“家出少女”の研究および問題提起

提供: JSSD5th2020
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中村奈桜子 / 九州大学大学院 芸術工学府
Nakamura Naoko / Graduate School of Design, Kyushu University
尾方義人 / 九州大学大学院芸術工学研究院
Ogata Yoshito / Faculty of Design, Kyushu University

Keywords: Social Networking Service, Youth Support , Documentary Video


Abstract
While SNS (social networking services) such as Facebook and Twitter are widely used, there are young people who want to stay out. Young people call themselves "runaway girls" and interact with people on the Internet. I investigated the support for these young people and found that their background was a mother who suffered from childcare. To convey this fact, I made a documentary video.


目的と背景

 FacebookやTwitterといったSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)が広く利用される中、自らを“家出少女”と名乗り、インターネット上の見知らぬ人とやり取りする若者の様子がうかがえる。こうしたSNS利用がきっかけで若者が被害に遭う例も報道されている。

 また、2022年4月から成人年齢が18歳に引き下げられる。この法改正は若者の自立を促すことを目的としているが、居場所を求める若者にとってどのように影響するか検討する必要がある。

 本研究ではこの“家出少女”を切り口に調査を進め、得た情報をもとに「若者がより安全に過ごすために大人に何ができるのか」と考える機会を、デザインからのアプローチによって与えることを目的とする。



研究の方法

 “家出少女”を基軸にSNS上の発信の分析や文献調査、関係者へのインタビュー調査を行い、居場所を求める若者の存在や現在の若者・児童支援の現状について把握する。加えて、2022年から施行される18歳成人の法改正について、内容をはじめ弁護士や若者の自立支援を行う団体スタッフの見解、現在の18歳の意見などを調査し、得た情報も踏まえて今後の影響を予測する。

 調査後、集めた事実を伝える手段として選んだドキュメンタリーを制作する。得た事実を参考に台本を構成後、撮影や録音、編集等を行い、目的に合致したドキュメンタリーを制作する。



調査と考察

1.SNS調査

図1「#家出少女 」 と検索 した際に 表示される アカウント数
図2 「#家出少女」と検索した際に表示されるツイート内容

 SNSの一つであるTwitterにて、「#家出少女」と検索し、関連するツイートの数や呼びかけの内容を把握した。関連するツイートの調査では、一つのアカウントが複数回発信している場合もあるため、「#家出少女」で検索した際に挙げられるアカウント数を数えた。2018年4月25日、14時から26時(12時間分)に調査を行い、結果の数は以下に記載している通りである(図1)。

 宿泊先を求めるツイート、提供を呼びかけるツイートの内容には主に以下のような表現が見られた(図2)。  また、宿泊先の提供を呼びかけるツイートの中で、28個のアカウントの内6個から援助交際を示唆する内容や性的な表現を含む呼びかけも見られた。






2.インタビュー調査

 本研究では、若者が生活をする上で悩みや問題を抱えた際の相談を福岡市で受け付けている特定非営利活動法人そだちの樹の橋口千穂さん、そだちの樹で弁護士を担う安孫子健輔さん特定非営利活動法人の自立援助ホームであるかんらん舎ホーム長の中嶋さんを対象にインタビュー調査を行った。

図3 そだちの樹 相談受理件数 ( 2018 そだちの樹 調査)


若者の自立支援の現状

 まず、家出の問題も含め、居場所を求める若者の現状についてそだちの樹の橋口千穂さんに聞き取り調査を行った。2012年に設立されたそだちの樹では、児童養護施設を退所した18歳以上の若者や里親から自立した若者のアフターケア事業に始まり、虐待を受ける児童・若者や学校へ通うことに困難を抱える児童、学校関係者など内容の種類・対象者を限らずに相談を受け付けている。

 聞き取り調査の結果、2018年5月28日段階では2・3日に1件のペースで新規の問い合わせがある状況が続くこと、そだちの樹のスタッフは5人で運営しているため相談の対応に追われていること、相談受理件数は2017年度で128件受け付けたこと等が明らかになった[1]。また、そだちの樹が公開している下記資料から2017年度に相談受理件数が急増していることが分かるが、これはMex(ミークス)という悩みの種類や住まいの都道府県から若者の支援を行う団体を紹介するwebサイトにそだちの樹の情報を掲載するようになったことが一番の起因となっている(図3)。Mexに情報を掲載してからは、福岡にとどまらず全国各地から相談を受ける頻度が上がったとのことだった。

図4 そだちの樹 相談者の年齢分布 (2018 そだちの樹調査)

 また、相談者の年齢分布を見ると最も多いのが年齢不詳の66人である。これは、そだちの樹が相談を受け付ける際に相談者の年齢開示を任意としていることと、若者に限らず行政機関や施設職員、保護者からの相談を受け付けていることが要因に挙げられる。次に多く挙げられるのは18歳の若者による相談であるが、これは18歳で児童養護施設を退所し自立を試みる若者が多くを占めるためと聞き取り調査で明らかになった(図4)。
 この話題に関連して、18歳・19歳の若者たちは児童としても成人としても扱われない「法律の隙間」の中で居場所を求める必要があるという話が印象的であった。例えば児童養護施設退所後に18歳で自立を目指す若者がいた際に、保証人のサインが得られないことから部屋を借りるために大家に直接出向き事情を説明したり、保証人のサインなしで部屋を借りることができる物件を探す必要があったりと契約を行うために一般の18歳の若者や成人以上に労力がかかってしまう。また、児童養護施設や行政の児童相談所は、現行の児童福祉法に基づき18歳未満を対象者としているため、18歳・19歳の若者の居場所は法の下で保護されていないという話であった。
 これらの聞き取り調査から、居場所を求める若者たちは日本全国に存在するものの対応する団体や組織の数が不十分であると考えられる。加えて、保証人を持たない18歳・19歳の若者にとってはアフターケアの必要性も高いものであると考察する。

18歳成人の民法改正

 成人年齢が、2022年4月から、現行の20歳から18歳に引き下げられる。政府広報オンラインによると、公職選挙法の選挙権年齢や憲法改正国民投票の投票権年齢を18歳と定めるなど、18歳、19歳の若者にも国政の重要な判断に参加してもらうための政策が進められてきた中で、市民生活に関する基本法である民法でも、18歳以上を大人として扱うのが適当ではないかという議論がなされ、成人年齢が18歳に引き下げられることになったという。なお、ヨーロッパの主要国であるイギリス、ドイツや中国など世界の多くの国では成人年齢が18歳に定められていることから、世界の国際基準に合わせる狙いもある[2]。この18歳に成人年齢を引き下げる民法改正は、“家出少女”たちのように居場所を求める若者にとってどのような影響があるのか、特定非営利活動法人そだちの樹で弁護士を担う安孫子健輔さんに聞き取り調査を行った。
 その結果、居場所を求める若者にとっては生活に要する契約が保護者の同意なく行うことができる点が、自立を促すきっかけになるだろうと推測していることが分かった。例えば、携帯電話を契約する、一人暮らしの部屋を借りる、クレジットカードをつくる、高額な商品を購入したときにローンを組むといったとき、現在では未成年の場合は親の同意が必要となる。しかし、両親がいない、保護者と連絡が取り難い未成年にとっては、貸家の持ち主と直接相談を行った後部屋を借りるなど保証人を必要としない手段の検討が必要になり、自立を断念する例もあったという。こうした若者にとっては、親の同意がなくとも自らの意思で契約を行うことができる点から、居場所をこれまでより確保しやすい環境となると考えられる。一方で、聞き取り調査の中で、18歳以上の若者が社会の中で大人として扱われる点で懸念があるとも述べていた。現段階で20代前半の成人が消費者トラブル等の失敗をした際に、相談窓口は限られており数としても少ないという。その状況の中成人年齢が18歳へ引き下がるため、18歳、19歳の若者で契約のトラブルに巻き込まれた時の対応を支援の枠組みとしてさらに整備していく必要があるとのことだった。また、特定非営利活動法人の自立援助ホームかんらん舎ホーム長の中嶋さんにも18歳成人の法改正について聞き取り調査を行った際も、社会で18歳が大人として認められることは同時に責任感も伴ってくるということであるため、若者が失敗をしても安全に相談ができる社会の枠組みが必要であると安孫子さんと同様の不安を述べていた。
 18歳成人の法改正は、自立を試みる若者にとって契約を自ら行うことができる点は、より生活基盤を整える上で効果があると言えるが、一方で彼らがトラブルに巻き込まれた場合の想定も必要であり、支援の拡大化が必要であると考えられる。



3.公開資料の調査

表1 電話相談 相談別受理件数(2016 こども総合相談センター業務概要より)
表 2 電話相談 相談者別件数(2016 こども総合相談センター業務概要より)

福岡市児童相談所の資料調査

 福岡市こども総合支援センターが公開している事業概要によると、電話相談による相談件数は平成25年度で10,390件、平成26年度で10,909件、平成27年度で11,110件、平成28年度で12,262件と年々増加していることが明らかである(表1)。相談内容の内訳は、落ち着きがない・わがまま・家庭内暴力・しつけなどに関する育成相談、知的障がい・肢体不自由・重症心身障がい・言語発達障がい等のある子どもの家庭養育や施設入所に関する障がい相談、保護者の病気・失踪・拘禁などのため家庭養育が困難な子ども・暴力や置き去りなど虐待・放任されている家庭環境上問題がある子どもの養護相談、家出・不良交友などの行為のある子どもの虞犯行為や窃・暴行傷害など法に触れる行為のある子どもの非行相談、不登校・いじめなどの学校場面での問題に関する教育相談、その他の六つである[3]
 また、相談者別件数は平成28 年度で本人からの相談が 1,730 件、父からの相談が 596 件、母からの相談が 8,096 件と母親からの相談が最も多い。母親からの相談は合計 12,262 件のうち 66.0 を占める(表2)




厚生労働省の資料調査

図5 主たる虐待者の推移 (2017、福祉行政報告例)

 主たる虐待者の推移の図から、虐待者の総数が年度ごとに増加していると同時にいずれの年も実母による虐待の割合が高いことがうかがえる(図5)。
 児童相談所で母親の相談数の割合が高いこと、家庭内暴力において実母からの虐待の割合が高いことから、家庭において母親への子育て支援のアプローチの必要性が高いと考えられる[4]。若者たちの家出の根源である家庭に対して、母親に対する支援の強化も家出の減少につながるのではないかと考察する。



4.ドキュメンタリーについての調査

ドキュメンタリーの定義

 ドキュメンタリーの一般的な意味は、「実際にあった事件などの記録を中心として、虚構を加えずに構成された映画・放送番組や文学作品」である[5]。しかし、ノンフィクションライターとして活動する藤井や映画評論家である佐藤の著作によると、「ドキュメンタリーの定義は作者が自ら定めるもの」という共通認識があるように考えられる。ドキュメンタリーの制作経験がある人々が考えたドキュメンタリーの定義は、次のような例が挙げられている。「テレビ・ドキュメンタリーは何を“描く”のか」(竹林紀雄、2013)では、「“人が人を描く” もの。『伝える』ではなく『描く』と いうことにドキュメンタリーの本質がある」と示されている[6] 。『大学生からの「取材学」』(藤井誠二、2009)では、「ドキュメンタリーは客観的であるべきだ。起きているありのままの事実を撮るべきだという考えがあるが、カメラを構えている時点で偏りが生まれていることを自覚しなければならない。」と示されている[7]。『日本のドキュメンタリー』(佐藤忠雄、2009)では、「世界全体が一つの共同体であることを感じるための感性と認識を養う役割を持つ文化的手段。ドキュメンタリーは記録であるが、嘘も記録として残っている。つねに正しく用いられてきたとは言えない。」と示されている[8]

 上記の例から、ドキュメンタリーの定義は「真実を映し訴えるもの、真実を客観的に伝える手段」ではなく、「映し出されるものは真実とは限らず、制作者によって表現されたもの」である。と考察する。


表3 ドキュメンタリーを構成する要素

ドキュメンタリーの要素

 ドキュメンタリー制作に向けて、NHKが放送するハートネットTV、クローズアップ現代+を各2話ずつ視聴し、ドキュメンタリーを構成する要素を以下のように抽出した(表3)。これらの特徴を用いて映像を編集することにより、ドキュメンタリーの性質を持った作品になると考えられる。



最終提案

図6 構成台本1ページ目
図7 ドキュメンタリーの一部画像

1.制作にあたって

 ドキュメンタリーを制作するため、ドキュメンタリーの定義、作品のコンセプト、ドキュメンタリーの種類を設定した。まずドキュメンタリーの定義は、調査した他者の例を参考に、「人々について伝えるために『描く』記録」と定めた。ここで「描く」と表現しているのは、前述の考察で述べたようにドキュメンタリーが制作者の意図に基づいて作成されるためである。次に、作品のコンセプトは、「居場所を失った若者や彼らの行動を知る機会をつくり、未来を見据えて若者とどのように向き合っていくべきか考えることを促すドキュメンタリー」とした。若者の家出についてまずは現状を知ってもらうことから始まると考えているためである。また、解決案をこちらから提案し誘導するのではなく、視聴後に視聴者自らが可能な範囲の行動をしてもらうよう呼びかけを行う。“若者の居場所”というテーマのもと、若者がインターネットを利用して居場所を求めている現状、家出の根源となる家庭の在り方を描きながら若者の家出の本質に近付く構成を目指す。
 

2.作品の流れ  ドキュメンタリーの冒頭に18歳成人の法改正について伝え、このまま法改正を待つばかりでいいのかと家出少女を例に問題提起を行う。若者たちが居場所を求める現状や法改正に伴う懸念、家出の根源である家庭へのアプローチなど取材を通して話を伺い、将来の若者たちのために私たちができることを考える必要があると訴える。  

3.出演者

ドキュメンタリーでは、3人の関係者に話を伺う様子を撮影した。若者の居場所の考察や、若者への社会支援の現状をそだちの樹のスタッフに、18歳成人の民法改正による若者への支援の変化の見込み、法改正に伴う懸念について弁護士の安孫子さんに、“家出少女”の背景にある家庭への長期的な取り組み・支援の一例を、産前産後サポート事業を行う豊福さんに取材し、話を伺う様子を撮影した。


4.構成台本の作成

前述の作品の流れを参考に構成台本を図6のように作成した。構成台本は、場面ごとの時間、累計時間、場面(カット)、効果音・BGM、ナレーションの5要素を用いて作成した。


5.ドキュメンタリーの制作

構成台本をもとに撮影・編集を行い、右記のようなイメージでドキュメンタリーを制作した(図7)。 以下に、実際に制作したドキュメンタリーを掲載する。


まとめ

 本研究では、SNS利用を起因とする若者の失踪を調査し、家出の背景に母親の育児の悩みが浮かび上がった。こうした居場所を求める若者や育児に苦悩を抱える母親の存在を伝え、現状を議論するための基礎的知見を与えるため、ドキュメンタリーというデザインからのアプローチを行った。
 



参考文献