「伴侶動物の振る舞いを倣うことで人間の生活様式を再考する提案」の版間の差分

提供: JSSD5th2023
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* ふいに寝転がることに抵抗がなくなり、日中でも様々な場所で目線を低くするようになった。
 
* ふいに寝転がることに抵抗がなくなり、日中でも様々な場所で目線を低くするようになった。
  
 いつもの場所よりも自分にとって心地よい条件を持った寝床が見つかり、私の寝床を再定義するきっかけとなった。またバランスの良い睡眠をとることだけではなく、睡眠体験そのものが記憶に残る体験になり睡眠の質に多様性を与えた。(詳細な研究発表はこちら)(参照<ref>中橋侑里,ソンヨンア, 2022,インタラクション2022論文集 pp.231-234, 情報処理学会</ref>)
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 いつもの場所よりも自分にとって心地よい条件を持った寝床が見つかり、私の寝床を再定義するきっかけとなった。またバランスの良い睡眠をとることだけではなく、睡眠体験そのものが記憶に残る体験になり睡眠の質に多様性を与えた。(詳細な研究発表は[https://mediawiki.org こちら])(参照<ref>中橋侑里,ソンヨンア, 2022,インタラクション2022論文集 pp.231-234, 情報処理学会</ref>)
  
 
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(3)水分補給
 
(3)水分補給
  
 私は水分補給を忘れがちであるが、猫は私と比較して定期的に水を飲んでいた。水分補給のリズムを猫に合わせることにした。猫の水皿と既存の首輪型センサー(catlog)で水飲み行為をセンシングして、猫の飲んだ水の量を人の必要な量に換算してコップに注ぎ飲んでいく。(図3)
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 私は水分補給を忘れがちであるが、猫は私と比較して定期的に水を飲んでいた。水分補給のリズムを猫に合わせることにした。猫の水皿と既存の首輪型センサー([https://rabo.cat/catlog/pendant/ Catlog])で水飲み行為をセンシングして、猫の飲んだ水の量を人の必要な量に換算してコップに注ぎ飲んでいく。(図3)
  
 
* 猫が水を飲んだことを知り、自分の喉が渇きに気づく。
 
* 猫が水を飲んだことを知り、自分の喉が渇きに気づく。

2023年10月18日 (水) 19:56時点における版

中橋侑里 / 東京大学 学際情報学府
Yuri Nakahashi / Tokyo University

Keywords: Companion Animal, Life Style


Abstract
In this study, in order to reconsider our lifestyle, we focus on the behavior of cats, which have different "Umwelt" but spend time in the same space. By following the cat's behavior based on the nature of having different interpretations of the same thing, we will break out of our usual behavior patterns. Three cases were practiced by the author to discover new insights into daily life and reconsider our lifestyle habits.



背景と目的

 日常生活の中で繰り返される行動パターンは生活習慣とされ、普段は省みることがない。他方、芸術鑑賞や非日常的な体験を通じて自らの当たり前を見直すことは,生活を豊かにするものとして多くの人に実践されている。本研究では、異なる環世界(Umwelt:それぞれの動物がみている世界の像[1])を持ちながらも伴侶動物として同じ空間で過ごす猫に着目する。猫のパースペクティブを人の行動パターンを浮き彫りにする補助線として活用することで、私たちの生活習慣を再考する。

手法

 人と猫では同じ場面に対して異なる行動パターンが観察できる。そこで猫の振る舞いを生活習慣に取り入れることで、生活環境と新たなインタラクションが起こる。目線の高さや生活リズムなどの人の動きが変容して、日常で見慣れた生活に気づきをもたらす。著者と共に暮らす猫において3つのケースで実践を行った。


3つの実践

図1.手で猫の歩行する音を模倣する様子

(1)生活音

 猫は周囲の音に注意を向け敏感に反応する中で、私は猫の気配に気づかないことが多い。猫の小さな音を体感するために、猫が立てる音を模倣し立ててみた。具体的には、猫が歩行する音を人の手先で表現したり、猫の毛繕いの音を櫛や埃クリーナーを使って模倣した。(図1)

  • 猫の音に注力することで、慣れていた家電や交通の騒音が気になるようになった。
  • 小さな音を立てることは難しく、反面で自分が普段出している音の大きさに気付いた。
  • 猫の歩行する”圧力・エネルギー感”のようなものを人の手先で感じた。

猫の立てる音を模倣している間は、いつもとは異なる感覚で周囲の状況を知ることができた。人の騒音によって都市にいる生物の種類が減っているといわれている[2]。人と猫の音を相対化して、社会的な騒音の課題を身をもって感じた。




図2.猫のいるそばで寝袋を敷いた様子

(2)寝場所

 私は毎晩決まって寝室のベッドで就寝する中で、猫は時と場合に応じて寝場所を定めている。猫の感覚特性が選択した寝床が人の睡眠体験に与える影響を調べるために、猫の寝場所で24日間就寝する生活を送ってみる。自分の就寝時間に猫のそばで寝袋を敷いて就寝した。(図2)

  • 静かな階段や、狭く暗い机の下など私にとっても心地よい寝床を多く見つけた。
  • 階段や廊下などを下から見上げることは新鮮であった。
  • ふいに寝転がることに抵抗がなくなり、日中でも様々な場所で目線を低くするようになった。

 いつもの場所よりも自分にとって心地よい条件を持った寝床が見つかり、私の寝床を再定義するきっかけとなった。またバランスの良い睡眠をとることだけではなく、睡眠体験そのものが記憶に残る体験になり睡眠の質に多様性を与えた。(詳細な研究発表はこちら)(参照[3]




図3.猫の水飲みをセンシングする水皿

(3)水分補給

 私は水分補給を忘れがちであるが、猫は私と比較して定期的に水を飲んでいた。水分補給のリズムを猫に合わせることにした。猫の水皿と既存の首輪型センサー(Catlog)で水飲み行為をセンシングして、猫の飲んだ水の量を人の必要な量に換算してコップに注ぎ飲んでいく。(図3)

  • 猫が水を飲んだことを知り、自分の喉が渇きに気づく。
  • 自分が喉を渇いていることを自覚すると、猫の状態を心配して猫の水場を見直すきっかけになった。
  • 外出時は自己管理をするため、いつもよりも自分の喉の渇きを気にする頻度が多くなった。

 水分不足に自分で気づくよりも先に猫が水分を摂取する方が多く、自分の感覚を過信しなくなった。実践で猫は積極的な意図を持って人の健康を管理をしているわけではないが、人の水分ケアがされていた。




考察

 猫は異なる環世界を持ちながらも人と衣食住を共にする伴侶動物である。猫の振る舞いを生活習慣に取り入れることで、音を立てる・寝る・水を飲むという行為が普段と異なる体験へ変容した。また多くの場面で情動が伴い単調であった行為に抑揚が生まれた。また身体感覚を通じて見慣れた周囲の状況へ新たな発見をもたらした。日々の生活で普段行っていた人の行為が相対化されて、個人的なものから人の社会的なものまで生活習慣を再考することができた。実践では、猫のそばで寝る頻度や猫の水場を見直すことなど猫とインタラクションする場面が多様になっている。本研究では人の生活習慣の再考を中心に調査したが、さらに実践を続けることで人と猫のコミュニケーションへ影響を及ぼす可能性もある。

まとめ

 本研究では私たちの生活習慣を再考するために、異なる環世界を持ちながらも同じ空間で過ごす猫に着目する。そこで同じ場面で異なる行動をとる猫の行動に追随する手法を提案し、著者と共に暮らす猫を対象に「生活音・寝場所・水分補給」の場面で実践を行った。日常で繰り返されていた単調な行為は情動を伴う抑揚のある体験となり、身体感覚を通じて見慣れた日常への新たな発見し生活習慣を再考した。

脚注

  1. Jakob von Uexküll and Georg Kriszat, 2006, 岩波書店
  2. William E. Wood and Stephen M. Yezerinac, 2006, Song Sparrow (Melospiza Melodia) Song Varies with Urban Noise 123巻3号 pp.650-659, The Auk
  3. 中橋侑里,ソンヨンア, 2022,インタラクション2022論文集 pp.231-234, 情報処理学会

参考文献・参考サイト