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2023年10月12日 (木) 12:58時点における高橋凜 (トーク | 投稿記録)による版 (既往研究の調査)
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高橋凜 / 九州大学 芸術工学府 博士後期課程
Rin TAKAHASHI / Kyushu University
平井康之 / 九州大学 大学院芸術工学研究院
Yasuyuki HIRAI / Faculty of Design, Kyushu University

Keywords: Inclusive Design, UX Design


Abstract
Solutions for design problems require collaboration between different professions. The purpose of this paper is to identify examples of architectural designs created through collaboration with structural engineers. The authors have selected 15 projects of highly collaborative architecture for examination and conducted interviews with architects and structural engineers. By analyzing the results of those 12 interviews, the authors have categorized the designs into two types. This paper reports on the process of analyzing and categorizing the research.



背景と目的

 博物館は「利用したいと思う、あるいは利用の可能性があるさまざまな人々に対して開かれた場所」であり、不特定多数の人の利益増進に寄与する使命を負っている[1]。またこの理念は、人文科学系博物館に分類される美術館においても広く理想とされている[2]。日本博物館協会は、利用が想定される人々にとってできるだけ快適な条件を整備し、利用の可能性を最大限に確保する必要がある[1]と博物館関係者の行動指針を記した。こうした背景や社会的な多様性への配慮から、来館者のうち特に親子のアクセスについて授乳室設置等の合理的配慮を進んでいる[3]。しかし、しかし、そのような合理的配慮は展示鑑賞には直接関わっていない。美術館が「開かれた場所」であるためには、鑑賞への物理的障壁だけでなく、心理的な障壁をも解消していくことが不可欠だ[4]。しかし、子どもが騒ぐことへの懸念など、展示鑑賞における心理的ハードルに配慮した事例は未だ少ない。特に常設展示は、企画展示に比べ親子向けの取り組みが少ないのが現状である。
 本研究ではインクルーシブデザインの視点から、美術館の親子来館者を対象に常設展示の親子鑑賞における課題を抽出する。そのうえで、親子来館者にとって利用可能な常設展示の要件を導出することを目的とする。さらに要件をもとにデザインによる解決策を作成・検証し、新たな来館者体験価値の創造を行う。ここでの「常設展示」は、それぞれの美術館が所有するコレクションを常設的に展示するものを指し、期間を定めて開催される「企画・特別展示」と区別することとする。

研究の方法

 文献調査とフィールド調査によって、美術館の教育普及活動が目指す親子鑑賞と、現状の常設展示親子鑑賞についての実態と課題を整理する。そのうえで、親子来館者にとって利用可能な常設展示の要件を導出する。

文献調査

 美術館教育普及の現状を整理し、常設展示における親子鑑賞の目指すべき姿を調査する。

既往研究の調査

 美術館教育普及は「教育活動の構成員の共同により社会を新たに規定すること[5]」を目的に、社会の構成員全員を学習者とし互いに学び合う教育活動を行なっている[6]。また美術館は社会教育法に規定される社会教育施設であるため、VUCA※の時代と言われる現代社会で生涯学習をどのように振興していくかが課題となっている[6]。 そこで、美術館教育普及の動向と展望から鑑賞体験全体を把握するため、今日の博物館教育で主流となっている「社会構成主義」の学びと、VUCA時代の教育として注目される「アート思考」について調査した。さらに、要点を図1にまとめて比較し、以下のように重要事項を抽出した[7]〜[12]。


 設計とは、建築がそなえるべき種々の条件を、ひとつの有形物に、調和的に総合することとし、建築がどんなものであるべきかを決定する要素を機能的特性と技術的特性の2つに分けている。その中で技術的特性とは (1)空間を囲む構造体の安定性と合理性、(2)その構造体やその他のすべてをつくる材料生産と施工技術の経済性と合理性つまり空間を囲む技術に関することとしている。そしてこれらの要素をひとつの有形物のなかに総合することを建築家の仕事と定義し、それらの要素のおのおのの特性が、その有形物の空間的なまた造形的な特徴として、全体的にも部分的にも、視覚的に整理され秩序づけられていること、が必要であるとしている。[1]

 以上、山本の主張から、元々建築家の持っていた職能が意匠と構造に分離されたことにより構造エンジニアの職能は技術的特性の要素への貢献、つまり建築設計における構造の安定性と合理性及び構造体を含めた建築に経済合理性がある建築を設計することである。

日本建築構造技術者協会の構造設計規範抜粋

 一般社団法人 日本建築構造技術者協会(略称JSCA:Japan Structural Consultants Association)は、1989年に設立された建築構造エンジニアの団体である。JSCAの構造設計規範から構造エンジニアの職能を理解する。 「構造は、建築に要求される空間の質と性能を支配するもっとも本質的な役割を担うものであり、その設計は適切な素材・材料を組み合わせて、想定される荷重・外力に対して安全で合理的な骨組を造ることが基本となる。(中略) 構造設計は、建築の設計行為のうち、空間の要求を満たす骨組を構造設計者が建築家や設備設計者と協同して創造する行為である。(中略)構造設計で要求されるもっとも基本的な性能としては、安全性・修復性・使用性があげられる。(中略)構造設計は、基本設計・実施設計と手順を追って具体的な骨組みの断面と各部詳細などを設計図書としてまとめる。その際、施工性や経済性も十分考慮する。[2]

 以上より、本稿における構造エンジニアの職能を想定される荷重・外力に対して安全で合理的な骨組を造ることにより建築で要求される安全性・修復性・使用性を満たし施工性や経済性も十分考慮された建築を設計すること、とする。またこれらのリサーチにより、構造エンジニアは建築デザインに貢献することをその職能の定義からはないことが分かる。

建築家と構造エンジニアへのインタビュー

 建築デザインにおける構造エンジニアの役割について事例を用いてインタビューした。事例の一部を下図に示す。なおインタビューイーは、実務経験が概ね 10 年以上で 30 代から 60 代の建築家、構造エンジニアそれぞれ 6 名に行った。

図1.ビルバオのグッゲンハイム美術館[3]
図2.国立代々木競技場第一体育館(著者撮影)

 建築家Aは個人から構造エンジニアにヒアリングしているのは意見を求めている時で、一般的な考えなら意見を求めないとした。またザハやゲーリーの建築やどこか別の組織とやる場合は技術的な実現するための構造エンジニアの役割はあるとした。それと対比して内部空間を満たすことや形態を生み出すための構造エンジニアの役割が特別にあるのではないか、とした。

 構造エンジニアBは代々木体育館を建築の形態よりも与条件が先、エンジニアリングを含めたデザイン、形態があとにくるとし、構造エンジニアのデザインへの貢献を指摘した。またザハやゲーリーの建築は構造から形態に対する提案はない、主と従の関係があるとした。

 これらのインタビューにより、構造エンジニアのデザインへの貢献は空間や形態を生み出すところや、エンジニアリングがデザインコンセプトになる建築の場合に表れる、という仮説を作ることができる。




アンケート調査

表1.建築家と構造エンジニアが連名で受賞した15案件

 構造エンジニアが建築デザインに貢献したことが評価された建築を探すためアンケート調査を行った。アンケート調査で使用した 15 案件を表 1 に示す。案件の選択方法は、2000 年から 2021 年までの建築学会作品賞で建築家と構造エンジニアが連名で受賞したもの及び学会作品選奨を連名で受賞したものの内、作品によらず 2004 年から 2019 年まで古い順にトータルが 15 案件となるようにピックアップした。これらの選出理由は、通常建築作品は建築家のデザインにより技術的なものを統合されることから建築家個人に授与されるものである。しかしながら建築家と連名で受賞した作品には特徴的な構造エンジニアの貢献が評価されたためであると推察される。それらをデザインではなく職能の範疇で技術的な協働が評価されたもの(以下、職能型)と建築デザインへの貢献が大きいもの(以下、デザイン貢献型)があると考えた。そこでアンケートでは職能型とデザイン貢献型に分類してもらい、その条件と理由をヒアリングした。


アンケート調査の結果と考察

表2.アンケート結果 *白抜きをデザイン貢献型、黒塗を職能型

 職能型とデザイン貢献型に分類した結果を示す。アンケートでは12件中11件で被験者の75%以上が同じ分類となるった。その内、12名全員が職能型とした案件がNo.10、No.12(図3)の2つあり、デザイン貢献型とした案件はNo.2(図5)、No.4(図6)、No.7、No.9の4つあった。このアンケート調査結果から職能型とデザイン貢献型にはある傾向があることが推察される。

 次に全ての被験者に分類条件や理由をヒアリングした。その内容をテキストマイニング[6]によりキーワードを抽出した。なお、キーワードを抽出するためのロジックとして、TF-IDF法による統計処理をしている。職能型の結果を図4に、デザイン貢献型の結果を図7に示す。テキストマイニングの結果から職能型の建築を要約すると、「構造計画は空間の特徴やデザインに結びついているが、構造エンジニアの貢献度が低いと指摘されている。また、構造計画には合理性や必然性が明確でない場合もあり、構造エンジニアの意見が必要ない場合もあると述べられている。全体として、建築の設計プロセスにおける構造計画と意匠設計の関係についての問題点や課題が指摘されている。」というものであった。同様にデザイン貢献型の建築は「構造や工法、材料のエンジニアリングに重点が置かれ、ユニット化や伝統工芸的な要素が取り入れられており、構造が建築のデザインに大きく影響を与えている。構造と意匠の共存や構造の特徴が強調されており、構造のアイディアや規則性が目立ち、構造美や機能性を追求している。」というものであった。またデザイン貢献型には「空間」、「光」、「ユニット、モジュール」等の出現頻度の高いコンセプトワードが存在することがテキスト分析により判明した。

まとめと今後の課題

 本稿では構造エンジニアがその職能を超えてデザインで期待される役割と成果の有無をリサーチし、その具体例を示すことを目的とした。文献調査により、構造エンジニアは建築デザインに貢献することを基本的には求められていないことがわかった。しかし実務では、構造エンジニアの貢献が高く評価された建築があり、それらは建築家と構造エンジニアが連名で建築学会作品賞を受賞したもの等が挙げられる。そこで12 名の建築家と構造エンジニア(各 6 人)にインタビューを行った。その結果、構造エンジニアのデザインの貢献があるとすればそれは「内部空間」、「形態」、「エンジニアリングを含めたデザイン」などではないか、という仮説が得られた。次に15の建築作品をサンプルに、案件を職能型とデザイン貢献型に分類するアンケート調査を行った。11案件が75%と高い分類結果の一致となり中でもすべての人が同じ分類にした案件が12案件中6案件あった。これらの案件は各々の典型と考えられる。またデザイン貢献型には出現頻度の高いコンセプトワードが存在し、それらはインタビューで得られたキーワードに類似していた。

 以上より、本稿では構造エンジニアが建築デザインへ貢献したデザイン貢献型建築の存在可能性が高いこと及びその4つの具体例(No.2、No.4、No.7、No.9)を示すことができた。今後は抽出したコンセプトワードを起点に構造エンジニアの建築デザインに貢献するための条件を整理していく。


脚注

  1. 山本学治:『現代建築と技術』彰国社, 10-28, 1971
  2. https://www.jsca.or.jp/vol5/p1_about_jsca/_pdf/JSCA_Structural_Design_Concept.pdf (参照日 2023年10月3日)
  3. Wikimedia Commons(年不明)「Museo Guggenheim, Bilbao」 https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Museo_Guggenheim,_Bilbao_(31273245344).jpg(最終閲覧日:2023年4月23日)
  4. By Kenta Mabuchi - https://www.flickr.com/photos/kentamabuchi/3511221524/, CC BY-SA 2.0
  5. https://commons.wikimedia.org/
  6. ユーザーローカル テキストマイニングツール( https://textmining.userlocal.jp/ )による分析


参考文献・参考サイト