物語 story
人はなぜ、物語をつくるのか。映画、アニメ、漫画、絵本…多くのビジュアルコンテンツは「物語」の存在を基礎として成立しています。ここでは、それを空間や時間、登場人物、そしてその構造といった観点から考察してみます。
物語(口承文学)は、音楽・絵画とともに太古の昔から存在する 物語の起源は、人類の定住(あるいは農耕)、タブーの起源とともにある 物語は、人間の世界に「内と外」「生と死」「俗と聖」があることを教える 物語は、俗なる時間に溜め込んだ富を聖なる時間に蕩尽する快楽を教える 結果、物語は「秩序の組み換えのプロセス」を綴ったものとなる 物語とは、本能が破綻した人類に共通の病である
すべての社会システムは、同一状態にとどまらないように構造化されている レヴィ=ストロース
[註]:Story と Narrative*1という2つの言葉があって、日本語ではいずれも「物語」となりますが、ここで話題にしているのはストーリーの方です。
物語の基本構造
視聴者・読者を魅きつける契機
- 欠如をつくる:何かが「足りない」状況が物語を起動する。
- 参考:ぼくを探しに
- 疑問を提示する:闇、死体、異質なもの、矢印、視線・・・
サスペンスとは、もともと Suspended(緊張状態)を意味する言葉です。
- タブー(禁忌)を設定する:見てはいけない、入ってはいけない・・
- 参考:見るなの座敷
- 参考:異類婚姻譚 / 関敬吾「日本昔話集成」
空間の設定
- 光と闇、秩序と混沌、大通りと路地裏・・
以下の2つのイメージを比較してみましょう
路地 / 造成地
整地された闇のない空間からは、物語は生まれそうにありません。物語が生まれるためには、空間の設定に「コントラスト」が必要です。
- 記号論的な観点から
町と森、町と村、庭と裏庭、上の階と下の階・・・。「場所」は差異化され、関係づけられることで「意味」を担うようになります。
- 妖怪の出る場所
妖怪は、空間的な境界領域(辻、河原、橋の下・・)に出現します。- 参考:妖怪と幽霊の違い > 場所に出る妖怪 / 人に憑く幽霊
柳田国男「妖怪談義」
GoogleImage:妖怪 GoogleImage:幽霊 ←少し怖いので覚悟して…
- 参考:妖怪と幽霊の違い > 場所に出る妖怪 / 人に憑く幽霊
時間の設定
- 過去と現在、未来と現在をつなぐ
- 妖怪の出る時間
妖怪は、時間的な境界領域(誰そ彼(たそがれ)、逢魔が時)に出現します。
登場人物の設定
- 主役とは
登場シーンの多さや、セリフの多さは、実はあまり関係がありません。誰の視点で描かれているか、映像で言えば、誰の「視線」でショット間が編集されているかで、主人公が決まります。
- 主たる登場人物の人数
一般に同時に記憶できるカテゴリ数 7±2 マジカルナンバー7(G.A.Millar)
- トリックスター
物語には、トランプゲームにおけるジョーカーのように、敵か味方かわからない境界領域的なキャラクターが登場するものです。文化人類学では、そうした存在をトリックスター(いたずらもの)と言います。
神話・昔話に共通した物語の構造は・・
- 混沌としたスープ状の世界の中で、区分けが起こる。
- 区分けられた中のひとつが物語の「中心」になる
- 空間的な周縁と中心との交流が描かれる
- 時間的な周縁(過去・未来)と中心(現在)とのつながりが描かれる
物語に関わる思考モデル
中心と周縁
我々は通常、我々を取り巻く世界を、 友好的なものと敵対的なものに 分割する思考に馴れている。 山口昌男(文化人類学・民俗学)
物語は、市中に住む「常民」と、その外部に住む「異人」との交流がテーマになることが多くあります。特に日本の昔話には「村人」と「異人」という構図で説明できるものが多くあることは、例を挙げるまでもないでしょう。
定常開放系(散逸構造系)
物語の構造を説明する「中心と周縁」のモデルは、実は、生命体のホメオスタシス(恒常性・動的な秩序)を説明するモデルと同じです。
境界領域
- 魑魅魍魎の住む世界
- 位置づけがあいまいないもの(排泄物)、節のないもの(ミミズ、蛇、髪)
- あちらのゴミはこちらの宝・・という発想
贈与と返礼
- 贈与と返礼は多くの物語に共通に見い出されます。
人間の作り出す社会システムはすべて、 同一状態にとどまらないように構造化されている。 クロード・レヴィ=ストロース
- 社会が存在しつづけるには、絶えず変化することが必要です。以下のいずれも、構造的な「変化」をするような社会構造を持っています。
- 熱い社会:絶えず新しい状態へと歴史的に変化する社会(文明社会)
- 冷たい社会:歴史的変化を排除し、新石器時代と変わらぬ無時間的な構造を維持している社会(野生の思考が領する社会)
秩序の組み換えについて
秩序は守られるために絶え間なく壊されなければならない ルドルフ・シェーンハイマー(生化学)
第三項排除
排除された第三項が、闇から全体をコントロールする・・という構図は多くの物語で見られます。
闇の日本史 / いじめ / 鬼ごっこ / 野球 / 貨幣 / トランプのジョーカー
今村仁司「排除の構造」(現代思想・哲学)
物語は進化する|進「物」史観
まず最初に短い単純なお話がある。 こういうのを少しずつ変異させたり、組み替えたりして、 長い面白い物語が生まれてくるんだ。 原始的な生物が単に突然変異と遺伝子組み換えだけで 複雑な生物に進化したのと同じだろ?
金子邦彦, 1998, カオスの紡ぐ夢の中で, 小学館文庫, p.118
物語のパターン
物語の構造・分類に関する諸説
- ジョゼフ・キャンベルの神話論
物語の主人公は、天命を受けて非日常の世界への旅に出る。そして、イニシエーションを経て、元の世界に帰還する。これが神話に共通の構造である。
文献:ジョゼフ・キャンベル 「千の顔をもつ英雄」- Calling(天命を授かる)
- Commitment(旅の始まり)
- Threshold(境界線)
- Guardians(メンター、導師、守護者)
- Demon(悪魔)
- Transformation(変容)
- Complete the task(問題の解決)
- Return home(故郷への帰還)
- ウイリアム・シェイクスピアによる「36分類」
- ウラジミール・プロップによる「昔話の構造31の機能分類」
例)「行って帰る物語」 欠如 > 異界 > 変化 ・・「昔話の形態学」
比較神話学に見る神話の型
マイケル・ヴィツェル(Michael Witzel)が提唱した「世界神話学」では、神話は以下のように分類されています。
- パン・ガイア(Pan-Gaean)神話
アフリカで誕生した現生人類最古の神話。
- 出アフリカ神話
アフリカを出てインドに到着した頃の神話。
- ゴンドワナ(Gondwana)神話
ユーラシアの沿岸を移動してオーストラリアに到達した頃の神話。現在のサハラ以南のアフリカの神話と共通した特徴(創造神話の欠如、女性呪術師の欠如など)がある。
- ローラシア(Laurasian)神話
インドから東南アジア、中国、日本、シベリア、 北米、中米、南米に向かう流れと、インドからユーラシア内陸に向かう流れ、そしてインドから西へ向かってヨーロッパや北アフリカに流れた神話群。その特徴は、宇宙と世界の起源、神々の系譜、半神的英雄の時代、人類の出現、王の系譜の起源、世界の暴力的な終末(と復活)などが共通している。
付記
- 2億5千万年前 地球上にはひとつの超大陸パンゲア
- 1億5千万年前 北のローラシア大陸と南のゴンドワナ大陸に分裂
- 1億年前ごろからそれぞれが徐々に分裂細分化
- ホモ・サピエンスがアフリカに登場するのは 30万年前ごろで、大陸はすでにほぼ現在の形になってからなので、ゴンドワナ神話やローラシア神話という言葉は、大陸分布と直接的に関係するものではありません。
ミステリーの指針
推理小説を書く上での指針として以下のようなものがあります。いずれも同時代に小説家自らが著したものです。ミステリーを執筆してみたい方、まずはご一読下さい。もちろん、これらを踏まえた上で、あえて掟破りをした作品も多く存在します。
- ノックスの十戒 ロナルド・ノックス, 1928
- ヴァン・ダインの二十則 S・S・ヴァン・ダイン, 1928
- チャンドラーの九命題 レイモンド・チャンドラー, 1949
映画のストーリーパターン
- 映画のストーリーには、以下のような様々な定番の型があります。
- バディもの(相棒もの)
ホームズとワトソンの関係。前者が天才・変わり者、 後者が常識人。関係構造は漫才コンビと同様 - タイムスリップもの
- サスペンスもの
- 成長もの
- ロードムービーもの
- ファンタジーもの
- バディもの(相棒もの)
- 映画の脚本に関する書籍には、様々なパターンが紹介されています。
- ブレイク・スナイダー, 10のストーリー・タイプから学ぶ脚本術, 2014, フィルムアート社
- クリストファー・ボグラー, 物語の法則 強い物語とキャラを作れるハリウッド式創作術, 2013, アスキー・メディアワークス
- ブレイク・スナイダー, SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術, 2010, フィルムアート社
- 貴志 祐介エンタテインメントの作り方, 2015, 角川学芸出版