利用者・トーク:Inoue.ko

提供: JSSD5th2023
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近年、地方都市における中心市街地には、空地や空き店舗、空きビルといった低 未利用地が増加しており、これらの存在が都市の健全なサービス機能を喪失させて いる。こうした状況を改善し、将来に向けた持続可能な都市をつくるためには、低 未利用地を有効活用することで都市の機能を活性化させることが重要である。  これまで、芸術的側面から低未利用地を活用した研究として「地方都市中心市街 地におけるデザイン・アートワークの役割」(遠藤 2016~18)があり、長岡市の賃貸 したビルをセルフリノベしてつくった拠点「プリン長岡」において、デザイン・アー ト活動を試行的に実施し、運営やプログラム内容など多くの課題を指摘している。 一方で、こうした活動は地域において新たなコミュニケーション創出に繋がったと 考えられるが、実際にどのような効果があったかはほとんど言及がされていない。  本研究では、筆者が携わった 2022 年 12 月 5 日~ 16 日に行われた「天神アート プロジェクト」を事例に、市街地における低未利用地の活用方策として、アートを 通じたコミュニケーション創出の場づくりによる効果を、来場者への定性調査に よって明らかにし、今後の土地有効活用の可能性について考察を行う。

プロジェクトが実践された福岡市天神は、2015 年より「天神ビックバン」と呼 ばれる大規模な再開発が行われており、まちの大変革の渦中にある地域である。こ うした中、老朽化したビルの建て替え作業に伴い空きスペース等の低未利用空間が 発生しており、会場となった明治通りに位置するオフィスビル「福岡天神センター ビル」もテナントの移転によってかなりの低未利用空間が目立つ建物であった。  本プロジェクトは「天神明治通り街づくり協議会 (MDC)」による天神中心部にお けるオープンスペースの将来的な有効活用を見据えた実証実験イベント「天神明治 通りテラス」の第2弾として発足し、ビル 1 階の空き区画をアート空間として転用 することで、学生・来街者・就業者間のコミュニケーション創出を目的の1つとした。

空間創出は、九州大学芸術工学府・学部の有志の学生によって行われた。該当の 区画が直前まで銀行として使用されていたという土地の文脈や、福岡・天神の歴史 的背景に着目し、サイトスペシフィックアートとして、「街と人に思いを馳せる」 というコンセプトのもと、絶えず移りゆく天神の中で過ごす来街者や就業者が、「あ りのままに立ち返る、街と自分との関係性を捉えなおす」きっかけとなる空間づく りを目指した。また、展示作品の形態については、鑑賞型・体験型・参加型といっ た異なる形式から来場者に総合的なアプローチができるように、合わせて 10 個の 作品を展開した。

 鑑賞後の来場者に任意でヒアリング調査を行うとともに、来場者参加型ワーク ショップ作品に、展示の感想を書くことが出来る自由記述欄を設け、展示終了後に 記録を行った。

10 日間の展示期間中に 373 名の来場者が記録され、そのうち来場者参加型ワー クショップ作品への参加者は 141 名 (38%) であった。以下、実際に記録された来場 者の声をもとに、本プロジェクトの効果について考察を行う。  「都心の中に時間を忘れるようなアート展示があるのは、良かった(30 代男性)」「天 神にこういう文化的な施設がもっと増えてほしい ... !アートにもっと触れたい(20 代女 性)」という声からは、都心部におけるアートスペースの増加が期待されていること、さ らに「展示スペースではないがゆえの良さ・伝わってくるものがあった(40 代男性)」 という指摘から、美術館・博物館とは異なる、場の特殊性を活かした空間創出が評価さ れたことが分かる。  「作品に触れると、日常風景がほんの少し違って見えてきて、新しいものに出会えるの で、面白いです(20 代女性)」「天神という街がそこにいる “人” がいて初めて成り立つ のだという当たり前のことに改めて気付かされた(20 代男性)」という意見からは、日 常生活へのポジティブな変化、また「天神の今と昔について今の天神を見つめるきっか けになりました(20 代男性)」「生まれ育った街がどう変っていくのか不安だけど、楽し みでもある(30 代女性)」「福岡の事(住んでる町のこと)もうちょっと知りたくなりま した(20 代女性)」という語りからは、展示を通して街の歴史的背景や流れに関心をも つことができ、街そのものと自身の結びつきの構築・再認識につながったことが伺える。  「昔銀行時代に働いていた建物が気になって来てしまった。当時の様子を妻とあれこれ 思い出して話しながら回った(60 代男性)」「普段関わることのない芸術を専攻する学生 と話が出来ておもしろかった。将来が楽しみ(40 代男性)」という内容からは、本プロジェ クトを通じて来場者・関係者間に新たなコミュニケーションが生み出され、ポジティブ な効果をもたらしたことが分かった。  以上から、本プロジェクトにおけるコミュニケーション創出の場づくりは低未利用空 間の活用方策として有効であったと考える。

本研究では、都市の中心市街地における低未利用地の活用方策に関して、コミュニケー ション創出の場づくりの観点から検証を行った。今回は発足から終了までおよそ 3 か月 という短期的な実証実験であったため十分な広報が行われなかったが、今後も地方都市 においては、再開発だけではなく少子高齢化や産業構造の変化などの影響によりますま す低未利用地が発生・増加すると考えられるため、定期・継続的な開催など長期的な目 線での検証が必要であり、そのためには広報が重要である。

〈参考文献〉 遠藤良太郎ほか「地方都市中心市街地におけるデザイン・アートワークの役割(その1 ~その3)」長岡造形大学紀要第 14、15、16号