家庭料理における手順の省略によるコミュニケーションの変化の研究

提供: JSSD5th2021
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木尾優馬 / 九州大学 統合新領域学府 ユーザー感性学専攻 感性価値クリエーションコース
Yuma KIO / Kyushu University 

Keywords: コミュニケーション、家庭料理、手作り料理、調理済み食品、愛情


Abstract
This study investigates how the omission of home cooking procedures affects communication between cooks and eaters. It turns out that if the cooking procedure is omitted, the cook feels guilty, but the eater is grateful. We hypothesize that this gap is influenced by traditional Japanese rules for home cooking, and proceed with research.


背景と目的

図1.家庭料理規範

 近年食品産業の成長は著しく、日本冷凍食品協会の令和3年“冷凍食品の利用状況”実態調査によると女性の87.7%、男性の84.4%が月に1回以上冷凍食品を使用しており[1]、調理済み食品は世の中に浸透していると言える。しかし、2020年の8月SNS上で「冷凍餃子を使うことは手抜きか、手間抜きか」という論争が話題となった。福島(2020)は、高度経済成長期に日本に浸透した家庭料理規範(図1)による「食事作りは主婦の役割である」という意識とともに「スーパーで買ってきた素材と調味料を組み合わせて料理を完成させることが『手作り』である」という家庭料理のイメージが形成されたとしており、女性の社会進出が進みつつある現代でも「手作り=愛情」という考えが内面化しているとしている [2]と述べている。石毛(2009)は、 栄養があるか、ないか、うまいか、まずいか、といった食卓にならんだ料理自体の価値基準ばかりでなく「誰が作ったものを、誰と食べるのか」ということが食事にとって重要なのである。食事の場には、そのような作り手と食べ手のメッセージが込められている。無意識のうちにそのメッセージを読み取りながら、我々は食事をしている [3]、と述べている。 「手作り=愛情」という内在的な意識がありながらも、外食・食品産業が成長し家庭の台所での仕事を取って代わろうとする現代で、人々はどのように作り手と食べ手のメッセージというコミュニケーションを読み解いているのかを明らかにすることを本研究の目的とする。



研究方法

 作り手と食べ手のコミュニケーションについて社会学の研究では「愛情」などがそれに値するとされているが、その実態は明らかにされていない。 また現代社会では冷凍商品のみならず、レトルト食品や惣菜、弁当など家庭での料理手順を省略する様々な製品が存在している。 本研究では家庭料理における料理手順の省略に焦点を当てて、誰かに料理を作る人、誰かに料理を作ってもらう人を対象にインターネットのアンケート調査を用いて調査を行うことで、 現代の家庭料理における作り手と食べ手のコミュニケーションの実態と料理手順の省略による両者の感情の変化の全体像を得る。 その後、得られた全体像をもとに、相手との関係や、個人のスキルや状況を考慮したより詳細な定量調査、定性調査を行い、料理手順の省略と作り手・食べ手のコミュニケーションとの関係を明らかにする。

現状調査

調査概要

図2.本調査における料理手順の定義

 相良(2009)は食において美味しさに関わるとされる、認知的要因は個人の記憶、態度、知識による部分が大きいので定量的に一般化されていない[4]と述べており、料理の作り手における感情も同様に定量化が困難だと考えられる。 作り手と食べ手の感情の全体像を掴むために、本調査では料理の作り方を石毛(2009)のモデルを参考に図2のように「したごしらえ」「加工」「味付け」「盛りつけ」の4つに分けて考え、料理手順の省略による感情の変化を表1の自由形式のアンケートで調査を実施した。 アンケートはGoogle アンケートを用いて2021年9月27日〜10月11日の2週間の間実施した。




表1 アンケート内容

    質問 回答形式
0-1 あなたの年齢を教えて下さい。 ・10代 ・20代 ・30代 ・40代 ・50代 ・60代 ・70代以上
0-2 あなたの性別を教えてください。 ・男性 ・女性 ・その他
1-0 あなたは家で誰かに料理を作ることがありますか? ・よく作る ・まれに作る ・全く作らない
※以下1−0に・よく作る・まれに作ると答えた人のみ回答
1-1 あなたは家で誰に対して料理を作ることが多いですか。(複数回答可) ・配偶者、恋人 ・父親 ・母親 ・子ども ・友人・その他(自由記述)
1-2 質問1の回答の方に、すべて手作りの料理を食べてもらう場合、あなたはどんな気持ちになりますか。 (自由記述)
1-3 質問1の回答の方に、「味付け」だけ既製品(ex.カレールウ、中華のもとなど)を使った料理を食べてもらう場合に、あなたはどんな気持ちになりますか。 (自由記述)
1-4 質問1の回答の方に、「したごしらえ」(ex.冷凍素材、カット野菜など)と「味付け」で既製品を使った料理を食べてもらう場合に、あなたはどんな気持ちになりますか。 (自由記述)
1-5 質問1の回答の方に、「したごしらえ」「味付け」「加工」で既製品(ex.レトルトカレー,冷凍餃子など)を使った料理を食べてもらう場合に、あなたはどんな気持ちになりますか。 (自由記述)
1-6 質問1の回答の方に、「したごしらえ」「味付け」「加工」で既製品を使いつつ、アレンジを加えた料理(ex.インスタントラーメンに具材を加えるなど)を食べてもらう場合に、あなたはどんな気持ちになりますか。 (自由記述)
1-7 質問1の回答の方に、すべての工程で既製品を使った料理(ex.弁当、テイクアウトなど)を食べてもらう場合に、あなたはどんな気持ちになりますか。 (自由記述)
2-0 あなたは家で誰かに料理を作ってもらうことがありますか ・よくつくってもらう ・まれにつくってもらう ・全くつくってもらわない
※以下2-0に・よくつくってもらう・まれにつくってもらう と答えた人のみ回答
2-1 あなたが家庭で人に料理を作ってもらうとき、誰に作ってもらうことが多いですか。(複数回答可) ・配偶者、恋人 ・父親 ・母親 ・子ども ・友人・その他(自由記述)
2-2 質問1の回答の方が作った、すべて手作りの料理を食べる時、あなたはどんな気持ちになりますか。 (自由記述)
2-3 質問1の回答の方が作った、「味付け」だけ既製品(ex.カレールウ、中華のもとなど)を使った料理を食べる時に、あなたはどんな気持ちになりますか。 (自由記述)
2-4 質問1の回答の方が作った、「したごしらえ」(ex.冷凍素材、カット野菜など)と「味付け」で既製品を使った料理を食べる時、あなたはどんな気持ちになりますか。 (自由記述)
2-5 質問1の回答の方が作った、「したごしらえ」「味付け」「加工」で既製品(ex.レトルトカレー,冷凍餃子など)を使った料理を食べる時、あなたはどんな気持ちになりますか。 (自由記述)
2-6 質問1の回答の方が作った、「したごしらえ」「味付け」「加工」で既製品を使いつつ、アレンジを加えた料理(ex.インスタントラーメンに具材を加えるなど)を食べる時、あなたはどんな気持ちになりますか。 (自由記述)
2-7 質問1の回答の方が買った、すべての工程で既製品を使った料理(ex.弁当、テイクアウトなど)を食べる時、あなたはどんな気持ちになりますか。 (自由記述)
3-0 ご協力ありがとうございました。本アンケートに対してご意見がある方はご記入いただけると幸いです。 (自由記述)



結果・考察

 調査の結果126人から回答が得られ、作り手の感情については97名、食べ手側の感情については96名の意見を得ることができた。
作り手、食べ手の質問の回答者内訳は図3,4に示すとおりである。


各質問の回答を年齢で色分けし、近しい意見を集め以ポジショニングをして分析を行った。

分析結果
https://drive.google.com/file/d/11CtquS3ikZ-1xgEXOtLmsT842hS-oz2N/view?usp=sharing


 分析から図5のように多くの作り手、食べ手は料理手順に関係なく以下のような感情を料理と相手に対して抱いていると考えられる。

作り手は
* 相手に美味しい料理を食べてほしい、健康でいてほしい、お腹いっぱい食べてほしい、楽しんでほしい * 自分が料理を作ったことに対する達成感や満足感がほしい * できるなら楽をしたい
という感情を持っている。 作り手は料理の手順を省略するごとに「手抜き」に対して罪悪感を感じる人が一定数増えていく。 既製品は味や食感がコントロールできないため相手との関係性次第で、相手の味の好みに合うか不安に感じることもある。
食べ手は
* 自分を思って丁寧に料理したり工夫をしてくれることに対して * 時間を使って作業をして、料理を作ってくれることに対して * 食事を用意してくれることに対して
相手に感謝や嬉しさを感じており、ときに手順の省略により相手への寂しさになる。 作り手との関係性により、尊敬や信頼、相手の成長の喜び、相手の心配などの感情がある。 食べ手は料理の手順が省略されても上記のどれかの理由で作り手に感謝や嬉しさを感じている。
図5.作り手・食べ手の感情



 また各料理手順と作り手食べ手の感情やコミュニケーションについて以下のように考察した。

1.全て手料理の場合について
作り手は美味しい料理を食べてほしいなどの相手を思う気持ちが一番強く現れる。自分自身の作った料理への満足感も得られる。食べ手は作り手の工夫や自分のことを思って丁寧に料理を作ってくれたことに対して感謝をしている。
このことから「すべて手作り」は両者にとって特別性のある行為で、互いの思い思われる感情が強く現れると考えられる。


2.「味付け」を省略した場合について
作り手は美味しい料理が確実に作れることに安心する。食べ手は作り手の工夫などの他に、時間を使って作業をして料理を作ってくれることにも感謝をしている。また双方とも味付けで既製品を使うことで美味しい料理ができるという認識が共通している。このことから「味付けの省略」は作り手食べ手ともに、「全て手作り」ほど強い感情の現れはなく、相手を思い美味しい料理を作りそれに対して感謝をする日常的でフラットなコミュニケーションが現れていると考えられる。


3.「味付け」と「したごしらえ」を省略した場合について
作り手は罪悪感や不安を感じる人が増える一方で、「楽に早くできていい」などの料理の手順を省略することを良く思う意見も得られた。食べ手は時間を使い作業をして料理を作ってくれることへの感謝、喜びが中心となる。料理の手順を省略を許容する意見も得られ否定的な意見はほとんど無かった。このことから「味付け」と「したごしらえ」の省略には、作り手と食べ手の間で手順を省略することに対する認識にギャップがある。特に作り手の中でも「したごしらえ」を省略することに対して楽に作れて相手にも早く料理を出せるメリットと手抜きへの罪悪感が拮抗していると考えられる。


4.「味付け」と「したごしらえ」と「加工」を省略した場合について
作り手は罪悪感を感じる人が多くなる。一方で「一緒にできた料理を楽しみたい」や、これまで少し罪悪感を感じていたのが吹っ切れたように楽をすることに対して肯定的な意見も出てくる。食べ手は「寂しい」や相手を心配するなどのネガティブな感情も現れている。一方で作り手の作業に対する感謝があり、手順を省略することを許容したり肯定的に思う意見もある。このことから「味付け」と「したごしらえ」と「加工」の省略は両者ともにネガティブな感情が強く現れるが、一部では作り手が楽をすることを両者とも望んでいて、特に作り手にはこれまでの手順の省略で「手抜き」に罪悪感を感じていた料理とは違ったラフに作る料理の捉え方をしている人がいると考えられる。


5.「味付け」と「したごしらえ」と「加工」の省略にアレンジを付加する場合について
作り手は手抜きに対する罪悪感を感じる一方で、料理をした気になり満足感を感じるなど「手料理」に似た感情も現れている。食べ手はアレンジなどから作り手が自分を思って丁寧に料理したり工夫をしてくれることに対して嬉しさを感じる意見も得られた。このことから手間や時間をかける料理ではなく、わかりやすくアレンジや工夫などが料理に反映されていることが、作り手の料理をしたという満足感や、食べ手の工夫や丁寧な料理に対する感謝に影響していると考えられる。


6.「味付け」と「したごしらえ」と「加工」と「盛りつけ」省略した場合について
作り手は罪悪感を感じる人もいるが、「味付けとしたごしらえと混合・変形・加熱の省略」に比べて小さくなっている。また「たまにはいいか」など楽をする事を肯定的にとらえる意見もある。「食事を一緒に楽しみたい」「用意したので食べて」のように料理と自分を切り離して考えることもある。
食べ手は他の手順とは違い、食事を用意・準備してくれることに対して感謝をするようになる。このことから料理の手順を省略していくと、ある一定の手順以降は作り手は料理と自分を切り離して考え、作り手食べ手の関係性の差が小さくなっていくと考えられる。その理由として料理の手順を省略していくと洗い物が少なる、食卓に料理が揃い食べ始めるのが早くなる、作り手の労力が少なる、などが考えられる。


仮説

本調査から以下のような仮説を立てた。

●料理を通したコミュニケーションの実態と調理手順との関係について
料理で行われるコミュニケーションの実態としては、図5のような関係になっており、この価値観は家庭料理規範がベースとなっている。また作り手の罪悪感は「味付け」「したごしらえ」の省略以降から増え始め、食べ手の感謝とのギャップが生まれる。これは作り手が家庭料理規範をもとに、料理にあるべき労力や工夫、それに対する満足感や不安感などある程度のハードルを無意識に設定していることに由来する(図6)。この価値観は相手との関係や、個人の力量、年齢、性別などの影響があるので、他の条件を絡めたより詳細な調査が必要である。また日本独自の価値観なのか、文献やインタビューで他国の文化と比較して考える必要がある。


●作り手は料理手順を省略しすぎると、作り手としてのアイデンティティが失われる。
料理手順を省略していくごとに作り手の罪悪感は大きくなっていったが、「味付け」「したごしらえ」「加工」の省略以降は罪悪感が少し減り、「たまにはいいか」と吹っ切れる意見や、「食べ手と一緒に料理を楽しみたい」と考えるようになる。これは上記の家庭料理規範からくるハードルが作り手にとってのアイデンティティであり、その理想と実際の仕事量の差から申し訳ないと罪悪感を感じていた。しかし仕事量が減りすぎると作り手としての仕事と自分を切り離して、手順の省略を受け入れ始める(図7)。料理の手順が全て省略され、弁当や買ってきたものを出す場合は、食べ手も作り手のアイデンティティが失われていることを認識し、料理の手間暇にではなく食事を用意してくれたことに対して感謝をするようになる。


●アレンジなどのわかりやすい工夫が、手料理に似た特別性を両者に生み出す。
「したごしらえ」「味付け」「加工」を省略した料理にアレンジを加えることで、作り手は少し料理をしたという満足感を感じ、食べ手は相手の工夫に対して感謝するなど、全て手作りと似たような感情を生み出す。しかし、どのような料理を作るときも作り手は少なからず工夫はするはずだが、作り手独自のオリジナリティのある工夫がわかりやすく料理に反映されていることで、手作り料理にしかないような特別な感情のコミュニケーションを引き出せる。どの程度のアレンジをするのかや相手との関係性に影響される可能性があるため、今後詳細に検証していく必要がある。

今後の展望

 本調査で立てた仮説は個々人の料理スキル、作るまたは作ってもらう相手との関係性、手順間での個人ごとの感情の移り変わりなどを考慮できていないため、感情や個人間の関係性も含め、本調査で得られた感情の全体像を基に定量的な調査を行う予定。性別や年齢による感情の出方により詳細な考察を行うためにインタビュー調査などを行う予定。 また本研究で明らかになった料理手順と作り手・食べ手のコミュニケーションとの関係をもとに、食品メーカーがCMを通して作り手・食べ手の関係にどのように訴求をしているのか分析を行う。

まとめ

 本研究では現代の家庭料理における作り手と食べ手のコミュニケーションの実態と調理手順の省略による両者の感情の変化について調査・考察を行っている。 アンケート調査から料理手順の省略がもたらす作り手、食べ手の感情変化の全体像を得ることができた。 今後の展望として個々人の料理スキル、作るまたは作ってもらう相手との関係性や性別、年齢などを考慮した定量的な調査・考察やインタビュー調査を行う予定。

脚注

  1. 令和3年 “冷凍食品の利用状況”実態調査について(2021年) https://www.reishokukyo.or.jp/news-public/11055/ (2021年10月16日 閲覧)
  2. 福島智子. "「家庭料理」 規範の検討: 社会学的分析の深化に向けて." 松本大学研究紀要 18 (2020): 81-89.
  3. 石毛直道(2009)石毛直道 食の文化を語る ドメス出版
  4. 相良泰行. "食感性工学のパラダイム." 日本調理科学会誌 41.5 (2008): 348-354

参考文献・参考サイト

  • 石毛直道(2009) 石毛直道 食の文化を語る ドメス出版
  • 森枝卓士(2013) 食の文化フォーラム31 料理をすること その変容と社会性 ドメス出版