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:はじめに:
※まだ全部書けていません。随時更新します。
まずこの記事を書こうと思ったきっかけですが、前回の妄想キャンパスという課題での、AI使用率がとてつもなく高かったところです。
ここだけ見るとAIを否定したいだけに見えるかもしれません。しかし私は使うなとは言いません。現に私も日頃から何かわからないことを聞いたりするときに使用していますし、教授も今回の課題での使用を許可しています。ただ、使い方があまりにもクリエイターとして成長しないのではと思うものが、大半でした。
おそらく教授が使用を許可した理由は、自分の中で作りたいものがある程度決まっているが、それを上手く形にできない人のためだと思っています。例えば、「九産大のここにこういうロッカーを置いて欲しい!でも自分の今の技術じゃ上手く合成ができない!」という人があくまで手助けとして使う目的などですね。
しかし実際は、デザインも、ましてやスライドレイアウトも全てAIに考えさせて、自分のこだわりを込めた部分、試行錯誤した部分がない人が大半だった事です。まず思うのが、この課題は文字だけの説明でも提出していいわけですから、表現できないなと思ったら文章で熱く語るという手もあります。近年デザインというものの幅も広まり、ヴィジュアルなど視覚的なものだけではなく、発想やアイデアを文章にしてデザインする。それこそ情報デザインという感じですよね。
しかし実際がこのようなAIによる大量生産だと、私から見たら、全てAIに頼っておいて、「文字だけの人よりも頑張って作品作りましたよ感」「文字だけじゃなくて画像もあるからクオリティー高いでしょ感」を出したかったようにしか見えませんでした。講評の時に教授からどこの部分は自分で考えたのと聞かれ、答えられない人、レイアウトだけアナログで考えた人などが非常に多かったですね。また発表を見ているとAIに全任せしてしまっただけあって、みなさん似たような作品が非常に多かったです。
私は高校の時から作品講評というものが好きです。高校時代のデッサンのような上手い下手のみで評価し、基礎を磨く分野は除きますが、みなさんのオリジナリティ、作品に込めたこだわりと思い、とても勉強になりますし、私自身も褒められると作って良かった、見てもらえて嬉しい、この時のためにあの時頑張ったんだ!と達成感が生まれます。しかし今回、後者の気持ちは生まれましたが前者の気持ちが圧倒的に生まれませんでした。
:AIはカップ麺:
何も考えずに作られたAI作品とは、いわばカップ麺です。すぐに誰でも作れる。
料理を持ち寄って食事会をしようとなり、私は時間をかけてコツコツ一つの料理をその日のために作った。私と同じように自分で作るや、そうめんを持ち寄る面白い人もいたが、殆どがカップ麺を持ってきた。なんなら明らかにカップ麺なのに自力で作ったという人もいました。みんなの作る料理を楽しみにしていたのに同じようなカップ麺だけを食べさせられる。
例えるならこんな感じです。
確かにカップ麺は美味しい(私は好きじゃないので食べないが)それに誰が作っても失敗しない。しかし、それを作ってあなたの料理の腕は磨かれたのだろうか?一生それに頼るつもりなのか?そのままで手料理の人たちに肩を並べられるのか?少なくともこの学科は将来、料理人。表現を戻すとクリエイターになることをゴールとした学部です。誰でも作れるカップ麺なんか仕事になりません。4年間も自分が選んだ好きな分野でデザインの勉強ができる。将来の準備ができる。これほど幸せなことはないです。
私はみなさん自身の作るものにポテンシャルを感じています。平面構成の授業などがそれを一番実感できましたね。あの授業はAIなど使えないのでみんな自分で作るのですが、見ていると何人かいいな!と思える人います。そのような自分自身のいいところを持っているのに楽さに負けてAIに全任せするのは勿体無い!しかしここで私がAI使うな自分で考えろと投げ出すのも無責任だと考えています。
そこで今回、芸術学部で課題を作るにおいて、どのようなことを意識して作品を作れば良いのか。成長できるのか私が硬いを制作する時に考えていることを文章としてみました。
今はまだ1年生の夏前です。今から真剣に勉強したらきっと一人前のクリエイターになれるでしょう。クリエイターに歴は関係ありません。小学校から何も考えずに落書きだけ何年もしていた人と、頭の発展した大学生になって真剣に一年間勉強した人ではきっと得られるもの差は大きいです。逆に今がチャンス!むしろ絵の場合、昔から描いている人は幼少期の手癖が抜けず、絵を描く上で大変苦労します。現に私も絵を描こうと思ったのは14歳〜15歳くらいからですが、中学時代はデジタルなど持っておらず、アナログで右向きの顔をひたすら描いてるだけだったので、その時染みついた顔を描くときの手癖が抜けず、高校時代はそれを治すことを意識してひたすら時間をかけて絵を描いていました。
:私がAIを使わない理由:
これは私が自分の作る作品が好きだからです。自分の作品にこだわりや譲れないプライドを持っています。いくら時間がかかっても自分の睡眠時間がなくなろうとも自分の作品を大切にしているのです。しかし普通の人は最初から自分の作るものを好きになれないと思います。私もそうです。これは客観的に見たらダサいかも、変かもという不安がありますからね。しかし、そんな私が自分の作品を大好きになれた理由は今まで作品を見てくださった方々、感想やいい言葉をくれた方々のおかげです。
とある吉田松陰の言葉を知っているでしょうか
夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に夢なき者に成功なし。
これは私が小学4年生の時に担任の先生から教えてもらった言葉ですね。確か将来の夢を決めようみたいな総合的な授業だった気がします。そのままですが意味としては「夢がなければ結局何も生まれない」ということです。これに基づいて私は、作品を作らなければ、誰からも褒められることもなく、そうなると自分の作品を好きになれない。そうなると自分で作ろうというモチベーションが下がってしまう。結果的に何も生まれないわけです。1年生だから、まだ初心者だから、そんなことを言い訳に探究心に蓋をしていたら絶対に成長できません。ここで成長するきっかけを作りましょう。
:制作プロセス:
まずここまで読んでいただきありがとうございます。以降はじゃあ作品作る上で行き詰まったらどうしたらいいの?成長ができる作品を作るには?を解説していきます。ただあっさり語るとわかりにくいと思うので、卒業制作、入試用に制作した作品を例に解説していきます。
あくまで、ソーシャルデザインタイプの作品の解説しかしないため、立体やプロダクト系は参考にならないかもしれません!現に私はプロダクトがめちゃくちゃ苦手です。みなさんにもそういう分野があると思います!だからこそ、得意分野を見つけたらとことん追求するつもりです。最近見ているYouTuberも、勉強じゃなくてもいい、何かでいいから一流になりなさいと言っていましたからね。
:テーマ決め:
おそらくソーシャルデザインの作品を作る上で、何の問題を解決するかまず問題発見能力が必要になると思います。私の場合、入試用に作った作品は何の問題を解決するか決まっていましたが、卒制は何を解決するか探すところでした。
問題解決となると、地球温暖化、海洋プラスチック、少子高齢化など、王道どころはここですよね。しかしこれらを解決するとなると大きな問題すぎて実感が湧かない。どうしたらいいかわからないと思います。なので問題提起をするときは「問題」という言葉に囚われず、もっとフラットに、なんなら、問題と言われるほど深刻化していないものでもいいので考えましょう。
そこで私は卒制のテーマは、駄菓子の文化の衰退化に目を向けました。社会問題でもなく、なくなったところで人類が滅ぶくらいのリスクがある文化でもありませんが、日本の社会をより良くする。文化を大切にしていくという視点で考えました。簡単に言えば問題を解決したいという気持ちよりも、日本のこの文化を大切にしたいなって気持ちで見つけるのがいいかもしれません。何なら文化じゃなくても、もっと小さい悩みくらいでもいいかもしれません。大切なのは題材ではなく、その後作っていく作品ですし、何ならまだ誰も見つけていない問題の方が、解決策が被ることもないですからね。
そう考えると妄想キャンパスの課題ってとても良かったですよね、身近なものなので問題点もたくさん思い付きます。
:どうするか:
ここがいちばんの難点だと思います。前回の妄想キャンパスでは、問題点を挙げるまではみなさん良かったのですがそこに対する解決策が甘いなと考えました。
例えば空きコマ暇だからバイトできる店を作ろうとか、長時間空いてる学食を作ろうとか、個室の休憩スペースをつくろうとか言ってる人はいましたね。
正直、そんな願望ファンタジーだけでは一生仕事はできません。作ったらいいと言われても、そこで生まれるコストはどうしますか?その施設を作って生まれる問題は想定しましたか?それを解決する新たな発想はどうしますか?
ソーシャルデザインとはデザインで問題を解決するということです。ファンタジーのまま解決しようとしている人のそれは、デザインではなくお金と権力での解決です。そんなことできたらもうやってるわ!という話なのです。もう大学生なんです。現実的に考えましょう。これは遊びじゃなくて仕事です。
解決方法の考え方ですが、卒制の駄菓子の場合私はマイナーな駄菓子のパッケージデザインを現代風にして親しみやすくしようと考えました。しかし、そうすると逆に今まで駄菓子を食べいていた層や、高い年齢層の方々から懐かしさや親しみやすさを奪ってしまうのではないかと考えました。このように何かをしようとすると絶対に問題は生まれてしまうのです。私はこのように問題点をさらに見つけたり、客観視をしてもらいたいときにAIに相談します。こうすることでもし作品に対して質問を荒れた時に迷いなく答えることができますしね。私は入試の時は多文化共生をテーマに作品を作ったのですが、試験監督から質問が想定外のものが来ることに怯えてたので、事前にAIに相談し全ての質問を想定してアンサーを作りました。結果入試で聞かれた質問は何のソフトを使っているの?普段はどういう絵を描いているの?くらいでした。
行き詰まった時はまずやるべきことはインプットです。自分自身のセンスも必要ですが、デザインは知識がない限り何も作れませんからね。私がここでインプットしたのは問題提起をする時に書き起こしていた過去のクロッキーでした。そこでは没案になった「オルゴールの凹凸を視覚障害者の使用している点字にすることで、点字の書かれた紙をオルゴールにセットする➔音楽が流れる➔点字にはメッセージが書かれている➔視覚障害者の方にメッセージと音楽をプレゼント」という案だったのですが、イマイチで没にしていました。しかしこの商品のペルソナ、ターゲットを不特定多数ではなく、身体的特徴を持った方々の為にシフトチェンジするのはどうかと考えました。現に私は、麩菓子、ミルクケーキ、セブンネオンの改良を考えていたのですが、麩菓子は耳が聞こえない方々か発音練習を行う時に、ちぎって舌の上に乗せて使うお菓子だと調べて知りました。そこから各お菓子の内容を少しずつ変えていき、現在の卒制に発展していったのです。
ミルクケーキには点字を書くことで子供の読みの練習(目が見えない人でも開けやすい形に)麩菓子は長いものではなく小さくすることで千切る手間を省き、セブンネオンは手がない、手に力を入れられない方は口を使ってものを動かしたりするため。口の力が大切で、手の力を使わずに食べられるようにデザインしました。
またパッケージも作って展開図にして印刷する予定だったため、実際にお菓子を買って参考にしたりもしました。画家の描く絵など人に使用されないものに正解はありませんが、このように人に使われるデザインというものは、正解に近い答えが必ずあります。今こうやって売られているものはプロの企業のデザイナー
たちが吟味して作った正解に近いものなので、絶対参考にしましょう。
:デザインの仕方:
デザインは基本的にシンプルを心がけてください。何かモチーフやイラストを足すなら、必ずそれには意味を持たせ、なぜそうしたのか、その色にしたのか、理由を説明できるくらいには探究してください。そうではないものは、はっきり言って無駄です。好きな要素を好きに詰め込むだけでは、ビジュアルデザインとソーシャルデザインがなぜ別物とされているか、示しがつきませんからね、この学科にいる限り、作るものに対して自己満足ではいけません。どうやったら人が使いやすいと思えるか、インターネットで「webデザイン 参考」とか調べたらたくさん出てくるので、インプットしてください。
昔の私は割と自己満足で作品を作っていました。ある程度の視認性もあったのでそれに対して可愛いとか素敵とか言われることはありましたが、大学に入りプロ意識を高めようとしてからは、果たしてこの情報、色はここに本当に必要なのか?と考えて引き算のデザインをするようになりました。デザインにおいて、自由よりも何か制限がつくことの方がはるかに難しいです。平面構成の授業などでも最初は自由でしたが、今は色やテーマに制限が加えられていますよね。
デザインをする上でAdobeのソフトを使用すると思います。作りたいものを表現できない機能がわからないと思った時はAIに聞くのが手っ取り早いです。色々なアプデで機能が変わっていたり表示が別のところに移動していたり、情報が古いと新しい情報を見つけるのに時間がかかってしまいますからね。私もそうしています!
私は自分一人で客観視を行いたいときは、プロの作品を真横に置いて見つめるという方法を行なっています。これは結構意外と効果があります!できれば自分のなりたい作品の姿、理想像であるものを並べると好ましいですね。
色についての理解も深めるといいと思います。正直これは色彩検定を取ろうだとか勉強しようという気持ちで学ばなくても作品を作り、プロのものを沢山見て目をこやしていけば自然に身につきますが、色というものは法則性に基けば必ず美しい配色になるので、先に色の関係性や効果を知っていればデザインを行う上で楽になります!
私が作った
福光そら/Q-maを例に話しますと、こちらに色にも全て「意味」があります。プレゼンの中や
福光そら/processでも説明はしましたが、赤という色は金融系アプリに多く、このアプリもお金が関わっているため、赤にすることでそれらの仲間系であることを表し、補色(色相で見たときに赤と反対側に位置する)の緑を差し色として入れることで、補色効果で画面の色のコントラストが強くなり、華やかなデザインになりました。またグレートいう色は絶対にどんな色と組み合わせても似合うようになっているので大変使い勝手が良いです。
このように色の効果、関係性、を理解した上でデザインすると、躓くことや失敗することが少なくなりますし、何よりもしこれが仕事だった場合、クライアントの方にはきっと「このデザイナーさんはこんな細かいところまで考えて作ってくれるんだ」「任せたい、信頼できる」と思ってもらえるはずです。
:苦手な分野に対して:
誰しもデザインするにおいて、苦手な分野はあるのは当たり前のことです。普段イラストを描いていると言ったら、絵を全く描いたことがない!という人からは、じゃあ手先も器用なの?アニメも作れるの?油絵も描けるの?インテリアもセンス良さそう!と言われる経験は多々ありました。そこで苦手な分野の課題が出てしまった時ですが、もうはっきり言って深く考えるのをやめ、50点くらいの作品を出す気持ちでいましょう。
これは私の経験ですが、苦手分野にも真剣に向き合おうとしてしまい結局何も完成しない、挙句そんな自分に憂鬱になる。ということが多々ありました。しかしそんな中、ムラケンさんというデザイナーをSNSで見かけました。この人のデザイナーあるあるは毎日見ているのですが、その中に「100パーセントを遅れるより、80パーセントを早めに」という言葉があります。これは高校時代担任にも何度も言われましたが、これを見てようやく自分の腑に落ちた気がしました。これもムラケンさんからの受け利ですが、100点で終わるデザインなどなく、締め切りが来たらそこで終了なんですよね。それもそうだなと思いました。私もデッサンも作品も、これは本気でやった!と思っても時間が経てば直したい部分が出てくることが多いので、
結論まとめると、苦手な分野を無理に頑張るよりも、とにかくいろんなことに挑戦して自分の得意を探してください!私は高校時代それを見つけることができ、今の自分があります。
:プレゼン:
何か作品を作る時、必ずみんなの前で発表しますよね。前回の発表、いやこれまでの人生で私が一番失敗している分野はここだと思います。これは自分でも反省していますし、次回からは必ず気をつけたい部分です。何を反省しているかというと「時間」です。教授からはいいプレゼンなら長く語っても良いと言われましたが、良いプレゼンだからこそ簡潔に伝えなければならないのです。どれだけいいもの、みんなの目の引くものでもプレゼンが長ったらしければ絶対に最後まで聞いてくれませんし、見た人も情報が遅く、長いと結局何だったか全然印象に残らないのです。人は「遅い」というものに「退屈」「無駄」と考えています。これは有限会社ソラの代表のゲームディレクターでもある桜井政博さんからの受け売りですが、はっきり言って、遅さは罪だと言っていました。
良い作品ができてもそれらを十分に伝える力も必要です。プレゼンについて重きを置く時間も作りましょう。