「視覚芸術に対する能動性と印象に関する研究」の版間の差分
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・前者では「自己表現」「自己開示」としてのツールとして捉えられるが,後者では価値が高い,生活を豊かにする娯楽的なものと捉える | ・前者では「自己表現」「自己開示」としてのツールとして捉えられるが,後者では価値が高い,生活を豊かにする娯楽的なものと捉える |
2022年10月27日 (木) 17:59時点における版
- 視覚芸術が精神的健康に与える影響に着目して -
- 内村佳奈/九州大学大学院
- Kana Uchimura/Kyushu University
Keywards : Museum,Relaxation,Mental Health,Appreciation,Visual Arts,Sensibility,Art Appreciation
- Abstract
The positive effects of visual art on mental health are significant. From case studies of various art therapies for psychological treatment of neuroses and other disorders, to the relaxation effects of art appreciation, various studies are revealing the psychological effects of visual art appreciation and creation. On the other hand, the number of people who appreciate and create art is considered to be a minority. In order to clarify what kind of attitudes and images the minority of people who actively appreciate and create art have toward the visual arts, and whether they actually engage in active appreciation and creation in pursuit of psychological effects such as the relaxation effect described above, we will investigate the attitudes and images of people who have inactive appreciation and creation attitudes toward the visual arts and the psychological effects of those who do not actively appreciate and create art. In this interim presentation, I describe the analysis of the questionnaire and present hypotheses about the characteristics of each of the five groups that were divided as a result of the analysis.
目次
背景と目的
先行研究
視覚芸術が精神的健康にもたらす正の効果は大きい(1)(2)(3).神経症をはじめとした心理的治療における諸芸術療法の事例研究(4)から,芸術鑑賞によるリラクセーション効果(5)(6)(7)に至るまで,様々な研究において視覚芸術の鑑賞・創作の心理的な効果は明らかにされつつある.
一方で,労働者全般に芸術鑑賞におけるリラクセーション効果が認められた研究(5)もあれば,参加者の鑑賞頻度や属性が開示されていない研究(6),課題点として芸術鑑賞等に親和性の高いグループが実験に参加していることを明示している研究(7)もあり,課題点として実験参加者の鑑賞態度や親近性によってリラクセーション効果に差異が出る可能性が示唆される.
また,令和2年度の文化庁の調査によると,鑑賞を行う人は調査対象全体の41.8%であり,その中で美術鑑賞を行う人は 11.4%であった。創作を行う人は全体の 14.2%とされ,鑑賞を行う人も創作を行う人も少数派と考えられる(8).
本論の目的
先行研究より,鑑賞・創作を行う人が少数派であること,実証されているリラクセーション効果が鑑賞者の視覚芸術の親和性から得られたものであり,それらを踏まえると実際には鑑賞者の態度や創作物に対する印象によって左右される可能性が考えられる.
よって少数派である能動的に鑑賞を行う(以下能動的鑑賞)人,能動的に創作活動に取り組む(以下能動的創作) 人は,視覚芸術に対してどのような態度やイメージを持ち,実際に前述のようなリラクセーション効果等の心理的作用を求めて能動的鑑賞・創作を行っているのかを明らかにすることと,非能動的鑑賞・創作態度を取る人の視覚芸術に対する態度やイメージを調査し,行動変容のための方法を提案することの2つを全体の目的とし,本論においては質問紙調査の回答から回答者の視覚芸術に対する人の鑑賞態度・創作態度の傾向をカテゴライズし,各群における傾向と差異を明らかにすることを目的とする.
研究の方法
Googleスプレッドシートを用いた質問紙を作成し,芸術鑑賞と創作活動の能動性についての項目を設定した.また,生育環境の文化資本についての項目も設定した.さらに,視覚芸術に関する言葉,創作を行う人,創作物そのもの,視覚芸術の重要度について記述する質問項目を設けた(図1).
データの収集には,筆者のSNSを利用し,2021年11月7日から1週間回答期間を設けた.結果,76名の回答を得た.
自由記述欄の分析にはテキストマイニングソフトのKHcoder(9)を用いた.
調査・結果
質問紙調査
統計ソフトRを用いた統計分析によって,群が5つに分かれた.また,その性質によって,各群を
「能動的創作群」「非能動的鑑賞創作群」「積極的鑑賞創作群」「能動的鑑賞群」「能動的鑑賞創作群」と名付けた.
また,文化資本の項目に関しては,能動的創作群が非能動的鑑賞創作群よりも優位に高く,能動的創作群が能動的鑑賞群よりも優位に高かった.
標本について
今回のデータは,各種SNSにてGoogleフォームのURLを記載し,収集した.結果として能動的創作と能動的鑑賞を取る回答者の割合が,文化庁の発表した統計の割合よりも多くなった.
これは,以下のような点が関係すると考えられる.
- 筆者のSNSのフォロワー及びその拡散先のアカウントを持つ人に芸術に対する興味を持つ人が相対的に多かった
- 質問紙の題目から,サンプルセレクションバイアス(注3)が生じた
全体の傾向
自由記述欄の分析について,各項目についての共起ネットワーク(注1)から,標本全体の傾向として図2-1から図2-4のような傾向が見られた.
各郡の傾向
各群の特徴的な傾向を,上記の全体傾向とKHcoderにて抽出された特徴語(注2)を考慮して図3-1から図3-5にまとめた.
考察
質問紙の分析結果について
前述のような標本の性質から,比較的芸術に親和性の高い回答者が多いことを前提に,全体の印象傾向を図示したものに基づいて比較する.(図4)
創作傾向群(能動的創作群・積極的鑑賞創作群・能動的鑑賞創作群)と非創作傾向群(非能動的鑑賞創作群・積極的鑑賞群)の比較
・前者では「自己表現」「自己開示」としてのツールとして捉えられるが,後者では価値が高い,生活を豊かにする娯楽的なものと捉える ・前者では,鑑賞時に落ち着きや言語化,見るポイントを押さえていて生起する感情にも敏感だが,後者では言語化が難しかったり,生起する感情がまとまっていない.
鑑賞傾向群(積極的鑑賞創作群・能動的鑑賞群・能動的鑑賞創作群)と非鑑賞傾向群(能動的創作群・非能動的鑑賞創作群)の比較
・前者では鑑賞時に生起する感情を重視していて,言葉で表さない・表せない場合も多い.しかし後者では技術や意味を見出す傾向がある.
創作傾向群(能動的創作群・積極的鑑賞創作群・能動的鑑賞創作群)の比較
・能動的創作群:同じく創作する他者に主義主張があると考え, 作品に対して技術的な面と面白味を見出し,自己開示の手段と考えており,表現をコミュニケーション的にとらえる.
・積極的鑑賞創作群:自己表現の一つととらえるが,創作する他者一般に共通するものはないと考え,特に思想があるというわけでもないと考える.創作傾向群の中では最も感覚的な鑑賞態度を持ち,かつそれは娯楽あるいはリラクセーション的なものである.そしてそれらを人生の重大な部分ととらえ,表現活動を死活問題としている.
・能動的鑑賞創作群:創作は自分が取り組むもので,同じく取り組む人や作品をリスペクトしながらも,比較して自らを低く評価する.活動においては自由度を重視し,創作活動に非常に意欲的である.
非創作傾向群(非能動的鑑賞創作群・積極的鑑賞群)の比較
・非能動的鑑賞創作群:言葉も,創作者も,自分の身の回りにあるものと感じていないし,好意も抱いていない.一方で,鑑賞時には創作物の完成に感動し,穏やかな気分すら感じる.しかし,そういったリラクセーション効果を享受している実感は薄く,重要度も高くない.
・積極的鑑賞群:創作物に言葉にできないほどの価値を感じている.しかしそれを言語化することに困難を感じており,もっと理解することに興味関心を注ぐ.
鑑賞傾向群(積極的鑑賞創作群・能動的鑑賞群・能動的鑑賞創作群)の比較
・積極的鑑賞創作群:他者を言語,人領域に関してしっかりととらえている。インタラクティブなコミュニケーションを創作物・表現の根幹としている.創作物の前にいれば鑑賞者に徹する.彼らにとっては表現活動や創作は言語のようにとらえられるので,言葉を奪われるような死活問題になる.
・能動的鑑賞群:感覚的に捉え,鑑賞時の感覚は感嘆詞等で表され言葉にならない.一方でその創作活動は理性を反映したものと捉え,意味を理解しようとする.鑑賞を娯楽的に捉え,規制に対しても比較的敏感でない.
・能動的鑑賞創作群;自分が楽しんで取り組むものだが,他者の実力や創作物と比較して劣等感を感じやすい.それは一方では向上心の表れで,逆境にあっても作ることを辞めない情熱が見える.
非鑑賞傾向群(能動的創作群・非能動的鑑賞創作群)の比較
・能動的創作群でも,意味を見出そうとする傾向が見られるが,他群よりも「技術」に着目する傾向が強い.自己表現の実現のための学習として鑑賞を行っていると推察される.
・非能動的鑑賞創作群では,視覚芸術は大きな労力を伴って作るもの,という印象を抱いていると考えられる.また,群の中で最も視覚芸術に関心の薄い群であることも含めて考えると,抱く「奇妙さ」は芸術というものに対する忌避的なイメージから生まれると考えられる.
まとめ
上述の結果・考察より各郡の傾向について以下のようにまとめる.
能動的創作群
・創作活動を自己表現の方法として重要に捉え,それによって生計を立てることを目標としている.向上心が強く,技術を重視する.
非能動的創作鑑賞群
・創作活動も創作物も,日常に溶け込んでいない.創作者に対してもあまりいい印象は抱いていない.表現活動に関しても危機感が最も薄い.一方で作品を見ると素朴に作品にまなざしを向けることができる.作品によっては恐怖も感じる.作品を見るのに慣れていないのか,好みの問題なのかはわからないが,具体的な印象が生じない場合もある.
積極的創作鑑賞群
・絵を言語と同じようなコミュニケーションツールとして捉える.自分のスタイルも確立していて,創作する人に多様性があることも理解している.深く根付いている習慣であるため,全群の中で最も表現活動の自由を重視し,死活問題としている.
能動的鑑賞群
・生活の彩りとして鑑賞する.感想は言語化できない場合も多く,感覚的に楽しむ.しかし作品を作る人に対して「自分とは違った人」と考え,アートという言葉に対しても「崇高」という言葉を使っていることから,高尚な活動を,自分とは違う感性の人が行っているという認識を持っている.
能動的創作鑑賞群
・積極的創作群に至るまでの過渡期と思われ,自分の創作スタイルに自信がなく,人と比べ,自分を低く評価する.一方で自分の創作態度から表現の重要性を強く意識し,規制に反発してでも作品を作るというハングリー意識が強い.
今後の展望
以上の考察は画像を記載しない質問紙を用いたものなので,実際に美術館等の施設協力を得て,考察を踏まえたインタビューを行い,実際の感想と分析結果との差異について考察し,特に非能動的鑑賞創作群が創作物に対峙したときどのような反応を見せるのかに着目・考察していき,芸術鑑賞へのポジティブな行動変容について考察・提案していく.
方法としては,回答者の中から協力者を仰ぎ,鑑賞体験に随伴し,その体験についてインタビューを行う.
脚注
注1:共起ネットワークとは,KHcoderにおけるテキストマイニングの機能の一つで,文章の前後に繋がりが強い単語同士がクモの巣状に繋がる図である.(9)
注2:特徴語とは,KHcoderにおけるテキストマイニングの機能の一つで,ある指標に基づいて出力された指標に特有にみられる語である.(9)
注3:サンプルセレクションバイアスとは,研究の対象となった偏ったサンプルで得られた知見を母集団や他の集団に適応できないという問題.(10)
参考文献・参考サイト
(1) World Health Organization regional office for Europe (2019). What is the evidence on the role of the arts in improving health and well-being? A scoping review,67, HEALTH EVIDENCE NETWORK SYNTHESIS REPORT
(2)緒方泉(2021).「博物館浴」研究の進展に向けた海外文献調査-Mikaela Lawらのスコーピングレビューをもとに-,地域共創学会誌,7,35-52
(3)伊藤良子(2007).感情と心理臨床-今日の社会状況をめぐって 藤田和生(編)感情科学(2007).307-330
(4)石田陽介(2013).芸術養生としてのアートシェアリング-被害妄想を持つ統合失調症患者における絵画療法を通した居場所づくり-,西日本芸術療法学会誌(2013).41,58-67
(5) A.Clow(2006).Normalisation of salivary cortisol levels and self-report stress by a brief lunchtime visit to an art gallery by London City workers, Journal of holistic healthcare,3,29-32
(6) 日本メナード化粧品(株)総合研究所(2001).メナード美術館は“癒しの空間”-内分泌系、心理分析で証明-, https://museum.menard.co.jp/outline/healing.html (最終確認日:2022年10月20日)
(7) 緒方泉(2022).「博物館浴」の生理・心理的影響に関する基礎的研究(Ⅰ)-中学生・高校生を事例として-,地域共創学会誌,8,17-49
(8) 文化庁(2021).文化に関する世論調査報告書
(9) 樋口耕一(2020).社会調査のための計量テキスト分析:内容分析の継承と発展を目指して:KH Coder official book ナカニシヤ出版
(10)UNBOUNDEDLY(2020). 選択(セレクション)バイアスとは?人によって定義が違うので整理してみた。,https://www.krsk-phs.com/entry/selectionbias_epiecon#%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%82%B9Sampling-Bias (最終確認日:2022年10月27 日)