映画監督クエンティン・タランティーノの引用を元にした作品構築に関する研究

提供: JSSD5th2023
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稲垣優亜 / 九州大学大学院芸術工学府
Inagaki Yuua / Graduate School of Design, Kyushu University 


Keywords: Product Design, Visual Design 


Abstract
This study focuses on the feature films of filmmaker Quentin Tarantino (1963- ), analyzing their themes, screenplays, and editing in detail to reveal Tarantino's unique characteristics of a creator, which draws on other visual works to construct his films, and the effects of this style.



背景と目的

 映画監督 Quentin Tarantino(1963- )の長編映画監督作品全10作(『Reservoir Dogs(1992)』『Pulp Fiction(1994)』『Jackie Brown(1997)』『Kill Bill: Volume 1(2003)』『Kill Bill: Volume 2(2004)』『Death Proof(2007)』『Inglorious Basterds(2009)』『Django Unchained(2012)』『The Hateful Eight(2015)』『Once Upon a Time in... Hollywood(2019)』)を研究対象として、そのテーマ、脚本、編集について綿密な分析を行い、他の映像作品を引用して映画を構築する、タランティーノ独自の作家性、またその効果について明らかにする。

研究の方法

 映画における文法を説明するのに、映画を「ショット」という映像の最小単位に分解したうえで、ショット内の構成やショットとショットのつながりかたを調べる分析方法は、「ショット分析」とよばれる。[1]他の映像作品からの引用がタランティーノの映画作品、またはその要素にどのように作用するのか、ショット分析を中心に、タランティーノの映画作品と引用した作品を比較しながら考察する。

考察

 ここではタランティーノ監督作品第8作目の『The Hateful Eight』を題材として、引用の仕方、またその効果について考察する。

 『The Hateful Eight』は南北戦争後のアメリカ西部の山岳地帯が舞台である。8人の嫌われ者たちが猛吹雪を回避するために避難した紳士服装飾店という小さな店で密室劇が始まる。8人には、賞金首と賞金稼ぎ、南北戦争において北軍と南軍、白人と黒人などそれぞれ対立するような関係性が内在している。その8人の中でも対立関係が顕著なのが、黒人で北軍だったウォーレンと白人で南軍の将軍だったスミザーズだ。ウォーレンがスミザーズの息子を殺害したことを告白する場面では、ウォーレンがスミザーズの息子を素っ裸にして雪原を歩かせる[2]回想のカットが挿入されるが、これは『The Good, the Bad and the Ugly(1966)』から引用されている。[3]2つの作品は狙われていた立場の者が、優勢となって、狙っていた立場の者を、劣勢に立たせるという同じ構造となっているが、『The Good, the Bad and the Ugly』では、その後の物語の最終的な展開として、両者は和解のような形で決着しているのに対し、『The Hateful Eight』では、ウォーレンはスミザーズの息子をいたぶって殺害する。引用元の展開を裏切る形に、『The Hateful Eight』の物語を展開することで、黒人であるウォーレンと白人とには深い溝があり、その関係は修復が絶望的であることを浮き彫りにしている。

 前述の引用元の展開を裏切る『The Good, the Bad and the Ugly』からの引用例と対比して、その引用元の展開を踏襲することで、物語により説得力を与えている引用例を、『The Hateful Eight』の物語終盤でウォーレンと元南軍兵士のマニックスが一緒に賞金首ドメルグの首を吊るすシーンから考察する。このシーンでは、タランティーノ自身の作品『Reservoir Dogs』から引用している。[4]『Reservoir Dogs』の物語最終場面で、熟練の犯罪者を演じるハーヴェイ・カイテルと犯罪組織に潜入操作していた刑事演じるティム・ロスとの、本来は敵対する立場の者同士の間に生じてしまった情のせいで、ハーヴェイ・カイテルがティム・ロスへの恨みと人情の間で葛藤し、結局は引き金を引けなかったシーンを引用しており、南北戦争では北軍であり、ひどく白人を憎んでいる黒人のウォーレンと南軍のために犯罪行為を行なっていたマニックス略奪団団長の末息子である白人のマニックス、この両極端な立場の2人が、物語を通して、築いた関係性を、『Reservoir Dogs』のシーンを引用することでより強調している。

まとめ

 前述の『The Good, the Bad and the Ugly』から引用した、引用元の展開を裏切る引用の仕方で、登場人物の対立する関係性を強く引き立てたり、『Reservoir Dogs』からの引用のように、物語の展開を肯定的に強めるなど、適切なシーンの引用を行うことで、物語と引用元の二つの層を作り出し、説得力と深みを与えている。

脚注

  1. 今泉容子, 2019, 〔改訂増補〕映画の文法-日本映画のショット分析, p.11, 彩流社
  2. ウォーレンには南軍から5000ドルの賞金が懸けられた。スミザーズの息子はそれを狙ってやってきたが、逆にウォーレンから返り討ちにあった。
  3. 『The Good, the Bad and the Ugly』は賞金稼ぎ、殺し屋、賞金首の3人の男たちが隠された20万ドル相当の硬貨をめぐって、裏切ったり、痛めつけたりと互いに出し抜き合う。物語中盤、一歩リードした賞金首によって賞金稼ぎが灼熱地獄のような砂漠を歩かされるシーンがあるが、そこから引用されている。
  4. 『Reservoir Dogs』は8人の悪党がダイヤモンドの卸業者を狙った強盗計画を企て、実行する。しかし、現場には警察が待ち伏せしていて、ダイヤモンドの強盗という目的は達成するが、悪党側に死傷者が出てほぼ壊滅状態に陥ってしまう。悪党らは、現場で警察が待ち伏せていたことから、8人の中に警察関係者が紛れ込んでいると疑心暗鬼になっていく。

参考文献・参考サイト

  • 今泉容子(2019), 〔改訂増補〕映画の文法-日本映画のショット分析, p.11, 彩流社