人工知能
Artificial Intelligence
人工知能(Artificial Intelligence:A.I. ) という言葉は、1956年に開催された世界初の人工知能の国際会議「ダートマス会議(ジョン・マッカーシー主催)」にその起源があるといわれていますが、そもそも何をもって A.I.というのか。 これには明確な定義はなく、話の文脈によってその姿は異なります。
A.I. と呼べるか否か、1950年にアラン・チューリングが提唱した Turing Test はわかりやすいアイデアのひとつです。それは「人がテレタイプを介して対話したときに、相手が人間か機械か区別できないものであれば、それを A.I. とみなす」というものです。
一方で、知能というものを広い意味での「情報処理能力」と考えれば、コンピュータによる知的な情報処理システムの実現とともにそれは誕生したということもできます。現在の人工知能は、基本的には「電子計算機」であって、人間の脳のように意味を理解したり、意志をもって動くということはありませんが、90年代のA.I. ブームから20年以上経過した現在、コンピュータが扱うメモリ空間の規模の増大と、処理速度の向上によって、膨大な計算量を必要とするニューラルネットワークが実用レベルになりました。2010年代、機械学習のひとつであるディープラーニングという言葉の登場で再び AIの話題性が高まり、2022年に一般公開された GPT(Generative Pre-trained Transformer)によって、その威力が世界を大きく変えています。
いつの時代も、A.I. とは近未来にイメージされる存在で、明確な定義は存在しません。それが実現してしまえば、単なる先端技術のひとつとして認知されるようなものだと言えます。音声認識や自動翻訳、自動運転は、かつては夢の A.I. でしたが、現在ではこれを A.I. と呼ぶことには違和感が・・・。
はじめに
私たちの世界は、A.I. によって大きく変わろうとしています。製品の仕分け、画像診断、自動運転、音声認識など、いわゆる「パターン認識」は、既存のA.I. が得意とするところで、この類の仕事は大半が A.I.に代替されていくでしょう。また「生成系 AI 」には、画像生成、楽曲生成、文章作成やプログラムのコーディングを自動化する能力があります。誰もが簡単にそれを利用できるという点で、クエリエイティブ系の仕事にも大きな変化がおこりつつあります。
A.I. に仕事を奪われることを悲観するよりも、A.I.との協働を考える方が賢明です。そのためには「 A.I. とは何か」と同時に「人間とは何か」を改めて問うとともに、その特性の違いによる棲み分けと協働の道を探る必要があります。
AI の研究開発は オープン
論文のプレプリントサーバーである arXiv(アーカイブ)の登場で、論文が無料で事前公開されるようになりました。A.I.関連分野の研究は、情報共有がオープンに進むことで、一気に加速しています。
A.I. と社会
Asilomar AI 23 Principles
人類の存続の危機を回避することを目的とする組織である FLI(Future of Life Institute)が、2017年にアメリカのアシロマで発表したもので、AI の研究課題、倫理と価値、長期的な課題に関するガイドラインです(以下日本語訳)。
https://futureoflife.org/open-letter/ai-principles-japanese/
ELSI:Ethical, Legal and Social Isuues
新たなテクノロジーを社会に導入するには、様々な課題を解決する必要があります。倫理的課題(Ethical)、法律(Legal)、社会的課題(Social Isuues)をまとめて「ELSI」(エルシー)と呼びます。AIの導入についても、これらの観点を総合的に検討することが求められています。
人間の仕事が置き換わる順序*1
足 > 脳 > 腕 > 顔(表情)>手の指
- 一般にAIはソフトウエアであるため開発は早く、ロボットはハードウエアであるために、その開発・製造には時間がかかります。
- 車の運転はこの数年、知能レベルも10〜20年でかなり置き換わります。人間の器用な指先の動きをロボットが代行するのが一連の置き換えプロセスの最後になると言われています。ホムンクルスを見ればわかるとおり、手・指には多くの脳領域が割り当てられています。
チャットボット
人間の代わりにコミュニケーションを自動で行ってくれるプログラム。24時間365日問い合わせ対応可能、自動化による人件費の削減、ユーザーのインサイトの引き出しが容易、クレーマーも激昂しようがない・・など、企業側にとってのメリットが大きな技術。現状では以下の2タイプ。後者が AI。
- 人工無脳型チャットボット(AIではありませんが・・)
設定されたキーワードに反応して人が組んだプログラムに沿って応答します。ユーザーのどんな質問に対してどう対応するか、あらかじめシナリオを設計する必要があります。
- 人工知能型チャットボット
人間の言葉や文脈を学習し、キーワードを含む文章の「意図」を推論して応答します。大量のデータで機械学習させる必要があります。
参考:ChatGPT
自動運転
人間の運転操作を必要としない自動で走行できる車。直感的な予想よりも実現が早く、AIが人の職業を奪う、その筆頭にあるのが車の運転です。自動運転車は、レーダー、LIDAR、GPS、カメラなど、自身が備えたセンサーで周囲の環境を認識し、目的地まで自律的(擬似自律的)に走行します。
- 先駆けは Google (現 Waymo)。
- 主要メーカー別 自動運転車プロジェクト一覧
- 自動運転には、以下のようなレベル設定があります。
- レベル0
ドライバーが常にすべての制御(加速・操舵・制動)を行うもの。
前方衝突警告など、制御系を操作しないシステムがこれにあたります。 - レベル1(運転支援)
加速・操舵・制動のいずれか単一をシステムが支援的に行うもの。
自動ブレーキなどの安全運転支援システムがこれにあたります。 - レベル2(部分自動運転)
加速・操舵・制動のうち同時に複数の操作をシステムが行うもの。
アダプティブクルーズコントロール(ステアリングアシスト)等が該当ししますが、ドライバーは常時、運転状況を監視操作する必要があります。すでに市販車両にこのレベルを実現しているものが多数あります。 - レベル3(条件付自動運転)
限定的な交通環境でのみ、システムが加速・操舵・制動を行うもの。
システムが要請したときはドライバーが対応しなければなりませんが、通常時はドライバーは運転から解放されます。2017年、アウディが市販初のレベル3を実現しました。 - レベル4(高度自動運転)
特定の状況下、例えば高速道路、工事現場、またいつも同じルートを走行する路線バスなどにおいて、加速・操舵・制動といった操作を全てシステムが行い、ドライバーが全く関与しないもの。2025年の実現が目指されています。
なお、資源掘削等の現場で動くダンプカー、軍事用車両等、一般公道を除く特殊なものについては、すでに実用化されています。 - レベル5(完全自動運転)
無人運転。いかなる状況においても運転をシステムに任せられるもの。
ドライバーの乗車も、オーバーライドも必要なく、安全に関わる監視と操作をすべてシステムに委ねるタイプのものです。
- レベル0
- 問題・課題
- 現状ではAIの役割はあくまでもアシストですが、その優秀さゆえにドライバーの注意力は散漫になり、結果、事故も発生しています。
- 特にレベル3で、自動運転が常態となると、システムからの運転操作切り替え要請に対し、ドライバーがスムーズに対応できない・・ということも生じます。普通に考えても、いきなり「運転代わって!」といわれて、すぐに対応できるとは思えません。まして、切り替え要請が発生するというのは、状況が複雑な場合なので、その負担はより大きいと考えられます。
- 法律の対応という課題
参考:2014年3月、ジュネーブ交通条約(日本もこれに加入している)は、自動運転技術の進展を受けて、「人が即座に運転に関与できる、もしくは自動運転を停止できる」ということを条件に、レベル2 までの自動運転を認めています。またドイツでは、2017年6月に道路交通法が改正され、は「自動運転に必要な機能をすべて満たした車両であれば、運転手はクルマに運転機能をまかせてもいい」ということになっています。 - もともと軍事目的で開発がスタートした経緯があることからもわかるとおり、この技術は新たな兵器の開発に直結しています。また爆弾テロという観点からは、民間の自動運転車がそれを簡単に実現してしまう・・という問題も孕んでいます。
医療システム
CT画像等を用いた診断において、人工知能は現状ではトップクラスの医師には勝てないが、医師平均を上回る性能出している・・というところまできています。さまざまな症例を経験した医師に匹敵するかそれ以上の「経験」を、膨大なデータの読み込みによってAIが獲得している・・ということです。
- 事例:IBM ワトソン(医療診断は基本的にルールベースのAI)
- 問題・課題
- 現状では車と同様、AIは医師のアシストを行う立場ですが、その精度の高さから、AIの診断と医師の診断が異なる場合にどうするか・・・、どちらにしても間違った治療を行えば、現状では医師の責任ということで、事態は複雑です。AIの診断に違和感を感じても「AIの診断を追認する方が後々無難」と考えてしまう医師がでてきてもおかしくない状況です。
- ルールベースのAIであれば、なぜそういう判断に至ったか、経緯の説明ができますが、機械学習では、基本的に「入力(画像等のデータ)と出力(診断結果)の相関の高さ」を示すだけで、なぜそうなるのかの推論のプロセスはブラックボックス化されているので、患者に対して十分な説明ができない・・という問題が生じます。ただ、古来医療の現場では、「◯◯の所見がある場合は(理由は不明だが)**病」とか「◯◯という薬物は(理由は不明だが)**病の治療に効果がある」とか、とりあえず、経験的にそれがわかっているのであれば、理由の解明を待たず、それを適用して治療する・・という行動がとられています。AI がデータと疾病との相関の高さを発見したのであれば、何もしないよりは、その「知見」を利用する・・。その判断と行動には、それほど違和感はないかもしれません。
- 特殊な事例において、見当違いの診断を下す可能性が0ではありません。
司法関係
AIは人間よりも膨大な量の条文や先例の知識を読み込んで記憶することができます。またその検索も瞬時。知識のある専門家が AI を使えば、これまで自身や助手がおこなっていた「時間のかかる調べもの」などは簡単にできてしまう状況にあります。
すべてではないにせよ「経験に基づいてパターンにあてはめれば処理ができる」タイプの仕事は、人間からAIへ・・ということになるでしょう。
医療診断同様、これまで人によって差がつくと思われていた「経験の有無」ですが、「パターンを認識して判断する」タイプの仕事については、AI が読み込む膨大な量の「経験知」にはかなわない・・ということになりそうです。
研究
AI は、医療診断、判例収集など、知的なパターン認識作業を代行できます。また、形式に添えば完成させられる科学論文も書けるレベルにあります。
(目的)>先行研究収集>仮説>データ収集>統計処理>結論(考察)
データがデジタル化されていれば(あるいはデジタル化可能であれば)、先行研究の収集から、仮説を立てることも可能でしょう。現にビッグデータ処理は、人間には処理しきれない膨大なデータから、人が気づかない新たな相関関係を発見する可能性があります。特に、パターン認知的な情報処理については、人の能力を上回っています。
では、人間にしかできない研究は・・
> とりあえずは、一次資料が「生」のもの。体育学、生物学、考古学・・・
クリエイティブ
AI は見事に作曲する、絵も描ける、ペン画に彩色もできます。時間単位の量産力は人間に勝る能力を発揮しています。創造行為に重要なのは「アブダクション(仮説形成)」で、これは AI には難しそうにも思えますが、分析技術の発展によって「答え」ではなく「仮説」が自動的に生成されるという AH(Automated Hypothesis:自動仮説)という言葉も囁かれるようになっています。
ヒトは、バーチャルなアーティスト(キズナアイ、初音ミク)に対しても「共感」し、ライブでは熱狂します。では、人間のアーティストはどうすればいいのか、クリエイティブと言われる分野でも、AI との関係を再構築する必要に迫られていると言えるでしょう。
教育
AIはすでに上位20%の大学に合格できるだけの問題処理能力を持っています。現行タイプの大学受験のために多くの時間を割いたとしても、その勝負では8割の人間が負けるということです。
TOEIC も 900点以上。教師データが不足するケースではとんでもない誤訳をする可能性がありますが、標準的な表現についてはほぼ実用レベルです。
マニュアルを覚えれば済むこと、すなわち大半の「職業教育」はロボットに対して行う方が低コスト。結果、AIに置き換え可能な能力しか持たない場合、そのヒトは企業にとって必要のない存在となります。
現行スタイルの教育は、もともとは国益のため、工業社会における生産活動の担い手を育成する目的で始まった経緯があります。AIがその大半を担うということはどういうことか・・?
教育は何を目的に行われるのか? 教育の本質を問い直す必要があります。
囲碁・将棋
囲碁・将棋など、ルールの決まったゲームに「強化学習」で対応する・・という分野では、AIが人間を超えたことが周知され、人間は敗北宣言しています。 ちなみに、藤井棋士は、AIの差す手を見て経験値を上げています。AIネイティブと言われる世代の棋士です。
兵器
人間の介入なしに標的を選び攻撃することができる自律的*2な兵器、すなわち、殺人ロボットの登場が現実になっています。
戦争のありかたを根本から変える事態が進行中で、AI技術者からも、様々な警告が発せられています。映画『ターミネーター』のお話が現実のものとなつつあるといえます。
AI・ロボットの最大の特徴は「自分の身を守ることよりも攻撃することを優先できてしまう」ということです。
かつて技術開発というものには大きな予算が必要でした。したがって、まず軍事目的として開発されたものが、民間へ応用されるという流れが一般的だったのです。世界初のコンピュータ ENIAC も、その目的は弾道計算でした。しかし、今は逆です。低予算で民間が開発した技術が、軍事へ応用されるようになっているのです(ドローン、ロボット・・)。まさに、『ターミネーター』の世界です。
一方で、近年その危機感が高まっているのが「社会を混乱させて体力を奪う」タイプのAIの活用です。ディープフェイクなどの技術で、偽のニュース映像などを流すことで、社会をパニックに陥れる・・これは今、最も安価な攻撃手段であると想定して、対策の検討をはじめなければならない問題です。
AI がもたらす社会変革
「情報」の観点からみた世界史
情報にはインフォメーションとインテリジェンスの2つの側面がありますが、AIが台頭する今後は後者の方が重要になります。
情報からみた世界史は「平等化」への道のりでした。グーテンベルクの活版印刷は、すべての人に聖書をとどけ、インターネットは世界に均質な情報空間を作りました。モノは金持ちにしか手に入れられませんが、情報は基本的にすべての人に平等に届きます。
しかし、AIの時代はどうでしょうか? 情報の平等性や公開性はかわらないにしても、大量の情報を保有したり、解析したりといったことは、「機械」というモノに偏在します。それを持てるものだけが有利になるという非対称性が生じる可能性があります。
ビジネスのあり方
AIの技術(ソフト)そのものはオープンソースが基調で、有料にしたとしても価格破壊はあっという間に起きることが予想されます。よって、ソフトで収益を得るという発想は難しいでしょう。現に「アルファ碁」のソフトも、それ自体では金儲けはできていません。
しかし、AIがのフィジカルな側面では(例えば自動運転車)、それなりに収益に結びつきます。ハードは無料でコピーできませんから、確実にお金が動きます。
むしろ、大きな価値を持つのは「良質のデータ」です。現在大手ITは、ソフトウエアサービスを無料で提供するのと引き換えに、膨大な顧客データを収集して、AIに「食わせて(育てて)」います。大手ITのこれまでのふるまいの狙いは、実はここにあったとも言われます。
資本主義社会のありかた
資本主義に必要なのは、土地・資本(工場)・労働者 の3つ。AI、ロボットの時代には、労働者がいなくなります。すると資本主義の根幹が破綻します。一見、資本家だけが儲かる・・という状況に見えますが、労働者にお金がいかないと商品も売れなくなります。再分配の問題を考えなければ、社会は持続可能ではなくなってしまいます。
そこで、登場するのが、ベーシックインカムという発想です。要は、ロボットが稼いだ分を国民全員にばらまく・・というものです。すでにいくつかの国で社会実験の事例があります。
ただし、ベーシックインカムには大きな前提があります。それを賄えるだけのものを、自分たちの AI + ロボット で稼ぎ出せるか・・ということです。
現在の日本は、この分野では周回遅れの位置にあるともいわれます。ロボットの稼ぎの大半が外国に流れる・・という場合は、ベーシックインカムの財源は確保できません。国家という社会の境界は簡単にはなくならない。またこの国から逃げ出すという発想は採らない・・という前提での話ですが、だとすれば、日本も自分たちの力でその競争に勝つためのAI+ロボット開発の技術力を身につけなくてはなりません。かなり厳しい現実であることは確かです。
近代資本主義から250年
- 第一次産業革命(1700年代後半から1800年代前半にかけてのイギリス)
- 蒸気機関が人の仕事を奪うが、工業が失業者を吸収。
- 第二次産業革命(1800年代後半に起こった第二次産業革命の中心は、アメリカとドイツ。電力を用いて、工場での大量生産が可能になったほか、化学技術の革新も進む)
- 石油 自動車産業が失業者を吸収。
- 第三次産業革命(1900年代後半にコンピューターを用いて機械の自動化ができるようになる)
- トランジスタ、コンピュータ エレクトロニクスが失業者を吸収。
- しかし、インターネットの登場以降、賃金は伸びない。
- 第四次産業革命(「インダストリー4.0」モノのインターネットと呼ばれるIoTによって世の中の産業構造が変わることを指す。AIによるデータ収集や解析技術が進み、人間からの指示が無くても機械が自ら動く「(擬似)自律化」を目指す。)
- AI・ロボットの時代・・ 雇用は増えず、賃金も伸びない。
https://honcierge.jp/articles/shelf_story/5700
大量失業?
これは未来の話ではなく、すでにおこっている現実です。AI を持ち出すまでもなく、IT 技術がもたらした定型業務の自動化は、職場からどんどんヒトを追い出しています。パターン認識ベースの仕事は AI に置き換わります。マニュアルを覚えて対応する仕事は AI + ロボットに置き換わります。高度に専門的と言われる仕事でも、それがディープラーニングが得意とする「パターン認識」業務であれば、ヒトからAI へと代替されるのは時間の問題です。これによって多くの人の「現在の職場」が無くなるでしょう。その意味での大量失業は間違いなくおこると考えられます。
しかし一方で新しい職業も生まれてきます。パターンに対応するだけの「つまらない仕事」から解放される分、新たな価値を創造する仕事が増える・・と考えて、早期に未来を見据えた能力の開発を行うことが必要だといえるでしょう。
産業革命以降、近・現代に求められたのは「組織において奴隷のように働くスキル」でした。そしてその能力を証明するために「持っていた方が有利」と言われるのが「資格」でした。しかし、現在の AI は TOEIC で 900点以上。大学入試問題でも、上位20%の大学に合格できるだけの問題処理能力を持っています。要するに、パターン認識的なスキル(試験でいい点数を取る能力)では AI には勝ち目がない、日本の教育現場で行われている従来型の「お勉強」の大半は、未来への投資にはならないということです。
MEMO:プロイセン型教育
日本の義務教育制度は、19世紀ドイツの「プロイセン」教育の影響をかなり強く受けた背景があります。それは、従順な兵士を育成するため、そして工場で歯車のように働く労働者を育成するために開発された教育手法です。
現在この国では 40万人が不登校になっていると言われますが、これは子供達の側の問題なのでしょうか。むしろ、現在の日本の学校教育が、すでに時代に合わないものになっていると考えるべきでしょう。2020年に発生したCOVID-19のパンデミックで、多くの人が「教室に長時間拘束されなくても学習はできる」ということに気づきました。教育のスタイルは大きな変革期を迎えています。
「失業」か「解放」か
仕事を奪われるのが怖いというのは、収入が得られなくなるからでしょう。しかし、ロボットが働いて得たものが「ベーシックインカム」というかたちで配分されるのであれば話は変わります。ベーシックインカムは金である必要はなく、「衣食住に必要なもの+α」の現物支給でも可能です。
ほぼ無尽蔵にあるといっていい太陽光エネルギーで、食料や生活必需品、建築物、そしてロボット自身を増産する。頼めば必要なものをどんどん作って提供してくれるのであれば、食べるために働く必要はない。「働く」は収入を得るためではなく「傍を楽にすること」、「新たな価値を創造すること」を目的にすることができます。
生物としての人類が必要としているのは「金」ではありません。生きるのに必要な物資です(近代社会では、それを効率的に得るために、資源としてのエネルギーをめぐって武力戦争や経済戦争が行われてきました)。それが太陽エネルギーを起源として、勝手につくられるのであれば、我々はもはや経済奴隷として仕事をする必要はありません。「失業」を「解放」と考えれば、未来の見え方は変わってきます。
そもそも労働の対価として賃金を得て生活するというのは、ここ数百年の話に過ぎません。チケットとしての現金を回すという現代社会の常識を離れれば、AI+ロボットが活躍してくれる未来は明るいのかもしれません。なぜなら大元となるエネルギーは太陽光というかたちでほぼ無尽蔵にあるのですから・・
古代ローマでは、奴隷が働いて、ローマ人は議論に明け暮れる自由な暮らしをしていた…?。未来では AI+ロボットがセッセと働いて、人間は自由に暮らせるようになる・・というのが究極の楽観論といえるでしょう。
ただしもちろんそれは、AI+ロボット によって生産された富が、格差なく世界に公平に分配される・・ということが前提です。現在多くの国が、その勝ち組になろうとして開発競争に勤しんでいます(日本はかなり出遅れています)。AI がもたらす富がまわってこない・・となると「破綻」です。これが究極の悲観論といえるでしょう。
いずれにしても、ここ数年で、AI+ロボットが 20世紀型の世界を大きく変えることは必至です。社会の仕組みを根本から見直す必要に迫られています。
AIに関する覚書
デザイナーが気をつけるべきこと
例えば空間デザインの分野では、通信インフラへの配慮が重要な課題となります。私たちの住む世界には送電網、通信網、無線基地局などがあって、これがAIの成立基盤となっていることを忘れてはなりません。AIの多くはクラウドベースで動作するもので、ネットワークインフラがなければそれはただの箱と化します。自然災害、事故、テロ。それらを想定して、インフラを柔軟に維持する空間のデザインが必要です。
また例えばプロダクトデザインの分野では、IoT機器の開発にAIの時代特有の配慮が必要になります。スマートスピーカー、テレビ、掃除機、調理器、エアコン、照明・・すでにあらゆる家電製品にセンサーとアクチュエータを備えたAI技術が導入されていて、大半はインターネットとの接続を前提としています。ここで用いられているプロトコルには脆弱性が指摘されていて、情報の漏洩、不正な監視や盗聴、さらには乗っ取りによる破壊的行為などの危険性が指摘されています。自動運転やロボットの開発と同様、ユーザの意志に逆らって暴走するようなことがないよう、デザイナーが想像力を働かせる必要があります。
AIを学ぶ環境
AI 技術の多くはオープンソースです*3。現行制度の大学や研究機関といったクローズドな環境では(未だに知的財産がどうのこうのといった話も多く)事がはかどりません。AI はクラウド・インターネットと相性が良い技術で、インターネット文化の代名詞ともいえる「オープン」な環境で学習する方が効果的です。GitHub のようなオープンな開発環境への参加の検討をおすすめします。
APPENDIX
参考文献
- 日本経済新聞社編, AI 2045, 日経プレミア , 2018
- 日経コンピュータ, AI開発最前線, 日経BP, 2018
- 日経ビッグデータ編 , Google に学ぶディープラーニング , 日経BP , 2017
- 甘利俊一, 脳・心・人工知能, 講談社, 2016
- 新井紀子, AI vs 教科書が読めない子どもたち , 東洋経済 ,2018
- 井上智洋, 人工知能と経済の未来 , 文芸春秋 , 2016
- 宇沢弘文, 人間の経済, 新潮新書, 2017
- 小林雅一, AIが人間を殺す日, 集英社, 2017
- 掌田津耶乃 , データ分析ツール Jupyter 入門 , 秀和システム , 2018
- 鈴木貴博 , 仕事消滅 , 講談社 , 2017, p.76
- 瀬名 秀明 他 ,「神」に迫るサイエンス , 角川文庫 , 2000
- 田中潤 松本健太郎, 誤解だらけの人工知能 , 光文社 , 2018
- ニック・ボストロム, スーパーインテリジェンス - 超絶AIと人類の運命, 2017
- 西垣通, AI原論 - 神の支配と人間の自由-, 講談社選書, 2018
- マーティン・フォード(松本剛史訳), ロボットの脅威, 日経出版, 2018
- 松尾 豊, 人工知能は人間を超えるか, KADOKAWA, 2015
- 松原 仁, AIに心は宿るのか, 集英社, 2018
- 松本 徹三, AIが神になる日, SB Creative, 2017
- 丸山俊一, AI以後, NHK出版新書, 2019
- 矢野和男, データの見えざる手, 草思社, 2014
- ユヴァル・ノア・ハラリ, サピエンス全史, 河出書房新社 , 2016
- 吉川隼人 , 機械学習と深層学習 , リックテレコム , 2017
- Dan Brown, ORIGIN, 2018, 角川書店*4
- デザイン関連学会シンポジウム2018の記録|芸術工学会(PDF 約15MB)
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