地域におけるテーマ型コミュニティのあり方についての研究

提供: JSSD5th2022
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黒田隆之 / 九州大学大学院統合新領域学府 ユーザー感性学専攻
The Graduate School of Integrated Frontier Sciences / Kyushu University 

Keywords: 地域、地域包括ケアシステム、コミュニティ、課題解決


Abstract
Japan is currently facing major issues such as population decline, declining birthrate and aging population, and the government is promoting the construction of a comprehensive community care system. It has been pointed out that it is difficult for residents to form a long-term local community in Fukuoka City due to the high number of people moving in and out of the city. In the case of theme-based communities, regardless of the formation of communities based on long-term settlement as in community-based communities, opportunities will be created for human connections and intergenerational exchanges, leading to a solution to the problem of a shortage of successors.


背景と目的

現在の日本は人口減少、少子高齢化など大きな課題を抱えている。国の財政難は政策への影響も大きく、高齢者を支える人材の不足、介護を受けたくても十分に受けられない介護難民の増加を招くと懸念されている。

こうした状況に対し、国は地域包括ケアシステムの構築を推進している。

地域包括ケアシステムとは、「地域の実情に応じて、高齢者が、可能な限り、住み慣れた地域でその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、医療、介護、介護予防、住まい及び自立した日常生活の支援が包括的に確保される体制」のことである。 地域包括ケアシステムとは、地域の自主性や主体性に基づき、地域の特性[1]に応じて構築される。 概ね30分で移動できる範囲を日常生活圏域とし、中学校区単位を想定[2]。 特に今後、増加が見込まれる認知症高齢者を地域での生活を支えるためにも地域コミュニティの存在は重要であるとされている。

地域包括ケアシステムは広島県尾道市にある公立みつぎ総合病院の山口昇医師の主導のもと行われた「高齢者の寝たきりゼロ」を目指すという取り組み、「高齢者寝たきりゼロ作戦」がモデルになっている。

地域包括ケアシステムには地域コミュニティの重要性が示唆されている一方で、このシステムは地方自治体の自主性への依存が強く、機能するために重要とされている地域コミュニティも様々な課題を抱え、存続危機にある。 本研究では福岡市を対象に地域コミュニティが抱える課題を明らかにし、地域包括ケアシステムにおける地域コミュニティ役割について考察する事を目的とする。

研究の方法

1. 地域包括ケアシステムと地域コミュニティに関する調査

  調査1:地域包括ケアシステムの現状と課題ついての文献調査

  調査2:地域包括ケアシステムに携わる専門職の現状と課題に関する調査(文献およびヒアリング)

  調査3:地域コミュニティについての現状と課題調査

2. 各調査を踏まえた課題整理

3. 地域コミュニティ形成に関わる事例調査

4. 地域コミュニティが抱える課題を明らかにし、地域包括ケアシステムにおける地域コミュニティの役割について考察する。

調査結果

地域包括ケアシステムの現状と課題ついての文献調査

地域包括ケアシステムについて、山口は自身の定義[3]に加え、厚生労働省[4]、日本リハビリテーション病院・施設協会の定義[5]を比較し、3つの定義の共通語は「生活」であり、目指す方向性はどの立場でも同じということを示唆している。加えて、山口は地域包括ケアシステムには「地域とのつながり」が大切であり、あらゆる専門職や行政、地域住民など多くの人々の連携が重要であると述べており、専門職種間、施設間、あるいは専門職団体との連携に加え、行政と住民が加わった連携、すなわち面の連携が望ましいとしている[6]

地域包括ケアシステムの課題としては、大まかに、「医療介護の連携」・「地域格差」・「後継者の不足」の3つが挙げられる。
まず、「医療介護の連携」は、高齢者が安心して暮らすためには必須だが、両者は専門性の違いが大きな壁となることがある。両者の間にある壁をなくすことが、医療と介護を連携させる上で重要である。

調査2において作業療法士に対して半構造化インタビュー調査行った結果では、地域包括ケアシステムの内容や趣旨を理解している者が多く、職種の役割について認識に差異はなかった。地域に対する問題意識の持ち方は勤務先や経験年数などの影響を大きく受けていた。 これは専門職種が自身の職種の持つ役割に沿った行動を忠実に実施している事を示している。

「地域格差」については、地域包括ケアシステムは高齢者の住み慣れた地域で展開することが定義内で規定されている。しかし、地域によって地域特性は大きく違うため、高齢者支援の主体が国から地方自治体へ移行する点が特徴として挙げられる。しかし、地方自治体ごとに財源や活用できる物的資源、人的資源には差がある。

総務省の地域財政状況調査によると福岡県内市町村の財政力指数[7]によると今回対象とした福岡市は県内60市町村の中で3位(0.89)。一方、隣接する糸島市では県内で26位(0.58)となる。こうしたことからも、居住する市町村の財政状況によって、提供されるサービスの実施内容や種類、回数など量、質共に「地域格差」が生まれやすくなっている。

「後継者の不足」はいかなる場面でも課題となっている。現代の日本社会は人口減少により、核家族化が進行している事は誰もが知るところであるが、高齢者の単独世代も多くなっている状況があり、親族間のつながりも希薄になっている。さらに町内会の活動など近隣住民の交流も以前ほど活発に行われていない。

調査2より地域交流センターに対して半構造化インタビューを実施した結果、地域コミュニティの課題としては、世代間交流の減少や地域コミュニティの必要性の認識低下が挙げられると言った内容を聴取した。後継者の不足は人と人のコミュニケーションの頻度を確実に減らしており、地域コミュニティの力が失われる結果となっている。

地域コミュニティについての現状と課題

今回、対象とした福岡市では「人口増加」、「単独世帯の多さ」、「転入・転出の多さ」が特徴として挙げられる。

福岡市の人口は2020年5月には160万人を超え、今後も人口増加が予測される。中でも高齢者人口の増加は今後も上昇すると見込まれており、約3人に1人が高齢者になることが予測され、高齢者人口の増加に伴い介護が必要となる高齢者の増加も見込まれる[8]

後期高齢者の単独世帯は2025年に7万4千世帯、2040年には11万1千世帯へと急激に増加することが推計されている。 これは家族・親族での支援が難しく、孤立しやすい環境が構築されやすい。

さらに福岡市は進学や就職、転勤等の人口移動が大きく、単独世帯も多い街である。 共同住宅や賃貸住宅の割合の高さが示唆するように、顔なじみの住民による長期的な地域コミュニティの形成の困難さにも繋がっている。 2019年度の福岡市高齢者実態調査では、近所付き合いの程度が低くなっている[9]。 福岡市には仕事等で転入し、定住する人も多く、定住した地域と関わりが薄いまま高齢期を迎える人が増加しているのも要因の1つと考えられる。

各調査を踏まえた課題整理

各調査を踏まえ、地域包括ケアシステムの根幹は高齢者が住み慣れた地域で生活を継続できるようにすることである。 現状、地縁型コミュニティが主体の方法であるが、政策形成上定められた地域の中で人のつながりを意識した地域コミュニティの形成を進める必要があり、よりつながりやすくなるような機会を創出することが重要である。 福岡市の特徴として、人口の転入・転出の多さや単独世帯の増加が推測されており、顔なじみの住民による長期的な地域コミュニティの形成の困難さにも繋がっている。

地域コミュニティ形成にかかわる事例調査

各調査から課題整理を行なったことを踏まえ、福岡市におけるコミュニティ事例として、福岡市西区壱岐小学校・壱岐南小学校校区にあるシニアソフトボールリーグの活動を取り上げる。 このコミュニティは壱岐小学校・壱岐南小学校校区の定められたエリア内で居住する住民を対象として活動しており、ソフトボールというテーマに対して、経験・未経験に関わらず、高校生から80代の高齢者まで幅広く参加しているという特徴がある。 このソフトボールリーグの活動は、「楽しむ」「健康維持のため運動習慣」という共通の活動目標を持った住民が、定められた日時に活動しており、世代間交流が生まれる場となっている。

考察

日本は地縁型コミュニティ形成を中心に構築されていることが特徴として挙げられ、地域包括ケアシステムもこの思考過程から中学校校区単位を日常生活圏域とした地縁型コミュニティの形成が検討されている。

先に挙げた福岡市の地域特性として、人口移動が大きく、転入や転出の活発さにより、顔なじみの住民による長期的な地域コミュニティ形成の困難さにつながっていると指摘されている。

「住み慣れた場所=地域」とする地域包括ケアシステムの構築には、福岡市の特徴を踏まえると、「住み慣れた地域に暮らしている」が近所には顔見知りがいないという状況が生じやすくなる結果、地縁型コミュニティ形成の障害となる。

一方、今回、事例として挙げた福岡市西区壱岐小学校・壱岐南小学校校区内にあるシニアソフトボールリーグの活動のようなテーマ型コミュニティ形成であれば、地縁型のように長期定住によるコミュニティ形成に拘らず、こうした対象となる地域の中で、多種多様なテーマから自身の興味あるテーマを共有することができる。

このような活動は地域包括ケアシステムの中で「生活支援・介護予防・健康増進」にあたり、この活動から生まれる世代間交流は、福岡市の地域課題となっている「後継者不足」の課題に対して解決する対策となり得る者であり、共助の関係性構築の一助となり得ると考えられる。

こうしたコミュニティは、「人と人がつながる」きっかけ作りとなり、地縁型のみで検討するよりもコミュニティ形成を進める上で敷居が低いと考えられる。

まとめ

地域包括ケアシステムの構築に向けては、数多くの課題があり、その課題は地域特性に応じて多種多様である。

地縁型コミュニティの中でテーマ型コミュニティの形成を促す手法を促進させることが出来れば、福岡市の地域特性に合わせた地域コミュニティ形成が行いやすくなると考えられる。これによって、人のつながり、世代間交流が進む機会が生まれ、後継者不足という課題に対しての解決策につながっていくものと考えられる。

今後、福岡市の地域包括ケアの参画する専門職へのアンケート調査や地域包括支援センターへのインタビュー、地域のコミュニティ調査をさらに進め、対象地域でのテーマ型コミュニティの活かし方と専門職の視点でできることについて調査を進める。

脚注

  1. 対象となる地域の現状からシステムの構築に向け、①都市型、②大都市型、③団地型、④中山間地域型、⑤島嶼・沿岸型があると言われている。
  2. 政策実行する単位として、中学校区や旧市町村域などの形成地域を前提としている
  3. 「地域に必要な包括ケアを,社会的要因を配慮しつつ継続して実践し,住民(高齢者)が住み慣れた場所で,安心して一生その人らしい自立した生活ができるように,そのQOLの向上をめざす仕組み.包括ケアとは治療(キュア)のみならず保健サービス(健康づくり),在宅ケア,リハビリテーション,介護・福祉サービスのすべてを包含するもので,多職種連携,施設ケアと在宅ケアとの連携および住民参加のもとに,地域ぐるみの生活・ノーマライゼーションを視野に入れた全人的医療・ケア. 換言すれば保健(予防)・医療・介護・福祉と生活 の連携(システム)である。地域とは単なる Area ではなく Community を指すとある。 (平成 29〔2017〕年改定)
  4. 「地域の実情に応じて、高齢者が、可能な限り、住み慣れた地域でその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、医療、介護、介護予防、住まい及び自立した日常生活の支援が包括的に確保される体制」
  5. 「 障害のある子供が成人・高齢者とその家族が、住み慣れたところで、一生安全に、その人らしくいきいきとした生活ができるよう、保健・医療・福祉・介護及び地域住民を含め生活にかかわるあらゆる人々や機関・組織がリハビリテーションの立場から協力し合って行う活動すべてを言う(2016年改定)」
  6. 山口は従来の連携は、その多くが点と点を結んだ線の連携で合ったとされる。病診間の連携、病々間の連携にしても線の連携であるとしている。
  7. 財政力指数とは、自治体の財政力を示す指標であり、基準となる収入額を支出額で割り算(÷)した数値
  8. 団塊の世代が75歳以上となる2025年には24.8%、団塊ジュニア世代が高齢者となる2040年には31.1%。これに伴い、要介護認定者数は2025年には8万2千人、2040年には12万4千人になると予測されており、認知症高齢者数も2025年には4万4千人、2040年には6万9千人になると推計。
  9. 60歳以上の43.2%の人が「近所付き合いが少ない(ほとんど付き合いがない、道が合えば挨拶する程度)」と回答。


参考文献・参考サイト