- 追加された行はこの色です。
- 削除された行はこの色です。
- MANGA へ行く。
#author("2026-03-04T12:03:34+09:00;2026-03-04T12:00:43+09:00","default:inoue.ko","inoue.ko")
*MANGA
~
マンガ(comic, comics, cartoon, manga)は、狭義には笑いを意図する絵のことですが、劇画、ストーリー漫画、落書き、アニメなどを含んで幅広い領域に拡大する表現ジャンルのひとつです。
現在、日本で生まれたマンガやアニメなどのコンテンツは、世界に発信されて多くの共感を生み、結果、その聖地あるいは精神を体感すべく、世界中から多くの観光客や留学生が来日しています。
このような「共感」を前提とした人々の交流は、戦争の抑止に寄与する・・という点でも注目すべき現象です。政治家や業界はマンガやアニメを日本の経済力向上のための武器にしようと躍起になっているようですが、それでは武力戦争が経済戦争に変わっただけで、何の解決にもなりません。
日本のマンガ・アニメが持つ本当の可能性を見極めることが、人類の暴走を止める契機となりうるのではないかと感じています。
~
~
**はじめに
このページには、マンガの紹介や、技法的な話は出てきません。マンガの根底にある日本文化の話が中心になることご了承ください。
ただ、マンガ家を目指す方に気づいていただきたいのは、日本のマンガが世界に共感されている理由が、画力や構成力以前に、人類全体が探し求めている何かが日本の文化(精神)の中にあるからではないか、ということです。
私は、基本的に「日本文化」というものに大きな可能性を感じている人間です。学生時代から読み漁ってきた本の大半は、日本の文化に関わるもので、それは私の人生観に大きな影響を与えました。
ただしそれは「国家としての日本」の話ではありません。日本が好き・・というと「お前は右か?」的な印象を持たれるケースも多いようですが、私が好きなのは、縄文から続く、自然と共生する知恵に長けた日本の文化であって、地位とか国家の経済力とか、そういう文脈で語られる「日本国」のことではありません。
小学校のころから日本史の中で興味をもったのは、縄文・平安・江戸 という独自文化を成熟させたの3つの時代だけで、弥生、大和、飛鳥、鎌倉、南北朝、室町、戦国、安土桃山には、あまり興味がなく、特に明治以後(文明開化以後)、富国強兵・殖産興業が謳われた時代の流れには共感できませんでした。以下、そういう人間の独り言です。
~
~
**日本のマンガ・アニメの特徴
***文字に依存しないこと
日本人(国籍に関係なく日本語で考えている人)は、縄文の時代から長きに渡って「文明」というものと距離をとってきました。多くの文明圏では、独自の文字がつくられましたが、日本人は、独自の文字を作ることはありませんでした。漢字は借り物、ひらがなもカタカナのその派生です。日本文化の継承は、その多くを「口伝」に依存しています。
文字を読み書きするには、そのシステムを学習する必要があります。学習の機会を与えられた者とそうでない者との間には格差が生まれます。
日本に古くからある戯画、マンガは、文字に依存しないことで、すべての人に伝わるコミュニケーションの手段として継承されてきたと言えます。オノマトペも、文字を使っていますが、重要なのは「音」として感覚されることです。
//さらに言えば、共感の契機となっているのは、原著としてのマンガではなく、そのセリフを音声としたアニメ作品です。翻訳されているとは言え、海外の人々が共感するのは、音声として伝えられたセリフです。
~
***日本語(やまと言葉)で考えられたセリフ
日本史つまり「歴史」とは、そもそも「文字によって記録されたもの」のことですが、そこには縄文から続く日本的精神の一部が反映されているにすぎません。多くは、私たちが使っている言葉(音声言語)に染み付いている・・
漢字が違うから意味が異なる・・というのは後世の話であって、同じ「音」をもつ言葉は、基本的にひとつの概念であると考えるのが賢明です。例えば、和、倭、環、円 は、すべて「わ」という円環状のものを指す音です。バンド(共同体)の「和」は「環」をつくることによって成り立つ・・。どんな漢字が使われているかではなく、音でグルーピングし直すことで、その精神を見出すことが可能になるのではないかと思います。
日本列島の文化は、文字ではなく、音で育まれたもの・・。国語教育では、やたらと漢字の意味の違いを問題にしますが、それは中国文化を学んでいるのと同じです。漢字は所詮、音を文字化するための借り物にすぎません(万葉仮名を見るとわかりますが、漢字の意味とは無関係に音を代理しているだけです)。漢字を基準に言葉の意味を区分けるのではなく、「音が同じなら同じ意味だ」と考えて概念理解を再構築する・・。それが、日本人の根底にある価値観を正しく見出すための方法になると思います。
これは別の視点から言い換えると、「音読み」の言葉ではなく、「訓読み」の「やまと言葉」で考えるということです。
これは楽曲でも同じです。刺さる歌詞というのは、「訓読み」の「やまと言葉」で書かれています。同音異義語を複数持つ「音読み」の言葉では、歌詞がストレートに入ってきません。さらに言えば、audible で聞ける小説というのは、同音異義語が少なく、やまと言葉を主軸に書かれたものです。
~
***自然との共生が背景にある
日本の物語の原点にある「昔話」を見れば明らかですが、人間と動植物は同じ命あるものとして同列に並べられています。典型的なのは__[[「異類婚姻譚」>Wikipedia:異類婚姻譚]]__と呼ばれる形式のもので、人間と人間の姿をした動物との婚姻が物語の主題となります。一方、西洋の物語では、人間だけが特別な存在であるという意識が根底にあって、一見動物との恋愛に見える話も、実は人間が魔法をかけられて動物の姿になってしまっていただけ・・という種明かしでハッピーエンドとなります。
西洋文明は、自然を支配し、コントロール下に置こうとしますが(だから科学技術による成長・拡大を目指す)、日本人は、自然というものを神の恵みととらえて共生の道を歩んできました(だから必要以上に採取しない)。自然の恵みに感謝し、それをうまく生活の中に生かす・・建築や日用品などの物質的なものも含めて、その事例はいたるところに見出すことができます。
共感されるマンガの中には、そうした精神を反映したセリフが多く見出されるのではないかと思います。
~
***アニミズム
日本人には宗教心がない・・と言われることがありますが、それは他の文化圏にあるような「経典をもった宗教」がないというだけで、原始的な信仰心、つまり、あらゆるところに神(=超越的な力を持った存在)が存在するというアニミズム((アニミズムとは、人間、動物、植物、さらには石や水などの無生物に至るまで、あらゆるものに霊魂や精霊が宿っているとする思想です。))が今日まで継承されていると言えます。
アニミズムの語源、ラテン語の anima は「魂」という意味で、「魂を吹き込む」という意味の Animation にも通じる言葉です。
欧米の物語では、動物(あるいはその化身)が人間の敵役となることがありますが、日本の物語では、人間も動物も器物も、あらゆるものが混然一体となって、その展開に関わります。
「妖怪」を例にとれば明らかなように、器物に口があって話しだす・・といったことは、日本のマンガではごく普通にあることで、私たち日本人は、そのような物語を通して、あらゆるものに魂が宿ることを違和感なく受け止めています。
モノを大切にしなければバチがあたる。環境問題としてそれを教わる以前から、絵本やマンガや小説を通して、私たちの精神の古層にその感覚が刷り込まれていると言えます。
日本人にはあたりまえの感覚でも、確固たる宗教(特に一神教)を刷り込まれた海外の人々にとっては、それが新鮮な感覚で受け止められる・・。海外のアニメファンの多くは「最初は形から」ですが、やがてその背景にあるアニミズム>自然との共存、そして今日の環境問題その他に対する日本的精神の可能性を見出して、さらに共感を深める・・。そういう流れがあるように思います。
~
***主人公たちが「バンド」を構成している
物語の中では、おおよそ7人程度(Magical Number 7±2)の登場人物が主たる役割を担います。それぞれが異なる特性(能力)を持ち、お互いに助け合うことで問題が解決される・・。誰が欠けても物語は成立しません。さらに言えば、「敵」も存在しますが、味方と敵との対立関係はゆるやかで、一見敵のようで、実は共感しあう部分もある。
一方現代社会では、複雑化した社会の仕組みに対応すべく、構成員全員が同じ能力を持つことを要求されます。結果、学校では「学力」という単純なものさしで人の優劣が測られ、そこに競争が生まれます。敵が排除される以前に、仲間内に敵ができるのです。
現代社会の生きづらさの契機は、あらゆる物事に競争原理が働いていることにあるのではないでしょうか。マンガの主たるテーマは勝ち負けを描くことではなく、仲間同士の共創関係を描くこと・・。誰もがその特性を活かすことで、ヒーローになれるということ・・。だから人はマンガに勇気づけられるのではないでしょうか。
~
***法・制度とは異なる次元での問題解決
マンガやアニメに出てくる問題の解決方法、揉め事の解消方法は、一見乱暴・粗野に見えるものがありますが、結果として両者がうまく__[[「棲み分ける」>https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%83%E3%83%81#%E6%A3%B2%E3%81%BF%E5%88%86%E3%81%91]]__というかたちで解決に至ります。法(文字文明の象徴)の裁きによる主人公側の一方的な勝利ではなく、法とは異なる次元で、双方が納得できる結果を導く。
法は同時代の多数派の見解を反映して文字に固定したもので、時代や場所が変わっても共感を得られるような絶対的なものではありません。所詮は共同幻想であって、いくらでも組換え可能性はある。法(文字)に依存しない解決方法があることに気づかせてくれるという点にも、マンガの魅力があると言えます。
~
~
~