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福光そら/課題の取り組み方 の履歴(No.3)


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:はじめに:


まずこの記事を書こうと思ったきっかけですが、前回の妄想キャンパスという課題での、AI使用率がとてつもなく高かったところです。


ここだけ見るとAIを否定したいだけに見えるかもしれません。しかし私は使うなとは言いません。現に私も日頃から何かわからないことを聞いたりするときに使用していますし、教授も今回の課題での使用を許可しています。ただ、使い方があまりにもクリエイターとして成長しないのではと思うものが、大半でした。


おそらく教授が使用を許可した理由は、自分の中で作りたいものがある程度決まっているが、それを上手く形にできない人のためだと思っています。例えば、「九産大のここにこういうロッカーを置いて欲しい!でも自分の今の技術じゃ上手く合成ができない!」という人があくまで手助けとして使う目的などですね。
しかし実際は、デザインも、ましてやスライドレイアウトも全てAIに考えさせて、自分のこだわりを込めた部分、試行錯誤した部分がない人が大半だった事です。まず思うのが、この課題は文字だけの説明でも提出していいわけですから、表現できないなと思ったら文章で熱く語るという手もあります。近年デザインというものの幅も広まり、ヴィジュアルなど視覚的なものだけではなく、発想やアイデアを文章にしてデザインする。それこそ情報デザインという感じですよね。
しかし実際がこのようなAIによる大量生産だと、私から見たら、全てAIに頼っておいて、「文字だけの人よりも頑張って作品作りましたよ感」「文字だけじゃなくて画像もあるからクオリティー高いでしょ感」を出したかったようにしか見えませんでした。講評の時に教授からどこの部分は自分で考えたのと聞かれ、答えられない人、レイアウトだけアナログで考えた人などが非常に多かったですね。また発表を見ているとAIに全任せしてしまっただけあって、みなさん似たような作品が非常に多かったです。


私は高校の時から作品講評というものが好きです。高校時代のデッサンのような上手い下手のみで評価し、基礎を磨く分野は除きますが、みなさんのオリジナリティ、作品に込めたこだわりと思い、とても勉強になりますし、私自身も褒められると作って良かった、見てもらえて嬉しい、この時のためにあの時頑張ったんだ!と達成感が生まれます。しかし今回、後者の気持ちは生まれましたが前者の気持ちが圧倒的に生まれませんでした。

:AIはカップ麺:


何も考えずに作られたAI作品とは、いわばカップ麺です。すぐに誰でも作れる。
料理を持ち寄って食事会をしようとなり、私は時間をかけてコツコツ一つの料理をその日のために作った。私と同じように自分で作るや、そうめんを持ち寄る面白い人もいたが、殆どがカップ麺を持ってきた。なんなら明らかにカップ麺なのに自力で作ったという人もいました。みんなの作る料理を楽しみにしていたのに同じようなカップ麺だけを食べさせられる。


例えるならこんな感じです。
確かにカップ麺は美味しい(私は好きじゃないので食べないが)それに誰が作っても失敗しない。しかし、それを作ってあなたの料理の腕は磨かれたのだろうか?一生それに頼るつもりなのか?そのままで手料理の人たちに肩を並べられるのか?少なくともこの学科は将来、料理人。表現を戻すとクリエイターになることをゴールとした学部です。誰でも作れるカップ麺なんか仕事になりません。4年間も自分が選んだ好きな分野でデザインの勉強ができる。将来の準備ができる。これほど幸せなことはないです。


私はみなさん自身の作るものにポテンシャルを感じています。平面構成の授業などがそれを一番実感できましたね。あの授業はAIなど使えないのでみんな自分で作るのですが、見ていると何人かいいな!と思える人います。そのような自分自身のいいところを持っているのに楽さに負けてAIに全任せするのは勿体無い!しかしここで私がAI使うな自分で考えろと投げ出すのも無責任だと考えています。


そこで今回、芸術学部で課題を作るにおいて、どのようなことを意識して作品を作れば良いのか。成長できるのか私が硬いを制作する時に考えていることを文章としてみました。


今はまだ1年生の夏前です。今から真剣に勉強したらきっと一人前のクリエイターになれるでしょう。クリエイターに歴は関係ありません。小学校から何も考えずに落書きだけ何年もしていた人と、頭の発展した大学生になって真剣に一年間勉強した人ではきっと得られるもの差は大きいです。逆に今がチャンス!むしろ絵の場合、昔から描いている人は幼少期の手癖が抜けず、絵を描く上で大変苦労します。現に私も絵を描こうと思ったのは14歳〜15歳くらいからですが、中学時代はデジタルなど持っておらず、アナログで右向きの顔をひたすら描いてるだけだったので、その時染みついた顔を描くときの手癖が抜けず、高校時代はそれを治すことを意識してひたすら時間をかけて絵を描いていました。

:私がAIを使わない理由:


これは私が自分の作る作品が好きだからです。自分の作品にこだわりや譲れないプライドを持っています。いくら時間がかかっても自分の睡眠時間がなくなろうとも自分の作品を大切にしているのです。しかし普通の人は最初から自分の作るものを好きになれないと思います。私もそうです。これは客観的に見たらダサいかも、変かもという不安がありますからね。しかし、そんな私が自分の作品を大好きになれた理由は今まで作品を見てくださった方々、感想やいい言葉をくれた方々のおかげです。


とある吉田松陰の言葉を知っているでしょうか
夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に夢なき者に成功なし。
これは私が小学4年生の時に担任の先生から教えてもらった言葉ですね。確か将来の夢を決めようみたいな総合的な授業だった気がします。そのままですが意味としては「夢がなければ結局何も生まれない」ということです。これに基づいて私は、作品を作らなければ、誰からも褒められることもなく、そうなると自分の作品を好きになれない。そうなると自分で作ろうというモチベーションが下がってしまう。結果的に何も生まれないわけです。1年生だから、まだ初心者だから、そんなことを言い訳に探究心に蓋をしていたら絶対に成長できません。ここで成長するきっかけを作りましょう。

:制作プロセス:


まずここまで読んでいただきありがとうございます。以降はじゃあ作品作る上で行き詰まったらどうしたらいいの?成長ができる作品を作るには?を解説していきます。ただあっさり語るとわかりにくいと思うので、卒業制作、入試用に制作した作品を例に解説していきます。


あくまで、ソーシャルデザインタイプの作品の解説しかしないため、立体やプロダクト系は参考にならないかもしれません!現に私はプロダクトがめちゃくちゃ苦手です。みなさんにもそういう分野があると思います!だからこそ、得意分野を見つけたらとことん追求するつもりです。最近見ているYouTuberも、勉強じゃなくてもいい、何かでいいから一流になりなさいと言っていましたからね。

:テーマ決め:


おそらくソーシャルデザインの作品を作る上で、何の問題を解決するかまず問題発見能力が必要になると思います。私の場合、入試用に作った作品は何の問題を解決するか決まっていましたが、卒制は何を解決するか探すところでした。
問題解決となると、地球温暖化、海洋プラスチック、少子高齢化など、王道どころはここですよね。しかしこれらを解決するとなると大きな問題すぎて実感が湧かない。どうしたらいいかわからないと思います。なので問題提起をするときは「問題」という言葉に囚われず、もっとフラットに、なんなら、問題と言われるほど深刻化していないものでもいいので考えましょう。


そこで私は卒制のテーマは、駄菓子の文化の衰退化に目を向けました。社会問題でもなく、なくなったところで人類が滅ぶくらいのリスクがある文化でもありませんが、日本の社会をより良くする。文化を大切にしていくという視点で考えました。簡単に言えば問題を解決したいという気持ちよりも、日本のこの文化を大切にしたいなって気持ちで見つけるのがいいかもしれません。何なら文化じゃなくても、もっと小さい悩みくらいでもいいかもしれません。大切なのは題材ではなく、その後作っていく作品ですし、何ならまだ誰も見つけていない問題の方が、解決策が被ることもないですからね。


そう考えると妄想キャンパスの課題ってとても良かったですよね、身近なものなので問題点もたくさん思い付きます。

:どうするか:


ここがいちばんの難点だと思います。前回の妄想キャンパスでは、問題点を挙げるまではみなさん良かったのですがそこに対する解決策が甘いなと考えました。
例えば空きコマ暇だからバイトできる店を作ろうとか、長時間空いてる学食を作ろうとか、個室の休憩スペースをつくろうとか言ってる人はいましたね。
正直、そんな願望ファンタジーだけでは一生仕事はできません。作ったらいいと言われても、そこで生まれるコストはどうしますか?その施設を作って生まれる問題は想定しましたか?それお解決する新たな発想はどうしますか?


ソーシャルデザインとはデザインで問題を解決するということです。ファンタジーのまま解決しようとしている人のそれは、デザインではなくお金と権力での解決です。そんなことできたらもうやってるわ!という話なのです。もう大学生なんです。現実的に考えましょう。これは遊びじゃなくて仕事です。


解決方法の考え方ですが、卒制の駄菓子の場合私はマイナーな駄菓子のパッケージデザインを現代風にして親しみやすくしようと考えました。しかし、そうすると逆に今まで駄菓子を食べいていた層や、高い年齢層の方々から懐かしさや親しみやすさを奪ってしまうのではないかと考えました。このように何かをしようとすると絶対に問題は生まれてしまうのです。私はこのように問題点をさらに見つけたり、客観視をしてもらいたいときにAIに相談します。こうすることでもし作品に対して質問を荒れた時に迷いなく答えることができますしね。私は入試の時は多文化共生をテーマに作品を作ったのですが、試験監督から質問が想定外のものが来ることに怯えてたので、事前にAIに相談し全ての質問を想定してアンサーを作りました。結果入試で聞かれた質問は何のソフトを使っているの?普段はどういう絵を描いているの?くらいでした。


行き詰まった時はまずやるべきことはインプットです。自分自身のセンスも必要ですが、デザインは知識がない限り何も作れませんからね。私がここでインプットしたのは問題提起をする時に書き起こしていた過去のクロッキーでした。そこでは没案になった「オルゴールの凹凸を視覚障害者の使用している点字にすることで、点字の書かれた紙をオルゴールにセットする➔音楽が流れる➔点字にはメッセージが書かれている➔視覚障害者の方にメッセージと音楽をプレゼント」という案だったのですが、イマイチで没にしていました。しかしこの商品のペルソナ、ターゲットを不特定多数ではなく、身体的特徴を持った方々の為にシフトチェンジするのはどうかと考えました。現に私は、麩菓子、ミルクケーキ、セブンネオンの改良を考えていたのですが、麩菓子は耳が聞こえない方々か発音練習を行う時に、ちぎって舌の上に乗せて使うお菓子だと調べて知りました。そこから各お菓子の内容を少しずつ変えていき、現在の卒制に発展していったのです。


ミルクケーキには点字を書くことで子供の読みの練習(目が見えない人でも開けやすい形に)麩菓子は長いものではなく小さくすることで千切る手間を省き、セブンネオンは手がない、手に力を入れられない方は口を使ってものを動かしたりするため。口の力が大切で、手の力を使わずに食べられるようにデザインしました。


またパッケージも作って展開図にして印刷する予定だったため、実際にお菓子を買って参考にしたりもしました。画家の描く絵など人に使用されないものに正解はありませんが、このように人に使われるデザインというものは、正解に近い答えが必ずあります。今こうやって売られているものはプロの企業のデザイナー
たちが吟味して作った正解に近いものなので、絶対参考にしましょう。
:デザインの仕方:
デザインは基本的にシンプルを心がけてください。何かモチーフやイラストを足すなら、必ずそれには意味を持たせ、なぜそうしたのか、その色にしたのか、理由を説明できるくらいには探究してください。そうではないものははっきり言って無駄です。好きな要素を好きに詰め込むだけでは、ビジュアルデザインとソーシャルデザインがなぜ別物とされているか、示しがつきませんからね、この学科にいる限り、自己満足ではいけません。どうやったら人が使いやすいと思えるか、インターネットで「webデザイン 参考」とか調べたらたくさん出てくるので、インプットしてください。