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遠隔・非同期・オープン の変更点


#author("2023-04-12T09:51:01+09:00;2021-03-09T22:38:47+09:00","default:inoue.ko","inoue.ko")
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*遠隔・非同期・オープン 
芸術工学会誌 Vol.84|令和3年3月
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RIGHT:井上 貢一
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***人類とウイルス
あらゆる生物は、集団の内部に対する互恵性(利他性)と外部に対する攻撃性(利己性)によって「棲み分け」を行うことでバランス(多様性)を維持している。ウイルスはその多様化(進化)に関わる「情報体」であり、我々ヒトのゲノムにも、過去に感染した内在性レトロウイルスの断片が存在して機能している(例:胎盤)。つまりウイルスは敵ではない。

ウイルスは確かに個体に死の恐怖をもたらすが、ヒトも一つの生物種に過ぎず、今この時も進化の途上にあることを忘れてはなるまい。個別の感染防止は可能かもしれないが、科学・技術の力でそれを撲滅しようという発想はおそらく賢明ではない。問題はウイルスの方にではなく、成長・拡大を続ける人類の側にあるのだ。哲学としての芸術工学は、産業革命以後の成長神話から我々を解放するとともに、持続可能な社会を実現すべく、意識改革を先導しなければならない。本稿では、空間、時間、情報という3つの観点から、その方向性を探る。
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***空間|集中から遠隔・分散へ
多くの文明の末路をみれば明らかなように、効率化を求めた「選択と集中」は、自然の猛威に対して脆弱である。しかし今回のパンデミックでは、遠隔・分散を可能にするネットワークインフラがすでに整っていたこともあり、我々は「店舗」も「オフィス」も「教室」も必須ではなく、「出勤」や「出張」といった移動も大幅に削減できることに気付かされた((移動が不要になるという事実は、移動に障がいがある人々にとっても大きな可能性をもたらす。リモートワークは働く人を差別しない。「バリアフリー」とは、資源・エネルギーを使って空間を改造することだけではないのだ。))。

成長し続ける巨大空間や交通システムは、資源・エネルギーの掠奪を前提とする点で、元々サスティナブルではない。ヒトやモノを動かすのではなく「情報」を動かす((ヒトやモノを動かすには「金」が要るが、情報を動かすことは誰にでもできる。そこに経済格差はない。))。我々は経済活動の拠点を物理空間からサイバー空間へ移動させるとともに、暮らしの拠点を小さな共同体へと分散させるべきではないだろうか。幸いこの国には小規模集落のコモンズ(共有財産)である 水・太陽光・地熱・風 が豊富にある。
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***時間|同期から非同期へ
密を避けるための時間差行動と、非同期(オンデマンド)ツールの存在は、我々を時間からも解放した。元々「時計」は、鉄道(移動する機械)の運行に従うべく普及したもので、遠隔・非同期の生活には必要はない。必要なのは、情報の新旧を比較するためのタイムスタンプ(サーバーの時計)だけである。

また、労働時間に応じた賃金、学習時間に応じた単位など、「出来高が時間に比例する」 という近現代の思い込みも捨てるべきであろう。「時給」換算できる仕事の多くは、すでにA.I.やロボットに代替されつつある。

我々は「成長(格差を拡大させ破滅へと向かう)」を前提とした「線的な時間」から離脱して、「循環する時間(ハレとケ)」を取り戻すべきではないだろうか。毎日が「ハレの日」という状況から離脱し、0 を 1 にする共創的な設計活動を「ハレ(対面)の日」に行い、1 を 100 にする個別の実装作業を「ケ(遠隔・ 非同期)の日」に行う・・という具合に再編するのである。ハレの日が限定されれば感染症への対応も容易になる。
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***情報|アナログからデジタルへ
さて、こうした空間や時間の再編には、ICTの活用が前提となるのだが、ここで最も重要なことは、我々を強固に洗脳するアナログ社会(工業社会)の思考回路をデジタル仕様に変革することである。

アナログとデジタルの最大の違いは、デジタル情報が「居場所」を選ばないということである。文字は紙、音はテープ、光はフィルムなどのように、情報が媒体(工業製品)に拘束されないことが、遠隔(場所からの解放)と非同期(時間からの解放)を可能にしているのである。
 しかし現状はどうか。卑近な例では、WORD文書やPDF。これらは「用紙サイズ」を前提にしている時点で「紙媒体」に拘束されたままだ。またそれらがローカルデバイス(個々のPC)に保存されているということも、情報共有の妨げとなっている。情報をモノに拘束するのをやめて、クラウド上でオープンにすべきである。
 さらに、ICT化の名の下に導入される「ガラパゴスシステム」が前時代的なものであることにも気づくべきである。独自システムの活用に無駄な学習コストがかかるだけでなく、開発がクローズドであるがゆえに、臨機応変な改変もできない。この国のICT化には、開発者(生産者)と利用者(消費者)という産業革命以後の構図が今だに存在しているが、デジタル技術の特徴は、誰もが自由に活用できることにある。そこには生産者 vs 消費者という構図はなく、すべての人に創造の機会が与えられているのだ。重要なのはシステムの導入ではなく、みんなの意識をデジタル仕様に変革することである。
 さらに、ICT化の名の下に導入される「ガラパゴスシステム」が前時代的なものであることにも気づくべきである。独自システムの活用に無駄な学習コストがかかるだけでなく、開発がクローズドであるがゆえに、臨機応変な改変もできない。この国のICT化には、開発者(生産者)と利用者(消費者)という産業革命以後の構図が未だに存在しているが、デジタル技術の特徴は、誰もが自由に活用できることにある。そこには生産者 vs 消費者という構図はなく、すべての人に創造の機会が与えられているのだ。重要なのはシステムの導入ではなく、みんなの意識をデジタル仕様に変革することである。
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***遠隔・非同期・オープン
インターネット文化の背景にはSmall、Share、Openなど、工業社会とは真逆の思想があり、その基盤を支えるオープンソースの大半が従来の Copyright とは異なるCopyleft という発想で共同開発されている。それは「自由な複製と突然変異」を推進する発想であり、情報共有を基盤とする人間社会の進化(多様化)を持続可能にする仕組みなのだ。

言葉・文字・貨幣・インターネット。人類の生存戦略は、モノを「複製可能な情報」に変換して「遠隔・非同期で共有する」ことにあったと言っても過言ではない。ヒト・モノの集中と移動を抑制するとともに、「情報」を「媒体(モノ)」から解放して、遠隔・非同期・オープンな共有を可能にすることが必要だ。

宿主(地球)へのダメージが最小限になるよう棲み分けを行い、情報(知)の複製(共有)によって生き延びる。まさにウイルスの生存戦略と同じである。
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***参考文献
-E.F.Schumacher, Small is Beautiful , Blond&Briggs ,  1973
-柳田国男, 木綿以前の事, 岩波文庫, 1979
-Mike Gancarz,  UNIXという考え方, オーム社, 2001
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