「視覚芸術に対する能動性と印象に関する研究」の版間の差分
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一方で,労働者全般に芸術鑑賞におけるリラクセーション効果が認められた研究(5)もあれば,参加者の鑑賞頻度や属性が開示されていない研究(6),課題点として芸術鑑賞等に親和性の高いグループが実験に参加していることを明示している研究(7)もあり,課題点として実験参加者によってリラクセーション効果に差異が出る可能性が示唆される.<br> | 一方で,労働者全般に芸術鑑賞におけるリラクセーション効果が認められた研究(5)もあれば,参加者の鑑賞頻度や属性が開示されていない研究(6),課題点として芸術鑑賞等に親和性の高いグループが実験に参加していることを明示している研究(7)もあり,課題点として実験参加者によってリラクセーション効果に差異が出る可能性が示唆される.<br> | ||
また,令和2年度の文化庁の調査によると,鑑賞を行う人は調査対象全体の41.8%であり,その中で美術鑑賞を行う人は 11.4%であった。創作を行う人は全体の 14.2%とされ,鑑賞を行う人も創作を行う人も少数派と考えられる(8).<br> | また,令和2年度の文化庁の調査によると,鑑賞を行う人は調査対象全体の41.8%であり,その中で美術鑑賞を行う人は 11.4%であった。創作を行う人は全体の 14.2%とされ,鑑賞を行う人も創作を行う人も少数派と考えられる(8).<br> |
2022年10月27日 (木) 14:03時点における版
- 視覚芸術が精神的健康に与える影響に着目して -
内村佳奈/九州大学大学院
- Kana Uchimura/Kyushu University
- Keywards
- Museum,Relaxation,Mental Health,Appreciation,Visual Arts,Sensibility,Art Appreciation
- Abstract
The positive effects of visual art on mental health are significant. From case studies of various art therapies for psychological treatment of neuroses and other disorders, to the relaxation effects of art appreciation, various studies are revealing the psychological effects of visual art appreciation and creation. On the other hand, the number of people who appreciate and create art is considered to be a minority. In order to clarify what kind of attitudes and images the minority of people who actively appreciate and create art have toward the visual arts, and whether they actually engage in active appreciation and creation in pursuit of psychological effects such as the relaxation effect described above, we will investigate the attitudes and images of people who have inactive appreciation and creation attitudes toward the visual arts and the psychological effects of those who do not actively appreciate and create art. In this interim presentation, I describe the analysis of the questionnaire and present hypotheses about the characteristics of each of the five groups that were divided as a result of the analysis.
目次
背景と目的
先行研究
視覚芸術が精神的健康にもたらす正の効果は大きい(1)(2)(3).神経症をはじめとした心理的治療における諸芸術療法の事例研究(4)から,芸術鑑賞によるリラクセーション効果(5)(6)(7)に至るまで,様々な研究において視覚芸術の鑑賞・創作の心理的な効果は明らかにされつつある.
一方で,労働者全般に芸術鑑賞におけるリラクセーション効果が認められた研究(5)もあれば,参加者の鑑賞頻度や属性が開示されていない研究(6),課題点として芸術鑑賞等に親和性の高いグループが実験に参加していることを明示している研究(7)もあり,課題点として実験参加者によってリラクセーション効果に差異が出る可能性が示唆される.
また,令和2年度の文化庁の調査によると,鑑賞を行う人は調査対象全体の41.8%であり,その中で美術鑑賞を行う人は 11.4%であった。創作を行う人は全体の 14.2%とされ,鑑賞を行う人も創作を行う人も少数派と考えられる(8).
本論の目的
先行研究より,鑑賞・創作を行う人が少数派であること,実証されているリラクセーション効果が鑑賞者の視覚芸術の親和性から得られたものであり,それらを踏まえると実際には鑑賞者の態度や創作物に対する印象によって左右される可能性が考えられる.
よって少数派である能動的に鑑賞を行う(以下能動的鑑賞)人,能動的に創作活動に取り組む(以下能動的創作) 人は,視覚芸術に対してどのような態度やイメージを持ち,実際に前述のようなリラクセーション効果等の心理的作用を求めて能動的鑑賞・創作を行っているのかを明らかにすることと,非能動的鑑賞・創作態度を取る人の視覚芸術に対する態度やイメージを調査し,行動変容のための方法を提案することの2つを全体の目的とし,本論においては質問紙調査の回答から回答者の視覚芸術に対する人の鑑賞態度・創作態度の傾向をカテゴライズし,各群における傾向と差異を明らかにすることを目的とする.
研究の方法
Googleスプレッドシートを用いた質問紙を作成し,芸術鑑賞と創作活動の能動性についての項目を設定した.また,生育環境の文化資本についての項目も設定した.さらに,視覚芸術に関する言葉,創作を行う人,創作物そのもの,視覚芸術の重要度について記述する質問項目を設けた(注1).
自由記述欄の分析にはテキストマイニングソフトのKHcoder(9)を用いた.
調査・結果
質問紙調査
統計ソフトRを用いた統計分析によって,群が5つに分かれた.また,その性質によって,各群を
「能動的創作群」「非能動的鑑賞創作群」「積極的鑑賞創作群」「能動的鑑賞群」「能動的鑑賞創作群」と名付けた.
また,文化資本の項目に関しては,能動的創作群が非能動的鑑賞創作群よりも優位に高く,能動的創作群が能動的鑑賞群よりも優位に高かった.
標本について
今回のデータは,各種SNSにてGoogleフォームのURLを記載し,収集した.結果として能動的創作と能動的鑑賞を取る回答者の割合が,文化庁の発表した統計の割合よりも多くなった.
これは,以下のような点が関係すると考えられる.
・筆者のSNSのフォロワー及びその拡散先のアカウントを持つ人に芸術に対する興味を持つ人が相対的に多かった
・質問紙の題目から,サンプルセレクションバイアス(注3)が生じた
全体の傾向
自由記述欄の分析について,各項目についての共起ネットワーク(注1)から,標本全体の傾向として以下のような傾向が見られた.
創作物を表す言葉に対する印象
・生活を豊かにするもの精神を充実させるものだが,同時に精神的・金銭的余裕がある人間でないと取り組めないもので,表現技術を持ち,それを好む世界にいる人間のもの.
・言語等の技術を使い,自らのセンスや解釈を用いて自己を表現する手段.
・絵画等の技術を用いて創造・創作されたもので自らはその鑑賞者である.創作物の世界に没頭し,楽しむ手段であり,理解することは難しいが好ましいもの.
・創作物を作ることは欲求として普遍的に見られるが,敬遠するような感覚を持つ
創作を行う人に対する印象
・独創的で自分,つまり拘りや理想を強く持ち,創作能力や表現を積極的に行う人という印象で,そういった特性に対して「すごい」という評価を得ている。また,「すごい」の具体的な内容としては,創作能力そのものやその才能があり,努力して維持していることや,さらに言えばそれで生計を立てているといった点を指す。
・創作をする人間は,そうでない人間に比して世界の見え方が違うと思われていて,独特なパーソナリティや感性を持つという印象を持たれている。
・上記のように感性が豊かで,その感性を用いて自己表現をしている.
創作物そのものに対する印象
・気持ちや気分を豊かにする力があり,人によっては好奇心と創作意欲を向上させる.ずっと見ていたい,もっと深く理解するために見ていたいという想いも生起させることがあり,鑑賞者を感動させるもので,きれいなものではあるが,一方で「理解する」「理解できない」「理解できないと申し訳ない」等,鑑賞者が理解することを前提としている側面もあり,人の可能性や面白さが反映された作品を通して心の交流を行うもので,そしてそのためには作品を理解する必要がある,と考えられていると思われる.(逆に考えると,作品に意味が込められているとみなしていると推察される).
・当然だが作品によって生起する気持ちは異なるが,「落ち着く」という状態へ変容する部分が大きいと考えられている。一方,作品を通して鑑賞者自身の内面を鏡のように見ているのかもしれない,と考察されている。作品に対して作った動機を知りたいというという部分もあり,それは作品を媒介として作者本人を知りたいという気持ちの表れであると考えられる.
創作物の重要度
・制限を世界の変容ととらえられる。具体的には 寂しく,息苦しい,鬱蒼といったネガティブな変容である。表現方法のネガティブな変容は思想統制に繋がる.そういったことを死活問題ととらえる部分もあり,制限が著しくなれば強いストレスやアイデンティティの拡散が生まれるだろうと考えている.
・一方,嫌だとは思うが,好きなものが制限されることが嫌なだけで程度によっては規制を容認する姿勢が見られたり,「知らず知らずのうちに助けられている」というような回答が見られたりして,普段生活している中で表現の重要性に対する意識が薄い側面もある.
各郡の傾向
各群の特徴的な傾向を,上記の全体傾向とKHcoderにて抽出された特徴語(注2)を考慮して以下のようにまとめた.
能動的創作群(第1群:鑑賞傾向は低いが創作傾向は高い)
・アートという言葉から,「好ましく,楽しんで自らの在り方を表現するものであり,それは感覚的で根源的なものである。」という印象を抱く.
・人に対しては,「主張や理想を強く持ち,インスピレーションによってクリエイティブなことを行っていると同時に,その道を究めて生活を送ることができている人は特にかっこいい」という印象を抱く.
・創作物そのものに対しては,「作品によって様々ではあるが,技術を持って作られたものであり,技術に関心を寄せながら見ることを楽しみ,創作物に込められている意味について理解するために考える。ストライクゾーンに入れば幸せすら感じる」ものとしている.
・重要度に関しては「居心地が悪く,行き場がなくなり,息苦しさ・苦しさを感じる。」と推察される。換言すると,「創作活動は拠り所であり,自分を解放する場である」と考えているととらえられる.
非能動的鑑賞創作群(第2群:鑑賞傾向も創作傾向も低い)
・アートという言葉から,「人間的なものであり,生活を豊かにする素敵なものである一方で,作品を完成させたこと・人に対して『偉い』と感じたり,『意味不明』であると感じることもあり,一定の距離感を感じる言葉である」という印象を抱く.
・人に対しては,「情熱的で感受性が高く,おしゃれな気質を持ち,器用に内面を表現するが,一方でナルシシズムの強さも見受けられる」という印象を抱く.
・創作物そのものに関しては,「さまざまな感情や印象を呼ぶもので,それはおだやかなものである場合が多い。個性を形にしたもので,奇々怪々とした印象を持つ。作品を完成したこと自体に感嘆する傾向もある」と推察される.
・重要度に関しては,「世界が窮屈になり,好きなものが制限されると寂しいし,悲しい。」といった点が挙げられる。この群の特徴を踏まえ,換言すれば,「世界はやや不自由になるが,好きなもの以外への制限にはあまり関心がない」と推察される.
積極的鑑賞創作群(第3群:創作傾向も鑑賞傾向も最も高い)
・アートという言葉から,「自己を技術・センス・技術を用いて可視化する行為であり,自己を断片的に表現する行為である。一方でそういったものを鑑賞する行為も連想され,どちらも幸福を感じるものである」という印象を抱く.
・人に対しては,「気持ちよく,自由に自己実現を行い,かつまじめではあるが,玉石混合でいろいろな気質の人がいる」という印象を抱く.
・創作物そのものに関しては,「気分が落ち着き,とても好ましいもので,作品を鑑賞する際には作品に対して面白さを感じている。」という傾向が推察される.
・重要度に関しては,「既に感染症等によって規制されている感じを抱いている。健康的でないし とんでもないことで,生きる上で悲しいし窮屈だ」とされる,群の性質を踏まえて換言すると,「規制や制限に敏感で,そういった世界に不健康さを感じている,また,創作・表現活動は死活問題である」と考えていると推察される.
能動的鑑賞群(第4群:鑑賞傾向は高いが,創作傾向は低い)
・アートという言葉から「何かしらの技術を用いて創られたもので,高尚で理解が難しいものだが,価値は高い」という印象を抱く.
・人に対しては,「自分とは違った感性を持ち,作品を完成させる努力をすることができる。道を究めている」という印象を持つ.
・創作物そのものに対しては「作品に圧倒され,自身の作品に対する無知を感じ,感情表現として感嘆詞を用いる等,言語化ができない感情を抱きやすい。一方で美麗かつ興味関心を触発する物で,意図を知りたい」とも思っている.
・重要度に関しては「生きる上で色がなくなったような違和感を覚える.一方で表現活動自体は衰退しないのではないかと思っている.」とまとめられる.換言すると「創作物は自身の生活の彩りとして機能しているが,創作活動に対してはある程度楽観的で,娯楽的に見ている」ととらえていることが推察される.
能動的鑑賞創作群(第5群:創作傾向も鑑賞傾向も高いが,第3群と比較すると低い)
・アートという言葉から「自分を自分のセンスと絵画・言語等の手段を用いて自由かつ豊かに表現することで,楽しむことである」という印象を抱く.
・人に対しては「努力によって自分の中の世界と意思を表現していて,才能を羨ましく思いつつも,それに対する悔しさを持つ」という印象を持つ.
・創作物そのものに対しては,「作品に価値を感じ,それにかけた時間に感動する。また,自身が矮小であると感じる」傾向があると考えられる.
・重要度に関しては「規制されるのは最悪で,ディストピア的世界になる危機がはらまれていると考える.また規制に疑問を持つ」と推察される.換言すると,「規制がないからこそ表現活動はユートピア的であり,それが脅かされることに危機感を持ち,脅かされることに対して考察を辞めない」と推察される.
考察
質問紙の分析結果について
前述のような標本の性質から,比較的芸術に親和性の高い回答者が多いことを前提に,全体の印象傾向を踏まえてた比較したものを図に示す.(図3)
創作傾向群(第1・3・5群)と非創作傾向群(第2・4群)の比較
創作傾向群と非創作傾向群のおおまかな差異は以下になる.
・前者では「自己表現」「自己開示」としてのツールとして捉えられるが,後者では価値が高い,生活を豊かにする娯楽的なものと捉える ・前者では,鑑賞時に落ち着きや言語化,見るポイントを押さえていて生起する感情にも敏感だが,後者では言語化が難しかったり,生起する感情がまとまっていない. ・前者では,程度の違いはあれど創作活動は自己表現を行う大切なものであるが,後者では比較的娯楽的で,消費的な見方をしている.
鑑賞傾向群(第3・4・5群)と非鑑賞傾向群(第1・2群)の比較
・前者では鑑賞時に生起する感情を重視していて,言葉で表さない・表せない場合も多い.しかし後者では技術や意味を見出す傾向や,逆に創作物の中身を見ていないというような傾向がある.
創作傾向群(能動的創作群・積極的鑑賞創作群・能動的鑑賞創作群)の比較
・能動的創作群:同じく創作する他者に主義主張があると考え, 作品に対して技術的な面と面白味を見出し,自己開示の手段と考えており,表現をコミュニケーション的にとらえる.
・積極的鑑賞創作群:自己表現の一つととらえるが,創作する他者一般に共通するものはないと考え,特に思想があるというわけでもないと考える.創作傾向群の中では最も感覚的な鑑賞態度を持ち,かつそれは娯楽あるいはリラクセーション的なものである.そしてそれらを人生の重大な部分ととらえ,表現活動を死活問題としている.
・能動的鑑賞創作群:創作は自分が取り組むもので,同じく取り組む人や作品をリスペクトしながらも,比較して自らを低く評価する.活動においては自由度を重視し,創作活動に非常に意欲的である.
以上を参照すると,能動的鑑賞創作群は社会的な文脈の中に自分が創作活動を行うことに重大で,死活問題と言えるほどの意味を見出している.一方で積極的鑑賞創作群に次いで鑑賞・創作傾向が高いのに関わらず,能動的鑑賞創作群はコミュニケーション手段としての表現をあまり重視していない.どちらかと言えば自己研鑽的な意味合いが強く,感じるように気ままにというよりも他者と比較し,頭で考えて創作をしている傾向が見られる.
能動的創作群は,自己開示という側面を重視しており,鑑賞時も意味と技法に着目していることから,学習的に鑑賞を行っていると思われる.他者に自分をわかってもらいたいという気持ちが強く出ていると考えられる.そして創作傾向がある人にそれは強く見られるものだと考えている.こちらも向上心は高いが,自分のスタイルを独自に生み出すというよりもブリコラージュ的にいろいろな技術を盗みたいと考えている.彼らの目指すところは「創作活動で生活すること」であり,自分の根源的な部分の承認を求められていると考えられる。
非創作傾向群(非能動的鑑賞創作群・積極的鑑賞群)の比較
・非能動的鑑賞創作群:言葉も,創作者も,自分の身の回りにあるものと感じていないし,好意も抱いていない.一方で,鑑賞時には創作物の完成に感動し,穏やかな気分すら感じる.しかし,そういったリラクセーション効果を享受している実感は薄く,重要度も高くない.
・積極的鑑賞群:創作物に言葉にできないほどの価値を感じている.しかしそれを言語化することに困難を感じており,もっと理解することに興味関心を注ぐ.
以上を踏まえると,非能動的鑑賞創作群は作品に直面すればそれなりに気持ちを動かすことができ,「穏やかになる」「奇妙になる」等言語化もできるが,もともと抱く印象の影響で興味関心が薄い,あるいは忌避するためにそのリラクセーション効果を享受できていないと考えられる.
一方積極的鑑賞群は対照的に,言語化はできないがその存在に圧倒されて言葉が出ないというという心的状況があり,崇高なものとして捉えているために「意味」を求める傾向があり,感情より理性で鑑賞を行おうとしていると推察される.
鑑賞傾向群(積極的鑑賞創作群・能動的鑑賞群・能動的鑑賞創作群)の比較
・積極的鑑賞創作群:他者を言語,人領域に関してしっかりととらえている。インタラクティブなコミュニケーションを創作物・表現の根幹としている.創作物の前にいれば鑑賞者に徹する.彼らにとっては表現活動や創作は言語のようにとらえられるので,言葉を奪われるような死活問題になる.
・能動的鑑賞群:
・能動的鑑賞創作群;自分が楽しんで取り組むものだが,他者の実力や創作物と比較して劣等感を感じやすい.それは一方では向上心の表れで,逆境にあっても作ることを辞めない情熱が見える.
以上を踏まえると,積極的鑑賞創作群は比較的深くアートシーンと関わり,自分なりのスタイルを成立させているため,比較や劣等感を感じず,穏やかな気持ちで鑑賞に集中できる.一方で,アートシーンと関わってきたからこそ危機に敏感であるともいえる.能動的鑑賞創作群は,積極的鑑賞創作群に至るまでの過渡期ともいえる.それゆえに劣等感や自己のスタイルに自信がなく,比較してしまう.一方で活動自体への情熱は高く,向上心が強い.
一方,能動的鑑賞群は.
非鑑賞傾向群(能動的創作群・非能動的鑑賞創作群)の比較
・能動的創作群でも,意味を見出そうとする傾向が見られるが,他群よりも「技術」に着目する傾向が強い.自己表現の実現のための学習として鑑賞を行っていると推察される.
・非能動的鑑賞創作群では,他群との主な違いは「作品を作ること自体に感心を抱く」という点である.普段は作らず,見ない人々にとって,視覚芸術は大きな労力を伴って作るもの,という印象を抱いていると考えられる.また,群の中で最も視覚芸術に関心の薄い群であることも含めて考えると,抱く「奇妙さ」は芸術というものに対する忌避的なイメージから生まれると考えられる.
以上を踏まえると,能動的創作群は作品の質の向上に強い関心を持ち,観察を通して自己実現の質を向上させ,最終的にプロフェッショナルとして活動したいという気持ちを抱いていると推察される.
対照的に非能動的鑑賞創作群では,やや忌避的であり,重要性も低く日常にも取り入れられていない.創作を行う人に対する評価も浮ついた印象のものが多く,作品や作者に体験をしていないために偏見等が生まれている可能性がある.
まとめ
上述の結果・考察より,目的に対しての各郡の傾向について以下のようにまとめる.
第1群:能動的創作群
・創作活動を自己表現の方法として重要に捉え,それによって生計を立てることを目標としている.向上心が強く,技術を重視する.
第2群:非能動的創作鑑賞群
・創作活動も創作物も,日常に溶け込んでいない.創作者に対してもあまりいい印象は抱いていない.表現活動に関しても危機感が最も薄い.一方で作品を見ると素朴に作品にまなざしを向けることができる.作品によっては恐怖も感じる.作品を見るのに慣れていないのか,好みの問題なのかはわからないが,具体的な印象が生じない場合もある.
第3群:積極的創作鑑賞群
・絵を言語と同じようなコミュニケーション・ツールとして捉える.自分のスタイルも確立していて,創作する人に多様性があることも理解している.深く根付いている習慣であるため,全群の中で最も表現活動の自由を重視し,死活問題としている.
第4群:能動的鑑賞群
・生活の彩りとして鑑賞する.感想は言語化できない場合も多く,感覚的に楽しむ.しかし作品を作る人に対して「自分とは違った人」と考え,アートという言葉に対しても「崇高」という言葉を使っていることから,自らよりも高尚な活動を,自分とは違う感性の人が行っているという認識を持っている.
第5群:能動的創作鑑賞群
・積極的創作群に至るまでの過渡期と思われ,自分の創作スタイルに自信がなく,人と比べ,自分を低く評価する.一方で重要性に関しては強い意識を持ち,反発してでも作品を作るというハングリー意識が強い.
以上の考察を踏まえて,インタビュー調査の際の質問項目作成の手がかりとする.
今後の展望
以上の考察は画像を記載しない質問紙を用いたものなので,実際に美術館等の施設協力を得て,考察を踏まえたインタビューを行い,実際の感想と分析結果との差異について考察し,特に非能動的鑑賞創作群が創作物に対峙したときどのような反応を見せるのかに着目・考察していき,芸術鑑賞へのポジティブな行動変容について考察・提案していく.
脚注
注1:共起ネットワークとは,KHcoderにおけるテキストマイニングの機能の一つで,文章の前後に繋がりが強い単語同士がクモの巣状に繋がる図である.(9)
注2:特徴語とは,KHcoderにおけるテキストマイニングの機能の一つで,ある指標に基づいて出力された指標に特有にみられる語である.(9)
注3:サンプルセレクションバイアスとは,研究の対象となった偏ったサンプルで得られた知見を母集団や他の集団に適応できないという問題.(10)
参考文献・参考サイト
(1) World Health Organization regional office for Europe (2019). What is the evidence on the role of the arts in improving health and well-being? A scoping review,67, HEALTH EVIDENCE NETWORK SYNTHESIS REPORT
(2)緒方泉(2021).「博物館浴」研究の進展に向けた海外文献調査-Mikaela Lawらのスコーピングレビューをもとに-,地域共創学会誌,7,35-52
(3)伊藤良子(2007).感情と心理臨床-今日の社会状況をめぐって 藤田和生(編)感情科学(2007).307-330
(4)石田陽介(2013).芸術養生としてのアートシェアリング-被害妄想を持つ統合失調症患者における絵画療法を通した居場所づくり-,西日本芸術療法学会誌(2013).41,58-67
(5) A.Clow(2006).Normalisation of salivary cortisol levels and self-report stress by a brief lunchtime visit to an art gallery by London City workers, Journal of holistic healthcare,3,29-32
(6) 日本メナード化粧品(株)総合研究所(2001).メナード美術館は“癒しの空間”-内分泌系、心理分析で証明-, https://museum.menard.co.jp/outline/healing.html (最終確認日:2022年10月20日)
(7) 緒方泉(2022).「博物館浴」の生理・心理的影響に関する基礎的研究(Ⅰ)-中学生・高校生を事例として-,地域共創学会誌,8,17-49
(8) 文化庁(2021).文化に関する世論調査報告書
(9) 樋口耕一(2020).社会調査のための計量テキスト分析:内容分析の継承と発展を目指して:KH Coder official book ナカニシヤ出版
(10)UNBOUNDEDLY(2020). 選択(セレクション)バイアスとは?人によって定義が違うので整理してみた。,https://www.krsk-phs.com/entry/selectionbias_epiecon#%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%82%B9Sampling-Bias (最終確認日:2022年10月27 日)