人工知能の歴史
人工知能は、コンピュータという機械の進化にともなって、過去2回の「ブーム」と「冬の時代」を経て、現在は「第三次ブーム」の時代を迎えています。ブームというものはやがて去るものですが、AI のそれは、利用者が減って市場から消えていく・・という話ではなく、様々な AI が日常化・コモディティー化(同質化)して、私たちの社会にとって「あたりまえの存在」になっていく・・というものです。人工知能は、IT革命の大きな流れの中にあるひとつの技術であるとともに、社会を大きく変える存在として無視できないものになっています。
AI 黎明期 1940年代〜
ダートマス会議以前という意味でのこの黎明期、 AI のアイデアとそれを実現するコンピュータが 登場しています。
- チューリングマシン
計算機を数学的に実現するために、数学者 アラン・チューリングが考案したもので、「紙テープ」と「0,1を書き込むヘッド」を備えた仮想的な機械です。「0を書き込んで右に1コマ移動」「紙テープの文字を読んで、左に1コマ戻る」などの命令を並べたプログラムで、計算機能を仮想的に実現するもので、現在のコンピュータのアイデアの原型となりました。
- 人工ニューロン
1943年、W.S. マカロックと W.J. ピッツは「形式 ニューロン」というアイデアを発表しました。入力信号に重みを乗じた値の総和が一定の閾値を超えると他のニューロンに信号を出力する・・という人間の脳神経系のモデルで、現在のニューラルネットワークのアイデアの原型といえるものです。
- 電子計算機 ENIAC
1946年に開発された世界初の電子式コンピューター。計算手順は本体の配線を手作業で設定することで実現していました(ワイヤードロジック)。現在の AI も、そのハードウエア基盤は電子計算機です。根幹部分で行われていることは「加算」と「乗算」にすぎない・・という点では、AIの歴史において重要な発明の一つと言えます。
- チューリングテスト
アラン・チューリングが1950年の論文で提案した「人と人工的知性」を見分けるためのテスト。審査員(人)が、別室に隔離された1人の人間と1つのプログラムに対して会話を行い、人間とプログラムとの区別ができなかった場合にはこのプログラムはテストに合格(つまりAIとみなす)・・というものです。人工知能とは何かを説明する際のひとつの指針となっています。
- ダートマス会議
1956年7月から8月にかけてダートマス大学で開催されたこの会議は、この世にはじめて Artificial Intelligence(人工知能)という言葉を登場させたと言われています。当時、ダートマス大学に在籍していたジョン・マッカーシーが主催、マービン・ミンスキー、ネイサン・ロチェスター、クロード・シャノンといった錚々たるメンバーがその構想に参加しています。
第一次ブーム 1960年代〜
- LISP:LISt Processor (リスト処理言語)
LISPは1958年にジョン・マッカーシーが考案したプログラミング言語で、記号やリストと呼ばれる可変長のデータの列を扱うことができ、記号処理系のAIプログラムの記述・開発に適していると言われます。
- Macsyma, REDUCE: 数式処理(多項式処理、不定積分など)
- ELIZA:自然言語処理(パターンマッチと概念辞書による会話の模倣)
J. ワイゼンバウムが 1964 から開発を 手がけた会話模倣システム。概念辞書を用いた単 純なパターンマッチ技術で、人工無脳 (chatbot) と呼ばれる会話ボットの原型となった。基本的には、if文で分岐する決定論的なプログラムです。
- 人工無脳(注:「無能」ではありません)
chatterbot、chatbotと呼ばれる会話ボットに利用されるプログラムで、トップダウン的に「人らしさ」のモデルを再現したものといえます。決定論的な推論と探索ですが、当時としては立派な人工知能の1つです。
- エキスパートシステム
記号処理的な推論型の人工知能で、コンピュータが知的な判断を行えるように、有識者の知識(推論の手順、条件式)をコンピュータに覚えさせたものです。人間がルールを決めていくことから ルールベースの人工知能 ともいわれます。どう推理するかを、プログラマーが記述していく必要があり、したがって人間(有識者)の知能を超えることはありません。
第二次ブーム 1980年代〜
コンピュータの性能向上と低価格化が進み、AI ワークステーション、ナレッジエンジニアが登場 したこの時期、IT ベンダーは続々とエキスパー トシステムを導入し、実績を PR しました。専用言語 LISP から 汎用言語 C への移行期でもあります。
- 第5世代コンピュータ
1982 年、日本の国家プロジェクトとしてスター トした非ノイマン型のアーキテクチャーで並列処理を行う推論マシン構想のことです。残念ながら一般市場向けの画期的な応用は実現しませんでした。
- バックプロパゲーション(誤差逆伝播法)
D.E. ラメルハートらが1986年に発表したニューラルネットの学習アルゴリズムのひとつで、このアルゴリズムが多層ニューラルネットワークにおける機械学習の可能性を広げました。学習(エラー修正)は以下のように伝播します。
- ニューラルネットワークに学習サンプルを与える
- ネットワークの出力を求め、出力層における誤差を求める
>その誤差を用いて、各出力ニューロンについての誤差を計算
- 個々のニューロンに期待された出力と実際の出力の差を計算し(局所誤差)、それが小さくなるよう各ニューロンの重みを調整
- より大きな重みで接続された前段のニューロンに対して、局所誤差の原因があると判定し、前段のニューロン、さらにその前のニューロンについて、順次同様の処理を行う。
- 人工知能学会
1986年、日本にAIを専門とする学会が誕生しました。
第三次ブーム 1990年代後半〜
パワーを要するアルゴリズムを実装できるだけの処理速度と記憶容量の向上、クラウドコンピューティング環境の充実、また、様々な分野で「機械が人間に勝利する」という現象がおこり、シンギュラリティーへの危機感とともにその話題性が高まっているのが現在、第三次ブームの時代です。
- IBM DeepBlue
1997年、チェスのプログラム DeepBlue が人間の世界チャンピオンに勝利しました。アルゴリズムは「力ずく探索」と呼ばれる従来型のものでしたが、その報道は、AIの存在感を強くしました。
- IBM Watson
2011年、米国のクイズ番組 Jeopardy! で、IBMの Watson が人間のチャンピオンに勝利しました。アルゴリズムは従来からある探索型の自然言語処理プログラムでしたが、人間に勝った・・という事実がブームに拍車をかけました。
- Boston Dynamics BigDOG
Boston Dynamics は、1992年に MITのマーク・レイバートが、同大学をスピンアウトして設立したロボットの研究開発を手がける企業で、米国防高等研究計画局 (DARPA) の支援の下で開発した四足歩行ロボット、ビッグドッグ、リトルドッグ、スポット、また人型ロボットのアトラスなどが動画で紹介され、その姿勢制御技術は高く評価されました。
- Bonanza / Ponanza
いずれも、コンピュータ将棋ソフト。bonanzaは、保木邦仁が作成したフリーウェアで、プロの棋譜から機械学習を取り入れたことがターニングポイントとなって 2006年のコンピューター将棋選手権で優勝。一方 ponanza は山本一成による後継的ソフトで、自己対戦の結果を使って強化学習させたと言われる ponanza は、2013年の第2回電王戦で将棋ソフトとして初めて現役の棋士に勝利しました。2015年、情報処理学会は「すでにコンピュータ将棋の実力は2015年の時点でトッププロ棋士に追い付いている」として、コンピュータ将棋プロジェクトの「終了宣言」を出しました。この世界では、すでにシンギュラリティー(特異点越え)が起きている・・という話になって、AIの脅威が騒がれるきっかけともなりました。
- AlphaGo
2015年、Google DeepMind によって開発された囲碁プログラム AlphaGo が世界のトップ棋士に勝利しました。多層ニューラルネットワークを利用した強化学習による勝利は、ponanza の話題とともに、機械学習ブームの火付け役となりました。
- Google翻訳の進化
2016年、ニューラルネットに基づく機械翻訳 (Neural Machine Translation) の導入で、Google 翻訳がさらに進化しました。ニューラルネットに基づく機械翻訳は、文章をパーツごとに翻訳するのではなく、ひとつの文として扱います。文のコンテキストを把握してより正確な訳語の候補を見つけるとともに、語順を変えて調整することで、人の言葉に近い翻訳が出来るようになりました。
Webサイトを例にとると、それまでは「英語版のページ」はサイトの制作者側で用意するのが一般的でしたが、Google翻訳の進化によって、ユーザ側がブラウザ上で自国の言葉に翻訳すればよい・・という状況になり、制作者側での翻訳作業は激減することとなりました。