幸福な老いと高年齢者の地域への関わり方に関する研究
- 山本悠加 / 九州大学大学院 芸術工学府 デザインストラテジー専攻
- Yuka YAMAMOTO / Graduate School of Design, Kyushu University
Keywords: Social Design, Life Design, Community Design, Successful Aging
- Abstract
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背景と目的
内閣府の調査[1]によると,日本の高齢化率は2020年において28.8%と世界で最も高く,今後も高水準を維持することが見込まれている.また,2019年には65歳以上のいる世帯において独居及びその予備軍とされる世帯は約6割を占めている.今後ますます高齢化,単身化が進むなか,幸福度の高い生活を送るためには,暮らしを営む地域で生活の質を維持しながら健康な生活を送ることが重要である[2].さらに,原田の著書(2020)では高齢者と地域社会のかかわりが,退職前あるいはそれ以前から何らかの形で準備される意義は大きく,職場生活から地域生活への緩やかな移行は重要な論点であるとされている.
中高年者の社会参加を促進する施策は各地で展開されている.しかし茨木の調査(2020)によると中高年者のうち社会活動への参加意向者が約5割であるのに対し,実際の参加者は2割にとどまっている.つまり,参加意向があっても行動につながっていないのが現状である.
本研究では,高年齢者の地域への関わり方が,どのように幸福の実感に影響するのか,地域特性や個人の経歴に着目して分析する.地域活動の運営者と,地域活動とは距離を置く高年齢者,双方が現在の行動や考え方に至るまでの過程及び将来への展望を整理・分析する. 「自己の尊重」と「社会とのつながり」の両立を求める高年齢者にとって,生活に身近な地域における活動への参加や人間関係構築を促進し得る要件を示す. その結果をもとに,今後の高齢社会におけるコミュニティ,サービスデザイン等へのアプローチ方法を提案することを目的とする.
研究の方法
研究方法の概要
図1は本研究方法の流れを示したものである.本研究では,既往研究調査,事例調査,フィールド調査を行った.
既往研究調査では,幸福な老いや地域高齢者の生活に関する書籍および論文を調査する.幸福な老いの定義やそれらを構成する要素を整理するとともに,高年齢者の社会活動参加に関する既往研究で残された課題をもとに本研究の立ち位置を明確にする.
事例調査では,高齢社会やまちづくり,地域コミュニティに関連する事例を書籍,論文,インターネット検索により調査する.高年齢者や地域をテーマとした施策の調査を通して,既存事例の現状や特徴,その課題を明らかにする.
フィールド調査では,地域の高年齢者や高年齢者に関わる活動を行う運営者の実態を明らかにする.既にある地域コミュニティの運営スタッフとして実際の活動に参加し,ヒアリングや現場観察を行う.また,高年齢者を対象としたヒアリング調査により高年齢者の地域活動や理想の老いに関する意識や実際の行動を明らかにする.
研究対象
高年齢者等の雇用の安定等に関する法律で定められている55歳以上の高年齢者を主な対象とする.また,身体機能や認知機能の変化には個人差があることから,45~54歳の中高年者も必要に応じて対象とする.
「地域」の認識には市町村,校区,隣近所など個人差がある.そこで,本研究においては一般的な定義を用いるために,広辞苑[3]に記載されている「住民が共同して生活を送る地理的範囲」を採用する.
既往研究調査
サクセスフル・エイジング
サクセスフル・エイジングは老年学の中で主要な研究テーマの一つである.生活満足度,モラール,健康,長命,well-beingなど多様な意味が含まれるため的確な訳が定義されることなく片仮名で表記されることも多い.しかしサクセスフル・エイジング研究の変遷を整理し,職場や地域での年齢に基づく差別・偏見について探求された原田の著書(2020)では「幸福な老い」と訳されている.
幸福の追求において重要なこと
老年学において幸福の追求のために重要とされている要素を以下に示す.
- 自分自身の人生を振り返り,今後の人生を再設計すること
- 世代間関係でのサポートの提供
- どこで働くのか,どこに住むのかといった文脈
また,小田の著書(2004)[4]では良好な生活を構成する要素を以下の4つに分類している.
- 行動能力:健康,知覚,運動,認識
- 心理学的幸福:幸福,楽観主義,目標と達成の一致
- 知覚された生活の質:家族や友人・活動・仕事・収入・住居に関する主観的評価
- 環境:住居・近隣・収入・仕事・活動などの現実
幸福度に関する統計調査
幸福学の分野では精神的な満足や心の豊かさを定量化する研究が進められている.幸福学には客観的幸福研究と主観的幸福研究がある.前者は経済的諸指標などの社会調査結果や生理指標などの身体・精神的調査結果を用いる.後者はアンケート調査により人々の主観的な幸福度を計測するものである.
主観的な幸福と地域の関係を対象とした研究に,日本人15000名を対象としたアンケート調査によって,都道府県別の幸福度を明らかにした栗原ら(2015)の研究[5]がある.幸せの4因子(「自己実現と成長」「つながりと感謝」「まえむきと楽観」「独立とマイペース」)に加え,地域の特徴を評価する指標(「安心・安全」),及び幸福心理学の学術研究においてスタンダードのひとつとなっているDeinerらによる人生満足尺度を用いて分析を行っている.その結果,人生満足尺度と友人の数には相関関係がみられ,地域の幸福度向上のためには人々のつながりを醸成することが重要であると述べられている.
本研究の位置づけ
中高年者の社会活動参加の要因に関する文献を整理した既往研究(茨木,2020)では,レビュー文献の多くが高齢者を対象としており,中年者の社会活動に関連する要因についてはさらなる研究の蓄積が必要であると示唆されている.また,どのような情報源が活用されているのか,情報取得の実態を把握することも求められていた.さらに,幸福な老いに繋がる地域的な文脈を検討する必要性も今後の課題とされている.
実際に,良好な生活を構成する要素を定量的に調査した研究は多くみられた.一方,住民や関連組織の関係性や,関係性構築に至る経緯,その後の生活といった定性的な情報については文章による表現が多く,一般的に人が認識しやすいとされる図などを用いて可視化する方法を探求する文献は確認できなかった.
以上より,地域に関わるステークホルダーの関係性や各々の歴史,想いを紐解き,可視化する意義があると考えられる.また,これまで高齢者の生活の質や幸福度に関して定量的な評価が蓄積されてきたことから,それらと本研究における定性的評価を比較し,両者がステークホルダーに与える印象の違いを調査する必要性も示唆された.
事例調査
既存事例の特徴
高年齢者のいきがいや地域コミュニティ創出に関する事例において,成功事例として書籍や行政の報告書にて例示されている取り組みの特徴を以下に示す.
- 「老い」をポジティブに捉えるための工夫がなされている
- 高齢者と管理者どちらのニーズも満たす
- フィードバックの流れがある
- 地域資源を活用している
- 多世代,異分野の交流を生んでいる
- 多種多様なニーズに細かくアプローチしている
- 低コストで実現可能である
高齢社会課題の担い手とそれに関する課題
- 自治体:地域包括ケアシステムの整備やまちづくり協議会の編成により,住民のコミュニティ形成を支援するための制度づくりに力を注いでいる.
- NPO,社会福祉法人,ボランティア:自治体に比べて柔軟性が高く,サービス利用者の費用負担も少ない.地域特性に対応した,まちづくりワークショップや地域イベントの開催といった取り組みが行われている.
- 民間企業:最新技術を活用した見守りサービスなど顧客本位ではありながら,提供内容に創意工夫がなされた質の高い事業が展開されている.
環境の整備は進んでいながらも,住民と地域の関係性の希薄化は問題視され続けている.これには,住民自身の地域活動に対する固定観念や,地域活動を担う運営者との接点の有無が影響していると考えられる.
フィールド調査
事前ヒアリング調査
地域活動に参加していない高年齢者の心理及び行動の一例を知るため,企業に勤める60代男性にヒアリング調査を行った.その結果,会社において長時間をかけて築いた信用が,全く別のコミュニティである地域においてはゼロの状態であることが気がかりとなり,会社関係以外のつながりに居心地の悪さを感じる可能性が示唆された.また,退職後は悠々自適な生活を望んでいる一方,その生活に飽きる可能性や身体の衰えを無視できなくなる時期については深く考えていなかった.そのため,退職前後の元気な段階で,その後の選択肢を増やすサポートをさりげなく行う仕組みが必要であることが示唆された.
フィールドの選定
本研究においては近所付き合いの希薄化が特に問題視されている都市部を対象とする.政令指定都市20都市中,2020年度の幸福度が18位で高齢化率が最も高い北九州市を選定した.北九州市から委託されNPO法人里山を考える会が運営する機関の一つに,「いきがい活動ステーション」がある.この機関は,高齢者の生きがい創出や社会参加促進を目的として,ボランティア活動,生涯学習講座,仲間作りに関する情報を収集・提供している.その組織図を図3に示す.
いきがい活動ステーション周辺を中心に,表1示す地域活動に参加し,運営者と参加者の様子を観察した.
地域活動に関わるきっかけと目的
地域活動の運営者・参加者が活動に関わるきっかけと目的を表2に示す.
参加のきっかけは,運営者・参加者共に,誰かからの紹介,誘い,推薦など,運営に近い人との関わりが影響していた.
参加目的は,自分自身のためが多く,自分の能力や求めるものに合わせて,関わる活動を取捨選択している様子が見受けられた.
以上をもとに地域活動参加への各段階と,関わり方が変わるきっかけとなる情報を図4のように整理した.
不参加者の心理
現在,具体的な地域活動に関わっていない高年齢者4名(男女2名ずつ)に,地域活動に対するイメージ,参加しない理由,参加意思の有無を中心にヒアリングを行った.表3に不参加者の意見とその分類を示す.
人付き合いへの億劫さや,身体機能の低下が原因で責務を果たすことができず,迷惑をかけることへの不安が見受けられた.
一方,「自分にできることをできる範囲で取り組みたい」との意見は全員から得られた.「できること」には「登下校時間帯に庭を掃除しながら通学する子供を見守る」「町内の草取りに参加する」「高齢の隣人の様子を気にかけておく」などがあり,個人で行う「地域での生活」の中に「地域活動」とも捉えられる行動があることが明らかとなった.
地域活動に関わる元会社員
全国に拠点をもつ企業で長年勤務してきた高年齢者は,転勤を繰り返し,退職後に暮らす地域への関わりが少ないことが多々ある.定住地を持たない生活が地域への関心が薄い原因の一つであると考えられる.しかし,何度も異動を繰り返した経験や,立場の異なる社内外の人々と関わった経験自体は,新たなコミュニティに足を踏み入れ,多様なバックグラウンドを持つ住民と関係を構築するプロセスと類似している.フィールド調査で出会った地域活動運営に関わる高年齢者の中には,民間企業で全国転勤を繰り返した経歴を持っている方も少なくなかった.生まれ故郷ではなくとも「第二の故郷」を求め,NPO職員として地域と関わっている方や,退職後の喪失感によりうつ病を発症した後,現在は自身の経験と知識を伝える市民センター等での講演活動にいきがいを感じている方もいた.
高年齢者と企業・地域の関わり
同窓会の会報誌などを通して地域活動に関する情報が提供されている企業もある.会報誌[6]では,退職後の楽しみや地域活動への関わり方に関する元社員のインタビュー記事,ウォーキング大会など同窓会イベントの告知が掲載されている.
退職後のライフプランを考える社内セミナーは行われているが,資金繰りに焦点を当てたものが一般的であることも分かった.
企業と地域活動運営者が連携し,退職前の高年齢者が退職後に地域に関わる自分のイメージを具体化させる機会の創出が,課題解決の一助となる可能性がある.
地域に対する固定観念と地域活動運営の実態
地域活動に参加しない高年齢者へのヒアリングにより,これまで地域への関わりが少なかった高年齢者は,地域コミュニティ内の固定化されたメンバーの存在が原因で,疎外感を感じる可能性を危惧していることが分かった.しかし本フィールド調査では,地域のコミュニティに属する住民は新メンバーの加入を歓迎しており,実際に関係を持ち始めた後も,お互いのプライバシーや距離感を尊重しながら接していた.
運営側は高齢化による人手不足に悩まされている.個人の事情を尊重し「無理強いはしたくない」という気遣いが,運営及び活動自体への勧誘を積極的に行えない理由の一つである.
地域活動においては,既に参加者として関わりを持っている人が,次の段階としてスタッフになることが多い.そのため,まずは参加者を増やす必要がある.新たに地域との関わりを持ち始める高年齢者が自分に合うコミュニティを見つけるためには,コミュニティ内の人を知り,相手にも自分を知ってもらうことが重要である.しかし退職直後の高年齢者は,所属組織や役職を失っている.肩書きではない「自分自身」を相手に伝え,その後の関係性構築に選択肢を与える術が必要であると考える.その際には,プライベートへの過度な干渉を防ぐために,相手に伝える情報を自ら選択できるようにする工夫も必要である.
結果と考察
既往研究調査と事例調査を通して,幸福度を高める要因には人とのつながりや自分の役割を感じることが重要であることが分かった.
フィールド調査においては,地域との関わりが希薄であるとされる高年齢者に対して,地域活動への参加を強要しない運営側の心遣いが,双方の関係性を構築するきっかけを持てない要因の一つであることが示唆された.
「自分にできることがあればやりたい」と考える高年齢者にとって,自分の能力や好きなことを再確認する機会が必要であると考えられる.また「縛りの少ない生活をしたい」点に関しては,自分の都合に合わせて参加の有無を決めることができ,経済的負担も少ない,NPOや行政が運営する地域活動への参加は,高年齢者の理想を叶え,人生満足度を高める手段として有効であると考えられる.
また,現在の地域活動の担い手には,本研究において注目している「数十年間仕事一筋で地域との関わりがなかった方々」も多く存在することが明らかとなった.そのような方々と,退職前の高年齢者と地域活動の運営者がお互いを知り,信頼関係を構築するきっかけとなる場やツールが,本研究で取り上げる課題解決の一助となる可能性が示唆された.
デザインへの応用とプロトタイプ
プロトタイプの制作
調査より重要であると考えられた「①自分の能力や好きなことを再確認する」「②地域活動および地域の人の実態を知る」を実現するための場と,その場のコミュニケーションを補助するツールを図5のように考案した.各ツールの詳細を図6,7に示す.
プロトタイプの評価
プロトタイプの評価方法とその結果を図8に示す.
ヒアリングシートの検証では,項目の精査とシート枚数に改善の余地がみられた.一方,ヒアリング自体に関しては,「辛かった時代の経験が今につながっていることが分かり,過去を前向きに捉えられた」「話を聞いてもらえて楽しかった」など,過去を思い出すと同時に誰かに聞いてもらうことが重要であることが分かった.
自己紹介補助ツールの検証では「アイコン選びが楽しい」,「アイコン自体やバーチャル背景など自分でも作ってみたい」,「自分の名刺も作ってもらいたい」などの声があった.バーチャル背景を作成する場面では,その場にいた同僚が集まり,それまで知らなかったお互いの趣味やペットの話で盛り上がる様子が見受けられた.自分で作るプロセスと,作ったものを共有する場の重要性を確認できた.
まとめ
高年齢者の地域に対する固定観念および地域活動運営者との関わりの有無が,地域への関わり方に影響することが明らかとなった.また,老いを前向きに捉えるためには自分自身を見つめなおし,楽しみや好きなものを考える機会が必要である.
今後は,地域と関わりの薄い高年齢者に地域の人への親しみを感じさせる方法として,活動運営側の経歴などを分かりやすく可視化する方法を検討する余地がある.さらにヒアリングシート及びアイコンのブラッシュアップを行った後,具体的な使用シーンの提案と共に,地域への関わりが薄い高年齢者と地域活動の運営者を対象に最終評価を行う必要がある.
脚注
参考文献・参考サイト
- 原田謙:『「幸福な老い」と世代間関係 職場と地域におけるエイジズム調査分析』,勁草書房,2020
- 茨木裕子:「中高年者の社会参加活動の要因に関する文献検討 ―活動参加の促進に着目して―」,老年社会学科,第42巻第1号,7-20,2020
- ニッセイ基礎研究所:「人生100年時代のサクセスフル・エイジングとは?」,ジェントロジーレポート,https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=66177?site=nli (2021年7月9日 閲覧)
- 斎藤徹:『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決型ビジネスの作り方』,株式会社翔泳社,2019
- 寺島実郎:『全47都道府県幸福度ランキング2020年度版』,東洋経済新報社,2020
- 北九州市:「北九州市の少子高齢化の現状」,2020