VRコンテンツを活用したコロナ禍におけるストレス軽減手法の研究

提供: JSSD5th2021
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荒川智紀 / 九州産業大学 芸術学部 研究生 
Tomonori Arakawa / Kyushu Sangyo University 

Keywords: Under Covid-19 pandemic, Virtual reality (VR), Stress reduction


Abstract
In this study, we hypothesized that bathing in hot springs using VR contents, which have become increasingly popular in recent years, may help reduce stress in order to solve the problem of "chronic stress among young people" in the corona pandemic. Using the social VR platform "VRChat", we were able to verify a certain level of stress reduction effect by bathing in the VR hot spring space from a remote location via a network and ascertaining the stress state through a questionnaire.



背景と目的

 2019年に突如として現れた新型コロナウイルスの脅威により我々の生活環境は大きく変化し、人々の社会的つながりや対面でのコミュニケーションの機会は例年に比べ大きく減少している。これは孤独感やストレスを引き起こす要因の一つとされており、特に一人暮らしの場合、孤独感は早期の死亡率を大きく高める[1]。コロナ禍において大学生の一人暮らしは外出もままならず在宅中も顔を合わせ話すことのできる家族等がいない状況が長期に渡り続いた場合ストレスや孤独感の発現率が、他の世代と比べ大きいのではないかと推測した。そこで本研究では、温泉入浴のもつリラックス効果と、インターネットにより離れた場所からでもアバター越しに顔を合わせ、より没入感のある遠隔会話ができるというVRならではの利点を組み合わせ、VR空間での温泉入浴がこのコロナ禍の一人暮らしの大学生という対象において、昨今の社会情勢に合わせたストレスの軽減の手段として有効ではないかとの仮定のもと、ソーシャルVRプラットフォームである「VRChat」とVRヘッドセット「OculusQuest2」を用いてVR空間における入浴時のコミュニケーションの再現がもたらすストレス軽減の効果を検証した。

研究の方法

図-1.実験会場見取り図
図-2.アンケート調査をもとに作成したVR温泉空間

■実験手順

  • 1.実験参加者 2 名にそれぞれ体温の測定および体調の確認
  • 2.概要の説明と同意書への記入
  • 3.順応期(10 分)
  • 4.現在のストレス状況を質問紙に記入(1 回目)
  • 5.メンタルストレステストの実施(暗算課題)
  • 6.現在のストレス状況を質問紙に記入(2 回目)
  • 7.前半組はVR温泉を体験/後半組は時間まで待機(両組 10 分)(回復期)
  • 8.時間経過後、現在のストレス状況を質問紙に記入(3 回目)

■実験詳細

  • 実験日程:2020/12/7~2020/12/15
  • 会  場:九州産業大学 17 号館 3 階 17312、17314教室(図-1)
  • 対 象 者:一人暮らしの大学生 2人1組

■参加者

  • VR使用組 (男性4名,女性2名)
  • 待機組 (男性6名)

■使用機材・質問紙

  • 使用VRヘッドセット仕様

 機材名:Oculus Quest 2

  • 質問紙 感情覚醒チェックリスト(EACL)

■実験条件

 実験の対象者は大学生の一人暮らし2人1組とした。また対照実験として実験参加者の半数にはVRを使用せず、所定の時間までその場で待機させ比較を行った。実験ではメンタルストレステスト[2]により負荷を与え、ストレスにさらされている状態を再現している。温泉空間の設計に関しては、事前に google フォームにて「温泉らしさ、温泉を思わせる要素」についてのアンケート調査し、その結果を参考にして設計を行った。(図-2)また実験室は換気扇による空気循環や、参加者への手指消毒および体温の測定、実験前後に機材のアルコール消毒するなどし、新型コロナウイルスへの感染対策を施行している。



結果

表1.対象別質問紙の結果(EACL)

 (表-1)の質問紙の結果を比較すると、B:待機組に比べてA:VR使用組の参加者は、恐怖、怒り、悲み、嫌悪、緊張覚醒+といったストレスの要因となる尺度の点数が減少し、喜びや緊張覚醒-といったリラックス時にみられる兆候の尺度が上昇していることが確認されている。

[3]

考察

 本実験はVR空間において複数人での温泉入浴がストレスの軽減に有益である可能性を示したものの、実験の件数が少ない点や、香りなどのVR体験以外の要素がストレスの軽減に作用している可能性など課題点が残る実験であったと言える。

 また実験後の対象者へのアンケートでは「温泉の雰囲気が良かった」「香りも相まって温泉の気分が高まった」などの意見も寄せられ、VR内の温泉の構造や、その他環境の条件による相乗効果によって、ストレス軽減の効果が変化している可能性も考えられる。

まとめ

 本研究では、このコロナ禍の時代における、VRを活用したコミュニケーションの手法や、ストレス軽減の手法を模索する取り組みを行っている。最近では横たわった状態での使用を最適化した機能や快適性を重視するVRデバイスの開発[4]なども行われており、医療への転用なども期待されている。このようにVRデバイスはエンターテインメントコンテンツという枠を越え、社会での生活の一部へと変化しようとしている。これまで現実での対面や体験が当たり前であった社会に対し、感染リスクを懸念し対面での接触が困難となった現代のコロナ禍において、オンラインでのVR温泉空間への入浴はストレスの軽減に対して効果的な手法のひとつである可能性があるのではないかと考える。

脚注

  1. Julianne Holt- Lunstad,2010, : Social Relationships and Mortality Risk: A Meta-analytic Review
  2. 矢島順平,2012,「メンタルストレステストを用いたストレス実験の実施マニュアル」別府大学大学院紀要
  3. 織田弥生, 2015, 感情・覚醒チェックリスト(EACL)の使用方法
  4. Diver-X 株式会社, 2021,HalfDive


参考文献・参考サイト

  • JTBF旅行者調査「新型コロナウイルス感染症流行下の日本人旅行者の動向 その4:収束後の旅行意識」(2020) https://www.jtb.or.jp/research/theme/statistics/statistics-tourist/
  • フットマーク株式会社:コロナ禍の温浴施設に関する意識調査(2021) 
  • 矢島順平「メンタルストレステストを用いたストレス実験の実施マニュアル」(2012) 別府大学大学院紀要
  • 織田弥生ほか「感情・覚醒チェックリストの作成と信頼性・妥当性の検討」(2015) 心理学研究2015年 第85巻 第6号
  • 石川理子 長島玲子「隔離下における患者の心理状況」(2008) 東京医科大学病院看護研究収録
  • 愈善英 松井豊「親しい他者に対するストレス開示抑制態度が精神的健康へ及ぼす影響」(2013) 筑波大学心理学研究
  • IDC:世界 AR/VR 関連市場予測 (2020)
  • Julianne Holt- Lunstad : Social Relationships and Mortality Risk: A Meta-analytic Review (2010)

https://journals.plos.org/plosmedicine/article?id=10.1371/journal.pmed.1000316