文字
Characters
はじめに
文字という情報伝達媒体の特殊性
- 文字は視覚情報であると同時に聴覚情報である
目は文字のゲシュタルトの連鎖から言葉をとらえ、
耳は音のゲシュタルトの連鎖から言葉をとらえる
- 人間の用いる文字(言語)の最大の特徴は二重分節
遠隔・非同期ツールとしての文字
文字は、人類最古の「遠隔・非同期」コミュニケーションツールです。
- 記憶の外在化と蓄積・保存 > 情報のモバイル化
- 情報の時間差伝達を可能に > 非同期コミュニケーション
数万年前 | 言葉の発生 | 情報の交換・リアルタイムコミュニケーション |
BC4千年紀 | 文字の発明 | 情報の蓄積・非同期コミュニケーション |
105年 | 紙の発明 | 情報のモバイル化 |
1440年頃 | 活版印刷 | 情報の拡散 |
1945年 | コンピュータ | 情報処理の自動化 |
1989年 | WWW | 情報共有のグローバル化 |
文字体系
文字には音が連動するものと、そうでないものがあります。
- ピクトグラム 絵文字
- 表語文字 漢字
- 音節文字 かな
- 音素文字 アルファベット
- 参考:人間の用いる言語の最大の特徴は二重分節
文字の歴史
20万年の人類史の中で、文字の利用は 5,500年前、つまり最近のことです。そもそも「文字の誕生」を境に「先史時代」と「歴史時代」が分かれるので、歴史は文字とともにある・・ということになります。
古代文明の文字
- シュメール(メソポタミア)の楔形文字 紀元前3,500年(5,500年前)
- エジプトのヒエログリフ 紀元前3,000年
- イランのエラム文字 紀元前3,000年
- インドのインダス文字 紀元前2,500年
- 中国の漢字 紀元前1,500年
アルファベット(紀元前1500年頃〜)
アルファベットは、地中海沿岸地域における交流の中で、楔形文字とヒエログリフを組み合わせてシンプルにしたセム文字が源流と言われます。22文字のアブジャド(子音文字:1つの文字が1つの子音を表す)として構成されたフェニキア文字の存在が大きく、これを元に古代ギリシア人がつくったギリシャ文字が、アルファベットの原型となります。alphabet という語は、ギリシア文字の最初の2文字 α, β に由来します。
漢字 > 仮名文字
- 日本では4〜5世紀ごろ中国から入った漢字が文字利用のはじめ。漢字の伝来以前、固有の文字をつくることはありませんでした(いわゆる「神代文字」は存在の確証が得られていません)。農耕が始まって以後も、文字をつくる発想がなかった・・というのは世界でも稀なケースかと・・
- 現存する最古の文献で用いられている「万葉仮名」は、日本語の音を表記するために漢字を借用したもの(借字)です。
- 古事記(712年):呉音*1を用いる。漢字一字で一音節。
- 日本書紀(720年):漢音を主とし、呉音も用いる。一字一音節
- 万葉集(8世紀後半):呉音万葉仮名表記と、和訓表記が混在する
- かな文字(平仮名と片仮名)は、漢字を基にして日本で作られた表音文字の一種で、基本的に1文字が1音節を表す「音節文字」です。奈良時代にめばえ、平安時代には運用されていたとされますが、誰かがある時期に、計画的(政治的)に制定したものではなく、成立時期もはっきりしないのが実情です。
- 仮名書きの有名な文は、古今和歌集仮名序(紀貫之)
文字と社会
起源は農耕革命
文字は農耕革命と同時期に誕生しています。世界の4大文明で言えば、メソポタミア文明は楔形文字、エジプト文明はヒエログリフ、インダス文明はインダス文字、黄河文明は漢字。広大な土地・蓄積された富の記録や分配に記号が必要になったこと、また、肥大化した人間集団の支配・統制のためにルールの明文化が必要になったことなどが文字成立の要因と考えられます。くさび形文字の原型は、シュメール人の日用品や農産物の数を表すトークン(粘土玉)を粘土板に押し付けて記録したことにはじまると考えられています。
獲ったものをその場でシェアする狩猟採集社会では富の記号化・記録は不要です。その証拠に、現在も狩猟採集生活を続けるサン、ハッザ、アボリジニ、ヤノマミ・・いずれも「文字」をもちません。
格差は文字にはじまる
言語文法は自然発生的ですが、多くの文字は恣意的・政治的に発生しています*2。言葉・音楽・絵画、いずれも見よう見まねで習得することが可能ですが、文字は恣意的に作られたものであるため、個人が文字の読み書きを身につけるには「文字の仕組みの開示」あるいは「教育」が必要です。結果、それを読み書きできる人とそうでない人との間には、大きな「情報格差」が生まれました。古代社会では一部の人間が文字を独占することで支配者となり、一方で、文字の効用を知らなかった(気づかなかった)人々は、支配される民となったのです。
農耕革命は、文字と「格差」と「教育システム」を生み出したと言えます。
日本の言葉と文字
日本の文字文化の特殊性
- ひらがな、カタカナ、漢字。3種類も使うのは日本だけ
- 数が多い分、一文字が担う情報量が大きい
- 日本語の符号化には2B(16bit:216 = 65536)必要
現在は文字コードとして UTF-8 を使うため、実質的には一文字3バイトです。
- アルファベットの符号化は1B(8bit :28 = 256)で十分
- 2バイト文化圏ではフリーフォントに限界。大半は有料かつ高額
- 文字変換の煩わしさが日本のIT化の足枷となっている
- にもかかわらず日本の識字率は非常に高い(江戸時代すでに80%)
- 日本語は母音中心の言語
虫の声は欧米人にはノイズでも、日本人には「声」
- 日本の紙面には「縦組み」と「横組み」がある
太古より日本人が使い続けてきた言葉。日本語の文章の中の、漢語、外来語、また「〜する」という形の動詞以外のもので、一般に「訓読み」のもの
- 訓読み:音を聞いただけで意味が定まる → 歌詞、キャッチコピー
- 音読み:漢熟語、同じ音でも複数の意味(じしん:自身、地震、時針・・)
俳句について
- 世界最小の芸術 その情報量は、3B x 17 = 51B
- 時間情報(季語)を必須とすることで、空間と時間を総合的に伝える
- 七五調は、8beatの音楽
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APPENDIX
文字が抱える光と闇
音声言語による対面コミュニケーション*3のみの社会から、「文字(「音節」に続く第二の言語的進化)」を用いる社会へ・・その革命的な出来事は、人類の社会に光と闇の両方をもたらしました。
- 文字は、遠隔・非同期的な情報共有を可能にした
- 文字はあらゆる概念・虚構(国家・敵・神、宗教・科学)の喚起と固定、さらにまた嘘(詐欺)の捏造と固定を可能にした。
- 読み書き能力の獲得によってヒトは外部記憶を持つようになった
- 読み書き能力を持つものと持たないものとの間に格差が生まれた
- 文字は多様な「物語」を生み、文化の成熟に貢献した
- 文字は科学を生みグローバル化する文明の成長(>破綻)に加担している
MEMO
- 文字は「農耕」によるキャリング・キャパシティーの突破、言い換えれば「人類の野生動物から離陸」とともにあります。農耕革命によって人間の集団サイズはダンバー数*4をはるかに超えて拡大しました。人間の感覚・記憶能力を超える広大な土地を支配するには、外部記憶とその共有システムが必要であり、また集団を統制するためには、ルールとそれを維持する組織が必要です。文字はそれらを「明文化」するために必要になったものと考えられます。
- 古代社会では一部の人間が文字を独占することで支配者となり、一方で、文字の効用を知らなかった(気づかなかった)人々は、支配される民となりました。
- 小集団で動く狩猟採集民は、文明社会にあるような戦争*5をしません。現在も狩猟採集生活を続けるサン、ハッザ、アボリジニ、ヤノマミ・・いずれも「文字」をもちません。
- 言語文法は自然発生的ですが、多くの文字は恣意的・政治的に発生しています*6。言葉・音楽・絵画、いずれも見よう見まねで習得することが可能ですが、文字は恣意的に作られたものであるため、個人が文字の読み書きを身につけるには「文字の仕組みの開示」あるいは「教育」が必要です。文字は、それを知っている人とそうでない人との間に、情報格差を生み出した・・とも言えます。
- バベルの塔
神は言語の一元化に No! をつきつけました。昨今の自動翻訳システムは文化の多様性と文明の成長の双方を実現するツールと言えるかもしれません。