鉄道車両における外観グラフィックが与える印象の研究
- 鉄道利用経験のある20代男女を対象とした通勤型車両におけるグラフィック要素に関する調査から -
- 川崎大雅 / 九州大学大学院 芸術工学府芸術工学専攻ストラテジックデザインコース
- Kawasaki Taiga / Graduate School of Design, Kyushu University
- 迫坪知広 / 九州大学大学院芸術工学研究院
- Sakotsubo Tomohiro / Kyushu University
Keywords: Industrial Design, Graphic Design
- Abstract
- This study aims to identify the specific elements in the exterior design of rolling stock that appeal to viewers, using Kansei Engineering to understand the impressions they create. The study also examines how one's experience with trains affects their evaluation. To accomplish this, researchers developed a VR application to simulate the train-viewing experience and assessed it through VR goggles. The study addresses the lack of objective criteria for evaluating design and emphasizes the need for a better understanding of the visual aspects of commuter railcar design.
目次
背景
鉄道車両の外観デザインは、「案内サイン」「車両特性の表現」「営業運転地域の表現(地域性)」「事業者ブランド」「時代性の反映」といった視点から、デザイナーなどにより鉄道車両の利用を促す人々に好まれるデザインがなされている。そして、外観デザインを沿線地域の住民投票で決定するなど、地域参加型のデザインの機会が増えてきている。[1]
また、駅ホーム上では、鉄道の先頭車両を見たり、一緒に写真を撮る観光客や親子連れをみることがあるが、多くの場合、好奇心に満ちた生き生きとした表情を見て取れる。そこには、「旅の記念(記録)」以上に、鉄道車両から人々の感性への訴えかけがあると考える。しかし、鉄道車両外観デザインのどのような要素が、感性に訴えかけているのかを分析した研究は少ない。鉄道車両の外観デザインは多くの人の眼に触れる事が想定されるため、デザインの評価手法の構築や、外観の要素と印象の関係の体系を明らかにする事が重要と考える。
目的
本研究では、鉄道車両外装デザイン要素が、人々に何らかの印象をあたえているという前提に立ち、どのような要素が、どのような印象を与えているのかを明らかにすることを目的とする。
研究の観点
エモーショナルデザインについて
本研究では、ドナルド・A・ノーマン(認知心理学者)が提唱した、「日常生活の製品において、役立つこと、使いやすいこと以外に、人が情動を感じることが重要である」という考え[2]に基づき、エモーショナルデザインの観点から研究を進める。
感性工学について
本研究では、エモーショナルデザインを「感性工学」の手法で研究する[3]。 感性工学とは、「人が製品やサービスに接したときの感情を数値化して的確に把握し、魅力的な設計を行うための学問および手法」のことである。 既存の車両をサンプルとして感性評価を行うことで、鉄道デザインに対する評価構造を科学的に解き、潜在的な要素を明らかにする。
研究対象
鉄道車両における外観グラフィックを研究対象とする。
研究当初は、鉄道車両の外観デザインの2大要素として考えていた「造形」と「グラフィック」の双方を扱いたいと考え、「在来線を走行する車両(特急型、通勤型)」を調査で扱った。
しかし、感性評価を行う上で評価ワードを一定数に抑えるため「国内大手鉄道事業者の最新の通勤型車両」へと途中で変更した。
さらに、「通勤型車両を模した同一造形に対して、国内大手鉄道事業者の最新の通勤型車両のグラフィックを適用した調査用の車両イメージ」を制作することで、「通勤型車両外観」の「グラフィックデザイン」の調査を行えるよう工夫した。
研究方法
1.文献調査(エモーショナルデザインや感性工学の先行研究、鉄道車両の外観デザイン事例の整理)
2.予備調査(イメージカードを用いた評価ワードの抽出、通勤型車両における評価)
3.本調査(VRアプリを用いた感性評価)
4.調査結果の整理と分析
5.評価実験(分析結果を応用し意図通りの評価を得られるかを検証)
予備調査1(評価ワードの抽出)
調査A
調査目的
鉄道車両の外観デザインの全ての要素(造形、グラフィック)を含めた評価ワード候補の抽出を目的とした。
対象とする車両サンプル
サンプルとした鉄道車両は研究者の最寄りのターミナル駅である博多駅で撮影可能なJR九州の特急型車両と通勤型車両20種類とした。(図1)
調査方法
実際に撮影した鉄道車両の画像から車両部分のみを切り取り、A5サイズで印刷したイメージカードを用いた。
感性評価に必要な評価ワードの抽出を行うため、イメージカードを被験者に対して提示しラダリング手法を使い評価ワードとなるイメージワードと直表現ワードを収集した。
調査手法・ラダリング法について
ラダリング法は、複数種類のサンプル車両のカードから5種類ずつ好きなサンプル・好きでないサンプルを選んでもらい、その理由を掘り下げていくことで評価ワードとなるイメージワードと直表現ワードを被験者から引き出していく手法である。
ラダリング法の具体例
調査者:なぜこれが好きですか?
被験者:高級感がある 〈→イメージワード〉から。
調査者:どこに高級感を感じますか?
被験者:全体が1色 である〈→直表現ワード(認知部位)〉ところ。
調査者:他の理由はありますか?
被験者:色合いが深い〈→直表現ワード(認知部位)〉と思うから。
被験者
20代の大学生・大学院生5名
調査結果
感性評価を行うための「評価ワード」が約100組を超えて収集された。
しかし、次の段階で行う多変量解析を実施する際にたくさんの車両サンプル数を用意する必要があり、研究が現実的でないと判断し、研究対象の絞り込みを行うこととした。
そこで、本研究の対象は鉄道車両の外観デザインのうち、グラフィック要素を対象とすることとした。
本研究におけるグラフィック要素とは、塗装や灯具(ライト)、前面のガラスで表現できる色や形、質感、シルエット(車両そのものの形状以外の要素)を指すものとする。
調査B
調査目的
鉄道車両の外観デザインのグラフィック要素の評価ワード候補の抽出を目的とした。
対象とする車両サンプル
鉄道車両のうち通勤型の車両を対象とした。造形の要素が少なく、形状が直方体に近いため、グラフィック部分に着目した調査がしやすいと考えたためである。 調査に用いる車両サンプルは、地域性やデザイナーの違いなどによるデザインの偏りを減らすため、日本国内のJR6社と大手民鉄16社の最新型の通勤型車両を選定した。 ※大手民鉄とは、国土交通省の資料「鉄軌道事業者一覧」に記載されている鉄道事業者[4]。 ※最新型の通勤型車両の情報は、各社のHPでニュースリリースされている最も新しいものを参照した。(2023年10月5日時点)
調査方法
鉄道車両事業者各社のプレスリリースに掲載された鉄道車両22種のCG画像から車両部分のみを切り取り、A5サイズで印刷したイメージカードを用いた。(図2)
感性評価に必要な評価ワードの抽出を行うため、イメージカードを被験者に対して提示しラダリング手法を使い評価ワードとなるイメージワードと直表現ワードを収集した。
被験者
20代の大学生・大学院生5名
調査結果
ラダリングで集められた評価ワード(約300個)を共同研究者2名で近似の評価ワードを集約・分類し、直表現ワード(認知部位)を12アイテム、イメージワードを19組を選定した。(図3)
予備調査2(評価ワードを用いた感性評価の実践)
調査目的
20代の若者が鉄道車両のグラフィックデザインをどのように評価しているのかを明らかにすることを目的とした。
調査方法
20代の被験者を対象とし、既存の車両サンプルについて予備調査1で選定した評価ワードに対してSD法基準の評価を実施した。
予備調査2では、一定の属性の回答者を広く収集するためインターネット調査サービス「Freeasy」を利用した。
仮説と被験者のスクリーニング
本研究で明らかにする、「人々に何らかの感性に訴えかける鉄道車両外観デザインの要素」における「感性」は、個々人の経験に左右されるものである。年齢を重ねるにつれて、涙もろくなるのはその代表的な事例である。他方、小さな子供が鉄道を見た際に喜ぶ様をみると、限られた経験でも、「感性」に訴えられることを否定できない。
つまり、鉄道の利用経験の有無により、「感性」に訴える鉄道車両外観デザインの要素が異なることが考えられる。
上記のことから、本調査では、第一に鉄道を利用できる環境と考えられる、鉄道利用率が全国平均より高い8都府県の20代の男女に被験者を限定し 、第二に鉄道利用の有無で分けて調査結果を分析できるよう、鉄道利用頻度で事前に1000人に対しスクリーニング調査を行った。
同時に、グラフィック要素において、色情報は大きな意味があると考え、色覚異常のある人も被験者から除外した。
スクリーニング調査の回答者のうち、鉄道利用頻度が「週4-5日以上利用する」「全く利用しない」と回答した者各50人に対し感性評価を行った。
調査票の設計
回答負担の軽減のため、サンプル車両を調査1より厳選して調査を行った。
先述のラダリングにおいて「好ましい・好ましくない」として選ばれた回数が多かった上位の8車両を何らかのエモーショナルな要素を含んでいる可能性が高いと考えサンプルとして選定した。(図4)
選定した8車両に対し、それぞれの車両に関する経験に関して6段階、19組のイメージワードに対するグラフィックデザインの印象の評価に関して7段階(SD法)の評価の回答を得た。
調査結果
調査結果をExcelベースの解析ソフトを用いて複数種類の分析を試みた。
SDプロフィールの作成
回答結果を集計し、各イメージワードの評価値の平均値を集計し鉄道利用の経験の属性を分けてSDプロフィールを作成した。(図5)
SDプロフィールによると、鉄道を利用している人は、ほぼ全ての印象に関して強く評価していたことが分かった。
これは、普段鉄道を利用している人が車両の実物のイメージを想像しやすいからではないかと予想した。
また鉄道の利用の有無を問わず特定の強い印象を与える車両サンプルがあることから、該当のサンプル車両はかなり影響度の高いグラフィック要素を持っていることが示唆された。
主成分分析
続いて、全体の傾向を分析するため各イメージワードの評価の平均値に対して主成分分析を行った。
主成分分析において、主成分得点の散布図を作成し、評価ワードの配置関係から各軸に名称を付けた。さらに、同じ主成分の軸で8つの車両サンプルがどの位置に該当するかの散布図を作成した。(図6,7)
この結果からは、鉄道をよく利用する人に好まれるグラフィックデザインの特徴は、「少なくともカラフルではない」ということが示唆された。
一方で、鉄道を利用しない人に好まれるグラフィックデザインの特徴は、主成分分析だけではわからないことが分かった。
課題や反省点
主成分分析の次のステップとして、評価ワードとグラフィックデザインの潜在的な関係性を探るため因子分析を行う予定であったが、因子分析の実施では
説明変数(イメージワード) < 個体数(車両サンプル数)
を満たす必要があったが、調査1では
説明変数…17組 > 個体数…8個
となっていたためイメージワードの組に対して車両サンプル数が足りず、因子分析ができないことが分かった。
さらに、被験者が具体的に車両のどの部分を見て好みを判断しているのかを分析するため数量化理論I類による分析を行う予定だったが、その条件として
個体数(車両サンプル数) > カテゴリ総数(デザインの色、形状など属性の数)+1
を満たす必要があったが、調査1では
個体数…8個 < カテゴリ総数…約50個
となっていたためカテゴリ総数に対して車両サンプル数が足りず、因子分析ができないことが分かった。
研究者のミスにより、以上の条件を調査前に把握していなかったため、予定していた分析の実施が難しいことが判明した。
以上を踏まえ、以降の調査では車両サンプルを増やすことに加え、研究対象であるグラフィック要素をさらに絞って研究を進めることにした。
本調査(今後の調査)
調査目的
鉄道車両の外観デザインのグラフィック要素のうち、色面の構成が与える印象について明らかにすることを目的とする。
調査方法
VRアプリの作成
鉄道車両は比較的大きい研究対象であるため予備調査2のようにスマートフォンやパソコンの画面上で見る小さな画像の印象と実際の車両を見た時の印象が異なる可能性があり、本研究では実際の車両を見た場合の印象について考察することがより望ましいと考えた。
そこで、実際の車両を見る状況を模したVRアプリを作成しVRゴーグルを用いて感性評価を行う。VRゴーグルはOculusQuest2を使用し、またビュワーとなるアプリを現在Unityで作成している。(図8)
VRアプリを用いる利点
VRアプリを使うことで、感性評価において以下のような様々な利点がある。
・イメージ写真のような平面的ではなく立体的に見ることで、実際の車両を見る場合に近い状況を再現できる。
・ヘッドセットのトラッキング機能により、アプリ内で作成した環境を歩き回りながら車両モデルを見ることができる。
・コントローラーを使って歩き回ることができ、大きな車両の周りを歩き回らなくても車両のグラフィックを確認でき、被験者の身体的負担を減らすことができる。
・プログラムを組むことで車両モデルを動かすことができ、サンプルが動いた場合の印象も含めて評価できる。
一般の人が鉄道車両を見る際の状況の再現
鉄道は公共交通機関であり一般の利用者がしっかりと車両全体のデザインを確認する状況はそれほど起こらないと考えられる。
そこで、VRアプリ内では一般の人が自然な形で車両全体のデザインを確認できる状況を再現する。
具体的には、直線の複線の線路を挟むような2本のホームがある駅の環境を作成する。さらに、片方のホームに被験者が立ち、被験者の立っているホームとは反対側の線路に車両がゆっくりと走って向かってくるといった状況を再現する。駅は、グレーのコンクリートに点字ブロックがあるホームのみで構成されたシンプルな構造とし、駅周辺の環境は空と地面のみとして車両の評価におけるノイズを削減する。
また車両は、被験者が立っている位置から先頭部分が良く見える位置に走り停車するような動きをプログラムする。カメラの高さは、実際にホーム上で人が立って見る高さとする。
車両のグラフィックの再現
本調査1でサンプルとした車両を参考にグラフィックデザインのパターンを10数種類作成したものを一つの車体のベースモデルに反映させ、異なる色や形状を比較し印象の有無やそのレベルを測定する。
なお、シルエットに絞った調査とするため、色の数は特定の一色の単調とする。
車両のベースモデルは、日本の通勤型車両に多い車体長さ(連結面間)20000mmでドア数が3つ、狭軌の拡幅車体のものを3DCADのrhinocerosで作成する。
先頭形状は断面を切ったものの上面と側面に半径100mmのフィレットを加えたシンプルな形状とする。
グラフィックデザインの色面構成はベースモデルをrhinoceros内で分割して表現する。
感性評価の実践
VRアプリを利用し3Dモデルに対しての感性評価を20代の大学生・大学院生20名程度を対象に実践する。
本調査1で選別した19組のイメージワードに対するグラフィックデザインの印象の評価に関して7段階(SD法)の評価の回答を得る。
また、鉄道利用に関する経験の属性について合わせて調査する。
被験者の負担を最小限にするため、SD法の評価の回答をアプリ内でできるようなアプリ設計を検討している。
調査結果の整理と分析
回答結果を集計し、各イメージワードの評価値の平均値を集計しSDプロフィールを作成する。
続いて、各イメージワードの評価の平均値に対して主成分分析を行い、20代の大学生に好まれるグラフィックデザインの特徴を把握する。
また、因子分析を行い評価ワードとグラフィックデザインの潜在的な関係性を探る。
さらに、数量化理論I類の手法で被験者が具体的に車両のどの部分を見て好みを判断しているのかを分析する。
これらの分析により、潜在的な印象の要素について考察、推定する。
また、予備調査2で実施した平面的なイメージサンプルを使った感性評価と結果を比較し、実際の車両のイメージに近づいたことで評価がどのように変化したかを考察する。
評価実験
分析・考察した要素を応用し、特定の印象をグラフィックデザインとして表現した場合に意図通りの感性評価を再現できるかを検証する。 検証結果に基づき、前章の調査結果の分析の妥当性について考察する。
脚注・参考文献・参考サイト
- ↑ 仙台市交通局「仙台市営地下鉄南北線新型車両デザイン投票結果」https://www.kotsu.city.sendai.jp/subway/namboku_newdesign_kekka.html (2023年10月5日閲覧)
- ↑ ドナルド・A・ノーマン,エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために,新曜社,2004,376p
- ↑ 橋田規子,エモーショナルデザインの実践:感性とものをつなぐプロダクトデザインの考えかた,所版,オーム社,2020,256p
- ↑ 国土交通省「鉄軌道事業者一覧」https://www.mlit.go.jp/common/000229116.pdf (2023年10月5日閲覧)