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SimulationHypothesis

シミュレーション仮説

The Simulation Hypothesis

はじめに

シミュレーション仮説とは、哲学者ニック・ボストロムが提起した仮説で、私たちが生きるこの世界が、実は高度な文明によって作られたコンピュータ・シミュレーションの中に存在しているのではないか・・という仮説です。

原著作:ARE YOU LIVING IN A COMPUTER SIMULATION? by Nick Bostrom(PDF)

この仮説の背景には「この世界は超越的な存在によって創造されたものではないか」と考える人類の長い歴史が存在していて、神話はもちろん、マトリックスなど多くのSFでも扱われていますが、2016年(?)にイーロン・マスクがボストロムの仮説を引用して「ベース・リアリティ(=本当の現実)の中で我々が生きている可能性は10億分の1に過ぎない」などと語ったことで、ネット上でもホットな話題となっています。

この仮説は、私たちの存在や宇宙の構造について新たな視点を与えてくれる点で興味深いのですが、哲学的(宗教的)な性質が強く、科学的な検証が難しいという側面があります。この世界がコンピュータによるシミュレーションでないことを示す証拠は得難く、「反証可能性」がないことから科学的には受け入れられない・・という批判もあります。多くの哲学者が話題にしていますが、これを「提唱・支持する」というよりは、「議論の対象として」取り上げているという感じかと・・。

なお、この仮説は「だったら何してもいいや」という破壊的な行動の引き金になりかねないので、その拡大・流布には注意が必要です。



ニック・ボストロムの仮説

ニック・ボストロムは「十分に進んだ技術があれば生命を含む惑星、さらに宇宙全体をシミュレートできる」という前提で、以下のような仮説を立てました。

今、我々はVRゴーグルをはじめ、仮想現実を体験できる技術を手に入れていますが、このまま技術が発展すれば、生命体(の進化)を完全にシミュレートできる社会が登場するかもしれません。

で、今後の社会には3つの可能性があると・・

批判

当然、この仮説には、様々な観点からの批判があります。




歴史的背景

そもそも、この世界は現実ではないのではないか・・という感覚は、思春期に多くの人が経験するものだと思います。マトリックスのような映画以前にも、荘子の「胡蝶の夢」、プラトンの「洞窟の比喩」、遡れば世界中の神話にも登場するお話で、「我々はどこからきたのか」と考えるときに、一つの仮説として必ず出てくる世界認識とも言えます。

AIの威力を目の当たりにし、VRの没入感を体験した私たちにとって、このまま技術が進化すれば、コンピュータの中に現実と区別がつかない仮想世界を構築できるのではないか・・と感じることは自然なことかもしれません。

以前にも、コンピュータが登場した1940年代のセル・オートマトンや、1970年代の LIFE GAME のような数理モデルの実行中に「生命の存在を感じた」という数理科学者の話は多く、「機械が作り出す情報パターンと生命の何が違うのか」という疑問は、この仮説の背景にあるものと同じと言えるでしょう。

私自身は、シミュレーション内のオブジェクトが「意識」を持つということが想像できないので(そもそも「意識」とは何かが謎なので)、直感的には違う気がするのですが、この仮説は、哲学的な問いに新たな視点を与えるという点では、面白い話であると思っています。そのように仮定することで、この世界の真の意味や、意識の起源など、人類が古くから抱いてきた哲学的な問いに対して、新たな視点を与える可能性がある・・という点で。

ついでにもうひとつ。情報というものが「物質=エネルギーのなすパターン」であるとすれば、コンピュータに物質1単位の状態と振る舞いを記憶させるのに、少なくとも数単位の物質が必要で、世界を構成する物質をシミュレートするには、その物質の総数を上回る物質が必要・・という矛盾を抱えます。もちろん、「今、私に見えているものだけが存在していて(シミュレートされていて)、観測対象になっていないものは存在していない」とすれば、この矛盾は解消されますが・・。
 
ワームホールを命名した量子物理学のジョン・ホイーラーは、「物理学は『粒子』から『場』を経て『情報』に至った」と言い、 it-from-bit(情報 から 物質)」という言葉を残しています。物質の基盤には情報がある、一般的な意味で世界は存在せず、全ては情報だ*1・・というわけです。これは、私たちの日常感覚とは逆の発想ですが、言語学でいう「言葉が存在を喚起する」という話にも通じます。このような知見をふまえると、シミュレーション仮説は、哲学のみならず、物理学や言語学の思考とも親和性があると言えそうです。



AI と「神」

この世界をコントロールしている超越的な存在が、外部から我々を見ている・・というのは、要するに人類最初の発明である「神」と同じ話で、そうした超越的なレベルの存在を仮定すると、宇宙の成り立ちの謎や、説明のつかない超心理学的な現象(例えばリモートビューイングや前世の記憶の事例など)も「シミュレーションだから」「シミュレーションプログラムのバグだから」などというかたちで、説明ができてしまいます。

かつて人類は「神のみぞ知る」というところで思考を停止していました。それが科学万能の時を経て想像以上に賢い AIを誕生させたところで、やがて人間を超える超絶知能(ASI)が登場するであろう・・という世の中の空気が、「時代ふさわしい神」の存在を喚起した・・と言えるのかもしれません。

AI と 神

APPENDIX

スーパーインテリジェンス

人類はAIを制御できるのか、滅亡は避けられるのか・・シンギュラリティ後の世界について書かれたボストロムの有名な著作。


デジタル物理学

デジタル物理学という分野があって、それは「宇宙の歴史はある意味で計算可能である」、「宇宙はチューリングマシンと考えることもできる」、「量子力学の確率論的性質は計算可能性と矛盾しない」など、宇宙がデジタルコンピュータであるという仮説が立てられています。基本的なアイデアはシミュレーション仮説と同根かと・・。



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GUIDE

DATA


*1 量子力学において、量子は「そこに在る」という決定的な存在ではなく、可能性のパターンとして確率的に存在していると考えます。その在り様は観測してはじめて決まる・・。量子コンピュータもそれを前提としています。
Last-modified: 2024-09-12 (木) 11:04:19