アクティブシニアの運動プログラムのデザイン研究
- 50代からのチアダンス「グランチア」 -
- 太刀山 美樹 / 九州大学大学院 新統合領域学府 ユーザー感性学
- Miki Tachiyama / The Graduate School of Integrated Frontier Sciences Kyushu University
Keywords: senior, frailty, Psychological well-being, Grand-cheer,
- Abstract
- For well-being in the age of 100 years of life, a multifaceted physical, psycho-psychological, and social approach is necessary from the early stage before old age. The results of this study infer that "Grand-cheer," which incorporates the inclusive design perspective, is a program that improves psychological wellbeing, such as [personal growth] and [self-acceptance], compared to other disciplines such as care prevention and yoga.
==背景と目的==
老年期における高齢者の健康や介護は、取り巻く環境への対策に比べ、子育ての終了と退職、老化や介護、配偶者の死離別などによる不安やこころのケアについては十分とは言えない現状がある。
そこで本研究は、高齢者の健康増進のための各種運動プログラムを対象に、老化による虚弱(フレイル)の予防と心理的ウェルビーイングの視点から、それぞれのプログラムを調査し、課題を抽出する。さらに複数のプログラムの中から、インクルーシブデザインの特徴を持つと考えらえる50代からのチアダンス「グランチア」について、他の運動プログラムとの類似点・相違点を明らかにし、老化による虚弱(フレイル)の予防と心理的ウェルビーイングを向上させる要件を導き出すことを目的とする。
※「グランチア」とは、本研究の主軸となるプロフラム。ポンポン(手具)を両手に持ち、音楽に合わせて、それぞれの役割もち踊る。自己を解放し、楽しさや一体感を重視したプログラム。成長の自覚と自己受容などの心理的ウェルビーイングを重視し、同世代や次世代まで応援(チア)して、同心円的に互いに影響を与えるチアダンスである。
※※フレイルとは、高齢期に生理的予備能が低下することでストレスに対する脆弱性が亢進し、不健康を引き起こしやすい状態。転倒や日常生活の障害、要介護の発生、死亡のリスクを増大させる要因となる。
※※※心理的ウェルビーイングとは、成長を自覚し人生に目的を持ち、自己決定により、他者と良好な関係を築いている状態を指す。
==研究の方法==
本研究は、改訂日本版フレイル基準(J-CHS基準)、岩野らの心理的ウェルビーイング日本語尺度短縮版(2015年)から指標を抽出し、アンケート調査をおこなった。
1 プログラム指導者 107人 (20代〜60代)にアンケート 介護予防・筋トレ・ヨガ・ズンバ・フラダンス・クラッシックバレエ・グランチア の指導者に、 フレイル予防と心理的ウエルビーイングを意図(注視)して指導しているか調査。判定は「とても意図している」から「意図していない」の4段階で判定した。 緑色で示す「とても意図している」を、より注視して指導していると解釈し順に、75〜100%を◎、50〜75%を◯、25~50%%を△、25%未満をーとした。
2 被験者(会員) 42人(52〜84歳 平均年齢64.4歳)にアンケート 入会時と現在での身体と心の変化を比較し、判定は「とても変化している」から「変化していない」の4段階で判定。緑色で示す「とても変化している」が、入会時から10ポイント以上向上した項目を抽出した。
結果
1指導者アンケート 1)フレイル予防 介護予防・筋トレ・ヨガ > ズンバ・フラダンス・グランチア > バレエ 介護予防・筋トレ・ヨガは、【エ.歩行速度】【オ.身体活動】 など4つを注視し、ズンバ・フラダンス・グランチア・バレエは、【イ.筋力】【オ.身体活動】など2つを注視していた。 【オ.身体活動】の項目は、すべての種目が注視し、中でも介護予防・筋トレ・バレエ・グランチアがより強く注視していた。
2)心理的ウエルビーイング ズンバ・フラダンス・グランチアは、すべて注視。グランチアは、他の種目より強くすべてを注視。筋力トレーニングと介護予防は、他種目より少なかった。 【a.人格的成長】 すべての種目が注視。グランチア・バレエは強い。【b.自己受容】 すべての種目が注視 グランチアは強い 。【e. f.】グランチア>フラダンス・ズンバ>介護予防>筋トレ・ヨガ・バレエ
2 被験者(会員)アンケート
入会時と現在の変化は、フレイル予防は変化をあまり感じられず、心理的ウェルビーイングの3項目が向上した。
【a,人格的成長】「成長し続けたい」など4つの中項目で向上し、中でも「新らたな挑戦で新たな自分を発見することが楽しい」は、約30ポイントも向上した。【d,自己受容】「自分自身が好き」「ありのままを受け入れられる」「自分対し肯定的」など、20ポイント以上も向上した。【e, 環境制御力】「自分を生かす」「柔軟に対応できる」など 20ポイント以上、「環境に適応」「自分らしく生きる」も向上した。 【b.人生の目的】などの3項目は入会時にすでに高く、変化の幅が小さい。
考察
西田(2000)の先行研究では、成人女性の心理的ウェルビーイング に関する研究にて、【a.人格的成長】は、25~34歳まででは強いが55~65歳は下がり、【e.自己受容】は55〜65歳 緩やかに下がっている。」としている。
しかしながら本研究では、グランチアの55~65歳で、【a.人格的成長】【e.自己受容】【e.環境制御力】が向上していた。指導者アンケートでも、他種目より【a.人格的成長】【 e.自己受容】は注視し、指導されていた。
これは、被験者がほぼ全員が初めてのゼロからの挑戦で、自己受容や成長を体感しやすかったと考えられる。非日常の手具とステージウエアや軽快な音楽で自己が解放され、チームで創る演目には自分の役割がある。また大勢の前で披露する発表会を契機に「一体感」「達成感」を感じ、家族・友人・若い世代からも賞賛や声援も加わり、さらなる成長を目標と定め、社会との繋がりをより強く実感していったのではと考える。
こうしたことが、【人格的成長】【自己受容】【環境制御力】など、グランチアの心理的ウエルビーイングを高めている要因と推察される。
まとめ
本研究の結果、グランチアは、【人格的成長】【自己受容】などの心理的ウェルビーイングについては有意だが、「身体的フレイル予防」には改善が必要である。
1)課題 これまで「身体的フレイル予防」にそれほど注視してこなかったが、筋力アップや歩行速度を高めるようなプログラムを組み入れる必要がある。
2)他の種目との類似点と相違点 フラダンス・ズンバ・グランチアは、【人格的成長】や【自己受容】など6項目すべての「心理的ウエルビーイング」を注視していることが類似している。 一方、介護予防・筋力トレーニングは、「身体的フレイル」予防を注視しているものの、「心理的ウエルビーイングはあまり注視していない。またヨガやクラシックバレエは内向的な要素がつよく、環境制御力と積極的」他者関係は注視されていない。
今回の研究の対象としたグランチアは、被験者がほぼ全員が初めてのゼロからの挑戦で、自己受容や成長を体感しやすかったと考えられる。ポンポン(手具)や掛け声、非日常のステージウエアや軽快な音楽で自己が解放され、 またチームそれぞれの役割で、演目を創り、大勢の前で披露する発表会を契機に「一体感」「達成感」「チーム内での役割」を感じ、家族・友人・若い世代からも賞賛や声援も加わり、さらなる成長を目標と定め、社会との繋がりをより強く実感していったのではと考える。
人生100年時代、人生の折り返し地点である50代は、子育ての終了と退職、老化や介護、配偶者の死離別などによる不安への対応も必要で、老年期前の早期から、身体的、心理的、社会的な多面的なアプローチが不可欠である。
本研究の成果を活かし、より多くの人が社会に関与し続け、生きる力を引き出すプログラムを模索していく
グランチア紹介 動画
脚注
==参考文献・参考サイト==
- 西尾悠佑 (2016) 心理臨床科学 学会誌, Vol. 6, No. 1, Pp. 43-52
- 西田 裕紀子 (2000) 教育心理学研究, 48, 433-443 433
- 岩野卓(2015) 行動科学,54(1),9-21.
- 健康長寿ネット https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/frailty/about.html (2022年10月10日閲覧)