白黒写真カラー化を通した明治期から昭和期に至る福岡市および周辺地域に関する研究

提供: JSSD5th2021
2021年10月9日 (土) 01:06時点における伊藤晃生 (トーク | 投稿記録)による版
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伊藤晃生 / 九州産業大学大学院 芸術研究科 造形表現専攻 デザイン領域
Ito Kosei / Kyushu Sangyo University Graduate School of Arts
井上友子 / 九州産業大学 芸術学部 ソーシャルデザイン学科
Inoue Tomoko / Kyushu Sangyo University Faculty of Art and Design Social Design

Keywords: Social Design , AI, Graphic, Photo, Exhibition , Back in time


Abstract
In this study, we report on our efforts to restore and colorize old black-and-white photographs of individuals taken mainly in Fukuoka City during the Meiji and Showa periods (1900s), and to preserve ethnographic records for future generations.



1.背景

 近年、AIのディープラーニング技術を活用し、白黒写真をカラーに変換する自動着彩システムが話題に上がっている。白黒写真が身近ではない世代にとって、白と黒で写された写真は平面的にしか見えず、実世界で起こった事とは到底思えない遠い距離がある。しかし、カラー写真に変わることで多彩で現実味が増し、自分事として捉えられる力がある。こうしたことから東京大学の渡邉教授らは、平和学習の一環としてプロジェクト「記憶の解凍」を行い、第2次世界大戦下の広島市を中心とした古写真をカラーに変えた。始動から今年で4年目を迎え、今日までにイベント、ソーシャルメディア、書籍で情報を発信し続け、現代の平和な日常と非日常な戦争との距離を近づけ、世間は大きく反応した。この研究と同様に昨今のカラー化事例を覗くと、大半が戦争や政治に関する歴史的有名な事象を捉えた写真が多く変換されている。

 そのため、何気ない日常生活を写した庶民的写真などのカラー化は、あまり行われていないことが現状だ。こうした写真は、家族写真として個人が所有していることがほとんどである。こういった写真こそが地域の文化や歴史を物語る記録であり、カラー化し、可視化することで後世へ民俗学的資料として残さなければならないと感じた。

 特にこの写真らを保全している管理者や時代の当事者たちのほとんどが高齢者である。寿命には限りがあり、後継人がいなければその写された場所、人物、出来事までもがあたかも存在しなかったようになってしまう恐れがある。


2.目的

図1.◯◯◯◯

 こうしたことから地域の貴重な資料である、個人の白黒古写真をデジタル上で修復及びカラー化を行い、デジタルデータとして劣化しないよう保全する取り組みを行う。これと共に歴史ある当時の生活や祭りなど日常生活に身近である地域に興味を持つきっかけ作りになるようにも心掛ける。まずは、筆者の身近な存在である地域:福岡市を中心に活動を行うことにする。



3.研究方法

 若年層から高齢層までの幅広い世代に周知できるようイベント形式で情報発信することを決めた。より効果的なソーシャルメディアを使った方法では、若年層や中年層の限られた年齢層のみ把握することができない。そのため、全年齢層に適応できるイベント形式が最善だと考えた。

 このほかに、デジタル社会になった現在、写真を扱う機会は極めて少ない環境だ。デジタルとは違った味のある写真にも触れ合える機会を提供したいと思ったことも一つの要因だ。




4.白黒写真のカラー化

図1.AIとデジタル手彩色との違い

4-1,実験

 白黒写真をカラー化に変えるには、大きく分けて2つの方法がある。一方は、先述したAI技術を使った自動着彩システムによる方法。もう一方がペイントソフトを使い、手作業で着彩する方法である。この2つの結果に関する違いについて比較する必要があると考え実験を行った。使用する写真は、1940年代に日本軍の戦艦で撮影されたとされる私の曽祖父の写真だ。

 まず、気軽に使用できるオンライン上で公開されている自動着彩システムに写真を投入し、カラー化を行なった。使用したシステムは、①早稲田大学、②筑波大学、③Algorithmia、④colouriseSGの無料で公開されている4つだ(図1)。結果は、全体的に肌の着彩は上手く着色されているがその他の出来は違和感が残った。着色したというよりもセピア調に変換された印象を抱いた。対照的に手作業による着彩では、当時の曽祖父を知る祖父に当時の服の色や素材などを聞き取りするなどの時代考証を得て着彩を行なった。AIと私が着彩した結果を比べるとその差は歴然であった。祖父の証言によると曽祖父の後ろにある円形のものは日本国旗であり、軍服も薄い茶色ではなく黄緑色だということが判明した。

 このように、AIのカラー化では、瞬時に着彩できるメリットはあるが不確かな色を選ぶ傾向にある。対して手作業では、人間による証言や資料を基に着彩を行うため、精度がAIと比べて増すだろう。現に渡辺教授らは、AIは、自然物のカラー化が得意であり、衣服、乗り物などの人工物は苦手であると語っている。この上で一部のカラー写真は、手作業によって塗られた物があるとしている[1]。因みに、現在公開されているオープンソースのAIでは、着彩は可能でも破損した箇所の修復を同時にするシステムは現存しない。以上のことから本研究では、修復、着彩を含め効率的に作業ができるであろうデジタルソフトを使った手作業で行うことに決めた。



4-2,手作業での過程

 白黒写真に色を着けるまで、パソコンとペイントソフト(adobe photoshop)を使用し、以下の手順に沿って行う(図2)。
①「スキャン」
まず、写真を画像としてデータに変える必要がある。劣化が激しい写真は、タブレット端末で撮影。劣化が少ない写真は、高性能スキャナー(EPSON ES-G11000)を使用して読み込む。
②「白黒化」
読み込んだ画像をペイントソフトへ取り込み、完全な白黒に変換。白黒写真には、セピア調や青く燻んだ色など複雑な色が隠れている。そのため、修復や着彩をしやすいよう単純な色、白と黒に置き換える必要がある。
③「修復」
破損した箇所の修復を行う。傷や汚れの小さい部分は、修正ブラシを使って修復。大きく破損している場合は、周囲の情報を手掛かりにし、違和感がないよう欠落下部分を想像で作り出して修復する。
④「着彩」
写真が写された当時の時代、天気、季節、位置(場所)など可能な限り把握し、その場に合った色を着彩する。不明な色は、当事者や関係者に聴き取り調査を行ったり、当時の事柄が書かれてある文献などをヒントにその時代に存在したであろう近い色を表現する。
⑤「色調整」
着彩が完了した写真は、彩度が低い場合が多い。人間の目に違和感がないよう彩度の他に明度、色度も含め色合いを調整する。また、多くの一般的な写真は、長期間の保存により、写真紙の薬品が劣化し、赤身がかったような変色をしている。この赤見掛った写真を懐かしいと感じる者がどうやらいるようだ。よって敢えて赤見を常識的な範囲内で増し、懐かしさを感じるよう演出して完成とする。



5.写真の収集と調査

 地域の方々のお力添えを頂いき、50枚を超える貴重な古写真を拝借することができた。家族との思い出深い記念写真や博多人形の絵付けをする人形師を写した写真など明治から昭和に掛けて写された写真が集まった。イベントで使用する空間や来場者に配慮し、状態や構図が良く、温かみを感じる写真20枚を選定した。その内、視覚的に時代や地域性を感じやすい2つの事例を紹介する。

5-1,博多祇園山笠と少年



5-2,天神町の酒屋

 この写真が撮影されたのは、1928年1月10日。影から推測するに、正午ごろ撮られた写真であり、天気は、曇りだったと考えられる。場所は、天神町にあった伊藤酒店であり、店前にいる集団は、この酒店を経営している伊藤家とその従業員と思われる。この写真の所有者である伊藤洋酒店の亭主:伊藤忠氏によると現在の場所は、福岡市中央区天神にある福岡天神フコク生命ビルにあったとのことだ。カラー化した写真を見た伊藤氏は、「先代のお顔をカラーで拝見できて嬉しく思います」と語られた。




6.イベント内容

6-1,実施場所、日時

 アクセスが良い場所として福岡市の中心にある文化発祥の地、博多区を選定し、2つの会場、2つの期間に分けてイベントを開催することができた。以下の通り実施した。

【第1会場】 会場:はかた伝統工芸館 日程:2020 年11 月5 日(木)~6 日(金) 2日間 時間:10:00~18:00 【第2 会場】 会場:博多おりおり堂 日程:2020 年11 月21 日(土)~23 日(月) 3 日間 時間:10:00~16:00




6-2,コンセプト

 幅広くこの取り組みを知って貰いたいという思いを込め、老若男女問わず親しみ覚えやすい「monokara.(モノカラ)」と称する。これには、白黒写真に含まれている白黒の要素「monochrome」と「color」を掛け合わした言葉だ。モノクロからカラーに色が変化していくように忘れられていた時代の記憶も再び息を吹き返すようになってほしい意味合いを含んでいる。



6-3,実施内容

 イベントでは、オリジナル写真とカラー化写真を比較できる写真展示と来場者が持参した写真を修復、着彩する実演の2つを行った。



6-3-1,展示

 白黒古写真がどのように修復、着彩されたか比較できるよう、互いに並べて展示を行った。B3の黒パネルにA3写真2枚を貼り付け、作品タイトルを交えた1つのボードして吊り下げた。展示空間や来場者に配慮し、状態や構図が良く、温かみを感じる写真20枚を選定した。解説パネル等を合わせると全部で23個のパネルを展示した。



6-3-2,実演

 修復、着彩希望者に受付用紙を渡し、当時の状況を分かる範囲で記入して頂いた。それを基に作業を進める。ライブビューイング形式で進め、作業の進み具合によっては、後日、お渡しすることにした。受理した件数は合計48件、約100枚近くの写真を修復およびカラー化に挑んだ。



7.結果と考察

 イベントでは、マスメディアの報道もあって県内外から多くの方々が会場に足を運んでくださった。来場者の中には、展示してあるカラー写真を見て、「色が着いたことで最近のことみたい」、「立体感が出てリアルさが増した」など感じる方やカラー化した写真がオリジナルと思う方もいた。白黒写真カラー化を通して、時代との距離感が縮まり、自分事として考えられる切欠づくりになったと考えられる。

 実演を行った際、ある特徴的な出来事が起こった。白黒をカラー化にした写真を依頼人に渡した時にそれまで忘れていた当時の思い出などの記憶が爆発的に思い出したのだ。また、お渡しする際に写真に写されてた物の色を思い出し、その場で色を変更したケースもある。この他にも古写真を収集する際、認知症を患う女性の若かりし頃の写真をカラーにしてお渡しした時の事だ。今まで語られなかった当時の懐かしい思い出を話し始めた記憶がある。この現象は、渡辺教授らも体験していることが文献に残されていた[2]。このように白黒写真カラー化によって認知症などの記憶障害に対し、一種の治療法として有効的な効果を発揮することが可能になるかもしれない。

脚注

  • 渡辺英徳, 庭田杏珠, 『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』 光文社新書, 2020 p13, p460, [1]


参考文献・参考サイト

  • 與那覇 里子, [P12] モノクロ写真のカラー化技術を用いたメディアと読者の対話を促すコンテンツ制作の研究 デジタルアーカイブ学会誌 3 巻 2 号 p. 249-250, 2019
  • 渡辺英徳, 庭田杏珠,「記憶の解凍」:カラー化写真をもとにした”フロー”の生成と記憶の継承 デジタルアーカイブ学会誌 3 巻 3 号 p. 317-323, 2019
  • 渡辺英徳, 庭田杏珠, AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争 光文社新書, 2020