び幸福心理学の学術研究においてスタンダードのひとつとなっているDeinerらによる人生満足尺度を用いて分析を行っている.その結果,人生満足尺度と友人の数には相関関係がみられ,地域の幸福度向上のためには人々のつながりを醸成することが重要であると述べられている.

本研究の位置づけ

 中高年者の社会活動参加の要因に関する文献を整理した既往研究(茨木,2020)では,レビュー文献の多くが高齢者を対象としており,中年者の社会活動に関連する要因についてはさらなる研究の蓄積が必要であると示唆されている.また,どのような情報源が活用されているのか,情報取得の実態を把握することも求められていた.さらに,幸福な老いに繋がる地域的な文脈を検討する必要性も今後の課題とされている.

 実際に,良好な生活を構成する要素を定量的に測定し評価する研究は多くみられた.一方,住民や関連組織の関係性や,関係性構築に至る経緯やその後の生活といった定性的な情報については文章による表現が多く,一般的に人が認識しやすいとされる図などを用いて可視化する方法を探求する文献は確認できなかった.

 以上より,地域に関わるステークホルダーの関係性や各々の歴史,想いを紐解き,可視化する意義があると考えられる.また,これまで高齢者の生活の質や幸福度に関して定量的な評価が蓄積されてきたことから,それらと本研究における定性的評価を比較し,両者がステークホルダーに与える印象の違いを調査する必要性も示唆された.



事例調査

既存事例の特徴

 高年齢者のいきがいや地域コミュニティ創出に関する事例において,成功事例として書籍や行政の報告書にて例示されている取り組みの特徴を以下に示す.

  • 「老い」をポジティブに捉えるための工夫がなされている
  • 高齢者と管理者どちらのニーズも満たす
  • フィードバックの流れがある
  • 地域資源を活用している
  • 多世代,異分野の交流を生んでいる
  • 多種多様なニーズに細かくアプローチしている
  • 低コストで実現可能である

高齢社会課題の担い手と課題

  • 自治体:地域包括ケアシステムの整備やまちづくり協議会の編成により,住民のコミュニティ形成を支援するための制度づくりに力を注いでいる.
  • NPO,社会福祉法人,ボランティア:自治体に比べて柔軟性が高く,サービス利用者の費用負担も少ない.地域特性に対応した,まちづくりワークショップや地域イベントの開催といった取り組みが行われている.
  • 民間企業:最新技術を活用した見守りサービスなど顧客本位ではありながら,提供内容に創意工夫がなされた質の高い事業が展開されている.

環境の整備は進んでいながらも,住民と地域の関係性の希薄化は問題視され続けている.これには,住民自身の地域活動に対する偏見や,地域活動を担う運営者との接点の有無が影響していると考えられる.



フィールド調査

図2.いきがい活動ステーションの組織図

事前ヒアリング調査

 地域活動に参加していない高年齢者の心理及び行動の一例を知るため,企業に勤める60代男性にヒアリング調査を行った.その結果,会社において長時間をかけて築いた信用が,全く別のコミュニティである地域においてはゼロの状態であることが気がかりとなり,会社関係以外のつながりに居心地の悪さを感じる可能性が示唆された.また,退職後は悠々自適な生活を望んでいる一方,その生活に飽きる可能性や身体の衰えを無視できなくなる時期については深く考えていなかった.そのため,退職前後の元気な段階で,その後の選択肢を増やすサポートをさりげなく行う仕組みが必要であることが示唆された.

フィールドの選定

 本研究においては近所付き合いの希薄化が特に問題視されている都市を対象とする.政令指定都市20都市中,2020年度の幸福度が18位で高齢化率が最も高い北九州市を選定した.北九州市から委託されNPO法人里山を考える会が運営する機関の一つに,「いきがい活動ステーション」がある.この機関は,高齢者の生きがい創出や社会参加促進を目的として,ボランティア活動,生涯学習講座,仲間作りに関する情報を収集・提供している.その組織図を図2に示す.

 いきがい活動ステーション周辺を中心に,表1に示す地域活動に参加し,運営者と参加者の様子を観察した.

活動名 運営者 場所 対象 内容内容
いきがい・おしゃべりサロン いきがい活動ステーション 高田年長者いこいの家(北九州市門司区) 大人 自由なおしゃべり,地域について
オンラインおしゃべりサロン いきがい活動ステーション オンライン(Zoom) 2020年にZoom講座を受講済みの方 自由なおしゃべり,最近の出来事,Zoomの利用状況
若松縁側カフェ 若松TERAKOYAプロジェクト 二島年長者いこいの家(北九州市若松区) 大人 ※コロナ禍のため 地域住民が誰でも気軽に立ち寄れる無料の交流拠点
寺子屋クラブ 若松TERAKOYAプロジェクト 二島年長者いこいの家(北九州市若松区) 仲間をつくり,行動を起こしたい方 地域の課題解決手法を学ぶワークショップ

地域活動と高年齢者の実態

 全国各地に拠点をもつ企業で長年勤務してきた高年齢者は,転勤を繰り返し,退職後に暮らす地域への関わりが少ないことが多々ある.これが地域への関心が薄い原因であると考えられる.しかし,何度も異動を繰り返した経験や,立場の異なる社員や取引先と関わってきた経験自体は,新たなコミュニティに足を踏み入れ,多様なバックグラウンドを持つ地域の住民と関係を構築するプロセスと類似している.

 責任感やプライドが高い高年齢者であるほど,加齢による身体・認知機能の衰えを実感し始めたときに,自分の理想とする行動ができなくなり,責任を保障できないことや,衰えを他人にさらすことに羞恥心を抱きやすい可能性が考えられる.しかし,地域コミュニティの中では,加齢による身体の変化自体は地域活動に既に携わっている高年齢者と何ら変わりない.また,自身の衰えに関する悩みへの理解や,対処方法などの知恵を得ることができる場であり,むしろ退職直後の高年齢者は「若い」と重宝される存在なのである.だからといって「若いから動け」と強要されることはなく,個人のペースを尊重する地域づくりが進んでいる.

 「自分にできることがあればやりたい」と考える高年齢者にとって,自分の能力や好きなことを再確認する機会が必要であると考えられる.また,「縛りの少ない生活をしたい」点に関しては,自分の都合に合わせて時間面・金銭面での負担が少ない,NPOや行政が運営する地域活動への参加は,高年齢者の理想を叶える手段として有効であると言える.

 また,これまで地域への関わりが少なかった高年齢者は,地域コミュニティ内の固定化されたメンバーの存在が原因で,疎外感を感じる可能性を危惧していることも分かった.しかしながら,本研究におけるフィールド調査では,地域のコミュニティに属する住民は,新たなメンバーの加入を歓迎しており,実際に関係を持ち始めた後も,お互いのプライバシーや距離感を尊重しながら接していた.

考察

 


まとめ

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脚注

  1. 内閣府, 2021, 令和3年版高齢社会白書
  2. 有田広美 堀江富士子 河野好子:地域在住高齢者の外出の実態とその関連要因,福井県立大学論集,第40号,15-26,2013
  3. 岩波書店:『広辞苑』,第7版,2018
  4. 『サクセスフル・エイジングの研究』,小田利勝,2004


参考文献・参考サイト

  • 『「幸福な老い」と世代間関係 職場と地域におけるエイジズム調査分析』(2020) 原田謙 勁草書房
  • 茨木裕子:中高年者の社会参加活動の要因に関する文献検討 ―活動参加の促進に着目して―,老年社会学科,第42巻第1号,7-20,2020
  • 人生100年時代のサクセスフル・エイジングとは?,ジェントロジーレポート,ニッセイ基礎研究所 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=66177?site=nli (2021年7月9日 閲覧)
  • 『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決型ビジネスの作り方』(2019) 斎藤徹 株式会社翔泳社
  • 『全47都道府県幸福度ランキング2020年度版』(2020)寺島実郎 東洋経済新報社
  • 北九州市の少子高齢化の現状(2020) 北九州市


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