散策を誘発する地図のデザイン研究

提供: JSSD5th2022
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亀井凜太郎 / 九州大学大学院 芸術工学府 デザインストラテジー専攻
Kamei Rintaro / Graduate School of Design, Kyushu University

Keywords: Stroll, Map, Map Design


Abstract
Since we expect a high affinity between strolling and paper maps, this study will investigate their relationship and identify factors that induce strolling in current paper maps. Specifically, we will identify the current status and problems of paper maps that induce strolling based on previous studies, and then survey current paper maps and the actual usage of paper maps. From these surveys, we will identify and verify the factors that induce strolling in paper maps.



背景と目的

私たちはスマートフォンの普及に伴い、地図の使用頻度が増えていった。地図利用実態調査2016[1]によると、1年間のスマートフォン用インターネット地図の利用率は44.7%に対し、紙地図は26.1%となっており、若い世代ほどその差は開いている。また、紙地図はデジタル地図に比べて、ナビ機能や所要時間の表示といった利便性は劣るものの、イラストや写真を使って街並みを表現できる点や、地図を広げて他の人と見ることができる点など、散策といった自由探索との親和性は高いと予想される。

そのため本研究では、散策と紙地図の関係性について調査していき、紙地図における散策を誘発する要因を明らかにしていく。

研究方法

先行研究から散策を誘発する紙地図の現状や問題点を洗い出す。次に、現状の紙地図の特徴を把握するために紙地図のサンプル調査を行い、複数の調査項目から紙地図の特徴や傾向を整理していく。また、紙地図がどういった場面でどのような人に利用されているかを把握するため、紙地図利用者への観察調査を通じて、紙地図の利用状況や利用者の属性を整理していく。また実際に収集した紙地図をもとに作成した地図を用いて被験者に散策を行ってもらい、人の散策行動の動機や行動原理を明らかにしていく。これらを行うことで紙地図において散策を誘発する要因を明らかにしていき、検証する。

先行研究

地図メディアの違いが自由探索に与える影響に関する調査によると、紙地図を利用した自由探索の場合、「角を曲がる回数が多く狭い範囲をゆっくりとしたペースで探索」[2]していたとある。理由として、紙地図は表示範囲に限りがあるため、その中で探索しないといけないからだと述べられており、ペアが地図を見ながら会話をして細かい路地に入っていくといったような、自由探索らしい行動が見られたと結論づけられており、このことからも紙地図と散策の親和性は高いことがわかる。

しかし、散策を誘発する紙地図の研究については見つけることができなかったが、散策を誘発するデジタル地図に関する研究はいくつか見られ、その代表として、仲谷ら(2010)[3]の観光ナビシステムを挙げる。このシステムは、あえて詳細なルート情報を提供しないことで偶然的な出会いを誘発することを目的としており、「観光前の観光地イメージ形成システムと、観光当日における移動支援システムとに」分けられている。このシステムを利用した結果、被験者は「計画とは異なるルートを選んだり、道に迷ったりしながらも、そのことを楽しんで」いたと評価されている。道に迷う過程で偶然の出会いが誘発されると結論付けている反面、土地勘のない被験者は迷うことに対し不安を抱き、目的地までのナビゲーションを求めるとも述べられている。

散策を誘発する地図に関する研究では、あえて地図情報を表示しないことで地図利用者に周囲環境へ目を向けさせるものがほとんどであった。しかしこの手法は、GPSによって現在地を示すことができるデジタル地図では機能するが、現在地を示すことができない紙地図では機能しづらいと考えられる。そのため紙地図では現在地を表示できないことが散策を誘発する紙地図の研究が見つからない一番の理由だと考えられる。

調査

観光地図の調査

図1.収集した観光地図

観光地図の現状を把握するため、鎌倉市の観光地図9種類と太宰府市の観光地図6種類(図1)をそれぞれ収集し、調査・分析した。

鎌倉市と太宰府市をそれぞれ調査対象地に選定した理由は、

①鎌倉市は市内各地に寺院といった観光名所が点在している広域の観光地に対し、太宰府市は太宰府天満宮を中心に観光名所が存在している狭域の観光地であるため、地図の描き方に違いが生まれると予想されたため
②どちらも歴史的価値の高い観光名所が点在しており、観光客は地図を持ってそれらを巡るという散策が予想されるため

である。

また、それぞれ収集した観光地図に関しては、鎌倉市の観光地図は、鎌倉市観光総合案内所及び公益社団法人鎌倉市観光協会から無料で入手し、太宰府市の観光地図は、太宰府駅と天満宮入口にある観光案内所にて無料で入手したものである。また、収集したものはいずれも日本語で書かれており、地図が記載されている紙の観光地図だけである。


表1、表2に鎌倉市と太宰府市の観光地図を分析した結果を示す。

表1.鎌倉市の観光地図を分析した結果
表2.太宰府市の観光地図を分析した結果

鎌倉市と太宰府市の観光地図を比較したところ、鎌倉市は広い範囲にある観光名所を網羅するため広域の地図が多い。それに対し太宰府市は太宰府天満宮を中心として立体的なイラストを使った詳細な地図が多い。 また地図の縮尺と道幅の細かさには弱い正の相関があった。これは、より拡大された地図ほど複数の幅の道を用いて描かれていることを示しており、利用者が実際の道と地図上の道を照らし合わす上でわかりやすくするためだと推察される。



観光地図とウォーキングマップの比較調査

表3.観光地図とウォーキングマップの比較結果

観光名所の有無が地図にどう影響しているのか明確にしていくために、太宰府市役所で市全体のウォーキングマップを収集し、以前収集していた太宰府天満宮周辺の地図との比較・分析を行った。


その結果を表3に示す。

地図に描かれた建物は、太宰府天満宮周辺の地図では、天満宮の詳細なイラストを描き、また写真を用いる。それに対し、市全体のウォーキングマップは一つ一つの建物をおおまかな図形で描いていることが多く、そのほとんどを線のみ、また単色で表面的(図2)に描いている。また、ウォーキングマップは縮尺が書いてあるが、天満宮周辺の地図には縮尺は書かれていないことが多かった。その理由として、天満宮周辺はあまり広くないこと、また地図に詳細なイラストや写真を用いることで縮尺がなくても距離感がわかることが挙げられる。さらにウォーキングマップにはコースが表記してあることが多く、歴史的な建物を巡るものに多いことがわかった。

図2.表面的な描き方の例



観光地図の利用に関する現地調査

実際に観光地図を利用している観光客の現状を把握するため、6/5(日)に現地調査を行った。


調査概要

場所 鶴岡八幡宮 小町通り
時間 14:00〜15:00 15:30〜16:30
天候 晴れ。最後10分ほど曇り 曇り


図3.鶴岡八幡宮と小町通り

一定の場所から満遍なく観光客を1時間観察し、地図を利用/所持している人の人数や年齢、性別や、その気づき等をまとめた。また調査場所として、鎌倉市にて観光客の多く集まる鶴岡八幡宮と小町通り(図3)を選定した。理由として、鶴岡八幡宮は本宮へ観光するという目的がはっきりしている反面、小町通りは通り内での飲食や買い物が多く行われており、どの店に入るのかという目的は歩きながら決めることが多いと予想されるからである。そのためこれら2つの地点での観察結果を比較していくことで観光地図を利用した散策の実態がより明らかにできると考えた。また、具体的な観察地点は地図上の黒丸(図4)に示す。

図4.具体的な観察地点


表4に鶴岡八幡宮と小町通りで行った調査結果を示す。

表4.調査結果

鶴岡八幡宮では、地図を利用/所持している観光客の年齢や性別に若干の人数差はあるものの、大きな偏りはなかった。 団体(2人以上)での観光の場合でも、地図を利用している人は1人だった。1人が持っている地図を皆で覗いており、そこで生まれる会話から観光場所を決めていると考えられる。 また、地図を見ながら本宮へ向かう人はほとんどおらず、本宮から帰る人の方が地図を見ていた。この理由として、目的地である鶴岡八幡宮の近くにて地図で確認することがなく、次の目的地を調べる、またその道順を確認するタイミングである本宮から帰る時に地図を見ているのだと推察される。

小町通りでは、地図を利用/所持している観光客は1人もいなかった。その理由として、小町通りを歩いている観光客は店の看板や呼び込みによって入る店を決めていたからだと考えられる。また、比較的道は狭いのに対し、多くの観光客が歩いていたため、地図を広げながら歩くことは難しいことも理由として挙げられる。



考察

紙地図の場合、地図上に表記できる情報に限りがあるため、詳細な道や建物が地図上に表記されないことが起こり得る。観光地図の調査にて、より拡大された地図ほど複数の幅の道を用いて描いていると述べたが、それは広域の地図であれば省略された道があるということであり、また、観光地図とウォーキングマップの比較調査からも、広域の地図の場合は一つ一つの建物をおおまかな図形で描いていることが多いことがわかった。先行研究ではデジタル地図の場合、詳細な地図情報を表示しないことで散策の誘発を試みることが多いとわかったが、紙地図の場合は地図上に表記できる情報に限りがあるために詳細な道や建物が表記されないことがあり、結果として散策を誘発する可能性があると推測される。そのため、地図上の道や建物の詳細さが散策に影響を及ぼすだろうと考えられる。

また、観光地図の利用に関する現地調査から、人々が紙地図を見るタイミングは次の目的地を調べる、またその道順を確認する時だと推察された。そのため、観光名所や目印となる建物から移動する際に散策が行われる可能性が高いと予想されるため、地図上における観光名所や目印となる建物の表記を見やすくし、次の目的地を調べやすくするといった工夫が必要であると感じた。また地図上にコースを設置しているものもあったが、コースを設けることで次の目的地を設定しやすくなる反面、人々の移動をある程度限定することになり、自由探索が行われにくくなる可能性が考えられる。そのため、複数のコースに分岐させる等、人々に選択肢を与える必要があるのではないかと考えられる。

まとめ・今後の展望

今後は、収集してきた紙地図を参考にして散策を誘発しそうなものとそうでないものを作成し、実際に被験者に手渡して散策を行ってもらうといった検証を行う。この検証によって人の散策行動の動機や行動原理を明らかにしていくとともに、その中で得られた気づきも参考にして現状の紙地図における散策を誘発する要因をまとめていく。

参考文献

  1. ゼンリン 地図利用実態調査2016 https://www.zenrin.co.jp/product/article/research503/pdf/material05.pdf
  2. 南部美砂子 河端里帆 「地図メディアが自由探索時の行動に及ぼす影響」 2019
  3. 仲谷善雄 市川加奈子 「偶然の出会いを誘発する観光ナビゲーションの試み」 2010