伝統工芸産業におけるネット販売推進を巡る論点と課題

提供: JSSD5th2020
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大淵和憲 / 九州産業大学伝統みらい研究センター
OBUCHI, Kazunori / MIRAI Research Center for Traditional Crafts (MRTC), Kyushu Sangyo University


Keywords: Traditional Craft, Production Association, Online Sales, Website Management, Questionnaire survey

Abstract
The purpose of this study is to consider the affinity between the traditional craft industry and the promotion of website management. It was reported that some ceramic producing areas found a way out by holding "online pottery markets" on the internet. This study suggests that the translator function that gives awareness of IT literacy beyond the unconscious "wall" is important.


背景と目的

 地域産業・地場産業としての「伝統工芸産業」が、「デジタル変革」「eコマース」と結び付けた事例はこれまで多く見られなかった。しかし、新型コロナウイルス感染拡大というマイナス要因が、伝統工芸産業におけるデジタル変革の推進力となった稀有な事象が発生した。
 とりわけ、毎年多くの人が訪れる「陶器市」は陶磁器産地の恒例行事となっているが、2020年は新型コロナウイルスの感染拡大の影響により各地で延期・中止となった。この緊急事態に対して、インターネット上で「オンライン陶器市」を開催することで活路を見出す陶磁器産地がいくつか見られ、いずれも活況の中で終了したと報じられた[1]。各開催地では伝統工芸事業者に対し、「ふるさと納税」や「フィンテック」等に携わる経験を持つ異業種分野・団体の存在が大きく影響し啓蒙活動を行う役割を担っていた[2]
 また、コロナ禍以前の研究では、福岡・佐賀の産地事業者を対象とした調査から、「新技術・製品開発やインバウンド需要対応への関心が高い産地事業者は、キャッシュレス決済への関心が高い傾向にある」、「卸・流通の弱体化を強く意識している産地事業者は、ふるさと納税に対する関心が高い傾向にある」ということも明らかとなっている[3]。今後、伝統工芸産業の存続という課題に対する解決手法としてのウェブサイト運営・ネット販売は重要な研究対象であると考える。
 以上の状況を踏まえ、本研究では、質問紙調査を通じて伝統工芸産業とウェブサイト運営推進の親和性について考察することを目的とした。


研究の方法

 調査票の作成と調査方法の設計を下記の要領で行った。

  • 調査対象:九州7県における経済産業大臣指定伝統的工芸品の生産に関係する33組合・団体(福岡県8、佐賀県10、長崎県4、熊本県4、大分県1、宮崎県2、鹿児島県4)。
  • 調査方法:質問紙への直接記入方式で、郵送により配布・回収した。有効回答は18通(有効回答回収率54.5%)であった。
  • 調査期間:2019年6月10日~7月31日。
  • 調査内容:ウェブサイト維持・構築の役割を担う人材の有無や、ウェブサイト運営推進の上での意識や課題を尋ねる質問群を提示し、「全くあてはまらない」を1,「とてもあてはまる」を5とする5点リッカート尺度で回答を求めた。


結果

  • 回答者属性(図1、2):回答組合・団体のうち、品目別では陶磁器が66%(12団体)、次いで織物とその他が各11%(各2団体)、さらに木竹品と仏壇仏具が各6%(各1団体)であった。また県別では佐賀県が39%(7団体)、次いで長崎県が22%(4団体)等となった。
図3.ウェブサイト担当人材の有無
  • ウェブ担当人材の有無について(図3):「いない」と回答したのが約6割を占めた。産地組合・団体としてウェブ展開に注力できる体制が未整備である状況が見出せる。


図4.ウェブサイト運営・ネット販売の現状
  • ウェブサイト運営・ネット販売の現状(図4):「販売・組織変革に対する組合内の抵抗感が強い」、「ウェブサイト運営を担う能力のある人材が、組合・団体内で育成できない」、「ウェブサイト運営を実現する上で、組合員のITリテラシーが不十分である」、「ウェブサイト運営を担う能力のある人材が、外部から獲得できない」の各質問項目において、「あてはまる(とてもあてはまる+ややあてはまる)」の割合が「あてはまらない(余りあてはまらない+全くあてはまらない)」を上回った。ウェブサイト運営に対しての抵抗感や人材育成・獲得の困難さ、さらにはIT情報活用力の不十分さ等、多くの障壁が存在しているとみられる。一方で、「ウェブサイト運営推進に向けて様々な取り組みを行っているが、なかなか成果があがらない」という質問項目については「あてはまらない」が「あてはまる」を上回った。即ち、ウェブサイト運営推進に向けて何らかの動きを起こし、取り組みを行っていれば、「何らかの成果があがっている」とする組合・団体が「成果があがらない」とする組合・団体より多く存在するとみられる。



考察

 本研究の結果では、ウェブサイト運営推進の前に立ちはだかる意識的”壁“を超えられていない現状が存在していた。しかし、ネット販売への取り組みに着手している組合・団体においては成果を感じていることが見いだせた。ネット販売といった新たな商流に対する”食わず嫌い“的な意識から脱却し、この新しい形に対応する基盤としてのウェブサイト運営をどう着手し軌道に乗せられるかという課題が明らかになった。
 これらの課題解決に向けては、ウェブサイト運営を推進する外部アドバイザーや意識改革を担うトランスレーターが担う役割の重要性が高まると考えられる。


まとめ

 本研究では、伝統工芸産業とウェブサイト運営推進の親和性について考察することを目的とした。その結果、意識的“壁”を超える上でのITリテラシーに関する気付きを与えるトランスレーター的機能の重要さが示唆された。
 「オンライン陶器市」の開催には、デジタル技術を理解する外部人材・組織の参画が不可欠であり、伝統工芸事業者に対し啓蒙活動を行う役割として、異業種分野の存在が大きく影響した、と予想される。
 現在、伝統工芸事業者を対象にした同様の質問紙調査を進めている。その結果分析と、本研究の回答内容との比較等を通じて、伝統工芸産業全体におけるデジタル変革の受容可能性を探っていく方針である。


脚注

  1. 「有田焼、ネット販売に活路、巣ごもり・若者需要を開拓」日本経済新聞、2020年9月10日、九州経済面、p.13
  2. 「九州地銀 デジタル化の波 アプリでPR、ストアに誘客 ネット専業銀設立、市場開拓 相次ぐ異業種参入、迫られる「変革」」西日本新聞、2020年5月12日、朝刊、p.20
  3. 大淵和憲「九州の伝統工芸井産地組合・事業者を対象とした意識調査分析」『九州産業大学伝統みらい研究センター論集』九州産業大学伝統みらい研究センター、3号、2020年、pp.43-66