駅構内における子供の利用のために必要な情報デザインについての研究
- 日髙耀 / 九州大学 芸術工学府 芸術工学専攻 人間生活デザインコース 修士2年
- Hikaru HIDAKA / Kyushu University
Keywords: Sign Design, Community Design
- Abstract
- The purpose of this research is to classify the problems that elementary school student who commutes by using the station, and to clarify the issues and requirements for commuting safely. I first conducted a survey of existing research, then an interview survey to understand the issues. From these, it was suggested that creating an environment in which children can more easily rely on station staff is one of the key words for children to use stations safely.
目次
背景と目的
近年、保護者や児童生徒の多様なニーズに応えるための学校選択制の小学校の通学区域のブロック化や中学校の自由選択制など、学校選択の多様化が進み、義務教育段階で居住地域から離れた場所の学校を選択するケースが存在する。これに伴い、義務教育段階の子供の通学形態も多様化し、小学生であっても電車通学を行うケースも見られるようになった。小学校入学をきっかけに電車通学を始める子供には、通学時にはさまざまな困難が予想される。特に、通学を始める小学校入学の時期には、多くの子供は漢字については未習熟であるが、駅構内の表示の多くが漢字や英語で書かれている。また、ピクトグラムにおいても、子供(9歳以下)の理解度を調査せずに設計されており[1]、特にトラブル発生時等は子供にとっては、駅構内で掲示されている情報のみで対応することには困難が生じることが予想される。
そこで本研究では、日常的に駅を利用する電車通学を行う小学生が抱える駅利用の課題とその対策について調査し、調査から得た要素を分析することで、子供の安全な駅利用のために求められているものについて考察することを目的とする。
研究の方法
研究を行うにあたりインターネット検索により小学生の電車通学について、どのような困りごとや対策が存在するのか調査する。 次に、インターネット調査で注目した「小学生から電車通学を行う場合に、こどもは駅構内の文字を読むことができない」という点について、駅構内の表記の観察調査、書籍及び論文の既往研究調査を行い、駅構内のサインデザインと子供との関係性と課題を考察する。 既往研究からの考察をもとに、小学生の頃に電車通学をしていた人、電車通学を実施している福岡県内の小学校の先生、福岡市交通局の職員に対してのインタビュー調査を実施し、実際に子供の駅利用の現状と抱える課題について把握する。 次にインタビュー調査を経て注目した「こども110番の駅」に関して取り組み内容と認知度について探るため、小学生の頃に電車通学をしていた人(3名)、「こども110番の駅」を運営している日本民営鉄道協会に対してのインタビュー調査、「こども110番の駅」取り組み実施駅を日常的に利用するユーザーに対しての「こども110番の駅」についてのアンケート形式による認知度調査、及び、取り組み実施駅での取り組みの様子についての観察調査を実施する。 これらの調査から得た要素について問題との整理と可視化を行い、子供の安全な駅利用に求められていることについて分析する。
既往研究調査の結果
インターネット検索により、小学校から電車通学を行う場合、子供は駅構内の表記を読むことができないという意見が見られた[2]。福岡県内のいくつかの駅で観察調査を行ったところ駅構内の表記は漢字や英語が多く、JISに規定された駅構内のピクトグラムにおいても子供(9歳以下)の理解度を調査せずに設計されている[3]。特にトラブル発生時等には子供にとっては、駅構内で掲示されている情報のみで対応することには困難が生じることが予想される。駅構内の利用に関する既往研究では、ホーム上での酔客対策や歩きスマホに関する研究などがあるが[4]子供の駅利用に対して言及されている論文は少ない。よって、子供が通学や習い事のために単独で駅を利用する際のトラブルへの対応には困難が予想されるにもかかわらず、どのような問題や課題が存在するのかが明らかになってないと考えられる。 そこで、本研究では日常的に駅を利用する電車通学を行う小学生が抱える駅利用の課題と対策について調査し、調査から得た要素を分析することで、子供の安全な駅利用のために求められているものについて考察することを目的とする。
子供の駅利用が抱える課題についてのインタビュー調査結果
小学生の駅利用の実態を把握し、子供の駅利用が抱える課題について調査するため、小学生の頃に電車通学を行っていた20代女性、電車通学をしている児童が多く在籍する福岡県内の小学校の先生、小学生の通学利用がある福岡市交通局の職員に対してインタビュー調査を実施した。インタビュー調査から得られた主な意見について以下に示す。
小学生の頃に電車通学を行っていた20代女性から
- 乗り過ごしをすることはあまりなかった。
- 通学路の教えられ方についてはあまり明確には覚えていないが、「2個」というのをすごく覚えているので、「おそらく2つ目で降りる」のように教えられていたのではないかと思う。
- 列車内のアナウンスで降りるタイミングを把握していた。
- 知らない大人に話しかけられることが怖かった。
- 困った時には駅員さんに頼りなさいとはかなり言われていた。
- 乗り過ごした際には反対側の電車に乗れば戻ることができることはなんとなくわかっていたため、自力で戻っていた。
- 当時は駅ごとにホームの色味があると感じており、乗り過ごしをしてしまい引き返している際には、ホームの色味と景色を見ることで降りる駅を把握していた。
福岡県内の電車通学を実施している小学校の先生から
- 登校時間はピーク時ではないものの、満員電車と被ることも多々あると思う。
- 電車通学をしている児童のほとんどはキッズケータイを持っている印象がある。
- 3ヶ月に1度、安全強化週間として通学路の要所(駅構内も含む)で見守り活動を行う。この際に危険箇所を見つけて共有を行う。また、緊急時や危険が予想される場合にも同様に見守り活動を行う。
- 下校マナーの指導に関しては主なものは保護者に任せている。
- 校門を通過した際に保護者の方にメールが届くシステムを採用しており、オプションでGPSをつけることができるが、多くの家庭がGPSを取り付けている。また、このGPSは保護者の方だけが確認できるようになっている。
- 通学練習をしっかり行うよう保護者の方に伝えており、1〜2ヶ月の期間で練習する過程が多いように感じる。このとき、視覚情報で子供に伝えることができるよう通学路の写真や映像を残すように推奨している。
- 乗り間違えや乗り過ごしによりどこかの駅へ行ってしまい、学校側に連絡が来る事例は年に1〜2回ほど発生する。
- 定期を無くしたり、学校におき忘れたりなど小さなトラブルもある。
- トラブル時には公衆電話で保護者へ電話をかけたり、駅員さんに事情を伝えたりすることができるよう指導はしているが、実際はそううまくいかず、駅員さんが制服から判断して学校へ電話をかけてくることが多い。
- 満員電車で降りることができないケースは多々あると思う。しかし、そのような場合でも多くの児童は自力で戻ってくるため問題になることがあまりない。遅刻などがあった場合に、児童へ遅れた理由を聞くなどして初めてそういう事実を知る。
- トラブルの全てを把握し切ることはできないため、把握していないトラブルもたくさんあるのではないかと思う。
- 周囲の利用者から「ランドセルが邪魔」や「かわいそう」とご意見をいただくこともある。また、マナー面など子供自身が判断に迷うケースで苦情が来てしまう場合もある。
- 電車通学を考慮して、駅構内でよく使用される漢字などを教えるといった、学習面での特別な教育は行なっていない。
福岡市地下鉄の職員から
- 小学校低学年の単独利用はあまりみない。確かにいるにはいるが、多くは通学利用のため、そのような子供は乗り慣れており、そこまで迷うといったことがないのではないかと思う。
- 運行上のトラブルなどがあった際にも意外とすんなりいっているイメージがあり、「ちゃんとわかっているな」「かしこいな」と思うことが多い。
- 何人かの駅員に聞き取りをしたが、子供からわからなくて聞きにくるということはあまりないとのことだった。
- 定期関連のトラブルで窓口に言いにくることはある。こちらからあたふたしている子供をみて声をかけたこともあるが、子供本人から駅員に言いにくる場合がほとんどだった。
- 子供の安全な駅利用のための取り組みである「こども110番の駅」は、駅をいざというときに駆け込んでもらう場所とする取り組みで、ステッカーを窓口の方に掲示して親御さんや子供達に周知してもらうようにしている。実際に保護をしたケースもある。しかし、周知活動においてはステッカーを窓口に掲示することにとどまっており、どれだけの人に知ってもらっているかは分からない。本当に何かあった際に駆け込んでもらうためには、保護者の方や周囲の大人がこの活動について知ってもらうことが大切だと思う。取り組みとして行なっている以上は周知し、何かあった時には来てほしいと思う。
- 子供が満員電車で乗り過ごす場合があることは知らなかった。やはり、窓口に届いてこないトラブルはあるのではないかと思う。
- 小さな子供の単独利用を見かけた場合にはその動向を注視するようにしている。
- あいさつを中心に子供からも話しかけやすい雰囲気づくりを心がけている。
- スマートフォンなどあり、以前に比べて、他のところに目を向けられていない利用者が多いように感じる。周囲の利用者には、「普段気にもしていないようなことが意外と子供にとっては危ない」ということを気にかけてほしいと個人的には思う。
- 子供本人や保護者の方には、何かあれば迷わず駅員を頼ってほしいと思う。駅員は思ったよりも身近な存在だと知ってほしい。
インタビュー調査のまとめ
調査から、電車通学をしている小学生は、忘れ物をした際には駅員に事情を説明したり、乗り過ごしをした際には「なんとなくこちらが反対方向だろう」と考察して反対方向の電車に乗り戻ってきたりなど、自らで考えてトラブルに対処していることがわかった。しかし、子供が自力で対処できてしまうからこそ駅員や教員側が、トラブルが起きていたことについて気づかないケースがあることがわかった。周囲の鉄道利用者がスマートフォンなどに気を取られてしまい駅構内にいる子供の利用者に気を配れていない場合があることや、「ランドセルが邪魔」といった小学生の駅利用に対して不満を持つ利用者がいることがわかった。
また、福岡市地下鉄では子供の安全な駅利用のために「こども110番の駅」の取り組みを実施している。この「こども110番の駅」ではステッカーを見てこどもが助けを求めてきた場合、こどもを保護し、こどもに代わって110番通報を行うなどの対応をとることや、日頃から安全・安心への配慮を心がけ、安全・安心な地域づくりに貢献するとともに、こどもにとって楽しくフレンドリーなやさしい駅を目指すことを実施内容としている[5]。今回のインタビュー調査から子供本人はもちろん、周囲の利用者に「こども110番の駅」の取り組みについて認知されていない可能性が示唆された。
「こども110番の駅」についてのインタビュー調査結果
福岡市地下鉄の職員に対して実施したインタビュー調査より、「こども110番の駅」の取り組みについてその活動目的や意図について知ったため、より詳細に調査するために、「こども110番の駅」の主体者である日本民営鉄道協会、「こども110番の駅」の活動が全国的に始まって以降に電車通学で小学校に通学していた人3名それぞれに対しインタビュー調査を実施した。また、取り組みの様子について把握するために、福岡県内の「こども110番の駅」取り組み実施駅でのステッカーやポスターなどの掲示物についての観察調査を実施した。このうち、小学生の頃に電車通学を行っていた20代女性・20代男性・10代女性のそれぞれに対して実施したインタビュー調査の主な質問と回答を表1に示す。
「こども110番の駅」についての調査結果のまとめ
インタビューから、「こども110番の駅」の取り組みについて子供本人が知っている場合と知らない場合があることや、駅員への話しかけやすさや印象にも個人差があることがわかった。日本民営鉄道協会に対して行ったインタビューでは、取り組みを実施している鉄道会社共通で行う「こども110番の駅」のキャンペーン活動等の特別な周知活動はなく、周知のための取り組みはステッカーやポスターの駅構内や窓口への掲示のみであることがわかった。福岡県内の「こども110番の駅」取り組み実施駅のうち14駅で行った「こども110番の駅」取り組みの様子の観察調査では、駅窓口にステッカーを掲示している様子が見られたが、ポスターを掲示している様子は見られなかった。
考察とまとめ
子供の駅利用が抱える課題についてのインタビュー調査では、通学中に駅構内で起きるトラブルには子供自らが考えて行動し対処していることがわかった。また、駅員に対する話しかけやすさや頼りやすさには個人差があることがわかった。 これらのことから、子供が困った時やトラブルに遭遇した場合において「駅員に頼る」ことは最も有効な解決策の1つであるがその実行のしやすさには個人差があることが示唆される。 よって、子供の安全な駅利用のためには子供がより駅員に頼りやすい環境づくりが重要であると考えられる。
また、「こども110番の駅」の取り組みの主な周知活動はステッカーやポスターの掲示のみであり、小学生のころに電車通学していた方に対して行ったインタビュー調査においても「こども110番の駅」の取り組みについて知っている人と知らない人がいることから、子供本人や周囲の利用者に「こども110番の駅」の取り組みが十分に周知できていない可能性が示唆された。「こども110番の駅」の取り組みについて、保護者や子供本人だけでなく周囲の利用者も含めて周知されることで、子供がより駅員に頼りやすい環境づくりの一助となることが考えられる。
今後の展望
既往研究調査、インタビュー調査より、子供の駅利用の課題と既存の対策について調査した。また、既存の対策のうち、「こども110番の駅」に注目して取り組み内容や実施の様子について調査した。今後は「こども110番の駅」について周囲の利用者の認知度を調査し、調査から得た要素について問題の整理と可視化を行い、子供の安全な駅利用に求められていることについて分析していく。
脚注
- 赤瀬達三, "サインシステム計画学: 公共空間と記号の体系," (2013)
- ママソレ!mamasore, 小学生でも電車通学できる?安全に登下校するために気をつけることとは, 2022-11-30, 閲覧日 2023-10-10, https://mama.chintaistyle.jp/article/elementary-school-student-commuting-by-train/
- 赤瀬達三, "サインシステム計画学: 公共空間と記号の体系," (2013)
- 森本裕二, and 和田一成, "ヒューマンファクター的観点から見た 駅のホーム安全に関する研究.", 2017
- 関西鉄道協会, and 西日本旅客鉄道株式会社, "「こども110番の駅」の取り組み開始について", 2005, 閲覧日 2023-10-10, https://www.google.com/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=&cad=rja&uact=8&ved=2ahUKEwjykrjRp-uBAxWgmlYBHSJZDP4QFnoECBAQAQ&url=https%3A%2F%2Fwww.keihan.co.jp%2Ftraffic%2Fsafety%2Fimg%2Fpdf%2F2005-03-11children.pdf&usg=AOvVaw1hwAoJs2oQULe9Luj1TeJJ&opi=89978449
参考文献・参考サイト
- 山本直史, and 岡田明. "子供の理解度に基づく警告絵文字のデザイン要素に関する研究." 人間生活工学 12.1 (2011): 45-50.
- VERY,【私立小ママに聞いた通学対策3選】登下校、放課後どうしてる?, 2022-02-10, 閲覧日 2023-10-10, https://veryweb.jp/life/294118/