危険表示のデザイン

提供: JSSD5th2019
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小学校教育における化学薬品瓶のラベルに付加させるピクトグラムを対象として


奥田健士郎 / 九州大学大学院芸術工学府
OKUDA Kenshirou / Graduate School of Design, Kyushu University
伊原久裕 / 九州大学大学院芸術工学研究院
IHARA Hisayasu/ Faculty of Design, Kyushu University

Keywords: Pictogram, Safety Education, Visual Design


Abstract
In today‘s school education, instruction for safety and symbols for dangerous indication became to be important. Nevertheless in the class for science experiment of the elementary school, there are no symbols for dangerous indication attached to the container treating by students. I take survey that how well students can understand symbols what teachers have used. After symbols that is difficult to understand and read are remade from this result, I take survey that how well they can read remade symbols.


目的と背景

 現在、教育の場において、安全についての認識が高まり、安全教育と危険表示の明示が重視されるようになっているが、環境省の調査によれば、薬品の危険表示について正しく認識されない問題があることが分かっている [1]。この問題をデザインの観点から検討した場合、学校教育の環境において用いられる薬品の危険表示が分かりにくく、教育に適していない問題として捉えることができる。小学校で指導要領に従って理科実験を行った場合、児童が扱う薬品の容器には名称しか記載されていないため、危険性を読み取ることができない可能性がある。そこで、本研究は、小学生向けの危険表示を対象に理解度調査を行い、危険表示の分かりやすさを検討し、デザインの提案を行う。それによって小学生のための安全教育に寄与することが本研究の目的である。

研究の方法

 まず現状の課題を把握するために、化学薬品のラベル表記についての文献を収集し、さらに各都道府県の教育委員会が記している指導要領を調査し、小学校の理科の指導教員から聞き取りをおこなった。次に、実際に小学生の意見を聞くために小学校でアンケート調査を行った。調査対象は小学5年生31人、アンケートの制限時間は5分間で、問題数は8問であり、それぞれ7つの選択肢のなかから回答する方式であった。 正解の数はそれぞれの問題に記載していた。



理解度アンケートの結果と考察

 現在使用されている化学薬品瓶のピクトグラムの理解度についてのアンケートの結果を、表1に示す。カイ二乗法で解析した結果として、オレンジ色の濃い部分は有意性が強く、薄い部分は有意性があることを示す。また、色の付いていない数字だけの枠は有意性がないことを示す。中の数字は回答率を表し、枠左の丸は正解を示す。ここで、回答率とは、単一回答の場合と複数回答の場合ともに、1つの選択肢につく回答数を合計の人数に対しての割合となる。ここでは、左から4つのマークと右から1つのマークは選択肢を3つ選び、それ以外は選択肢を1つ選ぶものとしている。また、ここに数字を表示している枠は回答率が上位のものである。

表1.理解度アンケートのカイ二乗法による解析結果

 この解析結果の表から、《どくろ》のシンボルは正解であり「目に入れてはいけない」よりも「環境に悪い影響を与える」のほうが、多く回答されていることが分かる。この結果は、負傷ではなく、死を意味するような骸骨を使った過剰な表現や抽象的な表現では、危険性の対象が判断しづらくなるためだと考えられる。 同様に、その右隣の《刺激性》のシンボルも「目に入れてはいけない」の回答率が低くく、直接目が図示されないと、意図する意味を汲み取ることが困難となっている。また、右端の《ガスボンベ》シンボルについては、正解が少なく、有意でなかった。おそらく、ボンベの表現に特徴が乏しいため、ボンベとして特定するのが難しかったと推定される。




識別アンケートの制作

図1.制作したピクトグラム

 アンケートの解析結果を踏まえて、ピクトグラムを制作した。対象としては、小学生が理解すべき指示項目に対して分かりにくいものや回答率が低いものを中心に選定した。手や頭、水滴、火等をシルエット、薬品を四角形として表現し組み合わせた。また、「目に入れてはいけない」「口に入れてはいけない」、「吸い込んではいけない」、「手で触ってはいけない」、「顔を近づけていけない」の指示について、従来のピクトグラムでは、特定した指示を出せるものがなかったため、ピクトグラムを分けて制作した。また、従来のピクトグラムには禁止を表す表現が用いられていなかった。そこでそれぞれの指示内容に対して、シルエットを映し出す方向やオブジェクトの配置を変えながら禁止を表すエヌ形態を組み合わせて制作した。また、「火を近づけてはいけない」の回答率が半分だったため、より回答率を向上させるために、「近づける」という意味を持たせるために、手のシルエットを加えたピクトグラムも制作した。「環境に悪い影響を与える」については回答率が高かったが、小さくて見辛いと指摘もあったため、オブジェクトの数を調整した。




識別アンケートの結果と考察

 制作したピクトグラムを用いて小学5年生31人を対象としたアンケートの再調査を行った。方法は前回と同一であり、制限時間5分間、7問択一式でピクトグラムを選ぶ条件とした。制作したピクトグラムの識別についてのアンケート結果を表2に示す。このとき、「環境に悪い影響を与える」については1人の回答がなかった。カイ二乗法で解析した結果として、オレンジ色の濃い部分は有意性が強く、薄い部分は有意性があることを示す。また、色のついていない部分は有意性がないことを示す。図の右の数字は回答率を表す。

表2.識別アンケートのカイ二乗法による解析結果

 表2の解析結果から、上の4項目は有意性があるが、下の3項目は有意性がないことが分かる。有意性がないものの考察について、以下で述べる。「手で触ってはいけない」の左のピクトグラムは正面に向けてある手のシルエットであり、右のピクトグラムは薬品や容器等を表す四角形とそれに触れようとする手のシルエットである。これらのピクトグラムは、実際には容器に添付するものであり、薬品容器やそれ自体の危険性を示唆する目的がある。そのため、今回の紙でのアンケートでは、理科実験における予測が難しかったためだと推定される。また、右のピクトグラムについては、エヌ形態の斜線部分と手のシルエットの指の境界線や四角形の角が重なり、物体を特徴づける部分が見えなくなったため、識別が難しくなったと推定される。「目に入れてはいけない」の左のピクトグラムは側面から見た《目》であり、右のピクトグラムは正面から見た《目》である。この二つのピクトグラムには要素の差がないため、識別が難しくなったと推定される。「環境に悪い影響を与える」の左のピクトグラムは魚のマークと水面を表す線と水滴のシルエットとエヌ形態を組み合わせたものであり、中央のピクトグラムは魚で枯れ木のシルエットだけであり、右のピクトグラムは魚のマークとエヌ形態を組み合わせたものである。これは左と右で魚のマークとして回答数が分散したと推定される。



まとめ

 理解度に関するアンケート結果から以下のことが分かった。 「過剰な表現」だと指示内容が抽象的になり、伝 わりにくい。また、直接図示されていない意味、内包された意味は伝わりにくい。シンボルに特徴が少ないものだと、何の図像が分からなくなり、伝わりにくくなる。そのため、ピクトグラムは、直接的に馴染みのある物体を図示し、特徴のある形を持たせることが理解度の向上のために有効であると言える。

 識別性に関するアンケート結果から以下のことが分かった。境界線や角がエヌ形態や枠に重なると識別しにくくなる。また、ピクトグラム内の要素を減らすと、識別しにくくなり、要素を増やすと視認性が悪くなる。そのため、枠線やエヌ形態の斜線と物体の特徴づける境界が重ならないようにし、要素を減らしすぎないことが識別性の向上のために有効であるといえる。




脚注

  1. 環境省環境安全課, 2004, 化学品の有害性表示等に関するアンケート調査の結果 pp.17-21

参考文献・参考サイト

  • 亀井太(2013) 化学物質取り扱いマニュアル 労働調査会
  • 大阪教育大学(2007) 小学校における安全教育ハンドブック ぎょうせい
  • 津幡 道夫(2018) 新版 たのしい理科 5年 大日本図書
  • 津幡 道夫(2018) 新版 たのしい理科 6年 大日本図書
  • 津幡 道夫(2018) 新版 たのしい理科 5年 教師用指導書 大日本図書
  • 津幡 道夫(2018) 新版 たのしい理科 6年 教師用指導書 大日本図書