上肢障害者のための化粧道具に関する研究

提供: JSSD5th2023
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- 健常女性を対象とした既存製品を用いた評価実験


橋口颯太朗 / 九州大学大学院 芸術工学府
Sotaro Hashiguchi / Kyushu University Graduate School of Design


Keywords: Product Design, Cosmetic Therapy, disability


Abstract
   In recent years, cosmetic therapy has been implemented in hospitals and welfare facilities for the purpose of maintaining and improving the mental and physical health of patients. In this study, I analyzed existing products with the aim of clarifying the design requirements for cosmetic tools that allow both people with upper limb disabilities and people without these to apply makeup easily and effectively on their own.



背景と目的

 近年、心身機能の維持向上を目的として施設利用者が専門のスタッフの指導のもとメイクアップやスキンケアを行う化粧療法が一部の病院や高齢者施設等で実施されている。筆者はこれまで医師や病院の外来通院者数名にヒアリングを行い、病院や高齢者施設の利用者は加齢による筋力低下、片麻痺症状やパーキンソン病などの神経疾患、関節リウマチ等の上肢障害が原因で市販の化粧道具を使用した化粧行為が困難なケースが少なくないことを確認した。また、池山ら(2012)の研究では、要介護女性は全体の2割程度しか化粧をしておらず、化粧をやめた理由として片麻痺など身体機能の低下が最も多く挙げられたことが報告されている[1]。一方、化粧を化粧療法において参加者が使用する道具に焦点を当てた研究や身障者を考慮した製品はほとんど無く、また特に化粧品製剤を顔面に塗布する道具は1960年頃からあまり変化がないと記載している文献もある[2]。以上から、上肢障害者を含めたより多くのユーザーにとって使いやすい化粧道具をデザインすることは大きな潜在的ニーズがあると考えられる。本研究は上に列挙した症状を持つユーザーを上肢障害者と定義し、上肢障害者を含めたより多くのユーザーにとって使いやすい化粧道具のデザイン要件を明らかにすることを目的とする。


研究の方法

図1.実験に用いた化粧道具 左端:形状A(アイライナー)、右側から3つ:形状B(アイブロウ、アイラッシュ、アイシャドウ)、大きさ比較のための一円玉(2cm)

 本稿では、健常女性(N=4、21~22歳) を対象に実施した上肢が不自由なユーザーをターゲットとして開発された化粧道具に対する評価実験について述べる。Guide Beauty社[3]の化粧道具(アイライナー、アイブロウ、アイラッシュ、アイシャドウ)(図1)をそれぞれ柄部分の形状によって2つの形状A・Bに分類し、被験者はそれらを実際に手に取って観察した後、事前に用意した37個の質問項目が記載された評価シートに1.そう思わない、2.あまりそう思わない、3.どちらともいえない、4.ややそう思う、5.そう思うの5段階評価で回答した。この際、被験者の発言内容も記録した。被験者は最初は化粧道具に関する情報を一切伝えられずに観察し、観察開始の5分後に使い方などの情報を伝えられた後、引き続き観察および評価シートの記入を行った。評価方法はユニバーサルデザインの7原則及び3つの付則に基づいた評価方法であるPPP(Product Performance Program)[4]の評価項目を一部改変したものを使用し、評価シートの回答を1→0点、2→10点、3→20点、4→30点、5→40点に換算して原則及び付則ごとの平均値をレーダーグラフに可視化した。


結果

図2.PPPに基づいた健常女性による化粧道具の使いやすさ評価

 形状Aに関して、全項目の平均得点は19.3点であった。また最も平均得点が高かった項目は「原則1 誰もが公平に使える」で26.9点、最も平均得点が低かった項目は「原則3 使い方が簡単で明確に理解できる」で10.0点あった。  形状Bに関して、全項目の平均得点は25.6点であった。また最も平均得点が高かった項目は「原則4 複数の感覚器官を通して情報が理解できる」で32.5点、最も平均得点が低かった項目は「原則7 使いやすい大きさや広さが確保されている」、「付則1 長く使えて経済的である」、「付則3 人体や環境にやさしい」でそれぞれ20.0点であった。  形状AとBのチャートを比較すると、同値であった付則3以外のすべての項目および平均得点で形状Aが形状Bを上回るという結果が得られた。特に顕著な差が表れたのは「原則2 さまざまな使い方ができる」、「原則3 使い方が簡単で明確に理解できる」、「原則4 複数の感覚器官を通して情報が理解できる」の3項目であり、いずれも10点以上の差があった。一方、比較的差が小さかったのは「原則1 誰もが公平に使える」、「原則7 使いやすい大きさや広さが確保されている」、「付則1 長く使えて経済的である」、「付則2 品質が優れていてかつ美しい」、「付則3 人体や環境にやさしい」であり、3点以下の差にとどまった。(図2)

考察

 結果の比較から、総合的に形状Bの方が健常女性から見たユニバーサルデザイン的な評価は優れているとみなすことができる。特に顕著な差が表れた3項目はいずれもユーザーの道具に対する認知や道具を使用する文脈に関する項目であり、特殊な使用方法を前提としており柄部分およびアプリケーター(先端部分)を含む外観全体が特殊で見慣れない形状をした形状Aは顔面のどの部分の化粧道具なのか、またどのように把持し使用するものなのかという情報が道具そのものからうまく伝達されなかった可能性がある。一方、形状Bは柄部分は特殊な形状をしているものの、アプリケーターはそれぞれ一般的で見慣れたものが備え付けられており、化粧部位や把持の方法の連想が比較的容易だったのではないかと考えられる。単に目的とする化粧行為を達成させるだけではなく、化粧道具そのものが把持の仕方や使用方法を伝達する媒体となるようなデザインが望ましいと考えられる。形状A・B間の差が比較的小さかった項目のいくつかは20点前後であったが、これは被験者の質問に対する平均的な回答が「3.どちらともいえない」に収束していると見なすことができる。従ってこれらの項目についてもより高い評価が得られる化粧道具のデザインを考えることが望ましい。


まとめ

 本稿では上肢障害者を含むより多くのユーザーにとって使いやすい化粧道具のデザイン要件を明らかにするための調査として実施した、健常女性を対象とした既存の製品の評価実験について述べた。その結果、ユーザーの認知や使用の文脈を考慮することがデザイン要件として重要であり、化粧道具そのものが把持の仕方や使用方法を伝達する媒体となるようなデザインが望ましいという考察を得た。一方、執筆段階では被験者数が少なく、統計的な妥当性は得られなかった。しかし、研究を進めていくにあたり有益な多くの知見を得ることができ、今後に活かしていけるものであると考えている。  また、今回の調査では上肢障害者ではなく健常女性を対象に実施したが、上肢障害者のユーザーの症状は後天的なものであるケースも多く、元々は健常者として日常的に化粧の習慣があった方も多い。すなわち、化粧や化粧道具に対しての知識や経験は健常者とあまり変わらないため、認知や文脈という観点においてあまり上肢障がい者を特別扱いするべきではないと考えられる。そのため、上肢障害者だけではなく同時に健常者に対しても使い方が分かりやすく使いやすい化粧道具のデザインを進めていくことは間接的に上肢障がい者にとっても分かりやすく使いやすい化粧道具をデザインすることに繋がるのではないだろうか。


参考文献・参考サイト

  • [1].高齢者に対する化粧療法プログラムによる心身改善効果(2012) 池山和幸ほか 人間生活工学 Vol.13
  • [2].特表2021-518793 日本国特許庁
  • [3].Guide Beautyホームページ https://www.guidebeauty.com/ (2023年10月12日 閲覧)
  • [4].ユニバーサルデザインの教科書 第3版(2015) 中川聰 日経BP社